第44話『片割れの使い道』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社 会長室】
足音がいつも以上に廊下に響き渡り、指先で遊ばせる煙管の回転する勢いが強い。そんなライアン・ブランドを見てダルトン・ブランドは彼の機嫌が悪いことを察した。だからこそ彼は普段よりも半歩下がってその後ろに付き従っていたのだ。
「……ヤクザ者があんな若造連中にシメられるっちゅうのは……世も末じゃのぉ?」
会長室まで待てなかったのかライアンは嫌味っぽくそう告げる。その言葉を甘んじて受けるようにダルトンは小さく頭を下げた。
「えらいスンマヘン。連中ば実力を甘く見とりました」
「一体誰が今回のメンツを揃えたんじゃ?」
「倅のスティーヴンに一任しちょりました」
「ほぉー……自分で仕掛けて返り討ちとは大したタマじゃ」
ライアンは吐き捨てるようにそう告げる。義体化しているとはいえ血縁上の孫が四肢を切断されたとあれば心配の言葉があってもおかしくない筈だが、ライアンはまるで興味なさそうに歩き続けた。
「勝敗なんぞ興味はなかったが、まさかここまで大敗するとは思わんかったのぉ。……連中は?」
「戦皇団の一行は現在応接室に通しております」
「逃さんことじゃ。連中がウチにとって武器になるんっちゅうのを忘れんようにな」
ライアンがそう告げると会長室が見えてきた。しかし、扉の前に立つ若衆の表情を見てダルトンは不審に思った。その表情はライアンの不機嫌さに不安がるものとは違い、まるで怪物を見た後のような恐怖に近い表情だったからである。
「か、会長!」
若衆はカルキノス星人のように顔を真っ青にして走り寄ってくる。不機嫌なライアンもそのただならぬ様子を察したのか無言で若衆を押しのけて扉に手をかけると室内を見て目を見張った。
『ああ、お邪魔しているよ。会長』
ホログラムではあるが上座に堂々と座るハーレイ=ケンノルガ・ルネモルン宰相はそう告げて笑う。ダルトンはライアンの後ろから室内を伺うと義父同様に顔を強張らせた。
会長室で待っていたのはハーレイ=ケンノルガ・ルネモルン宰相を始めとした、アイゴティヤ星知事クリフォード・ストラス、帝国軍大将テセウス・ガイムラン、宰相筆頭秘書官キョウガ=ケンレン・ルネモルンである。今や帝国のトップに立つ面々を前にしたダルトンだったが、彼だけでなくライアンさえもその4人ではなく左奥に鎮座する人物に目を向けていた。
『どうしたんだイ? 君も座りなヨ』
ケロッとした表情でそう告げる小柄な老人……見た目だけで言えばこの中で最も威厳がない。しかしダルトンの前に立つライアンも息を呑み珍しくこめかみを濡らしていた。
「……久し振りじゃのぉ。親父さん」
ライアンは努めて冷静にそう告げる。その視線の先に鎮座するアルバトロス・ガンフォールはライアンに小さく微笑んだ。
『君は随分と手広くやってるみたいだネ。あぁそれと……』
アルバトロスのパタついていた頭頂部の耳がピタリと止め、微笑を保ったまま開いた細い目の奥に漆黒の闇を見せた。
『……親父さんはやめぇヤ』
ホログラム越しでも分かる威圧感をライアンは苦笑を浮かべながら受け止めている。
ダルトンはその錚々たる面々を尻目に後ずさりした。彼等がここにダンジョウが居ないと知らないはずがない。そして状況的にライアンがダンジョウをこの場で売り払うことは大いに考えられた。
『今日は会長と腹を割って話したいことがあってね。こうして私が心を置ける方々に来ていただいたのだ。少し時間をいただけるかな?』
ハーレイは微笑みながらそう告げるがそれは脅迫と相違ない。これだけのメンツを揃えられて断れる人間などそうは居ないはずなのだ。
ライアンはニヤリと笑ってようやく会長室に足を踏み入れた。私室に入るのにここまで神経をすり減らしたことはなかっただろう。
「このメンツで話っちゅうのも面白そうじゃ。……ダルトン、キサンも後ろで」
『この場に不要だ』
ライアンの言葉を遮るようにクリフォード・ストラスが声を上げる。ライアンは彼を睨みつけるが、クリフォードは白い髭とライアンに劣らぬ見事な角を光らせながら同等の鋭い視線を投げかけてきた。
『そして会長。いかに閣下が心の広いお方とはいえ、この国の宰相に対する口の利き方はわきまえるべきと思うが?』
「……そうじゃな。同格以下のキサンとは立場が違うんじゃったわい」
ライアンは牽制の意味も込めてそう告げる。クリフォードは僅かに不愉快そうな表情を浮かべるが、ハーレイの手前激昂することも出来ないのだろう。それ以上は口を開くことなく黙って腕を組んだ。
「ダルトン。したらばキサンはさっきの喧嘩の後始末を付けとけ」
ライアンはそう言い残すと、ダルトンに背を向けたまま扉を閉じてしまった。
締め出されたかのように廊下に取り残されたダルトンは息を呑むと勢いよく歩き出した。そして懐から端末を取り出しどこかへ連絡を入れ始める。
「……私だ。マズイことになりそうだ。すぐに取り掛かるよう指示を出せ」
ダルトンはひと目もくれずそう告げると乱雑に通信を切って走り出した。
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緊迫する室内に一人残ったライアンは敢えて堂々と歩き会長席に腰を下ろした。それと同時にホログラムが移動し、6人は円卓を囲むかのようは配置についた。
「さぁて? こんだけの面子が揃ってバカ話っちゅうわけでもないじゃろ。要件を聞いちゃるわい」
ライアンの不遜な態度にクリフォードは再び訝しげな表情を浮かべる。しかしハーレイは全く気にする素振りも見せずに口を開いた。
『そうか。では単刀直入に行こう。会長、君のもとに今いる客人を引き渡してもらおう』
淡々とハーレイの口から告げられた言葉にライアンは「やはりか」と思いながらも情報がどこから漏れたか推測した。上層部の線を考えるが、このブランドファミリーの幹部となれば裏切るメリットがない。となれば必然的にライアンの目の届かない下の連中に内通者がいると伺い知れた。
「客人か。ダンジョウっちゅうガキのことじゃな?」
ニヤリと口角を上げてライアンは告げる。そして周囲の反応を伺いながら煙管に火を点けた。その態度に我慢の限界を迎えたのかクリフォードが立ち上がった。
『貴様……宰相閣下より捕らえ次第連絡するよう仰せつかっていた筈……何故報告しなかった?』
クリフォードが怒りを押し殺すような声でそう告げるとライアンは煙を吐き出しながら足を組んだ。
「簡単な話じゃ。宰相に連絡ば入れる前に連中が交渉してきおった。ガキのお願いば聞いちゃるくらい大人の嗜みじゃろ?」
『先に盟約を交わした閣下を蔑ろにしてか? 先約も守れぬとは仁義に生きる人間が聞いて呆れる』
『止されよストラス知事』
クリフォードの怒りを諌めるようにテセウスが口を挟む。憤慨する様子を見せながらクリフォードは再び腰を下ろすが、そのあっさり引き下がる姿を見てライアンは嘆息した。まるで示し合わせた演技のようだったからである。
その茶番劇を知ってか知らずかハーレイは彼等のやり取りを見届けて再び口を開いた。
『知事の怒りは理解できないでもない。しかし私は会長を信頼している。今こうしてこの会談に応じているのが何よりの証拠だ。そうだろう会長?』
ハーレイは仕切り直しと言わんばかりの様子でそう告げる。彼の余裕の表情が気に入らないライアンは少しイライラしながら煙管の火種を落とした。次の言葉がライアンの……ひいてはブランドファミリーの今後を決める。しかし最早ライアンには選択肢が無かったのだ。
「ええじゃろ。引き渡すわい。じゃけん、一つ頼みがあるんじゃが」
『そんな事が出来る状況だと思っているのか?』
『構わん。言ってみ給え』
クリフォードの苦言を制するようにハーレイが許可を出すとライアンはニヤリと笑った。
「ダンジョウばガキは渡す。じゃけん、カンム共々部下の連中はウチで預からせてもらう」
ダンジョウという手札を失うのは痛い。しかしあの手練れの3人と美しい女を手元に置いておけば痛み分けに近い状態で利益を得られる。ライアンはそう考えていたのだ。
ライアンの条件にハーレイは驚いた様子も見せず、顎を摩りながら筆頭秘書官の方に視線を投げた。
『ふむ……キョウガ、どう思う?』
『賢兄さえ押さえれば問題ないかと』
まるで問題なさそうにキョウガが告げる。その言葉にハーレイは笑顔で頷くと、次はライアンではなくクリフォードの方に視線を投げた。
『ん。ではストラス知事。そちらから船を回してくれるか。ダンジョウ=クロウ・ガウネリンを引き取ってこちらまで送り届けて欲しい』
『はっ。現在セルヤマですがすぐに副知事に指示を出しましょう』
クリフォードの言葉にライアンは小さく鼻を鳴らす。遠方にあっても忠実な自分をアピールする言葉がくだらなかったからだ。
ハーレイは満足気に立ち上がった時、もうすでに彼はライアンに興味を失っているように見向きもしなかった。そして他の面々に視線を振りまくと、選挙活動中の政治家のような胡散臭い笑みを浮かべた。
『話は済んだ。では会長、お時間をいただき感謝します』
その会長という言葉が自身ではなくアルバトロスに向けられているのはライアンだけでなく周知のことである。しかし当のアルバトロスは『あァ、僕の方カ』と慌てて微笑むと片手を挙げて応えていた。
満足気な表情を残してハーレイのホログラムが消えていく。それに倣ってクリフォード、テセウスのホログラムもゆっくりと消えていった。その場に残った一人てあるキョウガはどこか遠い目をしながら口を開いた。
『会長、ダンジョウ=クロウ・ガウネリンはどのような人物ですか?』
その唐突な問いにライアンは鼻を鳴らす。意外な人物の意外な質問が少し新鮮だったからかもしれない。
「何じゃ? これから殺すガキに興味があるんか?」
ライアンはケラケラ笑いながらそう告げるが、キョウガは至って真面目な……いや、どこか心配気な表情だった。
『いや何……賢兄とあれば、さぞ出来た人間かと思いまして』
「肝は座っとるわい。じゃけん、それ以上は自分の目で確かめることじゃ」
ライアンは微笑んだままそう告げるとキョウガは『楽しみにしておきましょう』と言い残してホログラムを消し去っていった。
残った最後の一人……アルバトロス・ガンフォールを前にライアンは神妙な面持ちで腰を据えた。本来ならばこの会談もここで終わりである。しかしこの場に残っている以上、話さないわけにはいかなかった。ましてやそれが今や冷戦状態の相手であれば尚更である。
「さて……まずは何てお呼びすればええんかのぉ?」
『君とは親子の縁を切ってル。親父以外なら何でもいいヨ』
「したらば……ガンフォールはん」
息を飲みながらそう告げるライアンのこめかみから生える角の付け根から一滴の汗が滴った。
齢七十にして死以外の恐怖を感じる時が来ると彼は思っていなかった。ましてやその恐怖が畏怖であれば尚更である。
「ガンフォールはんはどこまで知っちょるんですかのぉ? あんダンジョウばガキがどういうもんか」
『彼は僕の古い友人の息子だヨ』
アルバトロスはこともなげにそう告げる。ライアンは彼の下に居た時に聞かされていた。アルバトロスが友人と称するのは現教皇であるセイマグル・ヴァレンタイン、そして今は亡き先帝ゼンジョウ=カズサ・ガウネリンだけである。
「亡くなった旧友の倅を良いように扱うっちゅうのは仁義に反するもんじゃないんかのぉ?」
ライアンは自らの事を棚に上げてそう告げる。しかしアルバトロスはそんな挑発を受け流すように微笑した。
『……亡くなっタ? ああ、そうカ。まぁ君の好きに捉えるがいいヨ。……さて、帰る前に君に一つ助言を残しておこうと思ってるんダ』
アルバトロスはホログラムには映らない場所に手を伸ばすと、そこに置いてあったであろうグラスを手に一口すすった。
『君はウチにいた頃は中々見どころがあっタ。だから運送業を勝手に始めた時も見逃していたんだけド……そろそろ潮時かもしれないネ』
「そいつは宣戦布告っちゅうやつかのぉ?」
来るべき時が来た。睨み合いを続けていたが、もとより抗争は避けられないと分かっていたのだ。しかしアルバトロスはまるで分っていないと言わんばかりに苦笑した。
『何を言ってるんだイ? 僕は暴力沙汰は嫌いなんダ。昔からそうだと知っているだろウ?』
「したらば今の言葉の真意を聞かせて欲しいもんじゃの」
『出る杭は打たれル。その際に鎚を振り上げる人物を見誤らない事ダ』
アルバトロスはそう言い残すと彼のホログラムが徐々に消え去っていった。
言い逃げをされた気分のライアンは握り締めていた煙管に力を入れる。煙管がバキっと音を鳴らして煙管が折れたのを確認してライアンは卓上の危機を操作した。
「わぁじゃ。応接室におる戦皇団のダンジョウば連れて来い」
ライアンはそう告げると折れた煙管を放り投げた。
出る杭を打つ相手……それはハーレイなのか、それとも彼がまだ見ぬ人物なのか……ライアンはしばらく考えながらも今は宰相派となることを選択した。




