第42話『噎せ返る地下で 後編』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社 地下施設】
如何に天武の才に恵まれようと不意打ちには対処できない。急な敵の突貫に吹き飛ばされながらも攻撃を完全に防いでいたベンジャミンはそう思っていた。
ベンジャミンはその巨体では想像できない後方宙返りを繰り出して着地すると、攻撃してきたCSではなく主君を侮辱した三代目と称される男……スティーヴンに視線を送った。未だ変更はない第一攻撃対象である男はカンムに対して何やら話しかけているようだった。
「(……まぁいい……奴の次は……)」
ベンジャミンはスティーヴンから次の標的に視線を移す。先に彼が思った不意打ちに対処しきれなかったであろう男……ビスマルクはカンム等を挟んで逆方向に吹き飛ばされていた。
「……チッ」
ベンジャミンは思わず舌を打つ。彼の予想に反してビスマルクも全くの無傷であり、有り余った元気を発散するかのような怒号を上げていたからである。
自らの主君に相応しいとは到底思えない下品な男の存在にベンジャミンは苛立っていた。これまで父親から迫害されて厳しい訓練を乗り越えてきた彼はいつの間にか感情をなくした。いや、自ら押し殺したはずだった。そんな彼にとって好き勝手なことばかり告げるビスマルクとはどうしても相容れなかったのだ。
「(……あの青二才は……いずれ……処理する……)」
ビスマルクは物騒なことを思いながらようやく正面の敵を注視した。目の前のCSは腰から折りたたみ式の斧を取り外すと両手で振りかぶるように構えた。その雄々しい光景に歓声が響き渡るがベンジャミンは至って冷静に迎え撃つように方天戟を構えた。
彼の闘い方は至極単純である。四方どこからであろうと自らの間合いに入ればその方天戟を振り下ろす。いわば後の先というべき戦法だった。
「うらぁぁぁぁぁ!」
斧を振り上げる男はジリジリと間合いを詰めながら威圧するような気合の声を上げる。しかしベンジャミンはただ一点に男を見ているだけだった。敵が複数となればそれぞれに視線を投げる必要があったが、対一の戦闘となれば一人でいい。その単純さがこの上なく気楽でベンジャミンはいつも異常に冷静だった。
「……ぬ」
ベンジャミンは相対する敵の後方……観客の方に視線を向ける。その先の観客席にいるその男は周囲と違って闘技場ではなくVIP席を見上げていた。
男の放つただならぬ雰囲気を察したベンジャミンは構えを解くと方天戟を左片手で持ち堂々と歩いて間合いを詰めていった。
「キ、キェェェェェッ!!」
隙だらけの大胆な動きに敵は威圧するように再び気合の声を上げる。しかしベンジャミンは臆することなくゆったりと歩きながらその距離を詰めていった。
ベンジャミンは観客席の不審な男に注意を払いながら斧を構える敵のみぞおちからから広がる相手の間合い……見えない球体を見定めていく。その球体の表面に足を踏み入れた瞬間――敵は両手持ちの斧を振りかざした!
「うらァァァァァっ!」
「……」
敵の気合を嘲るようにベンジャミンは無表情のまま方天戟の柄の先を左手で持ちながら振り上げる。
振り上げられた斧は横一線に振り払われるが、ベンジャミンはその軌道をしっかりと捉えながら無表情で上体だけをのけ反らせた。ベンジャミンの下半身は地面にしっかりと根を張り微動だにしない。しかしその背中と方天戟は地面スレスレまで迫っていた。
ベンジャミンの上体と長く重々しい方天戟はまるで一直線のようになって地面と平行を維持する。そのありえない体勢に観客席から驚きの声が上がるが、彼の表情はやはり変わらなかった。
上体をのけ反らせるベンジャミンはその眼前を斧が通り過ぎていくのを視認する。そしてグッと歯を食いしばると彼の上体の筋肉が一気に膨れ上がった!
「……ぬんッ!」
ベンジャミンは小さく息を漏らして上体を引き起こすと、自らの筋力と遠心力を利用して方天戟を横薙ぎに振り払った!
「ガハッ!」
方天戟の柄の中心部が敵の胴を捉える。すると方天戟を通じて呻き声や様々なものが折れる音がベンジャミンの耳に響き渡った。しかし彼はその手を緩めることない。ベンジャミンが方天戟を振り抜くと敵はまるで糸の切れた人形のように観客席まで吹き飛ばされていった!
歓声が悲鳴に変わる。吹き飛んでいった観客席を見ていたベンジャミンは徐々に収まる土煙の先に広がる光景を見て安堵した。
「(……殿下の……ご指示に……背くことは……なかったと……判断する……)」
ダンジョウから人死には避けるようにと指示を受けていたベンジャミンは痙攣するCSとその下敷きになっている不審な男の手が動いているを確認して心の中で呟いた。
ベンジャミンはようやく主君を侮辱した男に攻撃できることに歓喜しながら振り返る。しかし、その眼前には思いがけない光景が広がっていた。
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久しく最高に苛立っていた。ビスマルクにとって兄貴分であるダンジョウを馬鹿にされることは自分が馬鹿にされる以上に許せなかったのだ。そんな減らず口をたたいた男に一発をくれてやろうと思った矢先に邪魔が入った。苛立ちが最高潮に達するのは仕方がないかもしれない。
「何邪魔してくれとんじゃ! こんゴミカスがぁッ!」
ビスマルクはその青い肌が真っ赤に燃え上がりそうなほどの怒りで敵を罵る。しかし相手も流石マフィアなだけあって彼の汚い言葉に物怖じする様子は見せない。敵は至って冷静に背部のスラスターを起動させて後方に飛ぶと、まるで町中に放たれた猛獣を捕らえるハンターのようにブラスターライフルを構えていた。
「……舐め腐りおって……キサン如き雑魚にオラが取れる思っちょるんかッ!」
ビスマルクは金色の目を血走らせながら堂々と距離を詰めていく。敵がライフルの引き金を引くのを確認すると同時にビスマルクに向かって紫色の閃光が一直線に飛んできた! ……が、その軌道を確実に見きっていたビスマルクは装着した盾であっさりと弾き飛ばした。
「チャカなんぞにビビると思っちょんか! 舐めんなやコラァッ!!」
盾に弾かれた閃光が地面に突き刺さって小さく爆ぜる。その衝撃音とビスマルクの怒号が観客のボルテージを上げていった。敵はそれでもなお引き金を引き続けるが何度やっても同じことだった。
幾度となく弾いた閃光が地面に刺さるたびに土煙が上がっていく。その中を歩きながらビスマルクはチラリと視線をベンジャミンの方に移した。
「……ッチ……あん赤達磨も生きちょったか」
普段と変わらない無表情で方天戟を構えるベンジャミンを確認してビスマルクは小さく舌打ちをする。そしてノールックで再び敵の弾丸を防いだ。
ベンジャミンという男の腕が立つのは認める。しかしビスマルクは彼の言葉足らずな部分が気に入らなかった。それはかつて否応なしに暴力で周囲を支配していた自分の姿を思い出させたからである。同族嫌悪ならぬ恥ずべき過去を再現されているような気分は誰にとっても不快だろう。
「……あんボケ……絶対に一辺締めちゃる……あん?」
ビスマルクは確実に距離を詰めながらも観客席からただならぬ気配を感じた。それは野生の勘とも言うべき彼なりの直感に近かった。
「……何じゃ……? あんガキ?」
見上げた観客席に立つ男はどこか落ち着きがなく懐を弄っている。ビスマルクは自らの勘を信じて再び正面に向き直ると、かなり近くまで迫っていた敵を見定めた。相手はいくら撃っても当たらない標的に明らかに動揺している。ビスマルクが不敵な表情で更に歩を進めると、ついに敵は背部スラスターを起動させて再び空中に舞った。
「ようやく飛んだか。ボケ」
ビスマルクはそう呟いて大きく屈むと地面にクレーターを残して飛び上がった! その驚異的な跳躍力は敵のCSを遥かに飛び越え、あわや地上との境目である天井にも届きかねない高さへ到達している! その姿を見た観客席からは大きな歓声が響き渡った。
一瞬で制空権を取ったビスマルクは動揺して空中で振り返ろうとする敵の背中に飛びついた! 相手も当然ビスマルクを引き剥がそうと背部スラスターを起動させようとするが、ビスマルクはナックルを起動させてスラスター部分をぶち抜いた!
「う、うわっ!」
初めて聞いた敵の声は思いの外ナヨナヨした若い声だった。背部スラスターが完全に故障したことで掴み合う二人は落下していく。しかしビスマルクはそんな状況を気にもせず、ライフルを持つ敵の腕を掴むと観客席に銃口を向けた!
「兄貴の命令じゃ。命だけは助けちゃる」
そう呟いてビスマルクは引き金を引く。紫色の閃光は懐に手を入れていた男の足を貫き、不審な男はその場に倒れ込んだ。
見事に標的だけを倒したビスマルクはニヤリと微笑むと再びナヨナヨした声が彼の耳に響き渡った。
「だ、ダメだ! お、落ちる!」
不審な男を処理しても地上数十メートルの高さから落下しているという状況は変わらない。敵の「うわぁぁぁぁぁ!」と叫ぶ情けない声を聞きながらビスマルクは彼を空中でヒョイと肩に担ぐと、再びクレーターのような穴を作って着地した!
地面に響き渡る音と同時に驚きの歓声が響き渡る。ビスマルクは展開している盾で敵の頭にチョップを打ち込むと、CSのヘルメットが砕けてその顔が露わになった。声に似つかわしくない強面な顔のレオンドラ星人は涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながらビスマルクを呆然と見上げていた。
「トドメじゃ」
ビスマルクは男を地面に押し付ける。すると男は「いやぁぁぁぁぁ!」という情けない叫び声をあげた! それは命乞いとも取れる断末魔の叫びだったが、ビスマルクは問答無用と言わんばかりにて右腕を振り下ろした!
「……」
観客席が悲鳴から沈黙に切り替わる。男の顔面の真横に叩き込まれたビスマルクの拳によって地面には先程の跳躍や着地とは比較にならないほどのクレーターが出来上がっている。
恐怖のあまり失禁しながら失神した男を見下ろしながらビスマルクはスッと立ち上がった。
「言ったじゃろ。命だけは助けちゃる。兄貴の命令じゃ」
内心では「キマった」と思っていたビスマルクは少し得意気な笑みを浮かべてから思い出した。この闘技場にはその兄貴分であるダンジョウをガキ呼ばわりした男がいるのだ。その最大の攻撃対象を思い出して彼は振り返るとそこに広がっていた凄惨な光景に思わず目を見開いた。
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刀を構えていたカンムは左足を踏み込んで一気にスティーヴンとの距離を詰めた! そして自らの間合いの一歩手前で刀を抜く。その斬撃は空振りしたかのようにスティーヴン眼前を僅かに掠めて天を仰いだ。
「殿下の御命令だ」
カンムはそう告げると天に向く愛刀を回転させて持ち変える。カンムの攻撃を予測したのかスティーヴンは両腕を頭上でクロスさせて防御態勢に入るが、関係なしと言わんばかりにカンムは峰を正面にして唐竹割りを繰り出した!
――バキッ
「……!」
無機質な破壊音と異様な光景にカンムは自らの目を疑った。振り下ろした斬撃は峰打ちではあったが確実に防御態勢のスティーヴンの腕を捉え、そのCSの外装を突き破っている。……しかしカンムの愛刀はそこで動きを止めた。つまり振り抜く事ができずに受け止められたのだ。
「甘く見られたのぉ」
薄い笑みを含んだスティーヴンの声が聞こえる。それと同時にスティーヴンは両手を振り払うようにして右手に持っていた薙刀を振り払ってきた!
「……!」
斬撃を受けたカンムは闘技場の壁まで吹き飛ばされた。頑丈な壁は砕け散り瓦礫に埋もれながら土煙でボヤける視界を確かめる。それと同時に観客席から「三代目ーッ!」「いいぞーーッ!!」と叫ぶ歓声が耳に届いた。
「キサンとは踏んだ場数が違うんじゃ。両腕両足なんぞとっくに義体化しちょるわい」
スティーヴンはそう言って腕のCSを剥ぎ取っていく。カンムが打ち込んだ合金製のスティーヴンの右腕には僅かな傷だけが残っていた。
「B.I.S値なんぞ関係ない。義体化すりゃ生身より強くて当然じゃ。並の人間なんぞに勝ち目はないぞい」
ほくそ笑むスティーヴンは合金製の両手で薙刀を振り回し始める。その勢いは凄まじく、地面の小石を吹き飛ばすほどの風を生み出していた。
徐々に距離を詰めてくるスティーヴンを瓦礫の中から見ていたカンムは思わず溜息を付いた。
「……無様な」
自らを戒めるようにそう呟く。薙刀の斬撃は柄部分で防ぎ、壁への激突も受け身でいなしたおかげで傷はない。しかしカンムは油断した自分が許せなかった。瓦礫の隙間から両隣で闘うベンジャミンとビスマルクに視線を送る。二人は余裕の表情のまま如何にして敵を倒すか頭の中で組み立てている節さえ見て取れた。そんな二人の姿が尚更カンムを自戒させた。
「……お二方ならここまで吹き飛ばされることも無かっただろうに……いや、ましてや攻撃など受ける以前に初撃で仕留めていただろう。全くもって無様だ」
カンムは自らの不甲斐なさと以前よりダンジョウに仕える二人の忠臣の先輩に敬意を払いながら呟くと、服に纏わり付く瓦礫の破片や砂埃を払って立ち上がった。
土煙が収まると同時に立ち上がるカンムを見て観衆は盛り上がりを見せる。いや、それはカンムなどではなく両端で闘う豪傑二人に向けられたものかもしれない。カンムは小さく息をつくと刀を収めて再び居合の構えを作った。
「馬鹿の一つ覚えか?」
スティーヴンは呆れたように笑いながら挑発まがいの言葉を投げかけてくる。しかしカンムは今更そんな言葉で動じることはなかった。彼はベンジャミンやビスマルクに比べて自らが心情を隠すことに優れていたことを思いながら薄い笑みを浮かべた。
「何がおかしいんじゃ?」
スティーヴンが振り回す薙刀は唸りを上げ辺りの小石を蹴散らしていく。そんな光景を前にしてカンムは小さく深呼吸してから答えた。
「自らの滑稽さがおかしいだけだ」
「滑稽? 何じゃ? 相手の力量を測れんところか?」
「私はまだまだ子供だった」
カンムはそう告げると右手で愛刀の柄をぐっと掴む。そしてようやく正面のスティーヴンに敵意ある視線を投げかけた。
「……我が君を侮辱されて落ち着いていられるほど私は大人ではない」
カンムはそう言い残して僅かに舞っていた土煙が吹き飛ぶほどの踏み込みで一気に距離を詰めた! スティーヴンはまるで分かっていたと言わんばかりに振り回していた薙刀の遠心力を活かして唐竹割りを放つ。カンムは神速とも言える速さで刀を抜くと、その斬撃は先程同様にスティーヴンの眼前を掠めた! ……が、先程と違う光景がそこにはあった。カンムの振り上げた居合抜きは薙刀の柄を切り裂いていたのだ。
カンムはそこから振り上げた刀を持ち変えることなく振り下ろす。その斬撃は合金で出来たスティーヴンの右腕を切り落とした!
「ぬああぁッ!」
痛覚は排除してあるのかスティーヴンは痛みではなく自らの右腕が切り裂かれたことに驚愕の表情を浮かべている。しかしカンムの攻撃はこれだけで終わることはない。彼は振り下ろした刀を勢いそのままに納刀すると再び居合の構えを取り、先程以上に腰を落として真横に一閃した!
「ぐぬぅッ!」
振り抜いた斬撃は右腕同様に合金で出来ていたらしいスティーヴン両足を切り取った!
両足まで合金とは知らなかったのか観客席からはどよめきの中に女性の悲鳴が入り混じっている。最早立つことが叶わなくなったスティーヴンはその場に崩れ落ちた。
カンムは地に這うスティーヴンに刀を突きつけながら見下ろした。
「我が君は人死には避けるよう私に命じた。その慈悲深さに感謝するがいい」
カンムはそう言って両隣を確かめると当然のことながらベンジャミンとビスマルクも闘いを終わらせていた。言うまでもなく傷一つ無い二人に苦笑しながらカンムは刀を納めた。
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歓声というよりもどよめきが闘技場を包んでいた。年端も行かない子供にブランドファミリーの猛者が敗れたのだ。しかもそれが完敗であれば当然かもしれない。そう思いながらレオナルドは闘技場で立つ三人を見つめた。
「(……強い。真ん中の彼なら僕でも何とか戦えるだろうけど、あの大きな二人はジュラヴァナ星で戦った青白いCS以上かも……そしてこれほどの面々を従えるとは……)」
闘技場からVIP席に視線を移す。不愉快そうなライアン・ブランドの後ろには未だ不満気な表情を浮かべる少年の姿が見て取れた。
「(勝利してあんな表情を浮かべるなんて……闘い方に不満があったんでしょうか……?)」
レオナルドはそう思いながら再び周囲の観客席に視線を戻すと、いまだどよめきが収まることなく人々は戸惑いの表情を浮かべていた。
「まぁ当然ですよね……ん?」
レオナルドはそう呟きながら人気のない観客席の最上段通路に立つ男に気付いた。
男は周囲と違って戸惑いというよりも緊張の面持ちを浮かべている。そのただならぬ雰囲気を察したレオナルドはゆっくりと観客席の間にある階段を登り、徐々に男との距離を詰めて行った。まだ確信がないのでこれ以上動きようがない。仮にここで捕らえて武器を持っていたとしても、ここではそんな人間の方が多いのだ。
「……ッ!」
男が意を決したように懐から銃を引き抜いてVIP席に向けようとした瞬間――レオナルドはその右手を掴み引き金が引けぬように指を滑り込ませた!
「! な、何だキサ」
「こちらを向かない方が身のためです」
レオナルドは小さな体をより縮こまらせて呟くと男の腕をひねり上げて地面の押し倒した。周囲は未だ闘技場に集中していた最上段のいざこざなどに目もくれない。しかしそれはそれで都合が良かった。
「くっ……どこの者だ?」
周囲のどよめきに紛れて字面に突っ伏す男は無機質な床を眺めながらそう告げる。レオナルドは男の後頭部を見下ろしながら答えた。
「自分の頭が狙われれば止めるのが普通でしょう?」
「成程。……まさか愚弟の部下がこんな所にまでいたとはな……」
「……何ですって?」
男の言葉にレオナルドは戸惑う。彼はてっきりこの男が狙うのはライアン・ブランドだと思っていたからである。そして愚弟という言葉……愚弟とは現皇帝を蔑んだ渾名である。
「待ってください……ぐ、愚弟? それはラヴァナロスにいる皇帝の事でしょう?」
レオナルドは自らが知る情報との違いにさらなる戸惑いを見せるが男は観念したようにほくそ笑んだ。
「……さぁな……俺もつい先程聞かされたことだ……」
「貴方は誰に頼まれてこのような事を?」
「そんな事を白状できたらどれだけ楽だったかな……ふ、ふははは…………グフッ!」
男が何かを噛み締めたと同時にその身体から力が抜けていった。字面に寝転ぶその体をレオナルドは慌てて転がすと男は血を吐きながら既に事切れていた。
「……毒……か」
レオナルドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、闘技場内に勝敗を知らせるアナウンスが今頃になって流れ始める。勝利を称える歓声は皆無で皆一様に戸惑いの声を上げる中、レオナルドは耳に装着していた通信機を投げ捨てた。
「(……僕が追っていた積み荷は愚弟……つまり現皇帝は賢兄だったということか……そしてその愚弟の命を狙う者がいる……これは……)」
複雑な状況にレオナルドはバタつく頭頂部の耳を隠すようにフードを被った。そして闘技場の出口に向かって歩きながら再び状況を頭の中で整理する。
考えれば考えるほどに事態は彼の範疇を超えた次元にある。そしてその時、彼をこの状況に巻き込んだマーガレット・ガンフォールの顔が頭を過った。




