第45話『虎穴からの脱出』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社】
血闘後の手続きは簡単なものだ。結果をデバイスに打ち込み、そこに両者の署名を入れる。
その手続きのために組員と思しきチンピラ達に連れられたイレイナとダンジョウはエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが動き始めた瞬間に感じた違和感にイレイナはその美しい顔を歪ませた。
「……会長室行くのでは?」
会長室はこの施設の最上階にある。にも関わらず下降し始めたエレベーターの中でイレイナはチンピラ達にそう告げるが、ダンジョウとイレイナを囲むチンピラ達は答えない。しかしイレイナの横に立っていたほかの連中とはどこか違う男は薄い笑みを浮かべながら口を開いた。
「調印は地下にある居室で行うのがこの世界の習わしでして……ご足労申し訳ないです」
「ふーん。何だ? 調印用の部屋でもあんのか? 金持ちのやることは分かんねぇな」
危機感のないダンジョウは気楽そうにそう告げるが、どことなく不満そうな表情を浮かべている。おそらく未だに血闘に参加させてもらえなかった事に納得がいっていないのだろう。イレイナはそんな彼に少し呆れながらも思考を廻らせていた。
「(戦闘は私の分野ではないのですがね……)」
そう心の中で呟きながらイレイナは女性秘書官らしく両手を前で組む仕草をしながら袖の隙間に隠している小銃の安全装置を外す。この状況を切り抜けられるかは五分五分だった。如何せん彼女は潜入や諜報、情報管理といった類に関しては自信があったが、戦闘に関しては一般人と比べても優れているとは言い難かったからだ。
イレイナはエレベーターの中にいる人数を確認する。自身とダンジョウを除けば4名……闘技場から戻らないビスマルク、ベンジャミン、カンムであればこの程度はすぐにでも片付けられるだろう。しかし戦闘力が乏しい彼女がそれを成し遂げるには一瞬のスキを突き、更に運が重なることが条件に入っていた。
「(扉が開く瞬間……それしか勝ち目はないですね……)」
チンピラ達に悟られないようにイレイナは何とか心を落ち着かせようとするが、扉が開きそうになった瞬間、彼女の腕は隣に立っていた男に掴まれた。
「……必要ありません」
男はイレイナにしか聞こえないように囁くとエレベーターの扉が開いた。
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将来の夢は公務員。欲を言うならば最上級である帝国公務員。
何故ならば真っ当に生きられてお金に困らないからである。そして何より帝国公務員となれば、周囲から妙な目で見られることもなくなるのだ。幼少期から「マフィアの子」として生きる事を義務付けられていたヴァイン・ブランドはそんな普通の生活を求めていた。
『お前は感性がまとも過ぎるのが玉に傷だな』
そういう父ダルトンの言葉にヴァインは眼鏡の位置を直した。
「これは誰しもが持つ一般的な感情だ。僕はお兄さんのように暴力は好まない。僕が好むのはお金の力さ」
『お前ほどの才覚があればウチで大金を稼げるとしてもか?』
「稼ぐにしても奇麗な金であってほしいね」
『世の中金だけではないという言葉もあるぞ? 青臭いが目には見えない友情や愛なんてものはな』
「理解しているよ。お金で買えないものは沢山ある。でも買えるものはもっと沢山あるというのも事実だ」
『買えるものと買えないものを天秤にかければ?』
「目に見えないものをどうやって秤にかけるのさ?」
ヴァインはそう言って小さく鼻を鳴らすと耳に付けた通信機越しに父の呆れたような苛立ったようなため息が漏れた。
『屁理屈を言わせればお前の右に出る者はそういないだろうな』
「屁理屈か……フッ……それは論破された人間が使う言葉だよ。それじゃそろそろ切るよ」
『せいぜい達者で暮らすことだな』
通信を終えたヴァインは通信機を耳から取り外してポケットにしまい込む。
彼が歩を進める通路の先にはモデルのように手足の長いカルキノス人の女性が立っている。コーンロウ頭の女性の前を横切ってヴァインは手にしていたタブレットに目を落とした。そこにはこれから彼が為すべきタスクの一覧が並んでいる。そして頭の中でそのタスクを終えた時の自分の未来予想図を組み立てた。
「(このまま家にいてもなし崩し的にヤクザ稼業を手伝わさせられるのは目に見えている。真っ当な帝国公務員になるにはこの家から出るのは最低条件でもある。こんなデカい組織から抜け出すにはそれ以上の後ろ盾が必要になる……人生に博打を打つのは不本意だけどこれが最も効率的……と思いたいものだね)」
自分を納得させるために頭の中で繰り返すシミュレーションにヴァインは思わず自嘲した。
小さく鼻を鳴らしてこめかみから生えた自身の角をなでながら歩みを進めていくうちに彼は最地下のエレベーターホールに辿り着いた。そしてじきに到着するであろう人物をそこで待つため、彼はエレベーターの扉の前で待ち構える。
「(これで血生臭い世界とはおさらばだ)」
ヴァインの心の中には安堵感と不安感、そして妙な高揚感が入り混じっていた。
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目の前を通り過ぎて行ったアイゴティヤ星人の少年の後姿にチラリと横目を流す。この裏社会の巣窟には似つかわしくない少年の姿に少し違和感を感じたからだ。
「(こんな場所にあんな子が……ま、人の心配してる場合じゃないっスけど)」
ジャネット・アクチアブリは少しシュンとした様子でペッとガムを吐き捨てる。
薄暗い地下の通路にボトリと落ちた味のしなくなったガムはまるで自分のように見えた。生まれた研究所では「不用品」として捨てられ、回収されたこのブランドファミリーでは長時間の輸送業務でこき使われる日々……しかし、今日もそれで終わりである。保安部で不要と見なされた彼女は急に上司から急にクビと最後の輸送業務を言い渡された。それは組織にとって自身が不要になったというだけの事なのだろうと彼女は解釈していた。
「(ま、どうせしみったれた人生ッス。……はぁ……といいつつこれからどうすればいいっスかね……)」
まだ先のある人生を思いながら彼女は深々とため息をついた。
ジャネットを保安部から追い出して最後の仕事を与えたのは上長であるマリアン・ブランドである。このマフィアの会長であるライアンの一人娘である彼女はどこからどう見ても七光りでやる気も実力もない人間だった。彼女に感謝する事といえば長時間労働のおかげでアイマスクさえつければどこででも寝れるようになった事くらいだろう。彼女に恩義など微塵もなかったが、それでもジャネットはこれまで最低限の仕事はこなしてきたつもりだった。彼女は無免許だったがエアバイクから大型戦艦まで操縦する技術があったのだ。
「(ったく……いつまで待ってりゃいいんすかね)」
ジャネットがそうボヤキながら口に新しいガムを放り込むと、通路の先から怒号が入り混じった声が響き渡った。
「もういっぺん言うてみぃ!」
その怒号の先にジャネットは思わず振り返る。すると彼女が指示を受けた人相と全く同じ人物が3人現れた。
「……殿下は……某が……お守りする……貴様は……大人しく……していろ……」
「キサンに指図される筋合いはないわ! 兄貴の許しがありゃあキサンの頭をすり潰しちゃるんじゃがのぉっ!」
「戦後とはいえどうかお二人とも冷静に」
その姿を捉えたジャネットは寄りかかっていた壁から離れると3人の方に向き直った。
言い合いをしていた2人と冷静な1人が視線を向けてくる。それまで全く意見の食い違っていた3人だったが、彼女に向ける視線に関しても全く違うものだった。
「……何か……用か……」
「だあっとれ赤だるま! キサンは女子の扱いが分かっとらんのか! ……なななな何かご尿でですかな?」
「……御屋形様のもとに戻りたい。案内を頼みたいのだが」
無関心、動揺、警戒、それぞれ違う反応を見せる3人を見てジャネットはガムを噛みながら無作法に頭を下げた。
「どもッス。詳しく聞かされてないんスけど、皆さんをカルキノスに送れって言われたんス。あと出来れば仕事紹介してくれると助かるッス」
ジャネットがそう告げるとスコルヴィー星人の大男は無表情の上からでもわかるような訝しげな表情を浮かべた。
「……人に……ものを……頼む……態度では……ないな……」
「さーせんッス。クセなもんで。とりあえず船の前まで案内するんでついてきてもらえるッスか? ほかの人も多分後でに来ると思うんで」
ジャネットはそう言って踵を返すと、首にかけていたヘッドフォンを耳に当ててポケットに手を突っ込んだままクチャクチャとガムを鳴らして飛空艇ドッグまで気怠そうに歩き始める。
その不遜で不作法な態度が上長の不信を買っていた事など彼女は知る由もなかった。




