第五話 LESSON2
前回、貴方に呪いをプレゼント
その数十分後、私たちはアラディアさんのトレーニング(もとい拷問)を受けていた。
相変わらず切って煮て焼いて刺して壊して潰して裂いて叩いて殴って蹴って、死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んでの繰り返し。
恐ろしいのは苦痛や精神を汚染する魔術でもなく、この状況に慣れている自分だろう。
順応、と言ってもいい。先日と比べて痛みを感じても叫ぶ程ではない。
精神が研ぎ澄まされている。意思で苦痛をねじ伏せることができている。
昨日からずっと身体を支配する呪い、それに対する二つの対策。
それが影響を及ぼしているであろうことは考えられた。
さらに再生速度の上昇も目に付く。昨日は腕を再生するのに5秒はかかったが、今では秒もかからず欠損を埋めることができる。
これで腕や脚がもがれても、即座に復帰できるはずだ。
死ぬ度に、心臓の鼓動が止まる度に、一つ一つ階段を上っていく感覚。
微細なそれが積もりに積もり、やがて認知できるほどに効能を増す。
”私自身”に”私の死”を捧げる。
どこかの救世主が天に昇ったように、どこかの神様が智恵を得たように。
水の一粒一粒が着実に霊格に溜まっていく。塵が積もって山となる。
「9996・・・・9997・・・・9998・・・・9999・・・・10000」
最後の一回はアラディアさん自身の手によって行われた。
胸を開き、がら空きの心臓を踏みつける。
心臓はグチャッと破裂し血を撒き散らす。鼓動は止まり、全身から生気が抜けていく。
やがて身体は自動的に治癒していく。破裂した心臓は再び動き出し、開いた胸は肉が蠢きながら空洞を埋めていく。
「終わりだ。最後のチェックをする。立て」
アラディアさんの言葉に従い、血塗れの身体を起こす。
二人合わせて通算一万の死。
百万回死んだ猫には遠く及ばないが、なんとか達成出来たことを嬉しく思う。
二人揃って立った私たちに、アラディアさんは手を向ける。
その後、私たちには理解出来ない領域で、何かが起こった。
ボバッ!! という音が鳴った。
音源は私たち自身から。
アラディアさんの魔術によって身体の十割が消え失せた。第三者から見れば、二人が突然消滅したようにも見えただろう。
血を流すこともできず、その容を失う。
だがその意思は残っている。手加減はしてくれたのか、アラディアさんは魂まで粉砕はしなかっった(むしろその技量が恐ろしい)
思念と魂魄はその場に残留し、自らの入れ物を形成する。
0から1を、無から有を、自らという世界を取り戻す。
ほんの一つの素粒子が、極小の世界が合わさりあう。
結ぶ。象る。産まれる。動く。始まる。創る。描く。流れる。
原子が生まれ、分子が生まれ、細胞が生まれ、組織が生まれ、器官が生まれ、体が生まれる。
私の諸感覚が蘇り、再びアラディアさんを捉える。
気がつくと、私たちは五体満足で立っていた。
「ひとまずは、だな」
それを見て、アラディアさんは私たちに近づく。
「再生能力の増大。苦痛や刺激、精神攻撃への耐性。不死性の向上。イニシエーションによる格の上昇。
今のお前たちなら大抵のことでは死なない。これからのトレーニングに必要な準備は出来たわけだ。
だが過信はするな。多少滅びなくなったところで、格上の攻撃にはそうはいかない。不死だろうが再生能力だろうが、どんな理屈だろうとやつらは容易に破ってくる。
魂と肉体を両方消されたら、いかに不死性が高かろうが滅びる。それこそ顕現ならそれが可能だ。
あくまで保険、避けるにこしたことはない。それを心に刻みつけろ」
ぽん、と私たちの肩に手を乗せる。
今までよく頑張った、という意味なのだろうか。
アラディアさんが褒めてくれるなんて!
・・・・・と思ったら思いっきり私たちの身体を押した。
「「え?」」
二人して後方に目を向ける。
世界は既に変わっていた。ワームホールのように、黒い空間に別の世界が見える。
草が一片も生えない荒野。木々は枯れ、砂塵は吹き、空は曇天。
「LESSON2 次はお前たちの常識を破壊する」
私たちはそのワームホールに吸い込まれた。
目の前には雲があった。
否、高度三千メートルもの高さに放り出された。
この現状に驚きこそすれど、戸惑いはなかった。
アラディアさんの突発的な行動には慣れている。褒めてくれるなんて思った自分が馬鹿だった。
やがて着地。もとい衝突。
減速せずに頭から固い地面に突っ込んだ。
やや時間を空けて身体を起こす。全身の骨が折れ、肉が粉砕されても、もはやどうとも思わない。
それより気にすべきはこの世界。
荒野。その言い方しか合わない光景。
曇天の空。しかし雨が降っていないのか地面はからから。所々地割れの痕がある。
草木が一片も生えていない。あるとしても朽ち果て枯れた残骸だけ。
なんなんだ、今度は一体何のトレーニングを行うんだ。
アラディアさんはさきほど私たちの常識を壊すと言った。
私の常識は既に常人のそれとはかけ離れていると思う。だって普通の人が咎人とか堅洲国とか想像できるだろうか?更に言えばそれと戦う自分を。
この上さらに常識を壊す。一体どうなってしまうんだ私は。
ともかく、今は目の前の現状。
ここで何をするのか、何をされるのか、何をしなければならないのか。
アラディアさんからの情報はない。
今はそれを考えなくては。
スライムから一人出てきたアラディアは、ソファーの上に座っている否笠に声をかける。
否笠はテレビで堅洲国の様子を見ながら報告を聞いた。
「次のステップに進みました」
「ありがとうございます。それで、二人をあの中に何日放置させる気ですか?」
否笠が気にしたのは時間。残り日時で本当に間に合うのかと、言外に言っている。
既に一日経過している。このままのペースで熾天使に到達できるのか気になっているようだ。
「現実時間で4分。中だと、大体40日は経つでしょうね」
「あの荒野には何かあるんですか?」
「いいえ、何も?」
「ふむ・・・・・放置ですか。
アラディアさんの事ですから深い考えがあると思います。良ければ聞かせてもらっても?」
さすがにただ40日も二人を放置させる訳ではないだろう。
アラディアはもちろんと、頭を縦に振る。
「40は完全数。ある一つの状態から別の状態に移り変わる過渡期間。
キリストが荒野で飲まず食わずで40日過ごしたように、それも一つの試練。
加えて二人の常識を変更します。
現実世界に沿った考えなんざ持っていても邪魔なだけです。自分だけの世界をさらに深掘りさせる。つまり、今よりも多少傲慢になってもらいます。
現実を自分の意思で、更にねじ伏せられるように。
時々俺があいつらに助言なりなんなりしますんで、店長は集の様子を見ていてください」
「へえ、聖書で言うサタンの立場になると」
「その認識で間違ってはいませんね」
アラディアの目線はテレビに、堅洲国で咎人と戦っている集に向かっていた。
「あいつの状況は?」
「今四体目の咎人と戦闘中です。連戦で疲労していますが、霞さんもいますしなんとかなるでしょう」
画面には咎人に必死に食らいついている集の姿。身体がボロボロで、しかし眼孔は鋭い。
昨日アラディアが霞に言ったこと。今日集を捕まえそれを実践していた。
最初は本人も抵抗していた。それも仕方ない。聞いたのは今日なのだから。
だが霞が説き伏せた。
「このままじゃ後輩にすぐ抜かれるぞ~」
「先輩面できてんのも今のうちかもしんねぇぜ~」
「つうか子守すんのも面倒だからさっさとお前も力つけろよ」
うぐぐ、と集は唸りながらしぶしぶ承知した。
霞もアラディアもそれを見て、しめしめ上手くいったと腹の中で大爆笑した。とんだ外道共である。
しかしこれも必要なこと。桃花にとっても、集にとっても。
どうせ遅かれ早かれならこれを期にやってしまおう。アラディアの提案は店長に快く了承してもらえた。
さて、そろそろ二人に助言するか。
踵を返し、アラディアはスライムに意識を向けた。
中では既に二日経過していた。
空腹、そして身体が水分を欲している。
お腹の中に何もない。今までの拷問で吐瀉物を辺りに撒き散らしていたが、それがもったいなくさえ思えてくる。
お腹と背中がくっつきそうだ。喉はカラカラ、口の中は渇きに渇いている。
確か、人は何も食べないで、あるいは飲まないで何日耐えられるんだっけ?
三日、あるいは七日。
油断すればアラディアさんお手製の呪いが襲いかかる。
そのたびに意識を集中させ、無心で一心に祈る芸当をしなければならない。それがまた精神を削る。
頭に栄養が行き届いていないのに、そんなことをすれば余計にお腹が減る。
加えて環境も変化しない。
あれから美羽たちは歩いていた。出口はないか、あるいは何か食べ物はないか。
しかし歩けども歩けども目に見える世界は変化しない。
全力で走っても、地中を掘っても同じ。どこにもたどり着けない。
これと同じ現象を、私たちは一度経験したことがある。
帳ちゃん。ある平行世界で出会った顕現者。
私たちは彼女の顕現に呑み込まれ、白い街に閉じ込められた。
一切の出口がない白い街。恐怖すら感じる程の無音。
あの時のことを思いだす。この荒野も、それに近いものなんだと思う。
顕現は相変わらず封印されたまま。トレーニング中はアラディアさんが良しというまでこの状態。
蛍の顕現は使えない。それにより食べ物や飲み物を創造することはできない。
今までの話をまとめると・・・・・・・・お腹が減った。
「たぶん、永遠にこの光景が続いてると思う」
私も考えていたことを、蛍が代わりに言ってくれた。
その目から精気が抜けているように見える。私たちは立ち止まって推測する。
「アラディアさんは、僕たちを犬神にでもさせる気かな?」
「犬神?何それ」
どこかで聞いたことがあるような、ないような。
けどこの状況から察するにきっと良からぬものだろう。
蛍は石を手に取り、土に犬を描く。その首にギロチンが下ろされる。
「犬を用意して、それに暴行を加え、絶食させた状態で目の前に餌を放置するんだ。
そしてその首を刎ねる。切り落とした犬の頭が餌を食べたら、それを使って願いを叶えてもらえるって」
「・・・・・・私たちと似てるかも」
少なくとも暴行と絶食は共通している。
アラディアさんならやりかねない。いや、きっとする。
その時だ。
『犬神程度で叶えられるほど、俺の願いは浅くねぇよ』
脳内に直接聞こえる声。アラディアさんの声だ。
良かった。せめて何か情報はくれるらしい。
静かで乱れない声が続く。
『今は、二日経った程度か。腹が減っただろう』
「はい」
「それはもう」
恥も外聞もない即答。嘘を言っても意味がない。
何か食べ物をくれないものか。多少期待したが、どうやら駄目みたいだ。
『お前らは飲まず、食わず、眠らずで残り38日間過ごす。
その果てに、お前たちは自分の練りに練られた常識を粉砕し、より簡単に望む結果を得られる』
「残り、38日?」
オウム返しのように、私は日数を数える。
二日でこの様なのに?あとこの19倍も耐えろと?
『蛍も言った通り、その世界は永遠に続く。荒野以外には何も存在しない。
歩いても走っても無駄だから、そこに座って瞑想でもしてろ』
プツッと、脳内に響く声は消えた。
「残り38日。時間に換算すれば残り912時間。・・・・・・ずっと座禅してろって事かな?」
石を使い計算を終えた蛍が遠い目をする。
あぁ、今回も長いトレーニングになりそうだ。
次回、自分の法則




