第10話:お前はゼロだ
森での数ヶ月の生活を経た後、人間社会への帰還は決して凱旋のようには思えなかった――
むしろ、不可避なロケーション(滞在先)の変更に過ぎない。
ゼノは古い獣道をたどり、彼が『猟師の巣』と呼ぶ集落へと俺を導いた。
実質的にそこは、アノマリー(空間異常)の駆除や「野生の」魔導士の捕縛を専門とする者たちのための、要塞化された村だった。
「よく聞け」
森の開けた場所でゼノが足を止めた。
そこからはすでに防塞が見て取れた。
「あいつらは無駄な騒ぎを嫌う。ここでの魔法は芸術ではなく、労働だ。
それも、組織的なチームワークのな。
お前はテストされる。
実力以上に強く見せようとするな、一瞬で見破られるぞ」
俺は頷き、トロール皮の鎧のストラップを点検した。
骨板がいつものように胸を圧迫してくる。
村の佇まいは厳格そのものだった。
あるのは石と木、そして明確な防衛ラインだけ。
ここの魔力は、森の中のように混沌と流れてはいなかった――
それは、綺麗に「整髪」されていた。
入り口では三人組が待ち構えていた。
彼らは金属プレートで補強された灰色の革鎧を纏っている。
「止まれ」
小太刀を携えた顔の広い男が手を挙げた。
「ゼノ、また『野生』を連れてきたのか?」
「安定している(スタビライズされている)」
老人は短く返した。
「お前たちのやり方を見学し、取引をしたいそうだ」
猟師たちは視線を交わした。
頬に一本の細い傷跡を持つ若い方の男が、俺に向かって一歩踏み出してきた。
「安定、ねえ? ならばテストさせてもらう。
こいつの波形は妙だ。
まるで常時、抑圧を受けているような出力をしている」
俺たちは防塞の裏手にある訓練場へと通された。
三人の猟師が散開し、三角形の陣形を敷く。
俺はその中心に立たされた。
「タスクはシンプルだ」
リーダー格の男が言った。
「一分間持ちこたえろ。
殺しはしない、お前の『構造』をチェックするだけだ」
俺は『生きる意志』を出力一五パーセントで起動した。
世界がわずかにシャープさを増す。
(解析モード(アナリシス・モード)、起動)と脳内でコマンドを入力した。
若い男が最初に動いた。
彼は脚部に魔力を充填して加速し、直線的に突っ込んできた。
俺は重心をシフトさせ、相手の慣性を利用して、その肩の軌道を前腕でいなすように押し出した。
前腕の骨板が軋んだが、持ちこたえた。
猟師は地面を掠めるようにして俺を通り過ぎ、瞬時に体勢を立て直した。
「悪くない」
彼は吐き捨てた。
二組目の魔導士が間髪入れずに追撃してきた。
放たれたのは圧力の波。
急激な空気の圧縮だ。
俺のバランス(安定性)が崩れかける。
俺は『生きる意志』が即座に両脚のテンションを再配分し、地面との接地性を維持するのを感知した。
相手のリズムを遮断すべく一歩踏込み、その肩へ拳を突き刺すことには成功したが――
そこで三人目、リーダーが介入してきた。
彼がただ、指をパチンと鳴らした。
その刹那、俺の肉体の全システムが……制御不能に陥った。
制圧術だ。
俺の周囲に「高密度重力魔力」のフィールドが形成された。
スキルがオーバーロード(過負荷)の警告アラートを脳内に響かせる。
ディスタンス(距離)を潰すために最寄りの敵へ突進しようとしたが、脚部がコマンドを拒絶した。
よろめき、不格好なスイングを繰り出すも、二人目の魔導士にあっさりと弾かれ、俺はその場に片膝を突いた。
一秒後、圧力が消失した。
俺は埃っぽい地面に座り込み、激しく息を切らしていた。
「そこまでだ」
リーダーが言った。
「お前の負けだ、小僧。
スピードもある、反応速度も申し分ない。
だが、連携された組織的制圧の前には、お前はゼロ(無力)だ」
袖で顔を拭い、
「……データの修正が必要だな」
と俺は掠れた声で言った。
「だが、パニック(暴走)を起こさなかったな」
若い男が剣を収めながら指摘した。
「大抵の独学者は、この圧力を受けると絶望するか、あるいは全方位に魔力を乱射し始める。
だがこいつは……逃げもせず、勝ち目がないと理解した上で最後まで最適解を探ろうとしていた。
脈拍(クロック数)すらほとんど跳ね上がっていない」
俺たちは解放された。
続く数日間は、集中的な観察期間となった。
猟師たちは一つの統合マシンのように機能していた。
一人が盾を展開すれば、二人が突破口を開き、三人がリア(後方)をカバーする。
俺はそのプロトコルを模倣しようとした。
夜、共同宿舎の隅に身を潜め、鎧の回路を通じて彼らの魔力制圧技術を再現しようと試みる。
彼らのサプレッション・メソッドを俺のアクセラレーション(加速)に組み込めば、効率は倍増するはずだ、と考えた。
ある晩、村の境界線付近でその「複合モード(コンバインド・モード)」をテストすることにした。
猟師たちがシールドを形成する際に行っていたように魔力のフロー(奔流)を螺旋状に回転させ、
同時に制御のために『生きる意志』を同期させる。
魔力は回路を正常に流れる代わりに、内臓群へとダイレクトに打撃を与え始めた。
呼吸がストップする。
視界が完全シャットダウンへと向かう。
恐怖を感じる隙すらなく――
システムが安全装置による緊急強制シャットダウンを起こした。
暗黒。
焦げた草の臭いと、酸性の異臭で目が覚めた。
俺を見下ろすゼノの顔は、明らかな苛立ちを示していた。
身を起こすと、すべての肋骨が鈍いノイズ(痛み)を返してきた。
「プロセッサーの最適化を試みたんだが……」
「すでに実装されている機能を最適化しろ」
老人は一刀両断にした。
「お前のその『意志』こそがコア(基盤)だ。それを研ぎ澄ませ」
了解だ。いいだろう。
エラーログは収集した。
これからはシンプル化し、固有のテック(技術)をビルドしていく。
当初は「空間歪曲」の実装を目指していたが、膨大なリソース(エネルギー)を消費することが判明したため断念。
代わりに、微細調整にフォーカスを絞ることにした。
全身ではなく打撃の瞬間の特定の筋肉だけをアクセラレート(加速)させる。
魔力圧の排気を皮膚全面ではなく、足の裏の単一のポイントに限定する。
制御の難易度は跳ね上がるが、信頼性は圧倒的に高い。
出発の直前、猟師のリーダーが歩み寄ってきた。
彼はファセットカットされたガラスの破片のような、濁った結晶を差し出してきた。
「これは環境分析器だ。
半径十メートル以内の魔力密度を可視化する。
隠れたアノマリーを探知するために俺たちに支給されるものだ。
お前なら使いこなせるだろう」
「感謝する」
俺はそれを受け取った。
結晶は小型だったが、異常なほど冷たく、質量があった。
「よし、こいつの使い道ならいくらでも思いつく」
と俺は言った。




