賢兄編 第4話『息苦しい晩餐会』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス 皇族御用邸】
豪華絢爛と呼ぶに相応しい会場内はどこか殺伐とした空気が流れている。そんな空気を醸し出す晩餐会の主賓ランジョウは一切の笑みを浮かべることない。ただテーブルに並べられた豪華な料理を漫然と口に運ぶだけである。
そんなランジョウの正面には彼の唯一に肉親でもある叔母家族が鎮座し、背後には口角を腫らしたトーマスと女性とは思えないほどの体格と長い犬歯を持った女性騎士ベアトリス・ファインズが立っていた。
執政官として会食に参加しているハンフリーはランジョウの下座に腰を下ろし、冷や汗を流しながら微笑んでいた。
「こ、皇太子様、お口に合いますでしょうか?」
会話の糸口を探そうと思っていたのだろう。ハンフリーは無理やり笑顔を作りながらそう問いかける。しかしランジョウは彼の方に一瞥をくれるでもなく無駄のない動きで食事を続けていた。
「料理に美味いも不味いもない。必要な栄養源を摂取さえ出来れば良いのだ」
「は、はは……」
ハンフリーはバツが悪そうに愛想笑いを浮かべる。その姿を見て背後を守るベアトリスはトーマスに囁いた。
「(今日は随分とご機嫌がよろしくないようだ)」
「(……急遽執政大臣が欠席となったからな。致し方ない)」
ランジョウは普段より機嫌が悪い。だが唯一心を開く人間に食事を断られ、さらに目の前には自らを見下す一族がいるとなればいつも以上に不機嫌になるのは当然かもしれない。
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無愛想に料理を口に運ぶランジョウを見ていた叔母ブリリアント=イイチ・イルバランはナプキンで口元を優雅に拭き取ると微笑んできた。
「まぁまぁギラン殿。良いではないですか」
そう告げる明らかに年齢に見合わない色合いのドレスを着るブリリアントの隣では、彼女の夫であるミズリーダ=アウロ・イルバランとその息子であるザイク=モウト・イルバランが美しい作法で食材を口に運んでいた。
この日の晩餐会は皇族が一堂に会する定期的なものである。出席者は皇帝、皇后、もしくは皇太子が選んだ人物のみに限られる由緒正しいものである。本来ならば外へ嫁いだブリリアントは皇族と見なされることはないのだが、今やまともに生活している皇族はランジョウしか存在しない。その為、伝統の保守を目的とした特例として彼女らの出席が許されているのだ。
そんな義務的な食事会の中で黙って食事をしていたランジョウの従兄であるザイクは徐にランジョウに問いかけた。
「皇太子殿下。皇帝陛下のご容体はいかがでしょうか?」
「余は医者ではない。知りたくば専属医に問うがよいだろう」
ランジョウはぶっきらぼうにそう返すとザイクは肩をすくめながら続けた。
「ええ。確かにそれが妥当かと思いますが、殿下に医学の方へ興味を抱いていただければと思いまして」
「何の為にだ」
「為というわけではございません。医学に限った話ではないのですが、何かしらご趣味を持たれるのもよいかと」
勿体つけたような物言いにランジョウは苛立ちを隠すことなく音を立てて食器を置く。そして彼の父親であるミズリーダを嘲笑するような目で見つめた。
「イルバラン卿。状況説明が不得手な倅を持つと苦労が多かろう?」
「はっ。失礼いたしました。ザイクよ。簡潔に申し上げろ」
ミズリーダはランジョウどころかザイクに対しても義務的な口調でそう告げる。目上の妻の付き添いで来た彼からすれば今の状況も面倒事に過ぎないのだろう。いや、私生活においてもこの家族内で彼の居場所などないのかもしれない。
自らと同じ境遇かもしれない彼に若干の同情心を持ちながらランジョウは視線をザイクへと移す。するとザイクは父のことなど意に返すことなく、ランジョウに対して小馬鹿にしたかのような笑みを浮かべてきた。
「いえ何、聞けばここ最近皇太子様は城外の学び舎に向かわれることもなく、城内でベルフォレスト執政大臣が選出した者から勉学を学んでいらっしゃるとか」
「それがどうした?」
「他に趣味を持つことも大事かと。引きこもりの皇太子など聞いたことがありませぬ故」
「おいザイク。言葉を慎まんか」
息子や妻から蔑ろにされているであろうミズリーダは全く感情のこもっていない声で咎めるように口を挟む。しかし妻のブリリアントはそれすら退けるような甲高い声を上げた。
「あら。ザイクの言うことはそんなにおかしいでしょうか?」
年齢に似つかわしくない色合いのドレスにランジョウは眉間にシワを寄せる。稀にそういった色が似合う壮年女性がいるものだが、それに当てはまらないブリリアントは年相応の顔立ちでランジョウに呆れたような視線を投げかけてきた。
「皇太子殿下。せっかくの場だと言うのに申し訳ございませんが申し上げさせていただきます。どうも皇太子様のご評判がよろしくありません」
「ほう。どのような評判かお聞かせ願えますかな」
「聞けば侍従に暴力を振るい、ラヴァナロス人以外の人種を差別しているとか」
「何を申すやら……余が振るうは暴力にあらず。そして差別ではなく区別だ」
「皇族たるもの寛容な心を持ち全ての星の民を平等に愛すこと、そして伝統を守る意志を持つことは必須。これらを満たせないのであれば皇位継承権を早々に放棄することをおすすめしますわ」
「随分な物言いだ。伝統を重んじるならば、この場から早々に去って方がよろしいのでは? いかに我が叔母なれど貴女はすでに外に出た人間。皇族ではない。皇族の少なさから仕方なく呼ばれた人間が図々しく居座るのは滑稽に見えましょうぞ」
舌戦と称すには子供じみた言い合いだが、それでもこの場には2人に対して意見できるものはいなかった。いがみ合う皇族同士の中で押され気味のブリリアントは不愉快そうにランジョウを睨みつけた。
「どうやら殿下と私の会話からは憎しみしか生まれないようですわね」
「全くだ。今日を限りにこの茶番を終わらせるのも妙案であろう。次回は余の身内である真の皇族のみで執り行うとしよう」
ランジョウはナプキンをテーブルに放ると、ようやく終わったと言わんばかりの微笑で立ち上がろうとした。
「淑女より先に部屋を出ようとは、礼儀がなっておりませんわね。全くもって見苦しいことですわ」
「余も年甲斐もない色合いの服を着た淑女はみっともないと聞いたことがあるぞ」
「なっ!」
どうやらその点に関しては本人も気にしている箇所だったらしく、ブリリアントは顔を真っ赤にして鼻息を荒げる。
そんな叔母を見てランジョウは嘲笑するように「クックック」と笑った。
「どうなさった? その赤面を見るによもや叔母上には元奴隷であるスコルヴィー人の穢れた血が混ざっているのではないでしょうな?」
ランジョウは口が達者だった。彼は相手が最も気にすることを見抜き、神経を逆なでするという特技があったのだ。そんなランジョウの決して褒めることの出来ない特技はブリリアントにとって効果覿面だったらしく、彼女は顔をますます紅潮させながら叫んだ。
「ランジョウ! いかに皇太子とは言え叔母に対し無礼でしょう! 今の発言は取り消しなさい!」
「ほう? その発言もその装いも無礼に当たるのでは? その程度も理解できぬとは……やはり皇族から出た者の価値は下がるものだな」
ランジョウの更なる追い打ちに、ブリリアントはついにグラスを手に取って彼に水を浴びせかけた! ……が、その水はランジョウの顔を濡らすことはなく、即座に彼の前に立ちはだかったベアトリス肩を濡らした。
全く動じないベアトリスに見向きもせず、ランジョウは無表情になると冷たい声で告げた。
「……余計な真似はするな」
労いの1つもないランジョウの言葉だったがベアトリスは「はっ!」と一言だけ残して再び元の位置に戻っていく。
彼女の巨体によって塞がれていたランジョウの視界が開けると、そこには再び激昂するブリリアントの顔が目に入る。彼女は歪んだ笑みを浮かべながら口を開いた。
「無礼ですか。わたくしの言葉が?」
「ああ、評判が良くないだの、引きこもりだの余を侮蔑する言葉が多々見られた。余としても不本意だが父上の妹であることだけは踏まえよう。今詫びれば許してやらんでもない」
ランジョウの言葉にブリリアントは胸を張りながら尊大に彼を見下ろすように告げた。
「わたくしは無礼とは思いません。今しがた告げたのは事実ですから。これは貴方のB.I.S値に限った話ではございません」
「余の前でB.I.Sの話はするな!」
それまで冷静だったランジョウは声を上げる。すると今まで押し黙っていたザイクが急に笑い出した。
「クハハハ。 ……母上。叔母としての慈愛がおありであればはっきりと申してあげれぼよろしいではないですか。ただでさえB.I.S値が低いというのに行動までもが凡庸なのは皇族らしからぬとね。絞りカスと呼ばれる所以を覆す努力をなさっているのですかな?」
「貴様ッ!」
ザイクの言葉にランジョウは目を吊り上げてテーブルの上に拳を突きつける。しかし、彼は余裕の表情でさらにランジョウの神経を逆撫でした。
「ほほう? その反応を見るにご自覚があるようですな」
「ザイクッ!!」
気付けばランジョウはテーブルの上に立ち上がり、腰に据えていた正装用のレイピアを抜いてザイクの顔に突き付けていた。
「こ、皇太子様! お気をお静めください!」
オロオロするハンフリーが2人の間に割って入ろうとするがランジョウは止まらなかった。いや、止まれなかった。
ランジョウは怒りに震えながら、目の前でほくそ笑むザイクの顔をどこか冷静に睨んでいた。ここまで面と向かってコケにされれば陰口よりもマシかと思う時もあったが、実際に言われるとその怒りは抑えようがなかった。
「ザイク=モウト・イルバラン。貴様を不敬罪に処する」
「左様ですか。では私はその判断を不服とし上奏いたしましょう」
その言葉にハンフリーだけでなく背後に立っているトーマスやベアトリス、そしてブリリアント、ミズリーダの表情が一瞬で強張った。そんな張り詰めた空気の中、ランジョウは狂気に満ちた笑みでザイクの言葉に応えた。
「上奏だと? 皇太子たる余に対して何を言う?」
「そうですね。では、血闘というのはいかがです? ああ、皇太子様はご存じありませんかな? この帝国にある血闘法を」
「帝国法第98358条か」
ランジョウは頭の中にある引き出しから帝国法にあった古い法律を思い出す。彼の即答にザイクは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐさま余裕の表情に切り替えた。
「ほう? ご存じでしたか。皇太子様ももう12歳になられたので、これならば私目とどちらが正しいか決めやすいかと思いまして」
「……面白い。良いではないか」
「こ、皇太子様!」
狼狽するハンフリーを他所にランジョウは振り上げた拳を血闘という結論に落とし込む。
皇太子の権限をフルに使えば、ザイクを殺すことなど容易い。しかし、それでは意味がなかった。何より両親がいないも同然のランジョウからすれば、自分で決着をつけるという手段はこれから1人で生きていく為には避けては通れない誇りだったのかもしれない。そんな決意を持つランジョウの同意を聞き、ザイクは目を見開きながらニヤリと笑った。
「決まりですな。では明日の正午に広場で。着用するのはCS (※設定参照)でよろしいですかな?」
「好きにせよ。全てにおいて貴様に合わせてやる」
ランジョウは心に決める。
もう沢山だった。
ここにいるザイクやその一族も。
陰口を叩く宮中の者達も。
死んでしまった母や兄でさえも。
全てが憎くて仕方がない。自らが皇族に生まれB.I.S値が低いというただそれだけで、なぜこのような目に合わなければならないのか。それはこの現状を作った世界全てのせい以外に他ならないのだ。例えこの血闘で死ぬことになっても構わない。このような歪んだ世界に未練などあろうはずがないのだから。




