皇帝崩御 第12話『惨劇 後編』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ スラム街】
帝国軍に居れば彼女の存在を知らない者などいない。B.I.S値では歴史上最高値を叩きだし、史上最年少で帝国軍軍司試験、軍武試験の双方に主席合格し、皇后直轄護衛騎士団の団長を務めあげた天才童女。
そんな童女がロンダートからムーンサルとの如く宙を舞い、軍の精鋭をなぎ倒しながら暴走する少年の頭上に拳を振り下ろした。少年はその一撃で倒れて動く様子を見せない。呼吸しているような僅かな体の動きを見る限り気を失っているようだった。ただ、その姿は蟹股状態で頭を地面にめり込ませているという滑稽極まりないものだった。
呆然とする兵等を尻目にシャインはフィーネの方へと歩み寄る。そして何も言わずに素手で彼女の首の拘束をはぎ取った。その異常な腕力に周囲が驚愕する中、シャインはフィーネの首に手を当てて脈を確かめる。
「救護班っ! 居んでしょっ! 早く来なさいッ!」
その声に周囲は我に返る。
シャインの言葉に従うように救護班は動き出すと、宙に浮かぶストレッチャーを押しながら走り出していた。
「丁寧にね。この子を殺したら……どうなるか分かってる?」
シャインは笑顔の中に確実な怒りを滲ませながらそう告げると、救護班は震えながら「はいッ! 了解いたしました!」と敬礼を返す。しかしシャインは悪魔のような笑みで彼に詰め寄った。
「分かってないわよ。アンタ達が理解できない恐怖をくれてやるんだから」
「ひっ……さ、最善を尽くします!」
救護班は恐怖心に駆られながらフィーネをストレッチャーに乗せると、急いで救護用エアカーへと運んでいった。
シャインは大きく息をついて再び倒れこむ弟分の方に歩み寄る。土に頭をめり込ませながら倒れるその滑稽な姿に呆れながら、シャインは首根っこを掴んで起こしあげた。
「帰るわよ」
耳元でそう囁かれてもダンジョウは完全に伸びていて返事を返すことはなかった。シャインは面倒くさそうに頭をポリポリ掻いてから、すでに自身よりも背が高くなったダンジョウを肩に抱え上げる。そして、そのまま軍に背を向けて去ろうとしたが、当然の如くそうはいかなかった。
「ホ、ホーゲン中佐!」
呼び止められてシャインは足を止める。ゆっくりと振り返ると、そこには無駄に大きな体をしたジルギランが歩み寄ってくる姿があった。
「どーも。水差して悪かったわね。じゃ」
シャインはそう言い残して再び帰ろうとするが、ジルギランは再び彼女を制止した。
「中佐。そうはいかん。その少年を引き渡してもらう!」
「……あぁ?」
シャインは面倒くさそうに顔だけ振り返る。
その少し苛立ったような表情にジルギランは完全に臆していた。当然と言えば当然である。自分たちでは止められなかった少年をあっさり倒したシャインが自分の言葉を聞いて不愉快そうにしているのだ。
シャインの持つ威圧感は本物だった。ジルギランは同じ階級の……ましてや年下で見た目は童女であるシャインを前にして脂汗を流しているのがその証拠である。しかし部下の手前、そして作戦実行部隊としてのプライドが彼を駆り立てているのだろう。
「そ、その少年は急に暴徒と化して暴れ出し、我が軍も被害を受けた! こちらで処分せねばならん!」
「悪いわね。コイツはアタシの仕事で重要な奴なの。苦情は諜報部の方に言って」
「そうはいかん! 我ら実行部隊にもプライドがある! 少年を引き渡せ!」
「分かんないわね。そうしたいんなら諜報部に言えっつってんの」
シャインはジルギランなど相手にする気も見せずに再び踵を返そうとするが、その行動がさらにジルギランのプライドを逆なでした。
「と、止まらんか! 構え!」
ジルギランの指示に周囲の兵等は慌ててブラスター銃を構える。
先程と同じような状況にシャインはようやく身体ごとジルギランの方に向けると、まるで悪魔のように目尻を吊り上げた。
「あのさ、ただでさえイライラしてんのにあんまりアタシを怒らせないでくれる?」
彼女はそう言って、ダンジョウを抱えたままジルギランの方に歩み寄る。その圧倒的なオーラに周囲は固まり、ジルギランは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
シャインはジルギランの眼前に辿り着くと、彼はプライドのことなど忘れて尻餅をついた。壮年の巨漢男性が三つ編みの童女に圧倒される光景は滑稽だったが、シャインはまるで意に返すことなく彼の耳元まで顔を近づけてそっと囁いた。
「このガキはね……ラヴァナロスで暮らす上流階級の一族よ。父親の権力はアンタなんか一発で消す力を持ってるわ」
「な、何?」
ジルギランは耳を疑うかのように視線だけをシャインに向ける。シャインは脅迫にも似た口調でさらに囁いた。
「よく考えなよ? ここでくだらないプライドに従って残りの人生を棒に振るか。それとも今与えられた仕事だけをこなしてこれまで通り暮らすか」
「……」
ジルギランは息を呑むとゆっくりと頷いた。
「……わ、分かった」
「お利口さん」
シャインは悪意に満ちた笑みを浮かべながらジルギランから離れると、ダンジョウを担ぎ直してジルギランに背を向けた。
周囲はただ呆然としながらその光景を見守っている。シャインは自身の胸元で首を垂れるダンジョウの頭を軽く叩いくが、彼は未だ眠ったように動くことはなかった。
「(……あの動き……なんなわけ……?)」
先程まで暴走列車の如く突き進んでいたダンジョウの動きをシャインは頭の中で回想する。
あり得ないことだった。ダンジョウはこれまでシャインが課した訓練を怠けることなくこなしてきたことは彼女も知っている。その訓練プログラムをこなせば、普通の人間なら凄まじい力を手にするのは間違いないだろう。だが、ダンジョウの場合そうはいかない。B.I.S値が導き出したようにダンジョウは人よりも著しく全ての才能が劣っているからだ。現にシャインが課した訓練を経て、ダンジョウはせいぜい一般人より多少優れた身体能力を得たに過ぎなかったのだ。
「(……あの時のアンタは何だったの? 何であんな力を発揮できたの?)」
シャインは心の中で問いかけながら、ぶら下がる彼の拳を見つめる。その拳は打撃の衝撃で骨が剥き出すほどボロボロになっていたが、その悲惨な拳とは対照的に気を失うダンジョウは子供のような寝顔で眠っていた。
「(……ったく。神輿が汚れてんじゃないわよ)」
シャインはダンジョウをしっかりと抱えながら足を踏みしめる。そして、目が覚めたダンジョウが言い出しそうな事を想定して大きな溜息をついた。




