第43話『用意周到なる皇帝陛下』
【星間連合帝国 セルヤマ星マスドライバー 皇帝用宇宙戦艦スレイプニル内】
船の扉が閉じた瞬間、見送りのセルヤマ星住民に手を振っていたランジョウはにこやかな笑みからいつもの不遜な表情に戻して踵を返した。宮女が列をなす私室へと続く通路を歩いていくと、中央に立つ女性の姿が目に入る。ジュリアン・フェネスは相変わらず年甲斐もないグリーンのミニスカメイド服で微笑んできた。
「お疲れ様でした坊ちゃま」
「フマーオス人の宮女を回せ」
ランジョウは足を止めることなく開口一番にそう告げる。そのままジュリアンには一瞥もくれずに通り過ぎると、彼女は後ろに付き従いながら苦言にも近い口調で述べた。
「坊ちゃま。世継ぎを残すは皇帝のお務めですが、闇雲な姦淫はあまり褒められた行為とは思えませんわ」
「……帝国広しと言え余にそこまで堂々と苦言を呈するはそなただけだな」
ランジョウは苦笑交じりにそう告げる。しかしすぐさま普段の表情に戻すと、ようやくジュリアンの方に視線を投げかけた。
「安心せよ。帰路で交わるつもりはない。ただ内密に行いたい事がある。故に頭の弱いフマーオス人に世話を頼むのだ」
「皇族たるもの星間差別もあまり褒められた行為とは思えませんわ」
ああ言えばこう言うとはよく言ったものだ。とランジョウは再び苦笑する。知能指数においてフマーオス星人が他惑星の人間より劣るのはB.I.S値に裏付けられた科学的根拠である。ランジョウはこのB.I.S値の低い人間に厳しく接することがよくあった。
「そなたの博愛主義は立派なものだ。だが指示に相違はない。下がれ」
ランジョウがそう告げるとジュリアンはそれ以上何も言わずに足を止め頭を下げてランジョウを見送った。
暫く歩を進めて私室に辿り着くとランジョウは振り返る。そして沈黙していたベアトリスに視線を向けた。
「そなたは入れ。トーマスに連絡を入れる」
「御意に」
ランジョウはそう言って私室に入ると美しいフマーオス星人の宮女が頭を下げて出迎えた。ジュリアンの早い仕事に感嘆の表情を浮かべながらもランジョウは彼女の前をさっさと通り過ぎてベット脇のテーブルを操作した。
『お待ちしておりました』
ランジョウがベットに腰を下ろす前にトーマス・ティリオンのホログラムが浮かび上がる。その早い対応にランジョウは満足気に微笑んだ。
「ラヴァナロスは変わりないか?」
『はっ。ルネモルン宰相はヴェーエス星のデセンブル研究所に連絡を入れている模様です』
「ん、それでシャイン=エレナ・ホーゲンはどうか?」
『こちらに付く気は無いようです。陛下と殿下を兄弟にすると申しておりました』
「余と愚弟は既に兄弟であろうに……どうやら貴様の元上官は抽象的表現をする詩人のようだな」
ランジョウはクスクス笑うと再びトーマスの方に向き直った。
「で? その愚弟は?」
『はっ。現在アイゴティヤ星にてブランドファミリーと血闘を行なっている模様です』
「血闘? 懐かしい言葉だな……それで?」
『下知ながら陛下のご意向を重んじ三名の刺客を送りました』
その言葉を聞いてランジョウの右手がピクリと動いた。決して彼の行動を咎めようと思った訳ではない。ただトーマスの口調から上手く事が進んだとは思えなかったのである。
「して? 結果は?」
『恐れながら三名ともに連絡が取れませぬ』
「成程。……またしても愚弟は上手く掻い潜ったか」
ランジョウはまるでゲームをクリアした子供のように満足気な笑みを浮かべる。そしてようやくベットに腰を下ろした。
「来い」
手持ち無沙汰にしていた宮女にランジョウはそう告げながら隣をポンポンと叩いた。宮女が恐る恐る腰を下ろすとランジョウは乱暴に肩を抱き寄せて脇に手を滑り込ませると彼女の胸を揉みしだいた。
「では次の手に移ろう。トーマス、我が愚弟はこの後どうでる?」
『はっ。シャイン=エレナ・ホーゲンの話から察するにやはりカルキノス星に向かうかと』
「カルキノスか……しかしブランドファミリーが簡単に手放すと思うか? いや、それ以前に血闘を行ったと聞くが愚弟が勝利したと思うか?」
『我が方の刺客と連絡が取れぬ以上、何とも言えませんがその可能性は高いかと』
トーマスの言葉にランジョウは右手を宮女の胸から離すことなく一考する。そして小さく微笑むと軽く頷き、空いている左手でベット脇の機器を操作した。
僅かな時間を得てホログラムが徐々に浮かび上がる。そこに立つ姿を見てランジョウは薄い笑みを浮かべた。
「余が直々に連絡を入れたのだ。感謝するが良い」
『……痛み入りまス』
マーガレット・ガンフォールは無感情で頭を下げる。従順に見せているが恐らく彼女の心情としては今の自分の置かれている状況は不本意だろう。ランジョウはそんなマーガレットの心情を察しながらニヤリと笑った。
「貴様にチャンスをさずけよう」
『実にありがたいお言葉でス』
マーガレットは頭を上げることなくそう告げる。彼女から視線を外すことなくランジョウは言葉を連ねた。
「ダンジョウ=クロウ・ガウネリンを乗せた船がアイゴティヤ星からカルキノス星に向かう。その船を捕縛せよ。抵抗が激しいようならば撃墜でも構わぬ。その際は愚弟の死を示す証を持ち帰ることだ」
ダンジョウの言葉にマーガレットは頭を下げたまま微動だにすることなく告げた。
『承知致しましタ。我が海賊連合を派遣いたしまス』
「手段など報告する必要はない。せいぜい励め。達成出来れば真の我が軍門に下らせてやろうぞ」
ランジョウは宮女の胸をを凝視して揉みしぎながらそう告げる。するとマーガレットはようやく顔を上げた。
レオンドラ星人は心に動きがあると頭頂部の耳に現れるという。しかしマーガレットの耳を微動だにさせない。それは彼女の心に一切の動揺が無いと証明しているようなものだった。
『必ずや愚弟の首を上げて見せましょウ』
耳は動かない……動揺が無いことは証明されている。しかしそう告げるマーガレットの表情は冷たく、どこか人間味が感じられなかった。
『陛下、ガンフォール様に忠言を差し上げたいのですがよろしいでしょうか?』
隣で眺めていたトーマスが口を開くとランジョウは「よかろう」と許可を出す。するとトーマスはマーガレットの方に向き直った。
『私が派遣いたしました帝国軍の暗殺部隊と連絡が取れなくなっております。恐らく向こうには相当の手練れが付いているかと』
『……シャイン=エレナ・ホーゲンが付いていル。それだけで脅威となる事は分かっているワ』
『それが手練れというのが団長……もといシャイン=エレナ・ホーゲンだけではないようなのです』
『……』
僅かに沈黙を挟みトーマスはマーガレットを見つめてからさらに言葉を連ねた。
『派遣したのは3名。その全員が帝国軍でも指折りの実力者です。無論、暗殺という高度な任務において3人という数は決して多くはありません。失敗したという可能性の方が高くても致し方ないでしょう。ですが全員と連絡が取れないというのが気がかりです。先にも申し上げた通り3名とも帝国軍の精鋭……全員と連絡が取れないというのは少し妙でしょう?』
『……確かニ。では我が海賊連合にも本腰を入れさせるワ。トーマス君にあとで派遣する規模の詳細を送るから見てもらえるかしラ?』
『……ええ。確認させてもらいます』
トーマスは小さく微笑みながら頷く。するとマーガレットはランジョウの方に向き直ると変わらない冷たい表情で告げた。
『では陛下。私目は早速部隊の編成に取り掛かりまス』
『ああ、期待しているぞ』
ランジョウはマーガレットの方に見向きもせず、その手を宮女の下半身に伸ばしていた。
マーガレットが頭を下げると同時にホログラムが消えていく。ランジョウは耳元に響く宮女の吐息を避けるように立ち上がった。
「トーマス。どう思った?」
ランジョウは宮女に背を向けてそう尋ねると、トーマスは再びランジョウの方に向き直った。
『恐らく我らに付くのは本心でしょう。ですが何かを隠しております』
「ん……ベアトリス、そなたはどう思った?」
「マーガレット嬢は知者として有名ですが、その妹は若くして中々の統率力を持つとも聞いております」
「妹……確かシャルロット・ガンフォールと言ったな」
「はっ。陛下のご命令で適齢期に入り次第後宮入りするよう手配しております」
「……成程な……ククク……どうやらマーガレット・ガンフォールという女は中々の妹思いのようだ」
ランジョウはそう言って微笑む。そして再びベットに腰を下ろした。
兄弟間の殺し合いに巻き込まれた姉妹もまた殺し合いを始める。しかしそれは姉側からすれば妹を守るための戦いになる。同じ殺し合いでも目的が違うだけで見え方が変わる事にランジョウは少し皮肉さを感じた。
「一先ず、カルキノスまでの愚弟の動向はマーガレットに任そう。トーマス我らはその間に宰相の裏側を探る」
『はっ……先にも申し上げましたジュラヴァナ星との連絡の件も含め調査を続けます』
トーマスはそう言って頭を下げるとホログラムが徐々に消え去っていった。
ランジョウは小さく息をついて隣に座っていた宮女に小さく笑みを見せた。
「もうよい。そなたはジュリアン・フェネスの下に向かい軽食を持つように伝えよ」
宮女は慌てて立ち上がる。そして大袈裟に頭を下げて扉に向かって走り出した。その背中を見ながらランジョウは扉の前に立つベアトリスに視線を送る。彼女は黙って頷くと宮女の後を追うように私室から出ていった。
「いかにフマーオス人でも……不安要素は排除せねばな」
ランジョウはそう呟くとベットに倒れ込んだ。戦艦の中とは思えない程に豪華な天井を見つめながら自らの志を胸の中で思う。その志のおかげで死んでいく人間の数はこれから益々増えていくだろう。だがランジョウはもう止まるつもりはなかった。




