皇帝崩御 第17話『ぼくらの奪還戦争 中編』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ タルゲリ教会】
<ダンジョウ、シャインのマスドライバー突入の約6時間前 PM21:00>
外は暗くなり人気はない。いつもなら賑わう繁華街も今日はほとんどの店が閉め切り、まるで人が消えた街のように北風が吹く音だけが鳴り響いていた。
出入星規制があったおかげで観光客の姿も少なく、前日からこの星にいた観光客も昼にあったスパイの摘発……それに伴う惨劇のせいか、セルヤマの住人さえも外出する者はほとんどいない。そんな暗闇の中、タルゲリ教会の外れにある蔵では彼らは作戦会議を開いていた。
「マ、マスドライバーを、襲撃じゃとっ!?」
ビスマルクの体に等しい声量に3人は思わず耳を塞ぐ。しかし、彼は戸惑った表情を浮かべながらお構いなしに叫び続けた。
「な、何を考えとるんじゃ! あ、兄貴!」
「いや、それしかねぇだろ? なぁババァ?」
ダンジョウはそう言って振り返ろうとすると、ダンジョウの後ろに立っていたシャインは笑顔のままノーモーションでダンジョウの頭にゲンコツを振り下ろした。
「いてぇんだよ!」
「誰がババァ? ん? 言ってみな? それとも二度と口がきけなくしてやろうか!」
威嚇し合う2人の間にタクミは大きな体で割って入る。
「よしなよ、こんな時に。二人の喧嘩なんてこれからいくらでもできるだろう?」
そんな彼の言葉に耳を貸すことなく、シャインは渋い表情でダンジョウを指差しながら不満をぶちまけた。
「というか何でマスドライバーを襲撃するなんて話になんのよ! 大体アタシはフィーネちゃんを助けることに賛成なんてしてないからね!」
「はぁ? 何だオメェ? コイツは皇子の勅命だぞ? 不敬罪にしてやろうかバーカ!」
ダンジョウは挑発するかのように睨みつけると、シャインは怒りを通り越し、絶望したように体を震わせながら拳を握り締めていた。
「……え? バカって言われたの? ……このアタシが? しかもこのバカに……?」
最早止められない怒りのせいで、彼女の握り締める拳から血が滴り落ちる。そして、そんなやり取りを眺めていたタクミとビスマルクにシャインは思わず詰め寄った!
「ねぇ? コイツ何なの!? これが手ぇ貸せって頼む態度!? もう無理!! アンタらこんな奴の下に付くってどんだけバカなの!? それともそういう癖があんの!?」
「姐さん落ち着きぃや。兄貴の身勝手っちゅーのは今に始まった話やないじゃろ?」
「そうだよ。何より彼は僕らを下になんて見ちゃいないさ」
タクミとビスマルクに諫められて、僅かながらに落ち着きを取り戻したシャインは2人と共にダンジョウの方に振り返る。……ダンジョウは挑発するかのように白目を剥き出しにして舌を出していた。
「あ、殺す」
無の境地になったシャインは腕を捲りながら詰め寄ろうとし、2人は再び「まぁまぁ」と言いながら彼女を止める。
ダンジョウは最早涙目で怒りを堪えるシャインと、そんな童女の胴回りにしがみ付いて止めようとする巨漢2人を眺めながらケラケラ笑っていた。そしてその場で胡坐をかくきながら不遜な態度で再び声を上げた。
「カカカ! まぁどうでもいいからよ。オメェは作戦考えろ。これが終わったらオメェの話もちゃんと聞いてやるからよ」
ダンジョウの言葉に大男2人を引き摺っていたシャインの動きがピタリと止まる。それと同時に頭に上っていた血が一気に覚めるかのようにシャインは冷静さを取り戻した。
「……アタシの話?」
明らかに空気が変わったことをタクミとビスマルクは感じ取っていた。その証拠に、シャインの殺意は消え去り、2人が力を入れずとも彼女はダンジョウに飛び掛かろうとはしなかったのだ。そんな彼女に対して、ダンジョウは含んだ笑みを浮かべながら頬杖をついた。
「ああ。皇帝が死んだタイミングで俺に生まれを話すってこたぁ、オメェは俺に何かさせようとしてんだろ? 何だ? 俺に次の皇帝になれって言いてぇのか?」
思いがけない言葉にシャインの表情は変わる。バカで単純で無鉄砲としか見えないダンジョウが見せる初めての洞察力に少し驚きを隠せなかった。その証拠に、ダンジョウからは先程までのおちゃらけた空気は消え去り、ダンジョウはタクミやビスマルク、フィーネ、そしてこのセルヤマを去った多くの同世代の友人らが慕うリーダーのオーラを纏っていた。
その姿はまさに皇族……いや、生まれながらの中心人物、主人公というものに近いものだったのかもしれない。
「まともな話できんのね」
シャインは少し冷たい目で胡坐をかく彼を見下ろすと、彼も同じく冷静な……そしてどこか反抗的な目で頷いた。
「あたりめぇだ。でもそいつは相手次第ってことだろ。現にオメェは今まで俺とまともに話そうとしたことでねぇじゃねぇか」
彼の最もな言い分にシャインは自嘲的に笑う。まさかこの愚弟分に論破される日が来るとは思いもしなかった。
今、シャインは初めて彼の……ダンジョウの成長を目の当たりにした気分であり、それと同時にダンジョウの本心を読み取ることもできた。彼は命令しているのではない。今、シャインと交渉しようとしているのだと。
「……分かった。 ……協力したげる。そのかわり今回の件が終わったらアタシの考えてるこれからの展望を聞きなさいよ?」
今ここで彼の言うことを聞き、その後で自分の目的を告げることの方が効率的だとシャインは感じたのだ。それはダンジョウがその段階まで昇ってきたということを認めることでもあった。
「いいぞ。んじゃ、とにかくマスドライバー潜入作戦を考えようぜ」
ダンジョウの言葉を確認したシャインは冷静な表情を浮かべると、まだ彼女の動きを止めようと体にしがみ付いていたタクミとビスマルクに視線を投げる。空気を察した2人は慌ててシャインから離れるとダンジョウの両サイドに腰を下ろした。
「まず、潜入捜査の基本を教えたげる。ま、潜入捜査に限った話じゃなくて、何かしら目標がある場合の基本ね」
シャインはそう前置きすると並んで座る3人の前に樽を置き、そこの腰を下ろしながら講釈するように説明した。
「今回の目標はフィーネちゃんの奪還。その為にはマスドライバーにある囚人の護送船に向かう必要がある。その為にごく少数でマスドライバーに潜入するのが最大条件になるわ。で、大事なのはここから。国際的なスパイ集団の護送船の周りには当然警備も厚くなる。それに対してこちらの数はたったの4人。そこで潜入者を最小限にして、なるべく他が注意を引きつける」
「なるほど。つまり囮がいるってわけか」
ダンジョウが合点がいったと言わんばかりに笑みを浮かべるが、シャインは冷静な表情のまま続けた。
「有体に言えばね。それと必要なのは潜入内部の構造、脱出ルート、逃走手段の確保よ。タクミ、アンタは伝手を使って航宙社からマスドライバーの施設の内部情報を聞いといて。それと、防火扉の開閉システムを掌握して脱出ルートの算出もね」
「了解だ」
タクミは三重顎を作りながら頷くと、シャインは次にダンジョウとビスマルクの方を見た。
「で、アンタ達2人は囮役。なるべく人を集めるか何かで騒ぎ立てなさい。作戦が終了したらその混乱に乗じて各自散開よ」
「騒ぎを起こせばいいんか……人を集めるにもどうするかのぉ?」
ビスマルクは腕を組みながら考えていると、ダンジョウは不思議そうに尋ねた。
「おい待てよ? タクミが情報収集と逃げ道確保。ビスと、俺がおびき寄せるって潜入はどうすんだ?」
「潜入はアタシ1人でやるわ。安心しなさい。向こうに顔が利く奴が何人かいるから、それを利用してフィーネちゃんを連れだしてくるから」
「そうじゃねぇよ。俺が潜入しねぇでどうすんだよ?」
キョトンとしながらそう尋ねるダンジョウに3人から一斉に視線が注がれる。その3つの視線は「コイツ何言ってんだ?」という感情で統一されており、そのことを察したダンジョウは呆れたように声を上げた。
「おいおい? 何考えてんだよ? 俺はフィーネん所に行かねぇとダメだろ?」
「アンタ何言ってんの?」
「ダンジョウ。少し冷静になって考えたらどうだい?」
「全くじゃ兄貴。大将が敵陣に切り込むなんざ、バカなオラでもせんぞ?」
3人の説得と呆れの返答に対してダンジョウは少し怒ったように立ち上がる。そしてまるで分っていないと言わんばかりに説教のような口調で叫んだ。
「オメェ等は何を聞いてたんだ!? いいか? 今回の目的はフィーネを助けることじゃねぇ! アイツの本心を聞くことだろうが! 仮にアイツを護送船から無理矢理連れ出して何の意味があんだよ!? アイツの意思でどうするか、アイツがどういう気持ちでいるのか、アイツがどうしてぇのか、それを確認すんのが目的だ!」
「ダンジョウ。君に言い分は最もだが、だからこそシャインさんが彼女を連れ出してきて……」
「アイツが自分の国に戻りてぇと思ってたらどうすんだ?」
「え?」
思わぬ問いにタクミは思わず押し黙る。戸惑う3人を尻目にダンジョウは少しハッとした表情を浮かべながら納得したように笑いだした。
「カカカ! ……そうかそうか! 分かった! さてはオメェ等は俺がフィーネを助けようとしてると思ってんだな? 何言ってんだよ。それもそうだけど本命はそこじゃねぇ」
「ま、待ってくれ兄貴! じゃあ何でフィーネはんのところに行くんじゃ!?」
戸惑うビスマルクにダンジョウは胸を張る。そしてさも当然と言わんばかりに告げた。
「決まってんだろ! 俺たちの一番のモットーは全員平穏だ! その為にはフィーネの……つまりはアイツの国にとっての平穏を聞いとくんだよ。そんで俺たちはアイツの国も平穏になるようにすんだ。そうすりゃアイツの国だってスパイなんてしなくて済むだろ? そいつを聞いた上で、アイツがここに残りたいのかどうかを確かめる!」
胸を張るダンジョウにタクミとビスマルクはポカンとした表情を浮かべる。しかし、シャインはその言葉を聞いてケラケラ笑いだした。
「はっはっは! なるほど! そうだったわね! アンタは自分の願望と人の平穏が重なってるんだったわ。しかし国単位とは大きく出たわね。まぁバカなりに的を得てるけど」
珍しく称賛するシャインにダンジョウは思わず目を輝かせた。
「お、ようやく俺の偉大なる意思が理解できたかババァ!」
「まぁね! だから今の失言は聞き流したげる!」
ダンジョウはニッカリと微笑むと、ビスマルクの方に振り向いた。
「つーわけで、作戦は変更だ。ビス、オメェは自分家から花火もってこい」
「は、花火?」
ビスマルクは思わず尋ねると、ダンジョウはコクリと頷いた。
「ほら、何かスゲェ沢山発注があったって言ってたじゃねぇか。そいつらを持ち出してマスドライバーの近くで撃ちまくれ! んで、ついでにオメェん家のエアカーを借りてそいつで逃げるとしようぜ」
「ちょっと待って」
話を進めるダンジョウにシャインは先程のような怒りを滲ませた表情ではなく冷静に割って入る。そして、彼に歩み寄ると諭すように言い放った。
「アンタの気持ちはよく分かったわ。でも、潜入はアタシ1人に任せな。その方が成功率も高いし、アンタの……じゃなくてフィーネちゃんの意思に合わせて必要ならまた護送船に連れてってあげるから」
その真剣な物言いにダンジョウだけでなくタクミやビスマルクは息を呑むが、ダンジョウはそれでも首を縦に振ることはなかった。
「ダメだ。そこは譲れねぇ。俺が行く」
「何で? アタシが信用できないの?」
「そうじゃねぇ」
ダンジョウは少し困ったように……というよりも恥ずかしそうに、少しもじもじしながら告げた。
「こんな良い所見せる機会は……早々ねぇだろ?」
これまでの信念や生き様といった話と打って変わり、とんでもなく個人的すぎる意見に3人はただただ閉口した。
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【星間連合帝国 準惑星セルヤマ マスドライバー】
<AM03:47>
大樹にもたれかかりながら、ビスマルクは夜空を眺めていた。星の海の中に輝く人工的でありながらも美しく輝く花火を見ていると、いつも喧嘩ばかりの父がこのように美しいものを作り上げていることが意外に思えた。
『ビスマルク。残りの地点の花火の発射はまだかい?』
インカムに届くタクミの声を聞き、ビスマルクは周囲を見回して帝国兵がいない事を確認してから答えた。
「ああ、残りの地点はもうちょい待ちじゃ。フィーネはんへの手向けにもしたいからのぉ」
『君も苦労するね』
タクミの労いを聞きながら、ビスマルクは腰に装着していたボトルを取って口の中に水を注ぎながら笑った。
「ははは。なんてことないわい」
『そうじゃない。慕っている人間と思い人が繋がっているなんて悲しい恋じゃないか』
「ぶっ!」
思いがけない言葉にビスマルクは思わず水を噴出した。
ビスマルクがフィーネに好意を持っていたのは、ダンジョウと血闘した幼少期の話である。この地区に転校してきた評判の美少女に会うためにビスマルクはこの地区にやって来た。しかし、彼はその時に美少女と同時に自らの力の使い方を教えてくれる導ともいえる存在にも出会ってしまった。ビスマルクが尊敬の恋愛の板挟みにあっていたことなど誰も知りよう筈がない。少なくとも、彼はそう思っていた。
「……まさかタクミが気付いとるとはのぉ」
『ま、君とも付き合いは長いからね。何より、お互いにダンジョウの尻拭いという貧乏くじを引いてきた仲じゃないか』
「違いないわい。まぁ、兄貴と一緒に行動して後悔したことなんぞないがのぉ。そんなことより、兄貴は大丈夫なんじゃろうな?」
ビスマルクは話をすり替えいるようにそう尋ねると、タクミも彼の気持ちを察してか少し確認してから返答してきた。
『ああ。今、シャインさんに言われていたCSを取りに向かっているはずだ。滑走路が近過ぎるせいか通信が利かないがね。状況によっては護送船の通信を盗聴するよ』
ビスマルクは少し安心しながら再び夜空を見上げる。まだ上がり続ける花火の数々は彼の気持ちの整理のように消え去っていく。そんなセンチメタルな気持ちをかき消すかのように帝国兵の声が響き渡った。
「どこへ行った!?」
「探せ!」
無粋な声にビスマルクは顔を顰めると、再び心中を察するかのようなタクミの声が届いた。
『大丈夫そうかい?』
「問題ないわい。お前は兄貴のことを心配しとかんかい」
ビスマルクはそう告げて立ち上がると、茂みに隠していた棍棒を握り締めた。
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<AM03:50>
目が覚めたのはつい先ほどだったが、フィーネにとって人生最悪の寝覚めの悪さだった。起床と同時に顔面の左側に激痛が走ったせいである。
フィーネは形だけの病人用ベットに拘束されながら右目だけで天井を見上げた。怪我人ということもあってか、どうやら他の囚人よりも先に護送船に乗せられていた彼女は、無気力なまま激痛が走る顔を僅かに動かして窓から外を眺める。
閑散とした離着陸場を見ながら、これから帰るであろう母国を……生まれてすぐ迫害されたあの星を思い出していた。
フィーネが母の仕事の内容……スパイ行為を知ったのはちょうど2年ほど前の事だった。いつもは無関心の母に急に呼び出され、潜入工作員が齎す情報を本国へと送信する仕事。それは言わば、スパイの中でも末端の仕事である。情報に限らず重要物資の運び屋は最も捕まるリスクが高い。そんな仕事を優秀な工作員に行わせぬようにフィーネ達のような捨て駒がリスクを冒すのだ。そんな捨て駒である自分がこのまま国に帰っても居場所があるとは思えない。フィーネはこれからの生活を……ひいては過酷な現実を理解すると、思わず笑ってしまった。
「(……セルヤマか……楽しかったな……)」
フィーネは心の中でそう呟きながら自嘲する。母国では母体出産として迫害され、家では母に無関心を貫き通され、一般的な生活とはかけ離れた生活だった。それでも、この星に来て多くの人と出会い、信頼できる友人にもめぐり逢い、そして初めての恋も経験できたのだ。
「(……最後も……助けに来てくれたなぁ……)」
残った右目を閉じながら、今朝の出来事を思い出す。あの指揮官と思しき男に妙な機械を当てられ、左目を奪われた瞬間――激痛により薄れる意識の中で、残った右目に焼き付いていたのは助けに来てくれた彼の姿である。それは、これまでの人生で最も辛く最悪な瞬間だった。それでも、彼が助けに来てくれたことですべてが帳消しになったように心が晴れた。
おかげでトラウマ級の記憶がどこか愛おしい思い出のようにさえ感じることができる。
「(……意地になんないで……私から言えば良かったな……)」
まるで遡るかのように次は昨晩のことを思い出す。
彼の真っすぐな瞳。
やっと触れることのできた凛々しい手。
その全てが愛おしかった。
いつも一緒にいてくれた彼が彼女は好きだった。いや、過去形ではない。今も彼女は彼を想っているのだから。
「(……あ)」
窓に映る右目から涙が零れ落ち、包帯で巻かれた左目から血が滲む。もはや彼女は普通の人間ではなくなってしまった。
スパイ行為という国際的犯罪者という罪を背負い、顔の半分がただれ落ちる醜い姿になり果てているのだ。もう彼に会うことはない。仮に会うことが出来ても、このような姿を彼に見られたくなかった。会いたいけれども会いたくないジレンマは、彼女の心を蝕んでいく。
辛い。
悲しい。
助けてほしい。
フィーネは心の中で叫ぶ。そんな彼女の叫びなど知る由もなく収容船は滑走路に向かって動き出した。
「……さよなら」
か細い声でフィーネは別れを絞り出す。それはこの国にでもこの星にでもない。もう会うこともない初恋の人と、彼に縋ろうとする弱い自分へ向けたものだった。
窓の景色が移り変わり、徐々にその速度を速めていく……最後の瞬間を見届けようとしていた彼女はその右目に映る異様な光景に思わず戸惑った。流れる景色の速度が徐々に緩まり、何故か護送船はピタリと止まってしまった。
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<AM03:55>
「(何とかなるもんだなぁおい)」
自分の状況にダンジョウは唯々自賛するしかなかった。
シャインの言った通り、離着陸場へ繋がる扉の前にあった部屋は作業員用の控室であり、作業用のCSも存在した。初めて着用するCSというのは、着込むかのように背中を預けると、まるで最新の機械を鎧の様に体中を覆いつくすものだった。動きは従来と変わりないが、内蔵されていたマニュアルによると筋力は本来の2倍ほどになり、背部や脚部のスラスターによって飛行、そして宇宙空間での行動も可能だという。だが、元々運動神経が皆無のダンジョウにとって飛行モードは難しく、背部と脚部のスラスターの調整や姿勢制御がままならず、離陸上の一部地面や簡易的なプレハブに突っ込んで破壊の限りを尽くしてしまっていた。それでもシャインが言ったようにこれまで培ってきたトレーニングによって、ようやく飛行モードに慣れることが出来た。
しかし、CSを使いこなすことが彼の目的ではない。それは目的を果たすための手段の1つでしかないのだ。ダンジョウがCSを使いこなすというスタート地点に立った時、すでに護送船は滑走路に向けて走り出していた。護送船を止めなければならないがその手段がない。いくらCSを装備しているとはいえ、目の前に飛び出しても気付かれもしないか、その巨体に轢かれて終わりに違いないのだ。
「……あ、そうか。要は飛ばさなきゃいいんだよな」
ダンジョウは当たり前のことを復唱して単純明快な行動に打って出た。
護送船が飛び立つには、マスドライバーに向けての助走をする必要がある。その為に護送船は滑走路を走るのだ。ならば、その滑走路に障害物を置けばいい。だから彼は滑走路のど真ん中に置いたのだ。……他の宇宙船という巨大な物体を。
「あー重かった」
巨大な宇宙船を前に停止した護送船を見てダンジョウは息をつく。彼がどうやって宇宙船を動かしたかというと、これもまた至極単純であり、宇宙船を固定していた極太の鎖を自ら引いて運んだのである。
ダンジョウは気付いていない。彼は、CSの力をフルに活用したことによってこのようなことができたと思っているが、先にも記述したようにCSはせいぜい筋力を2倍にする程度なのだ。そこにスラスターの機能が加われば大型のエアカーを引くことは出来ても宇宙船などを引くことが出来るはずがない。彼は自分が成し遂げたそのとんでもない事象に気付くことなく、スラスターを起動させて宙に舞い上がった。
「さぁて、交渉するか」
ヘルメットの中でダンジョウは口角を上げる。そして、護送船の操縦席を真正面から見据えた。




