第十五話 あの人はやはり突然に
前回、並列思考
皆様、あけましておめでとうございます。
新年一発目、さっそく長くなってしまいました・・・・・・。
アラディアが外に戻ると、ソファーには酒瓶を傾けぐびぐび中身を飲み干している霞がいた。
集とともに堅洲国に行っていたはずだ。帰ってきたということは日課は終わったのだろう。
「集は?」
「ん~、下~」
霞の視線は階段へ。一階にいるということか。
階段を下りる。集と店長である否笠の声が聞こえてきた。
「そうですね、卵と砂糖を混ぜたら、さらに牛乳を加えて混ぜてください。
少ししたらざるでこしましょう」
「自分で言っといてあれですけど、間に合いますかねこれ?」
「大丈夫ですよ。天都さんに聞いたかぎりではまだトレーニングが始まって間もないとか。
これから堅洲国に行くらしいですし、それくらい時間があれば十分冷えます」
「そうですか。なら良かった」
一階に降りると集と否笠が調理場で何かを作っている。集はボウルの中身を泡立て器でかき混ぜている。
咎人を五人殺してきて、なお動ける余裕があるとは。もう少し内容をハードにしておけばよかったか?
「何作ってんだ?」
「あ、アラディアさん。
いえね、最近美羽ちゃんと蛍君にお菓子食べさせてあげるの流行ってるじゃないですか。
だから俺もなんかできないかなって思って作ってるんですよ」
「ふぅ~ん」
「てか、アラディアさん。今トレーニングの最中じゃないんですか?抜けて大丈夫なんですか」
「必要なことは教えた。後はあいつらが勝手に成長する。
一から十まで俺が口出しする必要はねぇんだよ」
そう。あいつらにはそれで充分。
適応速度も、順応性がとてつもなく早い。ここでお菓子を作っている集の比ではない。
だからこそアラディアのトレーニングについて来ることができる。
一介の顕現者に過ぎないあの二人が。
(いや、そもそも始まりからしてあいつらは異常か)
アラディアも気になっていた二人の顕現。
大した想念もなく顕現が発現するなどありえない。
否笠はそれを特例と二人には伝えていたが、別の呼び方をすればそれは異常。
まるで元からあったかのように。顕現自体はとっくに開花していたかのように。
・・・・・・・・・まあ、今注目すべきことはそれではない。
それは頭の片隅、並列思考の一つに留めておく。
何よりもまず滅ぼす対象はファルファレナ。蝶の咎人。
深く考えるのはその後でいい。
泡立て器でボウルの中身をかき混ぜながら、集がアラディアに視線を向けた。
「天都さん、店長、霞さん、俺。次はアラディアさんがお菓子用意する番ですね」
「は?」
「確かに、消去法でいくとそうなりますね」
「いや、いやいや、なに自然に俺が菓子を作る話になってるんですか。
俺はトレーニングであいつらに付き合ってやってるんですよ。
それなのになんであいつらに――」
「駄目でしょうか?お二人も大変喜ぶと思いますが」
「そうですよ、アラディアさんの手料理なんてそうそう食べられないんですから」
「んなことを言ってるんじゃ・・・・・・いや、それもそうか」
二人の勢いに押されかけていたアラディアが、突如見方を変えた。
ああ、確かにそれもありだな。
持ち前の並列思考を使って、一つの可能性にたどり着いたアラディアは、無意識に笑みを作る。
「あ、アラディアさん?」
その凶悪そうな笑みを見て、引きつった声を上げる集。
彼はトレーニングを頑張る二人のために、アラディアが手料理を振る舞うことを提案した。つまり彼の申し出は善意によるものだ。
だが残念。ここにいるのはアラディアだ。集は自分がしでかしたことに半ば気づいていた。
「ああ、いいだろう。そうだよ、俺も作ってみるか。
同じ粛清機関に属する仲間だもんなー。同じ釜の飯を食うとも言うし、たまにはそれもいいよなー。
今のうちにメニューを考えとかないとなー」
わざとらしい、悪意に満ちた声。
口元は裂けたように亀裂が広がる。邪悪な頭脳が邪悪な考えを思いついた。言葉に出さずとも分かる。
南無阿弥陀仏。集は後で二人に謝ろうと決意した。
そんなことなど露知らず、二人は並列思考を用いた作業を行っていた。
蛍は右手で本をめくりながら、左手でパソコンに文字を入力している。
美羽は片手でルービックキューブをいじりながら、もう片方の手でペンを持ち数学の問題集を解いている。
両者とも片耳にイヤホンをつけ、端末からの曲を聴いている。
点けられたテレビから視線を外さず、その内容を確認している。
さらに足の指を使い、大きなジグソーパズルを二人ではめていた。
普段あまり使っていない左手、そして足。どちらも精密な動きができないため同時作業には苦労しているが、それでも作業の手は止まらない。
全ての情報を制御できている。テレビは今4時21分。ニュースキャスターが人が熊に襲われた事件を放送している。
片耳から聞こえてくる曲は英語だから詳しくはわからないが、三人の男性のボーカルで、ロックな曲調でリズムがいい。
手に取った本のタイトルは『分かりやすい輪廻転生』。タイトル通り仏教の輪廻転生の思想。その思想自体は遠方の古代ギリシアでも見受けられるなど、輪廻の歴史を綴っている。
パソコンに打っている文章は日記。今日あったこと、過去のトレーニング内容、未来への展望などを打っている。
ルービックキューブを片手でいじりながら、どうやったら全面そろえられるかと思考する。美羽自身遊んだことはあるが、精々揃えられて一面だけだった。考えてみれば全面揃える方法を知らない。
数学の問題。証明。苦手な分野だ。表情に出さず苦悶しながら、問題文を何度も見返す。
二人で進めているジグソーパズルは既に四割埋まっていた。右端から順に埋めていき、調子がいい時にはどんどんはまる。
二人が作業を開始してから数十分。決して無理だと考えず、自分ならできるさと信じていた影響もあり、二人は作業を徐々に慣れていった。
人の両手・両足が別々に動くさまは、第三者から見れば奇怪に見えさえするだろう。
アラディアの強制的な教授により、並列思考の仕組みは理解できた。
後は次元の上昇と同じく、独自で並列思考を増やしていくだけ。
「美羽、そのピース取って」
「はい」
美羽の近くにあるパズルピース。美羽がそれを足の指でつかみ、蛍に渡す。
受け取るのも足の指。近くに引き寄せて、空いている個所にピースをはめこむ。
段々と勢いがついてきた。序盤こそどこにどのピースがあるのか手探りの状態だったが、ある程度進むと途端に勢いがでる。
なんだかやっていて楽しい。時間を潰すのに持って来いかもしれない。
着々とピースをはめていき、テレビの番組が終盤に差し掛かる頃には九割が埋まっていた。
ここまで来れば終わったも同然だ。
残った十数枚程度のピースをはめていき、最後のピースをはめる。
ちょうどその時、どこからともなく声が響いた。
「慣れたようだな」
突如空間に現れたアラディア。
その顔にはなぜか笑みが張り付いていた。なんだろう、背筋が凍る嫌な笑みだ。
「次は実戦で試そうか。それで今日は終わりだ」
「実戦?というと?」
「これから堅洲国に行くぞ」
相も変わらず、アラディアは急だった。
「とは言ったものの、高天原から粛清依頼が出ているわけじゃない。
だから五層をうろついて、襲ってきた咎人を殺せ。
粛清機関といっても好き勝手殺していいわけじゃないからな。
とりあえず三人程度でいい。それまで帰ってくるな」
必要なことだけを簡素に伝える。
二人の前には扉。スライムの内部空間を堅洲国とつなげたのだ。
魔術の達人であるアラディアだからこそできる芸当。境界が隔たれている世界同士を繋げるなど、高位の魔術師でもそうそうできることではない。
美羽はアラディアの言葉を咀嚼して、そして当たり前の疑問が湧き上がった。
「・・・・・・え?それって正当防衛の乱用じゃ――」
「るっせぇ行くんだよ」
背後からの蹴りが飛ぶ。それをもろに食らった美羽は空いた扉に吸い込まれていった。
「え、ちょ、アラディアさ――!?!」
悲鳴のような声は途中から切れた。
その様を黙祷しながら蛍は見ていた。
「美羽・・・・・・」
「てめぇもさっさと行ってこい。
いかにも間抜け面で、自分初心者で~すって雰囲気出せば馬鹿は寄ってくる。
場所は美羽と被らないようにしろよ」
「は、はい」
美羽の後を追いかけるように、扉の中へ踏み出す蛍。
吸い込まれるように体が異次元へ入り込む。
一瞬の空白を超えて、目の前には赤い大地が飛び込んでくる。
堅洲国第五層。訪れるのはエンケパロスの一件以来か。
崩れた建物に血を塗りたくったような空。
僕のすぐそばには赤い花が群生していた。
紅蓮華。血をまき散らして死んだ者の側に咲き、花は死者の想念の塊だとか。
こんなに咲いているということは、ここで大量虐殺でも起きた証だ。
美羽の姿はない。既に一人で行動しているのだろう。
なら僕もノルマを達成せねば。アラディアさんのことだ、課題を終わらせるまでずっと閉じ込めるとか普通にありうる。
さて、都合よく誰か襲ってきてくれないものか・・・・・。
アラディアさんは馬鹿な雰囲気を出しておけば寄ってくるって言っていたが。どうやってそんな雰囲気を醸し出せばいいんだろう?
とりあえず顕現のスイッチは入れておこう。
これでいつ襲われとしても保険はできた。
何はともあれ、少し歩こう。できるだけ見通しのいい開けた場所に出たほうが、咎人も認知しやすいだろう。
この一連の作業を、蛍は堅洲国に降りてから並列思考を使い二秒たらずで行った。
本人は無意識ゆえかそれに気づいていない。もしくは異常に慣れすぎたか。
思考の並列化は同時に高速化でもあり、行動に関する時間を大幅に縮小させる。
素早い行動ができることに越したことはない。
蛍は周囲を見渡しながら、山を越えた先に向かう。
この前のことだ。
ブルーワズとの戦闘の後、床に臥せた私の元へ、集先輩がお見舞いに来てくれた。
その時の会話。四層には咎人の姿が見られない。けれど視線を感じることもあれば、殺意を感じることもある。
これは一体どういうことなのか?そんなことを先輩に聞いたんだ。
集先輩は私に教えてくれた。
「いないんじゃなくて、見えてなかっただけじゃないかな?
視認できないほど遠くにいるとか、そんな物理的なものじゃなくて、そもそも立っている場所が違う。
確かに四層からは咎人の正面切った戦闘は少なくなるけど、堅洲国はバトルフィールド。殺し合いが起きないはずがない。
つまり、咎人はいるんだけど生息している次元が違うんだよ」
その時は漠然としか理解できなかったが、その意味が今なら分かる。
自分に刺さる視線の数々。間違いない、見られている。
けれど姿は見えない。
このまま気づかないふりをしておこう。立っている次元も三次元のままに。その方が咎人も襲いやすいだろう。
視線は常に定まらずに、一歩一歩警戒しながら歩いて、いかにも気弱な雰囲気を醸し出す。
堅洲国に始めて降り立ったあの日を思い出して、その時を再現する。
そして、その時が訪れた。
前兆一切なし。だけど六感で感じ取った。
背後。危機を感じた後、思考は即座に働いた。
瞬時に次元を上げるだけ上げる。25は上昇したところで、その姿が見えた。
巨大な獅子。全長十メートルはあろう、鈍色のライオン。
その爪が私の首筋に向かって、あと数センチのところまで伸ばされている。
並列思考が働く。
まず防御。右手で爪を抑え込む。重鈍な獅子の重さが伝わってくる。
そして迎撃。左肘で至近距離の獅子を打つ。胴体に吸い込まれ、その威力に獅子がひるむ。
他に襲ってくる咎人はいないか、周囲の状況を探る。残った思考で次どうするかを考え、一つの最善策と二つの次善策を見つける。
態勢を崩した獅子が空中でもがく。
その獅子にむけて、私は顕現を発動した。
「顕現」
黒化するのは腕だけで十分。実力の全てをさらけ出すのは愚挙にすぎないと、アラディアさんに教えられた通りに。
姿勢は瞬時に整い、最善の状態で最高の一撃が放たれた。
「El Diablo Cojuelo」
呟く声すら刹那に終わる。
悪魔の巨腕が炸裂した。獅子の咎人を飲み込み、上から下へ叩きつけられる。
肉体と魂魄の全てを瞬時に破壊して、なおその威力は止まらない。
地平線の果てにまで衝撃が及んだ。射線上にある山と谷をいくつも吹き飛ばし、轟音はそれでも止まない。
空間全体に大きな亀裂が走る。視界の六割を空間の断裂が占め、壊れた隙間からは黒一色が覗く。
私の前方が壊滅的な景色に変わる。直線上にいた幾多の咎人が、蜘蛛の子を散らすように退避したことを確認した。
私の中へ入ってくる無色透明の魂。殺した咎人の魂。それを喰らい膨張する私の魂。
あっけなさすぎる。咎人とは、もっとこう、強大で苦戦を覚悟する相手ではなかったのか。
啞然としながらも、並列する思考はこれまでとの相違点を私に提示する。
必殺技であるEl Diablo Cojueloは強力な反面、力を溜めるのに時間がかかる。
だから今までは物陰に隠れたり、魔術を使って時間を稼いでいた。
けれど、なんだ今のは。まるで私の意思が決まると同時に、そのチャージが終わっていたような。
やろうと思えばすぐにできた。本当に、言ってしまえばそんな感覚だった。
これまでの、いかなるトレーニングのおかげかは分からないが、もはやちまちま隠れる必要はないという確証を得られた。
その前のアクションもそう。獅子の攻撃を防ぐと同時にカウンターを行っている。
そんな高等テクニック、以前の私には出来っこない。精々攻撃を防いで、態勢を整えるために飛び退くのが定石だった。
決して自惚れるわけではない。が、自分がこの光景を生み出したのかと、思わず呆然とする。
以前の私とは色々と比較にならなくなっている。アラディアさんのトレーニング凄すぎるでしょ。
ともかく、これであと二人。
並列思考の効能をさらに調べるためにも、私は再び歩き出した。
突如、遠くから爆音が聞こえた。
それは世界を引き裂く破砕音で、力の塊が遠くに過ぎ去っていった。
(ああ、美羽が誰かと戦ってるんだな)
正確にはもう終わったのだが、音の正体が美羽だと気づき、美羽の大体の位置を知る。
あんなに派手な一撃を放っては、寄ってくる咎人も少なくなるだろう。警戒も強まるはずだ。
贅沢を言ってはいられないが、もう少し威力を抑えたほうがよかったんじゃなかろうか?
まあいい。僕も遅れをとるわけにはいかないな。
さっそく気配を察知し、何も考えずに体だけはその場から一歩下がる。
直後、鋭い先端の尾が土を突き破って現れた。
サソリの尾。尾の先端からは危険そうな毒液が滴り、触れた大地から煙が生じる。
目の前の尾に続き、土中から第二、第三の尾が現れる。
蛇のように柔軟に伸縮し、銃弾のように放たれる。
三方から放たれる突きは、しかしかすりもしない。
創造した剣を手に回転すれば、毒液を滴らせる尾の先端は切り落とされる。尾は地面に落ちてもミミズのように野垂れまわる。
やがて地鳴りがして、土が大きく盛り上がった。
現れたのは巨大なサソリ。尾がいくつもあり、その鋏は研いだ刃のよう。鏡のように僕の姿を反射する。
あれ、どこか既視感がある。まるでどこかで出会ったような。
「君、もしかしてこの前のトレーニングの・・・・・」
思い出した。ファルファレナの顕現による紋様を刻まれ、アラディアさんにトレーニングの相手として連れてこられた咎人の一人じゃないか。
確か彼らは、そのあとアラディアさんによって解放されたはず。
ではなぜ再び遭遇した。偶然?それとも・・・・。
殺意を募らせる巨大サソリ。
対峙する両者の元へ飛来する二つの影。
気炎を吐き、白熱するプラズマ生命体。
そして風を纏って威嚇する鼬。
どれもこれも、アラディアさんとのトレーニングで見た咎人。
「腹いせ、なのかな?」
一番可能性がありそうな推測を口にする。
そうだとしたらなんて馬鹿な。アラディアさんの独断とはいえ、一度は罪を許されたんだ。そのまま静かに過ごしていれば誰も何も言わなかったのに。
それとも、自らの滅びすらいとわないほどの怒気を抱えているのか。
・・・・・・・・・。
まぁ、いっか。
目の前には咎人。数もちょうど三人。そして僕は粛清機関。
殺してくれと言っているようなものではないか。彼らもそれはわかっているはずだ。
既に手にしていた剣を握りしめる。思考を回転させ、最良の殺害経路を練り上げる。
初手、二手目、三手目・・・・・・を構想。自分が一回で取れるアクションを鑑み、相手の動きもシミュレートする。
うん、どうやっても初手で終わる。
構想は終わり。後はその筋書きをなぞる。
想像。空中に突然現れた武器群は咎人たちに襲い掛かる。
それだけではない。
プラズマ生命体の内部から、サソリや鼬の体内から武器が剣山のように飛び出した。
「!・・・・!?・・・・・!!!」
言葉を発することもできず、のたうち回る三体の咎人。
そこに降り注ぐ武器の群れ。
ターゲットへ自動で追尾し、撃ち落されてもすかさず再構築し、当たるまで決して止まらない効果を想像で付与された凶器の群れ。
内と外からの鋼の雨は、咎人の身体をそぎ落とし、血肉と破片をまき散らす。
降り注ぐ武器、そのどれもが世界を容易く打ち崩す力を有しているのは言うまでもない。
やがて生前の面影など一切感じられない、咎人の血肉の破片だけが残っていた。
・・・・・・おかしい。
咎人とはこうもあっけないものだったか。
外ではなく内側への創造。それは相手へ干渉することを意味し、相手の抵抗との競い合いが生じる。
そのうえでそれができたということ。
それは蛍の顕現が彼らの上位に位置する証拠であり、蛍はとうに力天使の位階の先にあることを示している。
つまり主天使の位置に。
格の差が生じているんだ。結果、戦闘ではなく虐殺が起きるのは当然のこと。
今の五層に自分はふさわしくない。
それを確認した蛍は、念のため美羽を視認できる位置へ移動する。
既にノルマは達成した。後は二人で帰るだけ。
そして視点は美羽へ戻る。
獅子の咎人を悪魔の巨腕で粉砕した後、一人後悔していた。
あれだけ派手にやってしまった。それまでの弱気な動作がふりにすぎないと、周囲に暴露したようなもの。
恐れをなして逃げ出した咎人もいるだろう。実際、美羽を狙っていた咎人の数割は、彼我の差を悟りターゲットを変えていた。
が、どの世界にも物好きはいるもので。
今、美羽は二人の咎人と戦っていた。
「ギリアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「ァァ・・・・ゥゥァ!」
鮫とカエルが合体したかのような、大地を泳ぐ生物。
全身に包帯を巻いた、薙刀を持つミイラのような人間。
獅子を撃破した後、徒党を組んで襲ってきたのだ。
ミイラの刃が煌めき、幾つもの斬線が空間を斬る。
大地を操る鮫カエルは、足場をぬかるませ、サポートに回る。
ミイラを邪魔せず、それでいて柱のように土が立ち上がり、挟み込むように美羽の逃げ場を奪う。
二体の咎人の連撃を、美羽は並列思考を用いて回避する。
いかなる術技を用いているのか。どのような顕現か。
相手の力量は?技巧は?性格は?攻撃のパターンは?武器は?体捌きは?
様々な視点で咎人を観察し、脳内で次の動作を予測さえする。
それでいて付け入る隙を狙っている。
必ず訪れるであろうそれを、虎視眈々と。
そして、それは来た。
「ゥゥ・・・・・・」
業を煮やしたミイラが、跳躍し後ろに下がる。
土中の鮫カエルが援護するように土壁を立て、美羽の視線を隠す。
何をするのか即座に理解した美羽は、咎人が対応できないほどに次元を上げて、目の前の土壁を通り過ぎる。
案の定、咎人は顕現を唱えようとしていた。
「顕──」
現、とその先を続けることはできなかった。
破壊を纏った美羽の手。まるで扉を押すように伸ばされ、ミイラの顔を捉える。
勢いのまま頭が胴体と分離して吹き飛ぶ。サッカーボールを思いっきり蹴ったように、頭だけ超光速で彼方へ飛んだ。
胴体に走る亀裂。硝子のように砕け散る。きっと頭もそうなっているのだろう。
そのまま手を握りしめ、机を叩くように振り下ろす。
ズッ!! と地盤が沈む。
大地に破壊が駆け巡り、みるみる土が消滅していく。
これはたまらんと土中から飛び出す鮫カエル。
しかし、すでに美羽は構えていた。
最低限の動きで空を駆ける。
二歩で射程範囲内に入り、美羽は黒く武装した脚を突き立てる。
滑った鮫肌を突き破り、臓腑を悉く粉砕しながら、身体を二つに分断した。
「ギャガガアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
それでもなおうごめく鮫カエルは、大きな口をガパッと開き美羽を食いちぎろうとする。
その柔肌に牙を突き立て、頭から骨を食い砕く。
しかし、
「ッッっ!!!」
砕けたのは自らの牙、口、頭部。
美羽に接触しようとした瞬間に、その個所がバリン!!と破砕音を立てる。
美羽の身体を覆う破壊の膜。無意識に漏れ出す顕現の放出。
以前のものとは比べ物にならないほどの強度と法則力を兼ね備え、美羽に触れた咎人を壊した。
もちろん美羽には傷痕一つつきはしない。
総体の7割が砕け散った咎人に、最後の鉄槌を振り下ろす。
いかなる障壁も問答無用で粉砕する黒脚が、丸見えの脳漿を穿つ。
硝子が割れる音がして。
咎人は、今度こそ存在の全てが破砕した。
空中からいくつもの破片が降り注ぐ。
それを確認して地に降りる美羽。
魂が二つ、美羽の元へ飛翔する。
それを取り込み、さらに強大と化す美羽の魂。
これでアラディアさんからの指令は達成した。後は戻るだけ。
「お疲れ様、美羽」
ちょうど、目の前に蛍が現れた。
あまりにタイミングがいい。きっと自分が先に終わったから、邪魔にならないように見ていたのだろう。
・・・・・・。
なんだか、こんなことを思えるのも久しぶりだな。
「うん、蛍もお疲れ様。じゃあ、帰ろうか」
帰還用の魔術を唱え、光差し込む場所へ足を踏み入れる。
すぐに構築される見慣れた室内。そして見慣れた人影。
集先輩と店長が私たちを待っていた。
「お疲れ様、二人とも。
今日のトレーニングはそれで終わった?」
「はい。今日の分は終わりました」
集先輩が私たちを歓迎する。
その指先はソファーに囲まれた机を指す。そこにあったのは、
「それはよかった。
実は俺と店長でプリン作ったんだよ。
良かったら二人で食べて」
プリンが二つ。お皿の上に乗っていた。
上からカラメルがかけられ、ホイップクリームがプリンの脇に置いてある。ホイップクリームの上にはさくらんぼ。
食器や見た目のきめ細やかさかが際立つせいか、手作り感が全くない。
鼻孔をくすぐる甘い香り。見ただけでもプルプルしているのが分かる。
「わぁ、すごい。修先輩、店長!ありがとうございます!!」
蛍の手を引いて、ソファーに座る。
いただきます。と手を合わせ、予想通りプルプルのプリンを掬い取る。
そのまま口に運ぶ。
なめらかな口溶け。予想より甘さは控えめで、カラメルのほのかな苦みと調和している。
美味しい。このままあと10個くらい食べることができそうだ。
クリームとプリンを一緒に取って食べていると、背後の扉が開いた。
アラディアさん専用の部屋。出てきたのはもちろんアラディアさん。
「おや、アラディアさん。先ほど言っていたものは完成したんですか?」
「いえ、この後色々付け加えます。完成度は20%ってとこですね。
分解してまた創ってを最低23回は繰り返す必要がありますから」
店長の言葉に、アラディアさんはやけに上機嫌に返事する。
さっきもそうだけど、私たちがトレーニングしている最中に何があったんだろう?
アラディアさんはプリンを食べている私たちに近づき、
「三体咎人を殺してきたようだな。それでいい。
実感も持てただろう。それを食ったら帰れ」
「はい。今日もありがとうございました」
礼を言い、残ったプリンを平らげる。
美味しかった。ここ毎日、私たちは美味しいものを店長たちからいただいている。
ここ数日を思い返す。
私たちがファルファレナを倒したいと店長に言った時、あの場には様々な感情があった。
打算や思惑が交差し、アラディアさんなんか平気で実験動物呼ばわりしていた。
霞さんも、自分たちを信じるなと言った。
けど、実際はどうだろう。
天都さんなんて、そもそもが自分たちの責任なんて言ってくれた。それくらい心配してくれた。
アラディアさんだって、厳しいトレーニングを課したのも、私たちの無理な願いを叶えるためでもある。
霞さんだって面白がりながら応援してくれるし、店長や集先輩も陰ながら見守ってくれる。
カナもそう。桃花の皆もそう。
支えられて生きているという、当たり前の事を強く感じ取れる。
それに対して感謝以外の、どんな感情を表せばいいのだろう。
「ああ、そうそう」
去り際に、アラディアさんが思い出したかのように告げる。
「明日、お前らにはそれぞれ六層の咎人を殺してもらう。覚悟はしておけ」
「え?」
やはり、アラディアさんは急だった。
次回、傀儡使いと紅蓮鬼
やっとサブタイトル回収できるよ。




