5)ロバートへの謝罪
翌日、ローズとの軽食からロバートが戻ってきた時だった。
「ロバートと二人で話がしたい。他は下がれ」
アレキサンダーの命令に、近習達は退席していった。
アレキサンダーは、 二人きりになった執務室で、ロバートを向き合う位置に座らせた。
「何か、ございましたか」
ロバートの声には緊張感があった。
「すまなかった」
アレキサンダーの言葉に、ロバートが目を瞬いた。
「アレキサンダー様、何か、ございましたか」
「昔のことだ。いろいろ、すまなかった」
「そうおっしゃられましても」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは戸惑い続けるばかりだった。
「子供のころのことだ。アリアのことで、色々お前に強いてしまった」
ふっとロバートが息を吐いた。いつもと同じ、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「昔のことです。母は、アレキサンダー様の乳母です。アレキサンダー様をお育てすることは、母の大切なお役目でした。当然のことです」
アレキサンダーもため息をついた。
「お前はそう言うだろうと思っていた」
「そういうものですから」
ロバートは微笑む。
「それでも、お前に、母親を、アリア様と呼ぶように強いたのは私だ。葬儀の日、詰ったこともすまなかった。お前の辛さもわかってやれなかった」
ロバートが目を大きく見開いた。何かを言おうとするかのように、ロバートの口が動いた。
「それは、あの日のことは」
ロバートの目から涙が零れ落ちた。
「すまなかった」
ロバートの目から次々と涙が零れ落ちる。
「本当に、すまなかった」
「いい、え」
「お前と、アリアのやさしさに甘えていた」
「それが、お役目、です、から」
ロバートが両手で顔を覆い、アレキサンダーから顔を背けようとした。
「申し訳、ありま、せ」
「すまなかった」
そっとロバートの頭を抱いた。
「あの時、お前はこうしてくれたろう」
アリアの葬儀で、泣くアレキサンダーをロバートは抱きしめ、そっと背を撫でてくれた。あの時も、あの日以降も、いや、あの日より前も、ずっとアレキサンダーはロバートに甘えてきた。ロバートなら、常にアレキサンダーのために何かしてくれると思っていた。ロバートなら、何かあってもきっと解決してくれる、助けてくれると思っていた。
「ずっとお前に甘えていた。すまなかった」
あなたもロバート離れをそろそろなさったら、というグレースの言葉どおりだと思う。アレキサンダーは、すすり泣くロバートの背をそっと撫でてやった。
どれほどそうしていたろうか。
「お手を煩わせました。もう、落ち着きましたので」
ロバートの声にそっと腕を外した。
「申し訳ありません。みっともないところをお見せしました」
「いや。もとはといえば、私のせいだ」
ロバートはゆっくりと首を振った。
「アレキサンダー様、お互い子供でした。それに、ご存じなかったでしょうが、時々、夜、母の部屋にいったりもしていましたから」
ロバートはそういうが、いつからか、部屋は隣同士だった。大人たちは、ロバートに夜間もアレキサンダーを護るようにと、教えていたはずだ。おそらくは、それまでの間だろう。夜、屋敷の中にほとんど灯りはなかった。暗い中、子供のロバートが、母会いたさに屋敷の中を一人歩いていたと思うと痛々しい。だが、本人はそれを何とも思っていないようだった。
「そうか」
「なぜ、突然昔の話をされたのですか」
「グレースからきいた」
「グレース様が?」
「ローズに、膝枕とは悲しいものなのかと聞かれたそうだ」
ロバートが照れたような表情を浮かべた。ローズがきてから、表情が豊かになったロバートの顔を、アレキサンダーは感慨深く見ていた。
「あぁ、ローズに口止めをするのを忘れていましたね。あの時は不覚でした。急に、涙が止まらなくなって。あの時まで、ずっと忘れていたのですが。私自身も、忘れていたほどです。ですからどうか、お気遣いいただきませんように」
ロバートはいつもと同じように穏やかにほほ笑んだ。
「まぁ、お前がそれでいいならいいが。すまなかったとは思う」
ロバートが忘れていたのか、忘れようとしていたのか、それはわからない。だが、アレキサンダーが、追求したところで、何かが好転するわけでもないだろう。
「しかし、この顔では困りましたね。人払いはよいですが、彼らの職務もあります」
泣いた顔を部下に見せたくないが、仕事のことを気にするロバートは、いつも通りだった。
「大丈夫だ。今日の午後は全員、ローズとサイモンに貸している」
「図書館ですか」
「あぁ、なんでも奥の方の高い棚の掃除をしたいが、ローズの背丈では手伝いにならんし、サイモン一人では体力が先に尽きる。下男には文字が読めないものが多いから、資料や書籍の整理は出来ない。どうしたらいいかと相談されていたんだ」
「ローズが張り切っていそうですね」
「下女に頼んで、掃除道具をあらかじめ運び込んでいたぞ」
「では、私達は後から恨まれないように、書類を片付けておきますか」
手洗い用の水で軽く顔をあらったロバートがいつものとおり席に着いた。




