皇帝崩御 第19話『国葬 前編』
【帝星ラヴァナロス シルセプター城 聖堂】
――セルヤマ星で起きたスパイ摘発事件から2日後。
この日、シルセプター城では第168代星間連合帝国皇帝ゼンジョウ=カズサ・ガウネリンの国葬がしめやかに執り行われていた。
城内の聖堂は昼だというのに薄暗く、辺りを照らすのは等間隔に壁に掘られた燭台と、まるで星の様に天井から散りばめられた宙に舞う燭台、そして女神メーア像の背後に備わるステンドグラスから差し込む海陽光だけである。
女神メーア像の下……聖堂の最奥では皇帝の亡骸が眠る棺を背に新栄教法王セイマグル・ヴァレンタインは若かりし日の思い出を語り始めた。
「皇帝陛下の……いや、この場では友としてその名を呼ばせていただこう。私が見るにゼンジョウ君の人生は苦難に満ちていたと言っていい。若くして前皇帝である父を亡くし新たな皇帝となってから、彼は帝国民のために誠意を持って政治に勤しんでいた。その姿はここにいる誰もがその目で確かめてきただろう。私はまだ彼が皇位につく前……皇太子の頃にマリンフォール大聖堂の完成披露式典で初めて言葉を交わした。その時のことは今でもよく覚えている。当時の私は一介の僧官に過ぎず式典への出席が許されなかったため、完成したばかりの大聖堂を見下ろすことができる丘の上でこっそりと式典を覗いていたのだ。そんな1人の特等席にやって来たのがゼンジョウ君だった。彼は言語学に興味を持っており、共通語でありながら少しニュアンスが異なるジュラヴァナやレオンドラの訛りに非常に興味を持っていた。彼と出会い、そして友情を育み、この帝国の未来を共に語らった。しかしゼンジョウ君はそれから程なくして皇帝という責務を負い、日に日に会う頻度は減っていった。そして彼は公務以外でも多くの問題を背負っていた。母君である上皇后や娶った5名の奥方様の死、世継ぎ問題、隣国との協定、そしてその他にも誰にも告げることが出来ない悩みを多く抱えていただろう。彼は極稀に私に向けてその悩みの丈を文に認めることがあった。そんな彼に対して私はただ話を聞いてやることしかできなかった。何も力になれなかったと言っていいだろう……。それでも! 彼は多くの問題から逃げるという選択をしたことは私が知る限りなかった。どんな苦難の中でも最後まで戦い続ける信念を持っていたのだ。だからこそ、私はゼンジョウ君に……友にこう言ってやりたい。ゼンジョウ君。君は十分によくやった。もう戦う必要も苦しむ必要もない。と、……今頃彼は穏やかな心で女神メーアと共に我々を見守ってくれていることだろう」
セイマグルは友人への弔事にも似た言葉を紡ぐと、多くの参列者に背を向けて皇帝の亡骸が眠る棺と女神メーア像を見上げて祈りを捧げる。そんな彼に倣って喪服の参列者たちは一様に頭を垂れて黙祷していた。
沈黙に包まれた聖堂の中で数百人いる参列者の1人シャインは片目を開けながら座席の前方を確認していた。
「(ランジョウ……)」
短く髪を切り揃えられたランジョウは髪型は違えどダンジョウと同じ顔をしていた。自らの選択によって生き方が大きく変わりながらも、何とかこの年まで成長したランジョウの姿を見て、シャインは心に強く込み上げるものを感じていた。
自分の選択によって人生が歪められてしまった彼に対して、彼女は常に罪悪感を抱いていたのかもしれない。
一同が頭を上げてセイマグルが再び参列者の方に振り返ると、彼は何も言わずに右手を上げる。その言葉を合図に鎮魂歌が聖堂内に響き渡り、ランジョウ、ハーレイ、ベルフォレストの他、帝国軍元帥のオデュッセウス大将ら数名が前に出るとそれぞれが棺を抱え始めた。セイマグルを先頭に棺は聖堂の中央をゆっくりと進んでいく。セイマグルの後ろにはランジョウが。そして彼に続き派閥の垣根を超えた帝国の顔役が棺を抱えて一歩づつ進んでいく。
「(皇族派と宰相派の最初で最後の共同作業か……)」
皮肉めいた感想を心に仕舞いながらシャインは眼前を横切る棺を見送っていく。
扉の前に差し掛かると、新栄教の僧官と思しき2人がゆっくりと扉を開く。抱えられた棺は聖堂から出ると扉の前で待ち構えていた豪華絢爛な装飾が施された霊柩用のエアカーへと乗せられていった。このまま遺体は専用の宇宙船へと移されて宇宙へ上がり、最期に棺は海陽に向かって放出される。
これが歴代皇帝の最期と決まっていた。
最期に棺を見送るのは皇族と法皇と宰相、そして帝国軍元帥と執政大臣である。よってシャイン等はここで最期の見送りを済ませなければならない。聖堂内にいた人々が外へと出ると、法皇を始めとした最後の見届け人たちがエアカーに乗り込んでいく。見届け人と棺を乗せたエアカーが晴天の空へと舞い上がる。その光景を参列者は再び祈りを捧げながら見送った。
エアカーが見えなくなると、ほどなくして進行役の人物の声を合図に皆一様に散開していく。ようやく終えた国葬にシャインはホッと一息をついた。
「お疲れ様でした」
聞き覚えのある声にシャインは振り返る。そこには喪服という忌まわしさが逆にそのミステリアスさを際立てる美女が微笑みながら立っていた。
「……イレイナ・ミュリエルだったけ?」
「はい。かのシャイン=エレナ・ホーゲン中佐にフルネームを覚えていただけるとは光栄です」
イレイナは小さくお辞儀をすると胸の谷間が露になった。自分にはないそのプロポーションに羨望と嫉妬の視線を投げかけながらシャインは小さく一息ついてから口を開く。
「久し振り……でもないね。2日ぶりだもん。あ、その時は悪かったね。妙な手引お願いしちゃって」
「滅相もありません」
「でも貴女があの時に手際よく手続きしてくれて助かったわ。リーゼルもいい部下に恵まれたわね」
「いえ、私に指示を下したのはハリトーノフ中尉ではなく別のお方です」
「へぇ……別の方ね……宰相派じゃないことを考えるとそんな根回しできそうなのは……イルバラン家ってところかしら?」
シャインの推測にイレイナ小さく首を傾げるだけだった。そしてイレイナはまるでシャインに警戒する必要はないと言わんばかりに優しく微笑んだ。
「私の口からは何も申し上げられません。ですがとある理由により我が主は皇族派に付いています。これは恐らく覆ることはございませんのでご安心を」
「ふーん。……ま、いいけど。それで? ここに来る前はどこに潜入してたの?」
「宰相室の第八秘書官です」
「これまた凄い所ね。……(ま、要は使い所を変えたって訳か)」
シャインは推測していたイレイナの主人を確定させる。そして彼女を利用することも踏まえて敢えて信用したように微笑んだ。
「それで? 貴女はどこまで聞いてるの?」
「それほど多くは。ただ、中佐がセルヤマであのお方を護衛していたということは聞いております」
「そう。そこまで分かってるなら説明はいいわね。これから引き続きよろしく」
「はい。私は中佐の下に付くようにとも言われていますので」
シャインは作った笑顔を彼女に向けると、イレイナ越しに近づいてくる若々しい喪服を着た女性と彼女をエスコートする青い肌のスマートな男性の姿を捉えた。




