7)ロバートの葛藤
ロバートが大きく息を吐いた。
「一度だけ、お答えします。確かに妹でした。でも、今は。妹だと、妹であるべきなのです。ローズは妹です。兄と妹ならばいつか別れが来る。妹のままにしておかないと、いつか、別れるときに」
言葉を切ったロバートが、首を振った。俯き、頭を両手で抱えた。
「ローズは妹でなければいけないのです」
微かな声がした。何度も言いよどんだ末の、一言だった。ロバートは、伏せた顔をあげようとしない。自分を抑えて生きてきたロバートにとっては、精一杯の言葉なのだろう。
「だから、いつか」
誰もいないと言うのに、ロバートの腕は誰かを抱きしめているかのようだった。
「ローズは」
微かな声が震えていた。誰も抱いていないはずのロバートの腕は、いつも腕の中にいるローズを離すまいと言うかのように、強く組み合わされていた。
アレキサンダーは、確かめたかった。いつまでも妹だと言い張るロバートに、認めさせたかったのかもしれない。
「後見人の私がローズを、養女に出さねば良いだけだ」
ほとんど誰も寄せ付けなかったロバートが、唯一心を許した相手だ。ローズをどこへもやらなければよい。この王太子宮でいずれは王宮で、ロバートとローズが共に暮らせばよいだけだ。
「ですが、今のままでは、内政を担う者が足りません。あくまで噂ですが、アスティングス侯爵家の長男は凡庸です。次男は問題がある。レスター・リヴァルー伯爵は有能な宰相ですが、高齢です。次の宰相は誰ですか、外交と財務は誰が担うのですか、アーライル家の次男レオンは優秀ですが、彼も一人の人間です。人が足りないことはご存じのはずです」
徐々に顔を上げたロバートは、先ほどの葛藤を感じさせない口調に戻っていた。己の感情を殺し、平静を装おうとしているのだろう。
だが、その瞳が揺らいでいることくらい、アレキサンダーにはわかる。なぜ、そこまで幼子のように、ロバートに心配されなければならないのか、とアレキサンダーの中に徐々に怒りに似た感情が沸き起こってきた。
「それは、お前が考えることか。私の治世だ。私はそこまで凡庸な人間か。確かにすべてを一人で担うことはできない。王も同じだ。今の高位貴族の子弟が使い物にならないならば、下位貴族から探す。あるいは学者を取り立ててもいい。先例がなければ、私が作ればいい」
いくら乳兄弟であっても、政の詳細まで、ロバートが口を出すべきことではない。苛立ったアレキサンダーの口調にも、ロバートは動じなかった
「殿下の治世を支えるのが我々近習の役目、そのために何が必要かを考えるのも当然です」
ロバートは引き下がらなかった。
「だったら支えろ。宰相が凡庸なら、役職だけあたえて飾っておけばいい。有能な者がその代わりを果たせばいい。功績があった者を貴族に取り立て、その者を適切な役職にとりたててもいい。何の問題がある。違うか。今いる貴族だけで、物事を行う必要はない。実際、イサカの町を救うのに最も役立ったのは誰だ。孤児のローズと、近習であるお前、ロバートだろうが。お前は、形式にとらわれすぎだ」
虚を突かれたようなロバートがいた。
「正直に答えろ。嘘はゆるさん。建前は聞き飽きた。お前はローズをどう思っている」




