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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第六話 顕現者の内側

前回、荒野に二人



空も、雲も、地平線の彼方まで赤い世界。

ザザザザザザザァ!!と、靴底を削り手でブレーキを掛けながら、集は吹き飛ばされた身体を立て直す。

息は切れ切れ。全身を苛む痛みは顕現を使っても消えようがない。

カッと限界まで目を凝らす視線の先には瓦礫の山。


咎人によって倒壊した建物、堅洲国の黎明期に存在していたであろう文明の、その名残。

今や風化しその役目を終えた建築物。

否、今それに魂が宿った。


ガゴゴゴゴ!!!と重量な、機械的な音をとどろかせ、倒壊した建物が幾つも宙に浮く。

それらは空中で結合、融合し、石材で出来た巨大な姿を現す。

瓦礫作りの蛇。そこら中から瓦礫の山が橋のような巨躯を構成する。


ガゴン、ガゴン、ガゴン、ガゴン。

石でできた目に光が宿った。


「ゲラアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!」


咆哮は既に震動の域に達している。

大地に亀裂を、大地に滅びを。

空間を震動させる咆哮は、音響兵器や地震兵器など比較にすらなりはしない。

足場が砕け散る。微粒子レベルに形を失い、端から見れば大地が砂に変わっていくようだ。


震動に耐える集を見ながら、霞はグビッとワイン瓶をあおる。

霞の表情は余裕。しかし油断はない。多少慢心はしているが、それも一割程度。

集が相手している咎人を冷静に分析していた。


(”自分を入れる容器が欲しい” ね。

その結果発現した力は憑依、または容器の創造。

周囲から物を無尽蔵に寄せ集めて、自らの魂を入れる容器を創り、それに魂を移る。

これまで集が壊した入れ物は3つ。このままじゃ埒が明かねぇな~)


入れ物はいくらでも壊せる。しかしその魂は他の場所にあるのか、集の顕現が咎人に届かない。


顕現は自らの想念の現われ。

それ自体が顕現者の願いの達成であり、同時に願望成就の道具(ツール)

顕現者の想いに応えるために必要な能力を生み出すのが顕現。

それは、どんなに理不尽な顕現であろうと許容されることを意味する。

特にその傾向は無形型に多い。無形型が厄介極まりないと言われる所以はそれである。

咎人と戦う粛正機関には迷惑この上ない話だが、そもそも顕現は戦闘用のものではない。

自らが願った、祈った、望んだ、想ったことが形となるもの。人を笑顔にしたいという想いもあるだろうし、枯れ木に花を咲かせましょうなんていう想いもきっとある。

戦闘という一側面で見るから誤解するのだと、アラディアは言っていた。

霞の顕現もそう。本来なら戦うためでも何でもない顕現。一人の娯楽で済むはずの顕現を、咎人との戦闘のため無理矢理仕様を変えている状態だ。

そのために影響もあるのだが、しかしそれはどうでもいい。誤差の範囲だ。


重要なのは奴の顕現の特徴。

入れ物を創る。周りに何か物がある限り、奴は止まらない。殺せない。死なない。滅びない。

周囲から建物も大地が消えても、集を入れ物にしてしまえばいい。

しかし、奴はそうしない。本来ならそれでチェックメイトのはずなのに。

それを考えれば今までもそうだ。

最初は石。次は金属。その次は鉄鉱石で、そして今は建物。

・・・・・・なんだか規則性が見えてきそうだ。


完全に同一の顕現などない。

似通った力であっても、必ず細部に違いが発生する。

完全に同一の人間がいないことと同じだ。思考パターン、生活環境、趣味、嗜好。クローンであっても違いはある。

そしてその違いが、同一の顕現がない理由。


つまり固有の法則性があるのだ。

その顕現を唯一たらしめている細かい法則性。

咎人との戦闘では、それを推測するのも重要な戦術。

表面上だけではない、深く地中を流れている水脈を探る作業も必要なのだ。


果たして集は無事咎人を倒せるのか。

仮に倒せたとして、後一体の咎人を倒せる余力は残っているのか。

他人事のように思いながら、霞は再びワイン瓶の中身を飲む。




荒野に二人の人影。

美羽と蛍は荒れた大地に座り、座禅をして精神を統一していた。

既にあれから40日経った、と思う。

飢餓感は一時最高潮に達したが、それから先は緩い凪のように、さざ波立てず収まっていった。


顕現者ゆえにか、身体に影響はない。

ガリガリに痩せ細っていても不思議はない。それなのに初めて荒野に降り立った当日と、全く同じ体重をキープしていた。


アラディアさんの言う通り、眠ることも許されなかった。

荒野に横になろうものなら、土が変形し私の身体を押しつぶした。

立って寝ようとしたら、同じく土が私の身体を貫き、強制的に覚醒させられた。


他にすることもないので、私たちは座禅を組む。

曰く、瞑想には睡眠効果があるらしい。レム睡眠がどうのこうの言っていた記憶がある。

それならばと試したところ、疲れが取れている気はする。

ほんとに、一時期は肉を求めるゾンビのようになりかけたのに、意外と耐えられるものなんだな。


横に座る蛍を見る。

穏やかな顔で目を閉じ、呼吸で肩を上下させている。

10日目には、『限界だったら僕を食べてもいいよ』なんて言ってもいたな。もちろん丁重にお断りした。


そんなことを考えて、私は瞑想に集中する。

無駄な思考を排除しながら瞑想にふけっていると、

突然、目の前が青一色に染まった。


「!!!」


急に環境が激変し、先ほどまでの荒野が消える。

その代わりに私が投げ出されたのは海中。

呆気にとられた拍子に海水を飲み込んでしまう。

しょっぱ!いや、それよりも、、呼吸ができない!!

隣で座っていた蛍も、突然の事態に驚いて泡を吹き出している。

ガボガボゴボゴボゴボガボゴボ。

何か言おうとしても何も言えない。

上を目指して泳ごうとしても、海面に近づく度になぜか遠ざかっていく。

どういうことだ。このままじゃ、死ぬ、、、


「落ち着け。お前らがその程度で死ぬかよ」


どこからともなく聞こえる聞き慣れた声。

突然目の前に現われたアラディアさんは、海中だというのに地上と同じように歩いている。

どうやってるんだ?海中を歩く魔術でも使ってるのか?


「なわけねぇだろ。この程度魔術を使うまでもない」


どうやら違ったようだ。海中なのにアラディアさんの声は地上と同じように聞こえる。


「LESSON2が始まってからお前達は何も食べずに、何も飲まずに、何十日も眠らずに過ごせている。

今までのお前らは周囲の人間を見て、周囲の物理法則通りに自分を定義した。だから現にそうなってる。海の中では自由に動けないと妥協し、溺れると脊髄反射並に思い込んで自分の首を絞めている。

顕現者は良くも悪くも自分の(ルール)で動いている生命体だ。

だからほら、海中でもいつもどおり動けるよう自分の常識を再設定しろ。

できなきゃずっと窒息の状態が続くぞ」


そういえば昨日そんな拷問あったな。

言いたいことは言い終えたのか、アラディアさんは踵を返し、去り際にもう一つアドバイスをしてくれた。


「酸素がなかったら死ぬと思うな。地に足をつけないと生きていけないと思うな。そもそも自分が死ぬと思うな。

想像しろ、世界は自分を中心に回るんだと思え。世界に合わせるな。自分の意思で世界を書き換えるくらいはやってみせろ」


なんて傲慢な・・・・・。

言葉を最後に今度こそアラディアさんが消えた。

だけど、そうしないと窒息で死にたいのに死ねない状態が続く。

落ち着け。一心に想い続けろ。

顕現者は自らの想い、それによって自分自身が自分だけの(ルール)で構成されていると聞いた。

だから外はともかく、内側は自由に変更できる。

もはや体内に酸素など欠片もないが、それでも大丈夫な自分を想う。

呼吸なんて必要ない。そうだ、自分を魚だと思え。


誰かから聞いた。目にした。体験した。恐らくこれらが境界を策定する主要因だろう。

今までの十数年の人生、私は周囲を見ながら世界はこうなものだと思ってきた。


では今まで目にしていないこと。聞いたことのないこと。体験したことのないことは出来ないままなのだろうか?

そんなことはない。現にLESSON1で身につけたこの再生能力。全身を失っても問題なく元の形を作り上げた事象。

それは本来ありえないことだ。死ぬに決まっている。

だけど、私の中ではあり得ることになった。さっき確かめたし、体感した。

これをもって私の考え方の土壌が変わった。致死の一撃を受けたら死ぬという認識が、身体がどれだけ欠損しようとも私は生きているという認識に変わったんだ。


死にかけて、極限まで必死に願ったのが功を奏したのか。

やがて全身全霊で酸素を求めていた身体が変わり始める。

徐々に酸素を吸い込んでいくように、私の身体に余裕が生まれる。

実際には空気を取り込んではいない。けれど内臓や血液が正常に動き始める。


わずか数秒の出来事だが、確かに自分の中で何かが変わった。

この感触。自由に掴めれば、さらに不可能を突き破れる。


横にいる蛍を見る。

とっくに海中に適応したのか、息苦しい様子はない。

どころか足で水を小突いて、まるで足場を確認しているかのようだ。


何が私にとって出来ないことで、自分に出来ることは何なのか。

自分の中の土壌。考え方の根幹となるところ。それが徐々に崩壊し、また再構築されていく。




再び場面は赤い大地。

堅洲国第七層。集は水を入れ物にした咎人に拳を叩き込む。

サソリの形を構成している水が、ドパァ!!と吹き飛ぶ。総体の九割を失い、致命的な損害を負う咎人。

それだけではない。


「・・・・・・ッ・・・・・ッッ!!!」


聞こえるか聞こえないか、そんなか細い声。

残った水が弾け、堅洲国に撒き散らされる。

後には何も残らない。

今までのように、すぐに入れ物が創られることもない。

自らの内に魂が入ってくる感覚がある。

咎人を殺せた、決定的な証拠だった。


「お疲れ~」


軽快な声。霞のものだ。

ヘトヘトになった目を向けて、集はそちらに目を向ける。


「咎人、なんとか殺せましたよ。

霞さん、ホントに今日あと一人やるんですか?そろそろ俺限界なんすけど」


集はそう言うが、別段彼に疲労の色は見られない。

限界を迎えているのは彼の内側だ。

死闘が連続で行われ、そのたびに顕現を全力解放。

並の顕現者ならもうぶっ倒れるレベル。それでも立っていられるのは彼の根気だ。


本来同格の咎人を五人も連続で相手取るなど自殺行為だ。万全の状態でもどうなるのか分からないのに、この上不確定要素を深刻化させるなどもってのほか。

しかしこのままだと間に合わないのも事実。


ファルファレナは隠れた。あれ以来、堅洲国のどの層にも現われず消息を絶っている。

自身の縄張りに潜んでいるのだろう。代わりにその手足である蝶の数は増える一方。

堅洲国全ての咎人の強大化も、あながち夢ではなくなってきた。

アラディアによる索敵は今も行われているが、影さえ掴めない状況。あまりよろしくない。

発見し次第すぐにでも潰す。一刻も早い後輩たちの育成もしなければならない。


霞は咎人の残骸を見る。


「やっぱり、入れ物つってもあいつの思い描いていた入れ物は”硬い物”でないと駄目だったみたいだね。

瓦礫で構成した身体をぶっ壊す前に結界を創って閉じ込めて、後は瓦礫の身体を消せば結界内には何も残らない。

あったとしても空気中をただよう埃や水分。案の定奴は水分を入れ物にしたけど、望んだ容器じゃなかった。

未熟な入れ物を選んだ結果、魂にまで攻撃が届いたか」

「考えは分かりますよ。頑丈な鎧とか、そういうのに身を包みたいって思うのは」


集は服の汚れを払う。弱音を吐くことはあっても、一日五体の咎人粛正を了承したのは自分だ。

次なる咎人の所へ向かう。その足取りは重い。



次回、悪性腫瘍・サラミナ

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