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6)アレキサンダーの思惑

 夜、アレキサンダーは、茶をたしなむことが増えた。ロバートは絶対に酒を口にしない。刺客を警戒してのことだ。そんなロバートも茶であれば口にする。


 身ごもったグレースがワインを控えるようになり、それに付き合いアレキサンダーの酒量が減った。茶を飲む機会が増えて、気づいたことだ。ワインを一人で飲むのは、時に味気ない。夜、時に相手が欲しいとき、アレキサンダーはロバートと茶を嗜むようになった。


 子供の頃、知らずおかしてしまった自分の悪行を、アレキサンダーはようやく詫びた。数日その余韻に浸っていたが、それだけでは過去との決着をつけることができたとは言えない。


 別の問題があった。

「ロバート、聞いておきたいことがある」

「何でしょうか」

向かい合った席に腰を降ろしていたロバートが目を上げた。

「ローズだ。お前は妹というが、本当にそれでいいのか」


ロバートが溜息を吐いた。

「アレキサンダー様、逆にお尋ねします。殿下はローズをどうされるおつもりですか」

「側近にするといったはずだ」


ロバートの目が鋭くなった。

「アレキサンダー様、質問を変えましょう。ローズには別の利用方法があります。お気づきではありませんか」

アレキサンダーは、ロバートの表情が読めなかった。

「リヴァルー伯爵はお気づきです。先日、アレキサンダー様がおっしゃったとおりです。彼の一族の誰かを伯爵家の後継とし、ローズを娶らせばよい。あるいは、ローズを養女にし、誰か適当なものを養子にしておけば、ローズを跡継ぎにできます。リヴァルー伯爵と同じようなことをお考えになる貴族は、他にもおられるでしょう」

感情を排した淡々とした口調でロバートは語った。


「何」

「他にも問題があります。アレキサンダー様には、側近と言える貴族、あるいは貴族の子弟がおられません。アーライル家のレオン様がおられますが、アーライル家は騎士の家系。先日、侯爵に返り咲かれましたが、まだ日が浅い。若い貴族に、宰相、外相、財務相を担当できるものがいない。アスティングス家のご子息達が候補でしたが、そういった才覚をお持ちというお話は聞きません」

「なんのつもりだ」


 否定しようにも、 ロバートの指摘通りだ。今後問題となりうることは分かっていた。だが、なぜ今、この場でロバートがそれを指摘するのか、アレキサンダーにはわからなかった。ロバートは貴族ではない。近習なのだ。アレキサンダーの補佐はするが、国政に直接かかわることはない。


「御前会議に出席できる高位貴族のうち、跡継ぎのいない家の養女とし、ローズに相続させることもできます。ローズを宰相に任命なさることも可能でしょう。公爵家は長い権力闘争の上、全て断絶しました。現在、すべての侯爵家に、才覚の有無はさておき跡継ぎはいます。リヴァルー伯爵家は、現当主は御高齢にもかかわらず、いまだに後継者を決めていない。遠縁の貴族に男子はいますが、伯爵の器ではないと、伯爵ご自身がこぼしておられたのは、アレキサンダー様もご存じのはずです」


 単なる可能性のはずだが、ロバートの口調には、それを確信していると思わせる強さがあった。

「貴族が、平民を養子など聞いたことが無いぞ」

「先例はございません。しかし、誰かが最初となるのです。現在、リヴァルー伯爵家が条件に当てはまります。レスター・リヴァルー伯爵ご自身がおっしゃったことは、単なる思いつきや戯言ではないかもしれません」

ロバートは淡々と、可能性を事実であるかのように語った。


「お前はそれでいいのか」

アレキサンダーの言葉にも、ロバートは表情を変えなかった。

「アレキサンダー王太子様が、国王となられる際、何が最適かという問題です。私の私情をはさむべきではありません」


 ロバートは、言葉通りに考え、そのとおりに振舞うだろう。そういう男だ。だが、アレキサンダーは、ロバートに心を殺して生きることを、今以上に強いたくはなかった。

「ローズはそれでいいのか」

ロバートの目が揺らいだ。

「それは、わかりません」

ロバートの声には迷いがあった。

「お前は、ローズがそれは嫌だと言っても、国のためにどこか貴族の養女になり、適当に誰かが見繕ってきた貴族の男を夫に迎え、子を成すように強いるのか」


 ロバートはローズを妹だと言い張る。だが、他の者がローズに近づくのを嫌がり、さりげなく遠ざけてしまう。ローズの手を取り、口づけ寸前まで手を持っていけるのは、あの大司祭くらいだ。

「私がお前のローズへの執着に気づいていないとでもいうのか。一線を越えはしないが、ローズを抱きしめて、離したがらないのはお前だろうに。いいのか。お前の大切なローズに他の男が触れて、その男の子供をローズが腹に宿していいと言うのか」

「やめて下さい!」

ロバートが叫んだが、アレキサンダーは容赦するつもりなどなかった。


「ローズが絶対に嫌だ、何とかしてくれ、助けてくれと言ったらお前はどうする。泣いてお前に縋ってきたらどうする」

「やめて下さい!」

「この国のために、そうしろと、他の男に抱かれろと、お前はローズに言えるのか」

「そんな、そんなことは、そんなことは」

ロバートはゆっくりと首を振った。苦し気な荒い息が聞こえた。

「言わねば、なりません。それが、私の務めです」


ロバートの手が、強く握られ、拳が震えていた。言葉はとりつくろえても、他は余裕がないのだろう。

「一度だけ聞く。嘘は許さん。お前は、ローズを妹というが、本当か」



第三章

読んでくださっている方々、ありがとうございます。

楽しんでいただけていますでしょうか?


アレキサンダー、第二章で、一度放置した課題に、真正面から取り組むことにしました。


幕間「平穏な日々の終わり」

でも触れた、アレキサンダーなりの、過去への反省の意味もあるようです


ブックマーク、評価、感想、全て本当にありがとうございます


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