第十九話 Dance with Marionetter
前回、新顕現
回復役であるパサドを何とか壊したい。
でなければアルディを倒すことはできない。
パサドの霊格は五層、力天使程度だ。
美羽に対して改変が及ばないのは格の差が開いているから。
本来、それで『過去に美羽は死んだ』という事実に改変できるだろうが、その改変を抵抗されるがゆえに美羽に対しては何もできない。
だがそれはアルディに対してもそうではないか?
美羽とアルディの位階は主天使。美羽に干渉できないならアルディにも同様のはず。
その答えは単純、受容しているからだ。
他者への干渉は抵抗される。その抵抗の強さが干渉力を上回ると、効果を発揮することができる。
本来無意識で他者からの干渉を抵抗するものだが、もちろんそれには本人のフィルターがかかる。
ならパサドの顕現に抵抗せず、その効果を受容すればいいだけの話。なにも自分に有用なものまで問答無用に無効化することはない。
それゆえその恩恵を受けられるわけだ。
「陣形 ファランクス」
人形への命令。どこからか人形たちは槍と盾を取り出し、集団で一つの塊となる。
後方には魔術的な輝きで光る弓を構えた人形が配置され、空中に立つ美羽を狙い撃つ。
その人形たちに紛れ、アルディの操る糸は美羽の隙を伺う。支配することはできずとも、一瞬の足止めは可能と判断してのことだ。
当然パサドは堅固な防御で囲まれている。大楯を持った人形たちが全面に立ち、糸が繭のようにパサドを守る。
守りを固めた人形たちへ、美羽は突破するための策を考える。
三つの顕現。16もの並列思考。鍛えた第六感。
その全てを使って、堅牢な守りを突破する。
左腕の黒が解け、右腕の黒が膨張する。
悪魔の巨腕。禍々しさを増した暴虐の御手はノータイムで形を成した。
まずは陣形を崩す。右の棚に飛び乗り、そこから陣の真ん中に突進した。
「El Diablo cojuelo」
流星のように突入し、爆発するかのようにはね飛ばす。
陣形は壊滅的な被害を被り、中心部にいた人形は八割が塵と化した。
それでも速やかに対応する人形。槍で突き刺さんと四方八方から押し寄せる。
目前ギリギリにまで引きつけ、そして躱す。
躱すついでにカウンター。上体を反らすと共に下から蹴りが飛ぶ。
ここに来て、人形の壊し方のコツが分かってきた。
最小限の動きで全身を破壊できるポイントを突く。
後は走る亀裂に任せれば、人形はひとりでに自壊する。
前後左右から襲い来る30もの人形。
腕を、脚を、時々頭を。
四肢がそれぞれ独立した生き物のように動き、最高効率で人形を処理する。
腕、脚の一払いで四、五体の人形を破壊する。
美羽の一挙一動で発生する、周囲を飲み込む渇熱の双炎。猛る黒炎は大地を焦がし、遠くから迫る人形を飲み込んでいく。焦土の後には何も残らない。
それを遠目に見ながら、アルディはそのポテンシャルに感服していた。
(いや、すごいな。
一瞬の間に23もの異なるアクションを取って人形を破壊するとは。
しかも急所を迷うことなく。
このまま成長すれば、いずれ名のある粛清者にだってなれるだろう)
だがそれはアルディにとって、ひいては咎人にとって困りごとだ。
このまま捨て置くわけにはいかない。ここで仕留める。いや、宣言通り彼女を人形として昇華させるのだ。
アルディは人形、並びにパサドへの命令を出す。
中心部で踊るように破壊を撒き散らす美羽。しかし嫌な予感がしてその場を飛び退いた。
直後、美羽の周囲に何本ものナイフが出現し、一直線に突き刺さろうとする。
タイムラグなし。エンケパロスの時と似た現象。
纏った黒炎でナイフを飲み込む。炎は容易くナイフを溶解し、痕跡すら残さない。
今までとは毛色が違う攻撃。
訝しんだ美羽へ次の妨害が発生する。
パサドへの守りを担当している人形を破壊すべく一歩踏み出す。
その踏み込んだ地面。突然謎の爆発が生じて美羽を爆炎で飲み込む。
爆発は天上に到達するほど高く上るが、それが本命というわけではない。
妨害はパサドの顕現。所詮は力天使レベルの顕現。美羽に傷一つつけられはしない。
美羽もそれが分かっている。だからこの爆発に紛れてアルディが何か仕掛けていることも。
そしてやはりそれが来た。
立ち上る黒煙。それを切り裂いて網目のように重なった糸が走る。
避けようとするが、既にパサドの顕現は発動していた。
上下左右、透明な障壁が出現し美羽の逃げ場を塞いだ。
壊す事は可能だが、その一手の間に糸が身体を切り裂く。
糸を避けるために次元を上昇する。
対する網目の糸も高次元からの強襲だが、わずかに美羽が勝った。
52次元上に立ち糸をすり抜ける。そのまま足はパサドの元へ。
過去の改変。発動するたびに、美羽への妨害が発生する。
踏み込んだ床が爆発し、目の前に障壁が現れる。
一番厄介なのはアルディへの治癒。これがある限り止めをさせない。
立ち塞がる人形を破壊しながらパサドへ向かう。
その様を見てアルディが嘆息した。
「やれやれ、私が丹念込めて作った人形を、そう易々と壊さないでほしいな」
「人形、ですか。そんなに人形が大切なんですか?」
私が返答したのはなぜか。戦闘なんて無関係に彼と話したかったからか。
それとも彼を知りたいと思ったからか。
人形。私も小さい時は持っていた。小学校低学年の頃まで可愛がって遊んでいたことを覚えている。
だけどいつからだったか。人形とは距離を置いて生活するようになった。
人形はいい。相手からは喋らず、自分の話を黙って聞いてくれる。
妄想に付き合ってくれる、誰でも手に入るお友達。
私の体験から、彼の人形に対する想いを推測する。
玩具、観賞としての芸術的価値、あるいは彼も使ったように呪術的な用途。
だが彼は制作者。抱えている想いは人形を使用しただけの私とは異なる。
顕現を発現させる程の想念。彼の根幹となる想い。
アルディは私の問いに答えながら、それを語った。
「その通り!
人形の制作は趣味でもあるが、同時に救済でもある。
話は変わるが、人は誰しも美しい自分を望むものだ。
君はまだ若くみずみずしいから分からないと思うが、歳を重ねるごとにその想いは強くなるものだよ。
顔に皺が増えるのが許せない。肉体が老化し、腰が曲がる生活に耐えられない。
若くありたい。美しくありたい。
そんな想いを誰しもが抱えるものだ。ご婦人なら特にね。
美しいままでいられるのなら、人は大金を叩き、時に血肉を啜ることすら躊躇しない。
しかし時の流れには逆らえず、誰も彼もが土の下さ」
話が後半になるにつれ、アルディの表情に陰りが射す。
苦い思い出を振り返っているのか、彼の目は閉じ、口調は硬くなる。
開かれたその目には、哀惜と憐憫が宿っていた。
「それなら、せめて私なりの方法で彼らを、望んだ永遠の美に昇華してあげたいと思ったんだ。
不変の象徴は身近にあったよ。顕現者になる前から人形を制作していたからね。
人形は永遠の極致だ。腐らず壊れず変わらず。機能美と造形美を兼ねそろえた完璧な存在。神が人を創りあげた時の気持ちがよく分かる。
永遠の美を保てるんだ。これが私なりの愛だと、本気で思っているんだよ」
語るアルディの顔は真剣そのもの。その言葉には、一切の嘘が入り込む余地がない。
美しいものは美しいままであれ。
その想いそれ自体は清らかで、私が持てないものを持っていて、
「そう、ですか」
それしか言えなかった。
被害者の方が本当にそう思っていたかは分からないはずだ、とか。
それは人形という形に、永遠に生きたまま閉じ込めるだけだ、とか。
口先だけの非難なんて簡単にできたはずなのに。
アルディは私を、正確には腕と脚の顕現を見て、
「だが、そうだね。
思うに君の顕現も、壮絶な想いの果てに生まれたものなのだろう。
破壊、か。確かにその果てに至れる道もある。
訂正しよう。私が心血注いで作成した人形たちを、どうか気兼ねなく壊してくれ。
考えようによってはそれが救いにもなる」
その言葉に、私は二重の意味で申し訳なくなった。
壮絶な想いの果て?違う。ある日突然発現しただけだ。貴方のような心血滲ませる努力も苦悩もない。
破壊が救い。アルディは自分の言葉で私が躊躇わないように慮ってくれたのか?
だとしたら、今から殺すべき相手に心配されたことになる。
心の底で湧き上がる何か。明らかに戦闘で邪魔になる何か。
一瞬のわだかまりを振り払って、私はパサドを守る糸を破る。
繭の中から現われ、外気に晒される少女の姿。
人間の面影を残し、しかし人では成せない造形美を備えている少女。
アルディの言によれば、生きているその子。
(ごめんなさい)
手で触れる。
刹那の後、彼女の全身に罅が走り、ガラスのように砕け散る。
その最後、少女が小さく微笑んだのは見間違いではないと思う。
だがこれで、過去の改変は不可能だ。
狙いをアルディに。彼もまた迎え撃つ体勢だ。
腰を落とし、足下を爆発させ疾走する。
それを見てアルディは、
「陣形! ヘクサグラム」
六体の人形が、アルディを守るように六芒の結界を張る。
先ほども美羽の一撃を防いだ魔術障壁。アルディの計算では美羽の腕でこれを破れはしない。
硬直した隙に糸で首を切る。躱されたとしても再び距離を取る。
・・・・・・はずだった。
「なっ!??」
しかし美羽が放ったのは蹴り。
それが障壁に触れた瞬間、まるで障子のように砕け散った。
当然といえば当然のこと。背教の歪脚は理・法則を破壊することに特化した顕現。
原理の下に構成された魔術で防げるはずがない。
アルディの誤算は、美羽の腕と脚の黒化を同一の顕現と見なしたことだった。
ガラ空きになったその顔を、美羽は思いっきり殴りつけた。
「捕らえた!!!」
手に伝わる人の骨。肉。皮膚。
その手に最大の力を込める。
壊れろ。このまま。
拳を振り抜く。
思いっきり殴られたアルディは、まるで砲弾のように吹き飛んだ。
遙か彼方の壁にぶつかり、そのままぐったりと崩れ落ちる。
粉塵が舞い、倒れた彼の姿を包み隠した。
・・・・・・・・・・。
これで終わり?
いや、違う。縄張りが崩壊しない。
主が死ねば、その住まいである縄張りも消える一蓮托生の運命。
そうならないということは、アルディがまだ存命であることの証明。
そして、粉塵の向こうで影が微かに動いた。
「ぐ、ぁ、、効い、たよ。なかなかに、強烈だ」
煙の中、立ち上がる影。
亀裂の入った顔を手で抑えながら、アルディはまだ生きていた。
致命傷には至っていない。だが、破壊の顕現は確実に肉体を砕き魂に届いている。
あと一発。なんとか破壊を留めているが、あと一押しで崩壊するだろう。
よろめきながらも、アルディは美羽を視界に捉える。
「貴重な体験だ。女性に、思いっきり殴られるとは。
本来なら嬉しいことこの上ないが、状況が状況だ。喜んでもいられない、な」
手で顔を押さえながら、服の汚れを払う。
粛正者を目の前にして殺意がない。どこか達観しているようでもあった。
まだ戦闘中だぞ。と意味を含ませて、美羽は、
「次で終わります」
「ああ、そうだね、だがそれは困るな」
パキパキっと、破壊が進行する頬を右手で抑えながら、アルディは左手で髪をかきあげた。
苛立たしげに、それでいてどこか悲しげに、
髪を掻きむしりながら、彼は慟哭した。
「ああ、ああ!こんなはずではなかったが。本当に嫌だがっ!!
自らの主張と最初の宣告に背くことに嫌気が差すが!!!
だが君なら申し分ない。いや、君だからこそか。私の腕を潰すのに、君以上にふさわしい相手はいない」
それは私に言っているようで、自分に向けて言っているようにも聞こえる。
ひとしきり呟き終え、一人納得したアルディは澄んだ瞳で背後を見た。
「マリオネッター。最後だ、僕たちも踊ろう」
空に漂うマリオネッター。その糸がアルディに絡みついた。
その腕に、足に、体全体に白い糸が巻き付いていく。
何かある。妨害しようとした美羽の前に最後の人形たちが立ち塞がる。
ここが正念場だと、主を守れと、これまで以上の力を発揮する人形。
その様子は人形らしくなく、鬼気迫るものがあった。
「はぁああああ!!!」
最大の力を発揮して腕を振り抜く。
蟻のように群がる人形たちはその一撃で完全に粉砕される。
人形の群れを破壊し終え、美羽の目に入ってきたのは糸に包まれたアルディの姿。
それは包帯に包まれたミイラのようにも見えた。
ピシッと、アルディを包む糸に罅が走る。
亀裂は広がり、やがて蝶の脱皮のように、中からそれがでてきた。
「タロス・タブ」
目がない。鼻がない。耳がない。口がない。体毛がない。
人間の部位を削ぎ落とし、人形としての輪郭が際立つ。
あるいは、それが彼の理想像なのか。
木製人形を、超緻密に制作すればああなるのだろうか。
人形と思うには完成されすぎて、人間と思うには違和感が残る。
マリオネッターも形状が変わっている。
糸を出す手は二個から六個に増え、それぞれの糸が変化したアルディに繋がっている。
操る人形を失い、サポート役であるパサドを失い、それでも打った起死回生の一手。
それは、
「なっ!」
美羽の反応速度を軽く上回り、その腹部に拳を突き立てていた。
吐き気と共に、棚に叩きつけられる美羽。
何事かと身体を起こした時には、既にアルディが頭を踏み潰そうとしていた。
「っっ!!!」
転がるように身体を回転させ、頭部を粉砕するそれを回避する。
蹴りで発生した衝撃と破片。それが美羽を叩くが無視し、漆黒の脚で横から蹴りを食らわせる。
だが、パシッといとも軽く片手で受け止められた。
(嘘─!?)
そのまま脚に万力がかかる。握り潰すように力が加えられ、脚に罅が走った。
「はぁッ!!」
気合いと共に、アルディは美羽の脚を持って投げつける。
減速一切無しで飛んだ美羽は、反対側の棚を突き破り床に崩れ落ちる。
全身に走る痛み。骨を数本と内臓が少々傷ついた。
身体が再生しない。こんな怪我、あっという間に治るはずなのに。
「か、はっ。その姿、は・・・・・・」
「先ほど言っただろう。
タロス・タブ。自らを傀儡として、マリオネッターにそれを操らせるというわけだ。
人形使いが自分を操るなんて、よくあるだろう?」
それを証拠に、アルディの背後に佇むマリオネッターは手を高速で動かしている。
その動きに合わせ、アルディそのものも動く。
マリオネッターの手の一つが振り払われると、糸で繋がれた右腕も動く。
拳の風圧は突風のように、木片と人形の残骸を遠くへ押しやった。
「このように、霊格が爆発的に膨張する。
だがその代償として・・・・・・もう元には戻れないよ」
「え?」
「永遠に、自らの顕現によって操られるだけの人形となる。
当然、もう人形を制作することなど出来ない。腕を潰すとはそういう意味だよ愛らしい粛清者。一制作者として死を意味することだ」
先ほどの悔恨、憤怒。全てこれが理由だった。
肩を震わせ、拳を握りしめ、溜飲を飲み干すように腕を開く。
「それ程の価値が君にはあるのだよっ!
どのみちあのままでは私は負けていた。こうするしか他にない。
死にも勝る苦痛とはまさにこのこと。私の意味は、今完全に消え去った。
全てを捨て、何も残らなくても、この戦いにおける勝利だけは掴む!!」
今度は背後。残像を残し超高速で移動したアルディが美羽を殴打する。
背中から突き抜ける暴力。浮遊したところで腹部に飛んでくる膝。
美羽の身体はくの字に曲がり壁に叩きつけられる。
「ぁ、くぅ」
やはりだ。身体を巡るダメージは残ったまま。
蓄積された損害が身体の動きを鈍くする。
天都と同じく、美羽の不死性と治癒力を貫通してきた。
治癒など許さん。さっさと死ね。
膨大な殺意。もはや美羽を人形にする気などない。
危険な外敵として排除する。全てを無くしても、勝利を掴むために駆動する人形。
アルディは招くように腕を広げる。
「さあ、どうした?
全てを捨てる覚悟をしたんだ。君も相応のものを見せてくれよ」
次回、輪廻破壊




