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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第十六話 傀儡使いと紅蓮鬼

前回、成長の成果



夜、勉強の合間、蛍は美羽とスマホで会話していた。


「そうだね。でも同格だから、今までの咎人と同じだよ。

僕たちだってこの前の僕たちとは違うさ。それは今日分かっただろう?」

『うん。けど、ちょっぴり不安。

ほんの数日前まで私たち能天使(パワーズ)だったから。

未知の領域って、いつも緊張する』

「それは僕もだよ。そう考えると咎人ってすごいね。

いつ殺されるかわからない場所で生き残ってるんだから」


咎人の全てを一括りにすべきではない。

彼らには彼らの生き様があり、彼らなりのルールがあり、それに従って生きている。

自分は自分だと、自分は誰かの操り人形ではないと、誇りと矜持を持って魂を発露させる。

日常を生きる僕らとは熱量が違う。

それを羨ましいと思ったこともある。

ただ、僕たちの日常を侵食しないでほしいとも思う。


美羽がいて、奏がいて、家族がいて、桃花の皆がいるこの日常。

ありふれていて、それゆえそのありがたさに気づきにくい。

ただ笑いあえるだけで幸せなこの世界。


ファルファレナは言った。

それは仮初(かりそめ)の永遠に過ぎない、と。

確かに、そうなのだろう。

人も世も変わる。僕たちもあと一年と数ヵ月経てば高校を卒業する。

奏とも離れ離れになるかもしれない。悲しいけど、その時は必ずやってくる。

だけど僕たちはこの日々がずっと続くと思ってる。それを指して仮初というのなら、確かにその通りだ。


だが、同時に彼女はこうも言った。

私がもういちど壊してあげようか?と。

遅かれ早かれ壊れるのなら、私の手で・・・・・。


冗談じゃない。

確かに世界は変化する。それを悲しいと思うこともある。

けれど、それは決して悲劇じゃない。

別れがあれば出会いもある。怒りや憎しみがあれば幸福や笑顔もある。

皆が皆、自らを主人公とする大舞台で、自分という役を必死に演じているんだ。

彼女の言動が、憐憫(れんびん)によるものか、それとも慈愛によるものか、そんなことはわからないが。どちらにせよ、看過するわけにはいかない。


『蛍?聞こえてる?』

「え、あ、ごめん!また考えこんじゃった」

『ふふ、いつもの癖だね』


ごめんと謝りながら、再び美羽との会話に集中する。

そろそろ休憩も終わり。楽しい会話も終わりが近づいてきた。


『じゃあ、そろそろ終わろっか』

「あ、美羽。あのさ」

『ん?』

「あの、変なことを言うようだけど、」


最後に、これだけは伝えたいことを。

たとえ嘘でも、偽りでも。


「また、必ず戻ってこよう」

『?・・・・・・うん、そうだね』


少し時間が空いて、そのあと美羽は頷いてくれた。


「じゃあ、また明日」

『うん、じゃあね』


通話は終わる。

僕はスマホを隅に置いて、再び勉強を開始した。




「よう、来たか」


翌日。桃花を訪れた二人をアラディアが待っていた。

その顔には昨日と同じ邪気あふれ出る笑顔が張り付いている。


「昨日も言ったとおり、今日は別れてそれぞれ第六層の咎人を撃破する。

情報は既に送ってある。堅洲国で確認しろ」


そう言うと、アラディアは奥の壁を顎で指す。

早く行けということだ。


「頑張れ~」


ソファーでは、日本酒をグビグビ飲みながら二人に手を振る霞の姿。

本来集と共に堅洲国にいるはずだが、今日は否笠が気を利かせて子守りの役を変わってくれたとのこと。


「じゃあ、行ってきます」


そう言って、二人は奥へ歩を進める。

不思議な紋様が描かれた(ゲート)の目の前に来た時、

背後からアラディアの声が聞こえた。


「ああ、そうそう。一つ言い忘れた事がある」


振り返る。アラディアはそれまでの不気味な笑みを消していた。


「今までお前たちには色々教えてきた。その効果は昨日実感しただろう。

だが、最後の最後までお前たちを生かすのは何よりも自分の顕現だ。自分の想いだ。

まあ、つまり自分を信じろってことだ」


あれだけのトレーニングをさせた後に、最後は精神論を唱えたことに二人は目を丸くする。

だがそれが何よりの真実でもある。強い想いを抱えた者が上位に立てる世界なのだから。

それが愛であれ怒りであれ、魂の発露たる感情がより強いものが勝つ世界。

だから自分の顕現を信じろと、最後に念を押す。


二人は頷いて、堅洲国へのゲートへ足を踏み出した。

それをアラディアは見送りテレビを点ける。

既に例のあれは完成した。後は二人が戻ってきた時に食べさせればいい。

だから早く殺して戻ってこい。アラディアはその時のことを考え一人ほくそ笑む。




堅洲国・第六層


薄暗く、ランプの灯りが一点を照らす暗闇。

無音の世界で、カチャカチャと何かが触れ合う金属音が響く。

縄張りの中。男性が作業場の上で手を動かしていた。

頭に被る黒の帽子。纏う服は紳士服。

場所が西洋であれば街中に一人はいそうな装い。

薄い黄色の目は作業の最中、一点だけを見つめ僅かに動くこともない。


そこは縄張りというよりは製作場、あるいは工房と言ったほうが正しい。

彼の周囲には、彼お手製の道具。鋏、木彫用のノミ、カンナ、鋸、ドリル、砥石等。

まるで大工が使用する道具が並ぶが、彼は大工ではない。

上を見上げれば、まるで図書館のように何層にもまたがって大量の棚が並んでいる。

その一つ一つの棚に、人形が座るようにして飾られている。

中央で作業する男性は、あたかも大量の人形に見られているようにも見える。


そして彼の近くには、培養槽に入った様々な人、動物、機械の姿。

少年少女、犬や猫、蛇やウサギ、果てにはアンドロイドや機械等の非生物もある。

ホルマリン漬けのように、培養槽(ばいようそう)を満たす緑の液体の中で、彼らは穏やかな表情で眠っている。

この時点で相当に異質な光景だが、さらに注目を引くのは彼らの身体。

欠損している。四肢や、頭部、あるいは目や舌などの臓器が、本来あるべき場所に収まっていない。

といっても事故で失ったような破壊痕はなく、まるでバターナイフで切り取ったかのように綺麗な断面図が覗いている。


やがて彼の作っている部品は完成した。

彼はそれを手に持ち、上に動かし下に動かし、様々な視野で完成度を確かめる。

白磁の美しい腕。だがまるで人肌のように血が通い、今にも動きだしそうだと見る者を幻視させる精緻(せいち)さ。

それを持ち、彼が向かう先は作成中の人形がたてかけられた標本。

人間標本。右腕と頭部がないだけで、それには人形が持つ本物と比べての不自然さがまるでなかった。

その右腕の部分。球体の関節を、右の空いた空洞にはめ込む。

ガコッと、音がして空洞が埋まった。

男性はその右腕を動かして動作を確認する。一回転させたところで、彼は良しとしたようだ。


再び元の作業場へ戻る。

その道中、培養槽の中で次は何を使うか選びながら、彼は背後の人物に声をかけた。


「何用かな?」


返事はない。だがいることはわかっている。

彼の縄張りを切り裂き、誰かが侵入した。

縄張りの主はそれを鋭敏に察知する。


やれやれと、しかし彼は培養槽にだけ目を向ける。

その人物に構う気がない。あるいはどうでもいい。

溜息をつきながら、一応侵入者に警告する。


「見てわかるだろうが、私は今作業中で忙しい。

用があるなら後にしてくれ。そもそも縄張りに無断で入るとは礼儀がなってないんじゃ──」

「私は粛清機関の者です」


彼の動きがピタリと止まった。

しかし硬直は一瞬。ゆっくりと彼は再び動き出す。

背後の空間に目を向ける。そこに立っていたのは少女。

烏のように黒い髪。対照的に映える青白い肌。

歳は、16か17程度だろう。まだ幼さが目につく。

華奢でほっそりした体。触れれば折れる程ではないが、強い風が吹けば倒れてしまいそうだ。

上から下まで軽く眺めた彼は、少女に背を向けた。


「粛清機関、か。

しばし待ってくれ。最後にやらなければならない工程が残っている」


待てとは言ったものの、それに従う義理はない。彼は少女がいつ襲ってきてもいいように最低限の警戒はしていた。

しかし杞憂であると知る。粛清機関の者は立ったまま、こちらを見ているだけだ。

彼は培養槽に浮かんでいる、一人の少女に手を伸ばす。

外界との境であるガラス張りのケースを当たり前のようにすり抜け、彼は少女の頭を手に取る。


ガコっと音がして、少女の頭部は切り離された。

出血はない。肉が千切れることもない。

まるで部品を取るかのよう。

痛みを感じないのか、身体は微塵も動かなかった。

その頭部を持って人形標本の元へ戻る。


「生きているんですか?」


背後から少女の声が聞こえる。

培養槽の中にいる者を指して言ったのだろう。


「生きている。

死人では真に生命の輝きを表現できないんだ。

私からすれば、巷に溢れるほとんどの作品は死んでいる」


答える彼は、たてかけられた人形に少女の頭をはめ込んだ。

人形が完成する。身体の各部に命が宿り、眠りから覚めたかのようにその目が開く。

男性はその人形を糸で包む。どこから出てきたのか、糸は瞬く間に人形を覆い服が出来上がる。

完成を見届け、男性は少女に向かい合った。


「待たせてしまったね粛清機関。

自己紹介をさせてもらおう」


男性は優雅に、被っていた帽子をとってお辞儀する。


「私の名前はアルディ。しがない人形制作者だ。

美しいお嬢さん。良ければお名前を」

「・・・・・・黒雲美羽と申します」

「ふむ、日本名か。

それで、今回私を殺しに来たという見解でいいのかな?」

「はい。貴方が葦の国で多くの者を誘拐したとの事で、今回粛清を任されました。

念のために聞きますが、双方の契約を交わす意思はありますか?」

「ははっ、念のためにと聞くあたり、他の咎人が応じる可能性は低いのだね。

残念ながら私も、その愚かな咎人たちと同じだよ」


苦笑交じりの笑みで美羽の申し出を断るアルディ。


「私は自分の活動を止める気はない。

それをした時点で私は死者と同義だからね。しかし・・・・・」


アルディは言葉を止めて、改めて少女を見る。

幼さの残る顔立ち。服の上から分かるかすかな胸のふくらみ。細い肢体。下腹部。

十二分に美少女と言っていい容姿。

そして、内側から滲み出るような狂気。

彼女の周りの空気が死に絶え、注意深く見れば黒いオーラが彼女を包んでいるようにも見える。

間違っても少女の本質が生産的なものでないことが分かる。


まるで毒薔薇だ。アルディは美羽をそう評した。

芸術家というのは美しいものに惹かれるもので、彼もまたその一人。

例え手に棘が刺さっても、花を摘み取ろうとする性分。

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彼女を欲しいと思ったアルディは宣言する。


「決めたよ。私の勝利の暁には、君を美しい人形としてショーケースに飾ってあげよう。

永遠の美を保てるんだ、喜び給え。私も丹念込めて製作すると誓おう」

「結構です。勝つのは私ですから」


腰を落とし構える美羽。臨戦態勢に入ったようだ。

アルディもまたにやりと笑い、歓迎するかのように腕を広げる。

彼の背後の空間が飴細工のように揺らぐ。

告げる。彼の魂の想いを。



「顕現 マリオネッター」



背後の空間に巨大な影が現れる。

それは仮面を被った道化のようにも見える。変てこな帽子をかぶり、それ自身が人形のようだ。

空中に浮く道化人形の二つの手。そこから幾千幾万もの糸がそこらかしこへ伸びていく。

まるで生物のように(うごめ)く糸が、左右の棚に展示してある人形へ接続され、人形が一斉に動き出す。

四方八方から人形の群れが美羽を取り囲むように、アルディを守るように集合した。

人形の主であるアルディは、幾多の人形に囲まれながら


「あまり傷つけはしないさ。君が抵抗しなければなおさらね」





そこは、まるで活火山の中だった。

咎人の位置する場所。空間を切り裂き、縄張りに侵入した蛍への洗礼は炎熱だった。


(わっ、ぷ。かなり暑いな。夏の暑さが嘘みたいだ)


空間全体の温度が非常に高い。比較にならないが、サウナの中にいるみたいだ。

服や肉が燃えそうになり、鼻から入ってくる空気で喉や肺が焼けただれそうになる。

常人がここに放り込まれたら瞬時に発火し炭化する。蛍が無事なのはひとえに顕現者ゆえにだ。

足元には黒く変色した石や岩。罅の入った隙間からは赤い溶岩が顔をのぞかせている。

遠くを見れば頂点から煙が上がる火山が幾峰も並ぶ。

まるで焦熱地獄だ。蛍は縄張りをそう称した。


さて、咎人は何処へいるのやら。

縄張りに侵入したことはもう分かっているはずだ。

見たところ縄張りはかなり広い。咎人の格によって縄張りの自由度は変化し、高位の者ほど規模は大きく構造も複雑になる傾向がある。

つまり縄張りは咎人の格を示す一種の指標になるわけだ。

奥で蛍を待ち構えているのか、不意をついて殺そうと息をひそめているのか、どちらにせよ蛍は咎人を見つ──。


バッガアアアアアァァァァァァァンンンンン!!!!! と、蛍の思考を遮るように、遥か遠方から爆発のような轟音が響いた。


「!!?」


こちらにまで届いた衝撃に一瞬(おのの)いて、けれど次の一瞬には音の聞こえた方向へ飛ぶ。

すぐにでも爆心地が見えてくる。同時に、そこにいた者も。

五メートル程の巨躯の鬼。天に逆らうように真上に伸びる角。丸太のように太い腕脚。竜のように巨大な尾。この灼熱地獄を表すような紅蓮の肌。

タッチ画面インターフェースに記されていた情報には、咎人は鬼種、その中でも餓鬼という枠付けらしい。

餓鬼と聞くと矮小で、飢えと渇きに苦しみ、ガリガリにやせ細った姿を思い浮かべる。

だがその鍛え抜かれた鋼のような筋肉や放たれている濃密な殺気は、餓鬼ではなく鬼そのものだ。


爆心地。鬼が拳を振り下ろした大地には、巨大な亀裂と倒れ伏す影。

たぶん、あれも咎人だと思う。もしくは堅洲国の住人。

目の前の鬼と闘って、そして敗れた。

その身体が粒子のように崩れ去り、跡形を無くしていく。

どうやら戦闘中にお邪魔してしまったらしい。


ジロリと、鬼の目がこちらを向く。

これまで蛍の侵入に気づきながら無視していたのは、先客がいたからだ。

気炎を吐きながら、次の侵入者である蛍へ狙いをつける。

その眼光。それだけで押し潰されそうな重圧がかかる。

鬼が一歩踏み込む。その巨躯に反して、大地を伝う振動は感じない。

息を吸い、気を溜め、脚を沈めて、天を貫く咆哮を上げる。


「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッ!!!!」


もはや爆発。一切合切を吹き飛ばす咆哮は、蛍でさえ気を抜けば魂が飛びかねない。

咎人・餓車(がしゃ)

激戦の予感に、蛍は全ての思考と神経と想像をフルで稼働させた。



次回、主天使

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