皇帝崩御 第13話『激動の始まり』
【星間連合帝国 惑星アイゴティヤ 知事官邸】
『ローズマリー共和国のスパイ共を一網打尽です! それもこれも全てストラス知事の的確なご指示のおかげに他なりません! 連行される魔女共の顔をお見せできないのが残念でなりませんな! つきましては今後セルヤマが自治権を得た時のために私めが考案していたスパイ対処法などについて、ぜひご教示いただければと……』
セドリックは長々と喋るアブソロムの話を軽く聞き流しながら、来客用のソファに腰を下ろすクリフォードに視線を送る。クリフォードはすでにアブソロムの利用価値は失せたと思っているのか、通信を行うセドリックに見向きもしない。
しかし、当然と言えば当然である。今、彼の目の前にはアイゴティヤの……いや、帝国内でも屈指の傑物が座っていたからだ。
『セドリック・ガンフォール秘書官。それで、その……ストラス知事は?』
殆ど聞いていなかった話が終わったらしく、アブソロムの心細そうな声にセドリックはハッとする。
「ああ、知事は現在会談中ですので後日改めてご連絡いたします」
『左様ですか。では次の定期連絡は……』
「そちらに関しても後日こちらからご連絡いたします。では」
セドリックは半ば強制的に通話を切ると、レオンドラ人特有の剛毛を1つに纏めた。そして彼にとって本日のメインイベント……クリフォードと彼の正面にある来客用のソファに座るある男の方へと歩み寄った。
裏社会の双頭。そう呼ばれる存在が帝国は存在する。その1人が海陽系全域に通った超速移動宙路の管理を行う大企業エルフィント航宙社会長にして、裏社会では一大組織として君臨するガンフォールファミリーの長、セドリックの父でもあるアルバトロス・ガンフォールである。クリフォード・ストラスとアルバトロス・ガンフォールの会談が今まさに始まろうとしていた。
「会長。ご足労願って申し訳ない」
クリフォードは含んだような笑みでそう告げると、アルバトロスはその姿に似つかわしい可愛い声で頷いた。
「知事はお得意先だから問題ないネ。で? ホログラムじゃなくてわざわざ来いってのは何ごとかナ?」
髪と髭が一体化したアルバトロスの顔にはどこか威厳がある。しかし、その威厳はあくまでも顔だけに収められている。アルバトロスは大柄人間が多いレオンドラ人にしては……いや、他惑星を含めた全人種と比較しても小柄だったのだ。
おかげで、その毛量と小柄な体型からぬいぐるみのような愛くるしさがあったのだ。
「会長、今日は折り入ってお聞きしたいことがありましてね。我がアイゴティヤから各惑星へ送るヤシマタイトの流通についてのお話です」
クリフォードはアルバトロスの見た目に騙されぬよう慎重な物言いでそう告げると、彼はおちょくるように無邪気な笑みを浮かべた。
「んン? 物資流通については僕の管轄外じゃないかイ? 運送屋の話ダ……もしかして知事。ガンフォールじゃなくてブランドファミリーと間違えてないかイ?」
「ファーザー。ブランドの連中など眼中にない話なのですよ」
父と違いレオンドラ訛りを完全に消し去ったセドリックは口を挟むと、アルバトロスは久しく会う息子に笑顔で振り向いた。
「んン? 久しぶりだねセドリック。ただ大人同士の会話に子供が入るのは感心しないナ」
「ヤシマタイトという資源の話です。この帝国に……いや、海陽系に住む以上関係のない話ではありません」
「ご子息の言う通り。これは帝国法に関わる話なのですよ」
クリフォードの助け舟にセドリックは得意気な表情を浮かべる。そんな息子に呆れたような表情を浮かべたアルバトロスは肩をすくめた。
「ちょっとした冗談だヨ。それで? ヤシマタイトの流通がどうしたっテ?」
「こちらをご覧いただけますかな。……セドリック君」
クロフォードに指示されセドリックは小さく頷いた。
セドリックは持っていたタブレットを操作すると、クリフォードとアルバトロスの間に置かれたテーブル上にヤシマタイトの産出量グラフを浮かび上がった。それは過去数年のデータの中から数箇所のみ赤字表記されている箇所が拡大されると、クリフォードが困ったように息をついた。
「ご覧のように、不定期に産出量以上の輸出が行われています。ヤシマタイトの輸送を行う会社はその都度違っていますが、今回の件に共通していることがある。1つはどの運送社も超速移動宙路を使っていること、もう1つはこれらのヤシマタイトの行き先がヴェーエス星であることです」
クリフォードが不審点を告げるが、アルバトロスは首を傾げた。
「星間移動には我社の超速移動宙路を使うことはおかしな話じゃないよネ。あト、研究にはエネルギーが不可欠ダ。ヴェーエスに行ってもおかしくはなイ。何ならラヴァナロスの科学省から指示が入っていないか確かめたらどうだイ?」
「ええ。国からヤシマタイトの輸出増加の指示は来ているんですよ」
思いがけない肯定にアルバトロスは目を丸くする。クリフォードは何もかも見透かしたかのように自らの角を擦ると前屈みになって微笑んだ。
「ですが、指示を出しているのは科学部門に関する省庁ではない。ここからです」
クリフォードはテーブル上に浮かぶデータをスライドさせると画面が切り替わり、ヤシマタイトの管理輸出指令書と表記されたデータが浮かび上がった。
「こちらの捺印に見覚えが?」
「もちろン……宰相の印だネ」
アルバトロスも先程の小さな驚きからすぐさま余裕の表情を取り戻す。そして彼もまた全て分かりきっているようにそう答える態度を見て、クリフォードの表情は強張った。
「つまり、宰相閣下は何かしらの目的があってヤシマタイトをヴェーエス星に送っているということですね。果たしてこれほどの量のヤシマタイトを何に使っているのでしょうか?」
「さぁねェ? エネルギーの使い道に関しての知識は疎くて分からないヨ。僕が知ってるのは海陽からくる電磁波の読み方や、物理工学くらいダ。あと経営学と保健体育もかナ? ムフフ」
アルバトロスは見た目にそぐわない下ネタに笑うが、クリフォードの表情は決して緩まなかった。
「何かご存知なのですか?」
「何の事だイ?」
「ルネモルン宰相閣下はヴィーエス星で何を行っているのです?」
「どうして僕がそんな事分かるのサ?」
しらを切るアルバトロスを見つめながらクリフォードは立ち上がる。そしてテーブル上のデータ表示を消し去ると再び角を擦りながら微笑んだ。
「会長。貴方の航宙社が管理する超速移動宙路は出入り口にセンサーが備わっていますね?」
「あア。利用者の荷物を管理するためにネ。あんな空間で落っこちて超速のデブリになったら大変だろウ? あ、灰皿貰えル?」
アルバトロスは足を組むと、懐からシガーカットと葉巻を取り出した。セドリックが何も言わずにタブレットを操作し、テーブル上から灰皿を出現させると、アルバトロスは「ン、ありがト」と告げて、再び懐に手を入れる。クリフォードの話には興味がないらしく、ライターを探しているようだったが、クリフォードは逃すまいと言わんばかりに彼の背後に回り込む。そしてチェックメイトと言わんばかりの笑みを浮かべながら囁いた。
「荷物管理のためのセンサーですか……おかしいですね? 輸出する以上、貴方の航宙社には事前に船の中身とその内容量が送られていた筈だ」
「ああそうだネ」
「会長。我々から御社にお送りしている積み荷の情報は、宰相閣下から来た改ざん後の物ではない。先程お見せした実際の内容量とは違う情報なのですよ」
クリフォードは笑う。それは勝利の笑みに近かった。いとも簡単に術中にはまった眼前のアルバトロスはまだ火を探しているようだったが、それはクリフォードから見れば焦りを隠すための動作でしかなかった。
クリフォードはアルバトロスの背後に回ると懐からライターを取り出し、彼の首に腕を回すようにしながら眼前で火を灯した。
「貴方は……最初からヤシマタイトが多く輸出されることを知っていたのでしょう?」
まるでトドメの一撃と言わんばかりにクリフォードは微笑む。
クリフォードは現状を維持する保身的な男だ。しかし、1つだけ強硬派になる一面が彼にはあった。それは自身の地位を盤石にする時である。皇族派筆頭のベルフォレスト・ナヤブリが宰相の監視下に置かれた軟禁状態である以上、宰相派の権力は盤石なものになりつつある。そうなれば、クリフォードが行うべき行動は1つ。宰相の信頼を得て、現地位を揺るがないものにするのだ。そのために宰相が隠す何かへの協力を申し出、彼から信頼を勝ち得ようと思っていたのだ。
豪胆な風貌に似つかわしくないクリフォードのやり口にセドリックは感銘を受けながら父の背中を見ていた。アルバトロスの次の言動次第でこれからのクリフォードの……いや、アイゴティヤの未来が変わるように見えたのだ。
アルバトロスはクリフォードが灯したライターから火を借りて葉巻に灯すと、その香りを楽しむように大きく燻らせた。
「プハァー……なるほド! 君の言うことが事実なラ、我社の機器に故障があったってことだネ!」
明るくニッコリ笑うアルバトロスに2人は面食らうが、彼はこともなげに飄々と話し続けた。
「アイゴティヤからヴィーエス区間となるとQ37ゲートダ。早速修繕に取り掛からせようじゃないカ」
「会長。そのような言葉が通じるとお思いですか?」
クリフォードは少し顔を引き攣らせながらそう告げる。
子供のような愛らしいアルバトロスによって威厳のあるクリフォードが弄ばれるような光景は滑稽だったが、クリフォード自身はそのことを頭から除外するように、冷静な面持ちで再び椅子に腰を下ろした。
「宰相閣下が何なさろうと私には何の問題もないのです。ただ、このような根回しなど行わずとも、ご指示をいただければすぐにでも良質なヤシマタイトをお送りすることが……」
「宰相のことを知りたいんなら聞く相手を間違っているよネ」
アルバトロスはクリフォードの言葉を遮ると時間を確認して微笑んだ。
「そろそろじゃないかナ?」
アルバトロスがそう告げると、セドリックのデスクに備え付けられた通信機が音を鳴らす。戸惑う表情を浮かべたセドリックはゆっくりと受話器を取った。
「はい。知事室です……はい……何? な、なぜ? いや、ま、待て」
明らかに狼狽するセドリックを他所に知事室の扉がスライドする。そこに現れた人物を見てクリフォードは思わず目を見開いた。
「お久しぶりでんなぁストラス知事はん」
アルバトロス以上に飄々としたその態度と、反り上がった後頭部を撫で回す癖……その姿を見たセドリックは息を飲みながら立ち尽くし、クリフォードは顔を顰めた。
「……コウサ=タレーケンシ・ルネモルン……なぜここに……」
クリフォードはハッとしながら眼前で葉巻を燻らせる男に視線を送る。アルバトロスは葉巻の香りを楽しむかのように、目を閉じてゆっくりと顔を振りながら微笑んでいる。そして、片目を開けてウィンクするようにクリフォードを見つめると瞳の奥に老獪さを滲ませた。
「ネ? 宰相のことが知りたいんなラ、彼の息子に聞くのが一番じゃなイ?」
クリフォードは口を真一文字にして、再びコウサの方へと視線を戻す。すると彼は相変わらず飄々としながらアルバトロスに歩み寄り、背もたれに手を掛けながらその顔を覗き込んだ。
「いやぁアルバトロスのパパはんもお久し振りでんな。会社の方に連絡したら知事官邸におられるって聞いて飛んできたんですわ」
「知ってるヨ。だからそろそろ来ると思ってたんだもン」
アルバトロスはコウサに向かって煙を吐きかけると、クリフォードに視線を送ってから尋ねた。
「さテ、ストラス知事が君に聞きたいことがあるらしいんだけド……まずコウサ君の話を聞こうカ? ここまで来たってことは知事の耳にも入れなきゃいけない話なんだろウ?」
再び葉巻を吸うアルバトロスに、コウサは参ったと言わんばかりの笑みを浮かべながら、自らの後頭部をペチペチと叩いた。
「カカカ! 流石パパはんや。話が早うて助かるわ。まぁストラス知事はんも何となく分かるんちゃうかな? 政治とは無関係な宗教家の僕がこんな時期にここへ来て話しそうなことは1つでっしゃろ?」
話を振られたクリフォードは怪訝な表情を浮かべたまま、何かに気付いたような驚愕の表情を浮かべる。
「よもや……皇帝陛下が?」
その言葉にコウサはゆっくりと頷くと、眉間からみぞおちへと手を翳して胸の上に乗せながらお辞儀をした。神栄教の祈りの所作を終えたコウサは、弔うかのように優しい笑みを浮かべた。
「そうですわ。ゼンジョウ=カズサ・ガウネリン皇帝が遂に亡くなりましたわ」




