第十八話 渇熱の双炎
前回、探り合い
咎人・アルディの情報を整理しよう。
彼の顕現・マリオネッター。目に見える形で表れているということは具現型だ。
顕現の名前はその能力を探る重要なヒントになりうる。
マリオネット。糸で操る人形。
事前に彼がしていたことも人形の制作。
そして現れたマリオネッター。その手から伸びる糸が数多の人形を動かしていること。
以上の情報から、彼の顕現は操る事に特化した顕現、もしくは人形に関するものと推測。
さらにアルディ自身も糸を操るため、美羽にとっては糸使いを二人相手にしているようなものだ。
糸は天都さんのワイヤーと違って白く目に見える。だから対処には困らない。
しかしその威力と切れ味は尋常じゃない。斬撃に使えば容易く顕現者を切り裂く。加えて糸を使って魔術を起動させる。
人形も厄介だ。一度に20体までなら破壊するのに支障はきたさないが、それ以上の数となると少し手間取る。
さらに人形のどれもが魔術を使う。ある人形は攻性魔術を使い、ある人形は防衛魔術を使って主を守る。
数は無尽蔵。5体を破壊する頃には、10体の人形が新たに投下される。
これらの要素をすべて切り抜けたとしても、アルディには自分の身代わりとなる人形を所持している。
先ほどは三つ壊したが、あと幾つあるかはわからない。5つだろうか、10だろうか。どのみちそれをすべて壊さなければならないわけだ。
「降り注げ」
群がる人形たちを相手取る最中、頭上からの危機を察知。
まるで流星のように、美羽目掛けて落ちてくる流星。
それは束ねた糸だ。糸が幾重も重なり、まるで鉄球のような重量を持つ。
天から降りそそぐ糸。それが雨のような密度で襲い来る。
ドバアッ!!!という音が連続し、人形ごと床を粉砕する。
美羽は腕と脚を使って糸の雨を防ぐ。100も200も撃ち落したが、全てを撃ち落せるわけではない。
いくつかの糸束がぶつかる。小さい鉄球を思いっきりぶつけられたようだ。
身体を貫通する痛みに耐えながら、被害を最小限に留める。
「陣形 エコラプロシオン」
人形使いから人形への命令。
先ほどの雨を浴び、残骸と化した幾百の人形。
しかし塵と化すまで動きは止まらない。そんなことは主であるアルディが許さない。
片腕を無くし、片足を無くし、頭部を無くし、それでも人形は動き続ける。
床に散らばる人形の残骸。それに悪寒を感じ、美羽はその場を飛びのいた。
直後、地雷のように人形たちが爆発した。
「ッ!」
咄嗟に飛びのくが、爆発の衝撃は体を叩く。
単なる爆発ではない。人形が重ねてきた歴史や時間をエネルギーに変換した即席爆弾。
代償として人形は完全に壊れることになるが、人形ゆえそれに不平不満はない。
連続的に爆発が続く。床には降りられない。
美羽は空中に立つと、上から降り注ぐ人形たち。
一体一体が私に手を伸ばし、気づくと囲まれている。
(まずっ─!!!)
一斉爆発。先ほどの数倍以上の威力。
美羽は無傷。次元を30は跳躍し、難を逃れていた。
しかし爆発は目くらまし。
爆風の隙間を縫って、一つの糸が右手に触れた。
「捕らえた!」
アルディの歓喜の声。
糸は瞬く間に右手の中に侵入する。
右手は美羽の制御から外れて、滅茶苦茶に動き回り主の首を掴もうとする。
美羽の推測通り、彼の糸は操るという属性を帯びている。
物体や肉体の操作はもちろん、その作用は精神にまで及ぶ。腕が美羽の制御を離れ暴走しているのはそのため。
彼女が混乱している隙にさらに人形を投下する。はずだったが、
「!?」
あろうことか、美羽は自らの腕、その付け根を思いっきり噛んだ。
ゴキン!!という骨の折れる音が響く。ついでブチブチっと筋線維が千切れる音が断続的に聞こえ、最後には腕を引きちぎった。
断面から溢れる鮮血。生々しい赤い肉。
赤い血の中から黒い棘が飛び出したと思ったら、あっという間に新しい腕が生え終わった。
引きちぎられ、なおも足掻く美羽の腕。しかし美羽が顎に力を入れると、腕全体に亀裂が走り、砕けた。
肉体の再生などお手の物。痛みは感じるが、とうに慣れた。
本当は左腕で殴りつけるのが一番早いが、そうなったら粉々に砕け散った腕が再生できない。
戦闘に支障をきたさず、なおかつ迅速な対応を美羽は取った。
「やるね、だが」
咄嗟の判断。素晴らしい。だが君自身に糸が有効だという情報は得た。
そして、次策は既に取っている。
「既に君は囚われているのだよ」
その言葉に顔をしかめた美羽は、周囲の異変に気付く。
自らを取り囲むように、無数の糸がドーム状に折り重なっている。
外から見れば、美羽は巨大な繭の中にいるように見えるはずだ。
繭の中。それは内部の空気を吐き出し、徐々に縮小する。
「カプ・ヘロイナ」
繭は一挙に美羽を絡めとった。
腕も足も頭部も。雁字搦めにして自由を奪う。
アルディの操る糸は身体も精神も操る。
徐々に対象と同化させていけば、いずれ魂にすら干渉できる。
そうすれば、意思のない人形が出来上がる。
そして幾重と絡まったこの繭から脱することなど、力技ではできはしない。
詰みだ。ここにきてようやく、アルディは肩の力を抜いた。
(ふぅ、冷や冷やする場面もあったが、そこはあとで要検討だ。
無事に美しい人形も手に入ったわけだ。今は勝利の感慨に酔いしれるとしようか)
繭からは抵抗の痕跡はない。それもそのはず、内部では億千の糸に全身を絡めとられ、下手に動けばさらに身体を拘束するはめになる。
コツコツと速足で繭へ歩み寄るアルディ。彼自身主天使で人形を制作するのは初めてのことだ。
腕が鳴る。興奮で心臓が早鐘を打つ。三日三晩、手を休めず制作に明け暮れることができるだろう。
最初に宣言した通り、自らが持てる技術の全てを注ぎ込んで、今よりも美しい姿にしてあげよう。
生きたまま、永遠に美しく、不変の状態を維持し続ける。
それが自分にできるせめてものことだから。
それをこそ、自らができる献身と信じて疑わないから。
繭のすぐそばに近寄り、そろそろ魂にまで糸が及んだか確かめようとした、その時。
突如、繭が爆発的に燃え上がった。
「なっ!」
舞い散る火の粉。咄嗟に顔を手で覆うが、ここで違和感に気付く。
炎の熱を感じない。むしろ身体の熱が奪われているような、芯から冷えていくな寒さすら感じる。
荒れ狂う、黒色の炎は不気味に燃え続け、その炎が鎌首をもたげアルディに直撃した。
「ぐぅ、あァッ!!」
糸で防ごうとしたが、炎は糸を容易く焼き切った。
炎の勢いで右の棚に吹き飛び衝突。
全身に黒炎を浴びたアルディは、自らの身代わり人形が二体焼け落ちたことを確認する。
何事かと体を起こした彼に、頭上から黒炎を手に美羽が落ちてきた。
「顕現 渇熱の双炎」
インパクトの瞬間に、炎が手から溢れ出た。
天まで届く巨大な火柱が上がった。
掌の炎をアルディにぶつけると、炎が薪を得たかのように爆発的に燃え上がる。
周囲の水分が全て焼失する。地面を舐めるように、炎は人形を飲み込み炭化させる。
攻守所が変わり、今度はアルディが後手に回ることになる。
派生した第三の顕現。それは渇きと熱の黒炎。
とある神話において、世界樹を焼き枯らした二柱の悪神の名を冠する顕現。
水や植物、聖なるものを焼き尽くし貶める黒炎。超常の強度とはいえ、糸を焼き切ることなど造作もない。
連続的に身代わり人形が灰となる。
離脱しようとしても、掴む美羽の腕がそうはさせない。
最後の一体が燃え尽きる前に、アルディはマリオネッターに命令する。
(ぐぅっ、マリオネッター!!強制的に私を動かせ!!!)
顕現体に自らの身体の操作を任せる。
マリオネッターの手から出た糸はアルディに取りつき、床下を掘り進むようにして移動させる。
無理な移動だが、難を逃れることが最優先。
結果として何とか炎から避けることができた。
数十メートル離れた位置に、土中から現れたアルディはすぐに人形を動かす。
50、60もの人形が主を守るべく美羽に立ち向かう。
両腕に黒炎を纏う美羽は、そのままに右腕を振るう。
下から掬うように振るわれ、それに応じて破壊と炎が巻き起こる。
瞬時にして炎に飲み込まれ塵となる人形の群れ。破壊され、黒炎によって存在の根本まで焼き付くされる。
床が業火の海となり、触れたもの悉くを穢しつくす。
その光景は地獄そのもの。
業火の中から美羽がアルディに歩み寄る。
揺らぐ蜃気楼の中、ゲヘナの地獄を歩む少女の姿は、なかなかに様になっていた。
美しい。ただただそれしか言いようがないほどに。
「は、はは。ハハハハハハ!!いいね、生と死が見事に混ざり合っているっ!!
なおさらに君が欲しくなったよ!」
目を爛々と輝かせるアルディの姿はボロボロだ。
逃げ切ったはいいものの身代わり人形は全滅。彼自身も酷い火傷を負っていた。
痛みはない。だがそれが逆に恐ろしい。
その代わりに非常に喉が渇いている。どうしようもない渇き。すぐにでも水をがぶ飲みしたい衝動に駆られる。これもあの炎の力か。
美羽としてはこのまま一気呵成に攻めたいところ。
しかしアルディの余裕は消えない。
「パサド」
アルディが呼ぶのは、美羽が訪れた時に制作していた生き人形。
糸で操られたその姿は、人の面影を残しながらも機械的だった。
パサドと呼ばれた少女は、自らの想念を口にする。
「顕現 イエ・カミナル」
何かが起きた。
変化が生じたのはアルディの身体。ボロボロで、全身火傷を負っていた身体が瞬く間に治癒していく。
いや、あれは治るというよりも・・・・・。
「誰しも変えたい過去の一つや二つはあるものさ。
彼女の想念はまさにそれ。つまり過去の改変だよ」
改変系の顕現。
それを使わせて、過去のダメージを書き換えた。
黒炎によって焼き払われる前の、無傷の彼が再臨する。
「意外と調整が大変なのだよ。
意思は消さないように自由を奪うのはコツがいる。
だが保険として完成させておいてよかった。わざわざ待ってくれた君の好意には礼を言うよ」
少女の周りを数十体の人形が囲む。
彼女がもしもの時の保険なら、当然敵を前に野晒にするわけがない。
身だしなみを整えて、アルディが美羽に向き直る。
「第二ラウンドだ。
さあ、お互いにもっと楽しもう!」
無数の自分で空間を占有する蛍。
それを見て鼻を鳴らしながら構える餓車。
両者の激突は縄張り全体を震わせた。
「はあぁっ!!」
それぞれが双剣を構え、数百の分身が踏み込む。
蛍が創造する分身は顕現を行使することはできない。だから蛍の基礎性能だけを再現したものだ。
しかしそれで十分。錯乱、陽動、手数の増強。一騎当千の実力は認めるが、数の暴力で成せることもある。
餓車の脚、腕、腹、首。幾百の剣が部位を切り裂く。
分身のスペックは本体基準。分身のどれもが宇宙を幾つも粉砕する威力を保有しているのは当然のこと。
しかし砕けるのは双剣。岩に枝を振り下ろせば折れると同義。
返しに放たれる裏拳。身近にいた100もの分身を一斉に叩き潰される。
宙に死骸を晒し、中身をぶちまけた分身たちは地面に落下する。そして砂が風に流されるかのようにその輪郭が崩れていく。
そして顕現を使える本体はどこにいるかというと、
分身の群れに紛れ、後方から顕現を行使していた。
餓車を囲むように、幾十もの黒い球体が現れる。
それはすさまじい引力を放ち、周囲のマグマや石を中心部に吸い尽くす。
まるで弾丸のようにそれらが集まり、餓車の身体を飲み込み黒い塊と化した。
ブラックホールを球体状にして放った想像。
その構造の複雑さ、精密さ、威力、これまでの想像の比ではない。
蛍の位階以下のものであれば問答無用で飲み込み、砕く。
だが、
バキッ!! と、音は黒い塊から。
中心部に罅が走る。次いで巨大な手が飛び出し、両手で扉を開けるようにブラックホールをこじあける。
雲散霧消し蒸発する黒い球体。中心から出てきた鬼には掠り傷一つない。
それを見越して次の想像が発動する。
餓車の前方から襲い来る寒波。奥底でうごめくマグマも、肺を焦がす空気も例外なく、縄張り全体を凍結させる絶対零度の風。
それを一身に浴びた餓車はなお止まらない。本体を仕留めるべく、分身の群れに突撃し死をまき散らす。
砕け散る500もの分身。しかし想像は止まらない。
凍り付いた縄張り。マグマは氷の下で活動を止め、呼吸をすれば内臓まで凍り付きそうな極寒の世界で、黒い何かが餓車の足元で湧いた。
それはウイルスやバクテリアの類。小型の竜巻のように、瞬く間に鬼を飲み込んだ黒い風は内部での増殖を目的に活動する。
未知の毒を発生させ、ターゲットを内側から衰弱させる。
あわよくば死滅を狙った毒だが、肝心の餓車はどこ吹く風。黒い風を渦巻かせながら分身を殺しまわる。
そして、その拳が蛍に迫った。
「おぉっと!?」
皮一枚で避けたものの、間近で発生する衝撃は内部を攪乱する。
血を吐き出し、想像し瞬時に修復した蛍。しかしその姿は餓車に見られている。
頭部の角。いかにも鬼を象徴するそれが、突如発光し始めた。
雷のように空気を爆発させ、帯電し、そして発射。
角の結合を一時的に解き、雷光そのものと化した角が伸びる。
雷の超電圧と角の切れ味を併せ持った雷光の角は、不規則な軌道を描き蛍の右肩を大きく切り裂いた。
全身に流れる電流。細胞の隅々まで破壊するその痛みに耐えながら、蛍は自らの修復と次の一手を発動させる。
空、といってもこの縄張りに空などない。下と同じく岩盤があるだけ。
しかしその岩盤を雲のように切り裂いて、何筋もの光が伸びた。
光が地に到達すると同時に、光に触れた石や氷が塩と化した。
塩の柱。聖書に出てくる神が与える天罰の、その一つ。
上空から照射される餓車。特段変化は見られない。
しかし指の爪が白色に変わり、餓車はその場を飛びのいた。
(効い、た?)
それに最も驚いていたのは蛍だった。てっきりこれまでと同じく干渉力不足で効きませんでした、なんてことになると思っていたが。
何はともあれ有効なのは事実。照らす全てを塩の柱と化す光はさらに天から降り注ぐ。
餓車もそれを脅威とみたのか、独自の体術を用いて軽やかに躱し、時には光を砕いて対処する。
当然分身体も動く。光を纏った双剣を手に、数百の分身が迫る。
それを見て、餓車は口をガパッと開いた。
口内に圧縮される炎。天地崩壊の前兆のような地鳴り。
放たれた鬼炎は、迫る蛍の分身を羽虫のように焼き尽くす。
炭と化すことすら許さず、この世から跡形もなく消えさる分身。
しかし一瞬の隙は作った。
「!」
気配を感じた餓車の目は上に向く。
光に紛れるように、本体の蛍がいた。
「そこだ!!」
想像。
蛍の横の空間に、巨大な手が創造される。
餓車に対して、生半可な一撃では傷一つ負わせられない。
だから食らわせるのは奴自身の攻撃。
今までの戦闘で、その力、大きさ、速度。頭の中で何回も想像し、シミュレートした。
目を閉じたってありありと思い浮かべることができるくらいに。
100%に近い再現度を以て創造された餓車の腕。
それが餓車本人の胸元に吸い込まれた。
「!!!」
ドッ!!と鈍い音がして、餓車の姿勢が崩れる。
足で地面を削り威力を殺す。数十メートル後ずさり、胸元を抑えながらこちらを睨む。
効いている。咎人自身の攻撃なら通用するはず。そんな予想は見事当たった。
このまま攻める!空中からさらに鬼の手を想像し、あたかも千手観音像のように展開する。
殴る。殴る。殴る。幾十もの剛拳が餓車に突き刺さる。
姿勢を低くし、手で顔を覆う餓車。威力で地面を削りながら後ずさる。反撃の機会を与えない。
このまま押し切る。僕がそう思った時、
餓車は何を思ったのか、近くにいた僕の分身の一つを掴んだ。
そのまま力に任せて潰す。分身は紙を握りしめたように、ぐしゃりと潰れた。
同時に、離れていた僕に突如強大な力が加わり、体がぐしゃりと圧し潰された。
「ぐ、ばあぁッ!!!」
何十もの骨が折れる音が一つになって聞こえる。
肺から強制的に空気が吐き出され、内臓が口から飛び出そうになる。
口、鼻、耳、眼から血が飛び出す。視界の全てが赤に染まり、口の中が鉄の味で満たされる。
馬鹿な、あれは分身体であって僕自身じゃない。容姿も体の構造も、全て似ているだけの別人だ。どうやって僕にダメージを・・・・・・・。
これ以上の損害を防ぐため蛍は分身を消す。先ほどの現象が類感魔術の応用だと、魔術初心者である蛍には理解が及ばない。
一瞬攻撃の手が止んだ蛍に対し、餓車はその場で拳を振り下ろす。
それを避けても衝撃と破壊された破片が蛍に襲い掛かるが、後ろに飛びながら手にした双剣で飛来物を切り裂く。
再び離れた両者。
ただし蛍の状況は芳しくない。蛍は先ほどの現象の正体を掴めず、無数の自分を創造することができない。
対して餓車は自らの剛拳を喰らったものの、それでも体力は削れていない。
追い縋っても引き離される。今までと同じだ。
次回、執念




