皇帝崩御 第18話『ぼくらの奪還戦争 後編』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ マスドライバー】
<AM04:00>
護送船の操縦室に警報が鳴り響く。その耳をつんざくような音は警戒心よりも人から冷静さを奪う方に本領を発揮してしまい、操縦室にいた副操縦士、通信士、機関士は皆一様に小さな混乱に陥っていた。
「はいはい。みんな落ち着きましょうね。深呼吸、深呼吸」
混乱する操縦室内で1人冷静さを保っていた操縦士は、まるで教員のように軽く手を叩きながら彼等を宥める。そして改めて目の前で起きた現象を確認し、そこに至るまでの今日1日を思い返した。
ローズマリー共和国から潜入していたスパイの強制送還、その任務を言い渡されたのが今朝の早朝である。彼は駐在するクリオス星の基地からここセルヤマに向かってこの護送船を操縦してきた。セルヤマの重力圏に入って早々、かつての上官から無理難題を頼まれ、何とかそれを成し遂げてからこのマスドライバーで待機をしていたのだ。そして、ようやくスパイ連中の収容が済んだと思えば、マスドライバー周辺に謎の爆発音が響き渡る。奇襲兵器ではなく観賞用花火ということが判明するも、何者かが侵入したという知らせを受けて出発時刻を短縮。ようやくこの観光惑星から飛び立とうとした矢先に操縦室に警報が鳴り響き現在に至っていた。ちなみに警報の原因は進行方向に別宇宙船が割り込んだことによる緊急停止要請のものである。
「さぁて……なんて報告書に書けばいいですかね?」
操縦士は困ったようにそう呟く。しかし、どこか落ち着きながら通信士の方に振り向いた。
「管制塔はなんて言ってます?」
「妨害電波のようなものが入り混じり依然連絡が取れません」
通信士はヘッドセットに手を当てながら何度も通信を試みているが、彼の通信状況は操縦士である彼のヘッドセットにも届いており、操縦士は肩を竦めながら無情なノイズ音を聞き取っていた。
「そうですか。ん~、では見たとおり報告するしかないですね」
「ですが中尉、CSを装備した何者かが宇宙船を進行方向へ引っ張ってきましたと言って信じてもらえるでしょうか?」
副操縦士は戸惑った表情を浮かべながらそう尋ねてくる。
まだ夜明け前のうっすらとした暗がりの中、彼等の眼前に一直線に伸びていたマスドライバーへと繋がる滑走路には未だ民間用と思しき宇宙船が図々しく横向けに停止していた。
「まぁいいですよ。離陸時間にさえ間に合えば上層部も特に文句はないでしょうし」
操縦士は薄っすらと笑みを浮かべながら頭を掻くと、通信士が戸惑ったように声を上げた。
「中尉! 通信です!」
「あ、管制塔に繋がりました?」
「い、いえ! あの、おそらく、前方のCSの人物から」
「あ、そっちですか。まぁこんな事しでかすんだから何かしら要求があるんでしょうね。はい。じゃあ繋いでください。この操縦室にオープン回線にして構わないので」
操縦士はそう告げると、操縦室の前に広がるフロントガラスの下から宇宙船を引っ張ったであろうCSの人物がゆっくりと浮かび上がってくる。彼は飛行に慣れていないのか、拙いスラスター制御でゆらゆらと揺れており、左腕からは接触回線による通信用ワイヤーを伸ばしていた。
『あー、あー、何これ? 聞こえてんの?』
思いの外軽い口調に操縦室の面々はまたしても戸惑った。CSの人物はヘルメットで顔が隠れ、更に変声機によって声が変えられているので性別は判別できないが、まだ若い人物であることは間違いなかった。
「はい、どうも。聞こえていますよ」
操縦士はそう告げるとCSの人物は安心したような声を発した。
『あー良かった。これで話し出来なかったら意味ねぇからな』
「接触回線は一番感度が確実だから大丈夫ですよ。それで、何か御用ですか?」
『ワリィんだけど1人話がしてぇ奴がいんだ。そいつを降ろしてくんねぇかな?』
飄々と繰り出される犯罪者解放という要求に操縦室内の空気は張り詰める。しかし操縦士だけは何ごともなく通常運転のごとくケラケラ笑った。
「ははは。申し訳ないです。流石に犯罪者の解放っていうのは難しいですね」
『そこをなんとか頼むわ。ちょっと話すだけでいいからさ』
「いやぁ、無理ですよ。そんな事したらここにいる全員の首が飛んじゃいますって」
『じゃあさ、会わせてくれたらこの宇宙船どかしてやるから』
CSの人物はフラフラと宙を舞いながら目の前を横切る宇宙船をバンバン叩く。まるで子供のような……いや、事の大きさを全く気にしないような物言いに操縦士はまたしても小さく笑ってしまう。そして、彼は操縦士の証とも言えるゴーグルを外して目を細めた。
「管制塔と連絡が繋がったんですが、その宇宙船の移動は直ぐに可能とのことです。だからその要求はこちらとしては交渉材料になりませんね」
『え、そうなの?』
操縦室内の面々は一斉に操縦士に視線を向ける。未だ管制塔とは連絡が繋がっていない中で、操縦士の放つハッタリは、さながら立てこもり犯との駆け引きを繰り出す雰囲気を醸し出していた。
僅かな沈黙の後、CSの人物は困ったようにヘルメットの上から頭をボリボリと掻き始める。そして、徐に腰のベルトから銃を引き抜き操縦室へと突きつけた。
『じゃあ脅迫するしかねぇな。ちょっと話させろ』
何とも臨機応変な行動力に操縦室の面々は再び息を呑む。しかし、この船は護送船というだけあって、武器はいくらか保管してあるし、監視の帝国兵も何人か乗艦している。ここで戦闘を引き起こしても帝国軍側が有利なのは目に見えていた。
「ん~、待ってくれますかね? まさか貴方1人でこの船と対峙するつもりですか?」
『いやいや、俺1人でここまで来れるかよ。仲間がまだいるからな』
その得意気な声に操縦室の緊迫感はピークに達する。彼等が気付いていないだけで、実は周囲をすでに囲まれているのかもしれない。そんなことを推測させるほどCSの人物は自信に満ち溢れていたのだ。
「ちゅ、中尉……管制塔から通信です……」
通信士にこっそりと耳打ちされ、操縦士は黙ったままフロントのディスプレイを指差す。すると、通信士は管制塔から送られてきた指示を文章に変換してディスプレイに映し出した。
[宇宙船移動完了まで時間を稼ぐように]
その言葉を見て、管制塔の方から数人の武装した帝国兵が物陰に隠れながら近寄ってくる姿が目に入る。どうやら、横切る宇宙船に潜入して直に動かそうとしているらしい。
「……ん~……分かりました! ではその方とお話ししていただきましょう」
操縦士の返答にまたしても周囲は驚愕の視線を向ける。
「ちゅ、中尉! それはあまりに……」
「ただし、規律上降ろすことは出来ません。乗降扉を開けるのでそこでお話してもらえますかね?」
張り詰めた空気の中、CSの人物は先程までゆらゆら揺れていたにも関わらず、ピタリと停止した見事な姿勢制御を保っていた。
『ワリィね。無茶言っちまって、ありがとさん』
CSの人物はそう告げて銃が降ろすと、左腕から伸ばしていた通信用ワイヤーを切り捨て脚部のスラスターを起動させる。すると彼は一瞬で操縦室からは視認できない位置まで上昇し、そのまま後部の乗降扉の方へと飛んでいった。
「ど、どうするんですか! これは重大な規律違反ですよ!」
副操縦士は焦りと戸惑いから汗だくになっていたが、操縦士は何食わぬ顔で背もたれに体を預けた。
「問題ありません。どちらにせよこちらは今は飛べませんからね。下手に暴れられて船に損害が出るのも好ましくないですし、話すだけなら要求を飲んで時間稼ぎしたほうがいいでしょう」
「し、しかしハリトーノフ中尉」
副操縦士は困ったような表情を浮かべながらも、何も言い返せずに口ごもっている。リーゼル・ハリトーノフはそんな彼を宥めながら心の中でため息をついた。
「(はぁ~……団長も無茶を言いますよねぇ……レズビアンの1人娘は彼女を追ってローズマリーに亡命してしまいますし……本当に僕はローズマリーと反りが合わないみたいです……それにしてもあのCSの子、銃を持ってるふりをするとは、肝が据わってますね)」
明らかにマスドライバー作業用のCSを着ていた彼だが、マスドライバー用のものに武器は付いていない。恐らく、彼が突き付けてきた銃のような者は溶接用の火器に過ぎないだろう。
リーゼルは白髪交じりの頭をポリポリと掻きながら目の前の宇宙船が動くのを待つことにした。
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<AM04:13>
「あの」
「質問は許可していない」
取り付く島もない帝国軍人……今朝フィーネの家を襲撃したバーンズ中尉は無表情でそう告げると、立ち上がる彼女に着いてくるよう指示を出した。
船の様子がおかしいことはフィーネだけでなく他の収容者たちも気付いているようだった。出発に時間は迫っているというのに護送船は緊急停止してそのまま動かず、フィーネらローズマリー人は皆一様にエメラルドの瞳を見合わせていたのだ。
そんな中でフィーネは名指しで連れ出され、こともあろうか即効性の高価な薬によって目の痛みを和らげてもらえた。おかげで先程まで立つ気力もなかったのに、今ではこうして自力で歩くことも出来ている。人気もなく綺羅びやかさの欠片もない通路を進む中、目の前を歩くバーンズ大尉は徐に立ち止まった。
「……君」
「え? は、はい」
俯いていたフィーネは顔を上げる。周囲に人の気配はなく、その通路を歩いているのは2人だけのようだった。
「母上のことは……申し訳なかった」
彼はそう告げると、それ以上は何も告げずに再び歩き出す。
直接的ではないにしても、母の指を切り落とし死への道標を作った男。しかし、フィーネは彼を咎めることは出来ない。
バーンズは母の命を奪った存在ではあったが、その母は彼女をスパイ行為に巻き込んだ存在でもある。そして母のせいとはいえ、彼女もその行為に加担している。仕掛けたのが自分たちであるという事実がある以上、フィーネには目の前の男に飛びかかるような真似は出来なかった。しばらく通路を歩き続け、バーンズはピタリと足を止める。そして、何も告げずに乗降扉を開いた。
外の寒気が流れ込み、フィーネは思わず両手で体を覆う。搭乗用の通路が繋がっていないおかげで、扉の先にはライトに照らされたまだ薄暗い滑走路が広がっているだけだった。
「ここに」
バーンズはそう言って乗降扉の前を指さす。
「え……」
「ここに立ちなさい」
無慈悲な表情から発せられたその言葉はフィーネにとって死刑宣告のように聞こえた。彼が指さした乗降扉の前は断崖絶壁の崖っぷちに等しい。自然の崖と違うところといえば、その場から落ちた際には叩きつけられる場所が水平に整えられた滑走路であるというだけだろう。
フィーネは息を呑みながら一歩を踏み出す。吹き荒ぶ風の音が耳に届き、冷たい風が肌から体温を奪っていく。そして彼女の右目には無機質に広がる不気味な滑走路が飛び込んでくる。
フィーネは初めて直接的な死を実感して震えた。そして死にたくないということは自分はまだ生きたいのだということを痛感した気分だった。心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、フィーネは大きく息を吸いながら残った右目を閉じる。
「よぉ」
聞きなれた……そしてどこか懐かしい声に彼女はそっと右目を開く。そこにはCS姿の誰かが宙に舞っていた。いや、誰かというのは語弊がある。なぜなら彼はフィーネが今もっとも会いたかった人に違いないからだ。確証はないのにそんな確信がフィーネにはあった。
「ダンちゃん……?」
フィーネは恐る恐る呟くと、CSのヘルメットのフロント部分が収容されてその顔が露になる。
「カカカ。ここまで来んのに苦労したぜ」
聞きなれた声、見慣れた顔、全く苦労を感じさせないその仕草。予想が確信に変わった瞬間……フィーネは断崖絶壁にいることも忘れて乗降扉の外へと、ダンジョウの胸に飛びついていた!
2人は当然のように滑走路に投げ出される。しかし、フィーネにとってはどうでも良かった。先程まであれほど死が怖かったのに今は何も怖くない。地面に衝突する前にダンジョウは背部スラスターを起動させると、フィーネは彼に抱えられながら夜明け前の離着陸場を舞った。
2人はまるで糸の切れた凧のように宙を舞う。ダンジョウの「あ、危ねぇ!」と叫ぶ声とフィーネの子供のように無邪気な笑い声が響き渡る。薄っすらと明るくなってきた空の中を2人はヒラヒラと舞ってから、ようやく護送船の真上に降り立った。
「あービビった。オメェ急に抱き着くなよ」
「ごめん。嬉しくてつい」
「オメェ、俺のこと好きすぎだろ」
「今更?」
フィーネはそう言って微笑むと、思い出したようにハッとして左目を隠した。
ダンジョウに会えたことの喜びはとてつもなく大きい。しかし、その気持ちが強ければ強いほどこの姿を彼に見られたくはなかったのだ。思わずダンジョウから顔を背ける中、彼はフィーネの頭にそっと手を置いた。
「悪かったな」
「……何が?」
「助けんのが遅れた」
彼女の頭を撫でるダンジョウはそれ以上何も言わず、ただそっと彼女の身体を抱き寄せた。
地平線が徐々に明るくなってきている。護送船が飛び立つ日の出まで時間はそんなに残されていない。恐らく、帝国軍もその最低予定時刻を狂わせる気はないのだろう。護送船の前を横切るように止まっていた宇宙船が徐々に後退して、護送船に滑走路を明け渡そうとしている。フィーネはダンジョウの胸の中でその光景をジッと眺めていた。
「フィーネ」
夜明けの空は雲一つない。その美しさは最後の秋晴れと呼ぶに相応しい。その中で聞こえるダンジョウの声は心地よく、フィーネはこのまま眠ってしまいたいとさえ思っていた。
「……何?」
かろうじて返事をすると、ダンジョウは彼女の両肩に手を添えてそっとその顔を覗きこんできた。
「今まで何をしたかとかはどうでもいい。どうせオメェのことだ。お袋さんにいいように使われてたんだろ?」
ダンジョウの優しい笑顔にフィーネはお腹の底からジンとくる衝動を感じる。しかし、その衝動を抑え込もうと、フィーネは再び彼から顔を背ける様に日差しが覗きかける地平線の方に顔を向ける。
「それは……言い訳にならないから」
「そうか。……で? これからどうしてぇんだ?」
その問いにフィーネは少しハッとしながら彼の方を振り返る。ダンジョウは何食わぬ顔で、まるで夕ご飯の献立を尋ねるかのように飄々としていた。
これからのことなどロクに考えていなかった。きっと母国に戻り、強制労働をさせられるのだろう。自分の未来の予測は出来ても、願望を考えるということを彼女は今の今までしていなかった。いや、そんなことを望む資格が自分にはないと思っていたからかもしれない。
「……私は……」
再び俯きながら考える。これからの事、自分は何を望んでいるのか。その答えは見えていた筈なのに何故か今見失っているような気がしていた。
「もしも逃げてぇんなら助けてやる。そのかわりもうスパイなんてすんな。俺と一緒にいりゃそれでいい」
フィーネが答える前にダンジョウは代替え案と言わんばかりにそう告げる。それはまるで彼の願望のようにも聞こえた。
そんなダンジョウの顔を見て、フィーネは昨晩の事を思い出す。青く輝くジキルの下で、ダンジョウへの好意を再確認した人生で最高の誕生日を……
「……ダンちゃんは……これからどうするの?」
ダンジョウの顔を見上げると、彼は少し面食らったような表情を見せてからニカっと笑った。
「俺か? 俺はなぁ……ああ、決めてんだ。オメェの暮らしてる国との境目っていうのか?」
「国境の事?」
「おお! それだそれ!」
ダンジョウはそう言うと少し得意気に胸を張って告げた。
「オメェみたいにやりたくもねぇことをやらされるような世の中は平穏とは言えねぇ。だから、そうしなくて済むようにって考えたらよ。国境をぶっ壊すしかねぇって結論に至ったな」
「え……それって、共和国を侵略するってこと?」
フィーネは不安気な表情を浮かべるが、ダンジョウは呆れたように笑った。
「なーんでそうなんだよ! 要はスパイなんてしなくてもいいようにすりゃいいんだ。つまり、単純に仲よくすりゃいいんだろ? バカな大人連中がいがみ合ってっからこうなるってんなら、そいつらをぶっ飛ばすか説教してやるしかねぇな。そんでお互いに飯でも食って仲よくすりゃ済む話じゃねぇか。そいつを果たすのに邪魔する奴がいんなら喧嘩することになるけどな」
「……」
フィーネはポカンとしながら彼の顔を見つめる。彼の言うことは理想であり幻想だ。それが出来ないから国境があり、国という形で文化を分けているのだから。
しかし……彼の言葉には言霊があった。単純でありながら芯を食ったようなその言葉は、綺麗事ではあるが人間が決して捨ててはいけないものだった。
「……そっか、そうだね」
ようやく彼女は思い出す。自分は彼とどうなりたかったのか。タクミやビスマルクは彼に付いていくことに喜びを感じていたがフィーネは違う。彼女の望みはダンジョウの隣に並んで一緒に笑うことなのだ。
自分の気持ちを確かめる。いや、確かめる必要はない。答えは昨晩に出ているのだ。フィーネは少し時間をおいてから顔を上げた。
「私……このままローズマリーに戻るよ」
「……そうか」
ダンジョウはほんの少しだけ残念そうに。しかし、まるでそうなることが分かっていたかのように微笑む。そんな彼の予測がすべて正しいことを証明するかのようにフィーネはようやく普段の笑顔を取り戻して話した。
「私、この国に来てから色々知ったんだ。星によって色んな人がいるし文化も違う。それまではローズマリーの文化が普通で正しいことだと思ってたのに全然違うことがあった。だから、私は向こうに行って、向こうの世界を変える。そしてダンちゃんもこの帝国を変えることが出来たら、きっと全ての星が平穏になると思う。私は、ダンちゃんと一緒にそう出来るように頑張るよ」
「おお、共同作業って奴だな!」
「そういうのあんまり他の子には言わない方が良いよ」
フィーネは得意気に微笑むとダンジョウも笑った。
「よし、そん時が来るまで、諦めんじゃねぇぞ」
ダンジョウはそう言って再びフィーネの頭を雑に撫でる。彼女はただ微笑みながらじっとダンジョウの顔を見上げていた。
――今行かなければ後悔する。
2人は全く同時にそう感じていた。ダンジョウはフィーネの頬に手を添えると大きな爆発音が響き渡った。薄っすらと明るい空に広がる花火に2人は思わず驚きと同時に感動を覚える。暗闇の中に光る花火とは違い、僅かな明るさを放つ空に浮かぶ花火は夜に見る以上に儚く見えたからだ。
「そこまでだ」
突如届いた2人以外の声にダンジョウとフィーネはハッとする。気付けば周囲にはCSを装備した帝国兵が浮かんでいた。
「おま、むぐ!」
ダンジョウが叫ぼうとした矢先に収納されていたヘルメットが現れ彼の顔を包み込む。彼の胸の中に居るフィーネがそっと差し出していた手が彼の首元から離れると彼女はこっそりと囁いた。
「(ほら、正体は隠しといたほうがいいでしょ?)」
「(急に被せんな。ビビっただろ)」
「(ははは。で? ダンちゃんはどうやって逃げるの?)」
「(あ? 考えてねぇよ)」
「(え、何してんの? シャインさんは? 何も言わなかったの?)」
「(そういえばあのババァ何してんだ?)」
2人は状況も考えずにいつものままヒソヒソ話をしていると急に護送船が動き出した。
予想外の展開に帝国兵たちはバランスを崩して隊形が乱れ、その瞬間にダンジョウはフィーネを抱き寄せて再び空に舞い上がった。
『えーもうすぐ日の出なので、定刻通り出発します。あ、言い忘れましたが周囲の人は気を付けてくださいね』
ダンジョウのCSに先程話していた操縦士の通信が響き渡る。まるで援護のような行動に少し戸惑いながらも、ダンジョウは脚部と背部のスラスターを巧みに操り護送船の乗降扉へと向かう。すると、そこにはフィーネを送り出していた帝国兵が乗降扉を開けたまま立っていた。
「いたぞ!」
2人の存在に気付いた帝国兵はブラスター銃を構え宙を舞いながら撃ち始める。
ダンジョウは護送船の動きと造形を利用しながら巧みに躱し続け、2人を掠めたブラスター銃の光は或いは空に向かって直進し、或いは頑丈な護送船の外壁に当たりながらも傷一つ付けることも出来ずに蒸発していった。
着実に乗降口へと近づく中、ダンジョウは先程の直感を思い出した。
「フィーネ」
「ん? 何?」
胸の中でしがみつくフィーネは危機的状況だというのに全く不安そうな素振りを見せていなかった。その姿はまるで母親に体を預ける幼子のようだった。
ダンジョウは空を舞いながらヘルメットのフロント部分だけを開放する。そして抱きしめる彼女の唇にそっとキスをした。呆然とするフィーネをいつになく真面目なダンジョウの唇が離れた瞬間、2人は乗降扉の前に辿り着いて空中停止する。
ダンジョウはバーンズに彼女を託すと、はしゃぎだす子供の様に両手を上げながら再び飛び立った。
「またなー!」
ダンジョウはまるで故障したロケットの様に螺旋を描きながら飛び去っていく。フィーネは乗降扉のギリギリに立ちながら別れの言葉を叫んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
護送船は滑走路を走り出し、成層圏まで伸びるマスドライバーに向かって突き進んでいく。その姿は、昇ってきた海陽に向かって飛び立っているようだった。
護送船が噴出したガスや朝霜のおかげで、ダンジョウは何とか姿をくらまし帝国兵から逃げおおせた。しかしその代償かCSのスラスターを最大出力にしたせいで、ダンジョウは近くの森まで飛ばされる羽目になった。おかげで、彼は何とか連絡が取れたビスマルクを待ちながら無様な体勢で大樹からぶら下がっている。しかし、海陽が照らし始めた空を見送るその表情はいつになく晴れやかだった。




