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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第十七話 竜虎相搏

前回、タイトル回収



先に仕掛けたのはアルディだった。

誇大的(こだいてき)にすぎる顕現の顕示。そして大量の人形の披露。

戦いに慣れた者なら、これから何をするのか。顕現の能力は。人形の数。その性能。

瞬時に脳内でこれらの要素を思い浮かべ、そこから戦術を練る。

咎人と戦闘を繰り返しここまで何とか生き残ってきたであろう美羽は、そう思考するだろうとアルディは想定した。

すなわち前面へ最大限の注意を向ける。


手品師の常套手段(じょうとうしゅだん)。意識を誘導し、その間に本命を仕込む。

迷彩の魔術を施された透明の人形が三体。美羽の背後に音も気配もなく忍び込む。

狙いは頭部。胴体。足。

何らかの要素で二発は外れても、一発は当たるだろうと思っていた。

だが、


「ふっ」


短く息を吐く。

背後からの危機を感じた美羽は真上に跳躍する。

美羽がいた場所を三つの暴威が通り過ぎる。

見えない敵の大体の位置を特定し、空気を蹴って接敵する美羽。

既に手と脚の顕現は発動済み。刹那に放たれた破壊は計九発。

人形の胴体、頭、足。まるで意趣返しのように、アルディが狙った個所が破壊された。

バラバラになり床に落ちる人形。しかし破損などお構いなしと言うように、残った腕や内部の部品が美羽に襲い来る。


(足を砕いても動く。胴体も頭も。木っ端みじんにするしかない)


薙ぎ払うように腕を振る。破壊を纏った衝撃が迫る部品を塵レベルに分解する。

ここまでしてようやく、人形は動かなくなった。

その一連のアクションを見ていたアルディは、美羽の顕現に当たりをつける。


(硝子が割れるような・・・・・・破壊、か。手足で一つの顕現とみるべきかな。

具現型。近寄らせたくはないな)


戦略を考えていると、離れた位置にいる美羽は振りかぶる。

まるで野球のピッチャーのように、その黒腕を振り下ろした。

破壊の衝撃は地を這い空を飛び、進路上にあるアルディ目掛けて突き進む。


「陣形 ヘクサゼクス」


対してアルディは指を横に振る。

彼の背後に控えていた六体の人形が動いた。

アルディの前に六体の人形が陣形を組み、それぞれが魔術を発動する。

その両手から丸い魔法陣が浮かび上がり、左右の魔法陣とつながる。まるで六芒星のよう。

障壁。六芒の防御陣は美羽の破壊とぶつかり、その威力を完全に殺し無力化。


(人形を自由に動かして、それを攻撃にも防御にも使える。

しかもそれぞれが魔術まで行使できる。それがアルディ本人のものなのか、人形が自立的にやっているのかはわからないけど)


次の一手を考えていた美羽に影が差す。

頭上には11、12の人形が美羽目掛けて降りてきた。

その手が怪しく発光しているものも、全身を空気の鎧で纏っているものもいる。

見た感じ、人形の一体一体が魔術を使えるようだ。


足に力を込め、空へ飛翔する。

狙いはアルディ。攻勢を掛けるため、三歩でそこへ到達するために跳躍する。

美羽が走ったその跡。10を超える人形たちは美羽の黒脚に砕かれ、宙に残骸を晒す。


一歩目。左の棚に着地し、人形たちが群がる前に飛ぶ。

二歩目。着地地点にいる人形を一体踏み潰し、残り10メートルの位置にいるアルディと目が合った。

三歩目。アルディの後ろを取った美羽は至近距離から爪を放つ。


五本の破断線が空間を切り裂く。

濃密な殺意が込められた一撃は、再生も復活も許さない。

激突。しかし、


「!!」


アルディに爪を叩き込むと同時に、鋭い糸が至近距離から美羽を襲った。

それは真剣をはるかに凌駕する切れ味で、床に鋭い切断痕を残しながら五体を切り裂く。

顕現で守られていない箇所─胴体や首、頭部に傷がつく。

さすがに切断には至らなかったが、美羽の身体から決して少なくない血が流れた。


「ははっ、驚いたよ。まさか三体も壊されるとは」


対するアルディは無傷。着ている服のポケットから、ポロッと何かが落ちた。

人の手ほどの小さな人形。胴体に『アルディ』と彫られている。


「類感魔術、君の国でいうなら丑の刻参りが有名かな?

それの応用だ。私へのダメージを、この人形に移したんだよ。

似たものを害することで呪いを与えることができるなら、自身への呪いを似たものに移すことも可能というわけだ。

まあ、他にも形代(かたしろ)の理論を使って効果を上げているがね」


類感魔術は近似性があればあるほど効果が増す。

アルディは人形に自らの肉片、頭髪、骨を入れシンクロ率を上げている。それでも三体分のストックが壊されたが。


講釈は終わったとばかりに、走る糸がネットのように、網目模様を描いて美羽に迫る。

彼の糸が地面をも容易く切断するのは先ほど確認済み。

気安く接触するわけにはいかない。

美羽は横に飛び、次なる作戦を考える。


進路方向には幾多の人形が立ち塞がるが、10体ほどでは相手にもならない。

二度と動かないよう念入りに粉砕し、網目のように重なった糸を回避する。

ここで、美羽は過去の経験から危機を悟った。

それが発生する数舜前に、美羽はその場から飛びのく。

予感は当たった。網目模様を成す糸の一部が魔術陣を成し、攻性魔術を発動する。

爆炎が上がる。ほんの少し遅れれば、美羽は超高熱に巻き込まれていただろう。

その様にアルディは首を傾げた。


(奇妙な。まるで知っているかのような動きをするじゃないか。

私と彼女は初対面だ。知っているはずはないが)


自分の動きが読まれたことに疑問を覚える。


霊格の増加による副次効果は様々。その中には自身の隠遁(いんとん)性も含まれる。

それは自分がより抽象的な存在になっているということ。高次元の者が低次元の者に見えないように、霊格が巨大な者は自身の存在が観測され辛くなる。

目視はもちろん、レーダーやセンサーの類、電子顕微鏡や光学顕微鏡、いかなる観測装置を用いてもその情報の取得が不可能になる。

カメラに収めることもできなければ、ビデオで撮ることも不可能。最高位の者になれば自らの情報の閲覧すら許さない。口伝(こうでん)が精々といったところだ。

それは全知でさえ例外ではない。相手の情報の全てを知ろうとしても、拒絶されれば意味がない。

全能もそうだが、全知にさえ格があるということ。


主天使(ドミニオン)ともなれば、通常の映像や画像には一切映らない隠遁性を持つ。

今回美羽たちに写真が渡されなかった理由はそれ。五層までは魔術を使った霊的な撮影技術で何とかなるが、六層の咎人となるとそうはいかない。

そしてアルディは、自らの情報を外に出さぬよう慎重に動いているほうだ。

情報の流出は死を招く。いかに万能の顕現を持とうが、たっぷり時間をかけて対策を組み立てられる羽目になる。

それを証拠に美羽が受け取った情報には、葦原中国での誘拐事件、六層のある位置に縄張りを構えている、という情報しかなかった。

だから彼の戦闘スタイルは誰も知らないはず。

それなのに、一度経験したかのように回避するとはどういうことか。


(似たような咎人と以前戦ったのか?いずれにしろこのパターンは読まれるというわけか)


アルディは糸を使った魔術の使用を抑えることにした。使うとしても、他の攻撃と組み合わせての使用が好ましい。単発ではまず当たらない。

美羽も思考する。核となる戦略は接近。肩代わりされたとはいえ、アルディの身代わりのストックを削ったことは確か。

人形の群れを超え、鋭い糸をかいくぐり、咎人の懐へ潜り込む。そのために必要なものはなにかを考える。

そして、胸の内に渦巻くこの炎をいつ使うか、そのタイミングを推し量っていた。




全てを吹き飛ばす咆哮。体が砕けそうなほどの絶叫に顔を覆いながら、蛍は想像で自らを最大限に強化する。

それでも、一瞬にして背後を取った餓車の動きに反応することはできなかった。


「!?!」


矮小な人間へ振り下ろされる拳。

濃密な死の気配。蛍は直観と思考の両方で危機を感じ取り、安全圏に移動した自分を想像する。

それでも、その威力は絶大だった。


振り下ろされた拳が岩盤を叩き割り、奥底のマグマに突き刺さる。

一泊遅れて、マグマが地表へ勢いよく噴火する。

縄張り全体が大きく揺らぎ、あたかも悪天候の海に浮かぶ船に乗る自分の姿が思い浮かんだ。

その一発は宇宙の終焉すら容易く凌駕して、宇宙の許容量を容易く凌駕して。

この空間が無事なのは、ひとえに餓車が作り出した領域だからだ。そうでなければ周囲の空間は威力に耐えられずに砕け散っている。

初撃でエンケパロス以上の一撃を放った餓車は、遥か前方に移動した蛍を睨みつける。


その迫力たるや尋常ではない。一睨みでどんな戦狂(いくさぐる)いであろうと胆力を根本から破壊するだろう。

物理的な衝撃すら伴って叩きつけられる嵐のような殺意。蛍はそれを正面から受け止め、名乗りを上げる。


「粛清機関・桃花に属する、蛍と言います。

今回貴方の粛清を任されました。異論はありますか?」


離れているが、きっと聞こえている。

意味がないとはいえ、一応名乗っておくのが礼儀だ。こちらは相手の情報を知っているが、相手は自分の名前すら知らないのはフェアじゃないだろう。


トンと、軽い音が聞こえた。

あれだけ離れた距離を一足飛びで移動した餓車の足音だ。

その巨体に似合わず、体捌きは身軽そのものだった。

異論はあるか?その返答は拳で返された。


渦巻く突風を蹴散らし、揺らぎなく振るわれる鉄拳。

軽く振り下ろすだけで世界を破壊するほどの剛腕に殴りつけられれば、いかな障壁も紙細工のように砕け散る。

力天使(ヴァーチュース)ではたった一撃耐えることさえ不可能。そこから発せられた副次的な衝撃だけで、たかが人間なら無限に砕け散る。

餓車は顕現も魔術も使っていない。単純な膂力(りょりょく)だけで異次元の領域にいる。

対して蛍は顕現や魔術を総動員しても、その一撃を上回れる気が全くしなかった。

だから取れる行動は回避。鼻先にまで迫った極大の拳をすれすれで躱し、手に創造した双剣で丸太のような腕を切り裂いた。


ガキィィィン!!と鋼を打つ音が聞こえる。

折れたのは蛍の武器。根本からボキリと砕け散り、破片を散らす。

壊れた双剣を再創造するついでに、餓車の周りに無数の武器を想像する。

巨鬼に向かって殺到する大小さまざまな武器。

剣、槌、大剣、小刀、苦無、槍、矢、銛、メイス、棍棒、鎌、斧、鎖。

少し離れた位置には空中に浮かぶ銃砲、大砲、重火器の群れ。空には衛星兵器の類。

並列思考は想像にも影響を及ぼす。以前より精密に、詳細に、大規模に。それぞれ精度が上がっている。

武器の射出。飛び道具の一斉発射。

宇宙を幾つも吹き飛ばす火力の殺到を、餓車は小賢しいとばかりに一喝する。


「オォォォォァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


怒号。本日二度目になるそれは、周囲に押し寄せた創造物の群れを容易く砕き、瞬く間に消失させる。

こうなれば追尾も何も関係ない。圧倒的な力の前に、武力の象徴たる武器が雲散霧消と化す。

いかに手数を多くしたところで、通じなければ只の鉄くず。

一つの億の前に、一つを億個用意したところで意味などない。

アラディアのトレーニングで格段に蛍の基礎性能は向上した。霊格は膨張し、存在の格は確かに上がった。

だが、目の前の鬼はさらに先にいる。


どうやって勝機を探る。

僕の創造物では傷一つ与えられない。先ほど双剣で切ったところも、掠り傷の一つも与えられない有様。

当たりどころが悪いのかもしれない。もっと柔らかい箇所はないか。ギリシャの英雄アキレスのように、一つの部位だけ不死性がないような箇所は。


気炎を吐く餓車が、仁王像のように左手を前に出し、右手を奥で構える。

グググッと、鉄骨が曲がるような、筋肉の軋む音が聞こえる。

闘気が陽炎のごとく立ち上り、周りの空間が揺らいでいる。

右拳の一撃。予測も予見もできた。

しかし反応は許されなかった。


目前を剛拳が通り過ぎる。辛うじて掠った程度で済ませたはずなのに、それでも至近距離で発する衝撃は体全体を大きく揺らす。

まるで近くで爆撃があったかのよう。張り巡らせた防御をすり抜けて、体の内側に大きな攪乱(かくらん)が生じた。


「ぶっ、ごふっ!」


噛み締めた歯の間から大量の血があふれ出る。掠った衝撃だけでこれだ。

しかもダメージは簡単に治らない。蛍の不死性や再生力を上回る殺傷力。顕現を使わなければ臓腑からこぼれる血は止まらなかっただろう。

蛍は今、鍛えた第六感や並列思考、想像による身体能力の強化やバックアップ。それら各要素を使い、自らの生存率を上げている。

適切な例えではないが、自らの周囲に多重のバリアを張っているような状態だ。

それは蛍だけに限った話ではない。高位の顕現者になればなるほど、様々な要素を使い自らを補強して、戦術を増やし攻撃と防御の幅を広げている。

ゆえにそれら一つ一つの要素を乗り越え、突き崩し、無力化して突破しなければ触れることすらままならない。

蛍がトレーニングの途中でまだまだ未熟な事もあるが、餓車はそれを紙を破るように突破する。


最初の体捌きと言い、餓車の強さは単なる力だけではない。

よほど戦闘慣れしている。戦闘の経験値、そこから得た直観は蛍以上の正確さを誇る。

さらに言えば我流の体術を極めている。気配を最小限にまで消し、直前まで攻撃の意思を感じさせない。さらに最短移動を可能にする歩行方法まで習得している。

そもそも人とは地力が違う鬼が、さらに殺戮(さつりく)の技を磨き上げた。鬼に金棒とはこのことか。


口の中に残る血反吐を吐き出し、想像の限りを尽くす。

空間中に現れる無数の自分。容姿、服、髪の毛一本に至るまで、それぞれが僕と完璧に一致している個体。

弱点は必ずあるはず。無限に匹敵する数の優位を使って、僕はそれを探すことにした。



次回、渇熱の双炎

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