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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3352年 賢兄編
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賢兄編 第3話『宰相は密かに笑う』

【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス ルネモルン家邸宅】



 人間の欲望は果てがないという。その最たる例が帝国宰相ハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンなのかもしれない。豪華絢爛な自宅、行き届いた使用人等の手際、そして生まれ持った名家の血。誰しもが羨む生活を約束され、さらには世界の半分以上を支配する帝国の宰相にまで上りつめたハーレイだが、彼の最終目的地は現在ではなかったからだ。


「宰相閣下、ローズマリー共和国から連絡が」


ハーレイの長男であり首席秘書官を務めるキョウガ=ケンレン・ルネモルンはまるで執事のように背筋を正しながら、そして相変わらずの無表情でそう告げると、ハーレイは浮遊する豪華なハイバックチェアに腰を下ろしながらデスクで指をトントンと鳴らした。


「大方ヤシマタイトの輸出制限についてであろう?」


「はっ。今一度交渉させてほしいと」


「我が国と肩を並べると謳いながら結局は依存している。そのことを自覚させねばならんのだよ。これは強者が弱者に施す教育のようなものだ」


「では、このまま?」


キョウガが尋ねるとハーレイは小さく息を付きながら立ち上がる。そして窓の外に広がる美しい庭園を眺めた。


「向こうの動き次第だ。医療技術と細胞培養技術の提供。女狐共がその決断が出来なければヤシマタイトの輸出制限を行う」


「現条約はあと6年有効です。それまでにこの条件を飲みますかね?」


「飲まなければ共和国は自滅する。そうなれば我が国が支援という形で統治すれば奴らの技術も手に入ろう」


「共和国の技術……やはりそこまで重要ですか」


キョウガは仕方ないと言わんばかりに息を付くと、ハーレイは初めてうっすらと笑みを浮かべた。

 ハーレイはこの帝国で頂点に立てない。この帝国が帝政の名を謳っている以上、彼が頂点に立つことなどあり得ないのだ。皇帝が統治する帝国において、皇帝にありハーレイにないもの……それはこれまでの歴史が紡いできた文化、そして王の血統という伝統である。

この血統や文化さえも拭い去る何か……それこそが今ハーレイが最も欲しているものだった。


「王の上に立つには最早神を創造するしかない。お前が言い出したことだぞ?」


「ならば、そのことに気付かせてくれたコウサに感謝せねばなりませんね」


キョウガも小さく笑うとハーレイは鼻を鳴らして再び庭園を眺める。庭の中央にある池には浮島があり、そこには神栄教の唯一神、女神メーアの銅像が立っていた。

 自らの野望の鍵である伝承……それは神であり、この世界の神は神栄教の中にいる。そしてその神栄教に深く関わる人間が彼の身近に存在するのだ。


「悍ましい次男がこのような形で役に立とうとはな」


ハーレイが自身の未来予想図に笑みを浮かべるが、キョウガは少し微妙な表情を浮かべる。そして、話を切り替えるかのように持っていた棒状の映写機からディスプレイを広げた。


「宰相閣下、ご報告がもう1つ」


「イルバランの件か?」


ハーレイもまた切り替えたような表情で振り返ると再び椅子に腰を下ろす。キョウガは小さく頷きながら再び口を開いた。


「結論から申し上げると上手くいきました」


「よし。ザイクという男は意外と慎重と聞いていたが、思いの他上手くいったな」


ハーレイは頷きながらほくそ笑むと、キョウガはデイスプレイを眺めながら補足した。


「いえ、ザイク様は当初渋っていたようですが、ブリリアント様が……」


その捕捉にハーレイは思い出し笑いのように嘲笑の笑みを浮かべる。彼の中ではすっかり薄れていたが、現皇帝の妹ブリリアント=イイチ・イルバランは無能で扱いやすい女だったため、彼の頭の中にある重要人物リストからすっぽりと抜け落ちていたからだ。


「やはり昔からブリリアント様は御しやすいな」


「皇帝陛下とはやや年が離れております。そのため前皇帝からかなりの寵愛を受けていたということですから、こうなるのも必然かと」


「悲しきはぬるま湯に浸った皇族の甘さだな。で? ザイク様はどう出ると?」


「本日行われる晩餐会で動くとのことです。ブリリアント様の口添えもありますが、宮内でもランジョウ様の擁立を疑問視する声があるのは誰の耳にも入っております。女系とは言え優秀なザイク=モウト・イルバラン様を新たな皇帝にするというのは誰しもが考えている。そのことはザイク様もご自覚があるようです」


キョウガの言葉は的確であり残酷だった。皆口には出さないが、宮中において皇帝の甥に当たるザイクを支持する者が圧倒的多数だった。もちろん、そのロビー活動を行ったのはハーレイら宰相派の息が掛かった者だったが……

 ザイク=モウト・イルバランは現皇帝の妹君の息子であり、B.I.S値において高数値を出した秀才でもある。父親もルネモルン家と関わりの深いイルバラン財閥の当主であり、父母共に血統的に申し分ない。

ランジョウではなくザイクを皇帝とする。この計画は古くから始まっていた。


「これでザイク殿が皇太子殿下を廃せば……」


「恐らく、宮内のイルバラン家とザイク様への支持は高まるでしょう。ですがよろしいのですか? 先にも申し上げた通りザイク様は慎重でB.I.S値も優秀な人間です。今の皇太子殿下の方が御しやすいかと思いますが……」


キョウガが苦言にも似た言葉を並べると、ハーレイはまるで全て見透かしたかのように微笑んだ。


「ザイク殿が皇太子殿を廃せば宮内の支持を得る。確かにそうだろう。しかし、世論はどうかな? 今まで受け継がれてきた血統を断つ。それは革命ではなくただの反乱……簒奪と捉えるのが必然ではないか?」


ハーレイの言葉にキョウガは無表情の中に僅かに驚愕の意思を示した。ハーレイの算段……それはランジョウを廃することではない。ランジョウと共にザイクさえも……言わば皇族の血を引く存在全てを廃するつもりなのだ。その二段構えの策略にキョウガは尊敬と共に頼もしさを感じると、ハーレイはデスクの上で手を組みながら彼を指さした。


「キョウガよ。あとはお前に任せる」


「承知しました。また、皇族派の中枢にも1人内通者を送っておこうかと思いますが」


「好きにせよ。私が円滑に行動できるための手段はお前に一任する」


ハーレイは全幅の信頼を置いた表情で締めと言わんばかりに更に告げた。


「励めよキョウガ。お前が私の後継者になれば、我が一族は永久に安泰となる」


ハーレイは息子に激励の意味でそう告げながら微笑む。キョウガは生真面目な表情を崩すことなく、いつも通りに「はっ」と小さく一礼して部屋から出ていった。



 父の部屋を出たキョウガは小さく息を吐く。そして、広い邸内の廊下を歩きながら徐に懐から通信端末を取り出した。


「(さて……どう出る?)」


キョウガは通信端末を耳に掛け、音声のみの通信に切り替えると、待っていたと言わんばかりの声が耳に届いた。


『上手いこといったみたいやなぁ? お兄ちゃん』


明るく飄々とそう告げる弟コウサに、キョウガは少し恐怖心を感じながらも、いつも通りの冷静な仮面を被る。


「ザイク様と話をした。血闘法の話も含めてな」


『でも、動いたんはお袋さんの方やろ?』


「ああ」


『そいでもって、親父殿のことやから両方潰しにかかるつもりなんやろうなぁ』


まるで今の状況をすべて見ていたかのようにコウサはケラケラ笑う。

 彼の言動は奇々怪々であり、その底は未だキョウガであっても計り知れなかった。だからこそ、今回の件ではキョウガにとって合点がいかない箇所があったのだ。


「コウサ、そこまで見抜いていながら、何故お前は動かない? 仮に今回の件が上手くいったとしてお前に……いや、神栄教になんの利益がある? お前は何を求めている?」


矢継ぎ早に口走るその率直な問いに通話口の先にいるコウサは一瞬沈黙する。しかし、またいつものように飄々とした笑い声をあげた。


『人聞き悪いなぁお兄ちゃん。僕は別にずぅっと損得勘定で動いてるわけちゃうで?』


「ではお前が宰相閣下に協力する理由はなんだ?」


『そら血が繋がったお父ちゃんやからやん?』


心の内を全く感じさせない言葉にキョウガは恐怖心と共に彼を利用するほかないことを思い知る。

 このコウサが世界に誇る天才であるということは間違いない。そしてそんな男が身内というメリットをキョウガ等は利用しない手はないのだ。


「お前が何を考えているのか私には分からん。ただ、1つだけ教えてくれ。お前の目的地はどこにある?」


キョウガの問いに再びコウサは押し黙る。すると、彼はいつになく真面目な声で応えた。


『僕はこの世界を変える特別な存在になりたいだけや。そうなるには神栄教だけやのうて、国も利用した方が速い。これで回答になるとええんやけど?』


コウサの言う特別な存在とは何か? それはキョウガには分からない。しかし彼は1人の人間である前に唯一の血縁者として彼を信用するほかなかった。


「もういい。お前がそう言うならばせいぜい私も神には感謝しておこう」


キョウガはそう告げて通信を切る。自分ではなく彼に英知を授けたのは神のいたずらか……キョウガは時々そんなことを思っていた。

 今も彼は身内だから協力すると言っていたが、それが本心かどうかも分からない。ただ、ハッキリしていることがある。コウサという男は決して自分に利益のない無駄なことはしない人物ということだ。

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