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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第一話 LESSON1

美羽と蛍の二人には軽く地獄を見て貰います



ファルファレナの襲来、その翌日。

放課後、僕と美羽は桃花を訪れていた。

扉には相変わらずCLOSEの文字。今日も表の仕事はしていない。

窓から見える店内。一階には誰もいない。窓際には小さいサボテンが花を咲かせていた。

今の僕たちには、それを可愛らしいと思う心の余裕はなかった。


美羽の周りの空気がピリピリしている。

その目は平常時と同じようで、しかし裏では途方もない熱が籠もっているのが分かる。

昨日店長は言った。突発的な怒りは時間をおけば消える。しかし憎悪だとそうはいかないと。

美羽の中にあったのは、どうやら後者らしい。


「「こんにちは」」


店内に響く二人の声。

返事はない。上がれということか。

僕たちは階段を上がる。

店長、天都さん、アラディアさん、霞さんの四人が揃っていた。


「こんにちは二人とも。想いは・・・・消えていなかったようですね」


僕たちを見ていつものアルカイックスマイルを浮かべる店長。

天都さんは沈黙。アラディアさんは本を見てブツブツ何かを唱えている。霞さんは酒を飲みながらこちらを見てニヤニヤしている。


「我々もファルファレナに対する方針が決まりました。

その結果、お二人にも手伝ってもらうことにしました。おめでとうございます。いえ、残念ながら、と言ったほうが良いですかね?」

「ほんとう、ですか?」

「ええ、これから行うトレーニング次第ですが」

「ご安心ください店長。俺が一夜漬けで考えたこいつらのためだけの特別プログラムです。

多少雑ですが、結果は保証します」


ファルファレナの粛正に参加できる。

それが決まり、内心喜んだ。

そして同時に不安も倍増した。なぜか?アラディアさんが関わってくるからだ。

トレーニングを行うと言った。脳内でイメージしたのは筋トレ。けど相手はアラディアさんだ。そんなもんじゃないだろうな。

僕たちのためだけにプログラムを組んだ。それが嬉しい反面、言い様もない不安が心臓を掴んでいる。


店長がアラディアさんを指す。


「今回、二人にはアラディアさん主導のトレーニングを行って貰います。

かなりハードなものと聞きましたが、どうなんですか?」

「無理はさせません。こいつらの限界を50%オーバー程度で許します」

「とのことです。ご安心ください」


ここに来て、僕たちは苦笑いを浮かべるしかなかった。

アラディアさんの人外非道っぷりはよく分かっている。この人に良心を期待しても無駄だ。

けど、これが代償なのかもしれない。


「もし、そのトレーニングを受けたら、私たちはどのくらいであの咎人に迫れますか?」


重要なことだと、質問したのは美羽。アラディアさんは人差し指を立てた。


「全てが順調にいけば、一週間で奴と同格になれる」

「「一週間!?!」」


思わず素っ頓狂な声を上げる僕と美羽。

だって、あれだよ?今僕たちの位階は力天使(ヴァーチュース)。対してファルファレナの位階は熾天使(セラフィム)

ファルファレナも言った通り、格が四つは違う。それを一週間、七日で同格に上がると?

その様子を見てゲラゲラ笑う霞さん。笑いを抑えて僕たちに説明する。


「私たちも信じらんねぇけど、アラディアペースでやるとこうなるんだと。

特例過ぎて実験になんねぇんじゃねぇの?」

「はっ、だからどうした。例外なんてどこにでもある。それを鑑みねぇのは俺のプライドに触る」

「はっはっは、学者肌だね~あんたも」


そう言うと手にしたビール缶をあおる霞さん。

それを見届けて店長は僕たちに言う。


「最後に聞きましょう。今回のトレーニングは今まで以上に危険です。

私としては、二人には緩やかに位階を上げて欲しいと思っていました。

今まで必要以上に慎重にしていたのはその為です。もちろん二人の安全のために。

引き返すなら、今ですよ?」


店長から言い渡される最後通牒。

今ここで、僕たちがやっぱりやめたと言えば、店長たちはそうしてくれるだろう。

でも、これは僕たちが決めたことだ。


「お気遣いありがとうございます。でも、私たちは一刻も早くファルファレナと並び立ちたいです」

「僕もです」


美羽に続いて、僕も意思を伝える。

今まで怖いことも辛いことも痛いことも経験してきた。今更だ。

自分たちが無力なせいで、全て失うよりかはずっとましだ。

それを見て店長は一瞬悲しそうな顔をして、すぐさま元に戻った。


「そうですか。では、いきなり始めちゃいましょうか。

アラディアさん。お願いします」

「わかりました。おい、荷物はソファーにでも置け」


アラディアさんの指示通りに荷物を手放す。

それから僕たちは部屋の中央に立たされた。

アラディアさんが僕たちの前に立つ。


「もう一度聞くが、本当にいいんだな?」

「はい」

「俺は手は抜かない。お前たちの限界を超えさせるために全力を尽くす。

当然お前たちにも全力を出させる。強制的にな。

人権なんて無いと思え。自分たちを守るものもいない、そんなものは自分だけしかいない。

お前たちはそれを知る。嫌でもな。それでもか?」

「はい」


変わらない返事に、アラディアさんは一瞬満面の笑みを浮かべた、かもしれない。


「OK。ならさっさとやるぞ」


アラディアさんが指を鳴らすと、突如僕たちの足下がぶくぶく泡立ち出す。

透き通るような白色の液体。あれ、どこかで見たことのあるような・・・・・。

それは口の形を形成すると、あっさりと僕たちをバクンと呑み込んだ。


何やら既視感のある光景。部屋を圧迫する大きさのスライムが存在感を放っている。

触れればプニプニとした水布団のような弾力。ひんやりとしている。

何がなんだかわからない霞はアラディアに質問する。


「アラディア~、このスライムな~に?」

「スライム型人工異世界ver2.47。

中には固有の時間軸・空間軸・次元軸を備え、設定を弄るだけで様々な世界を構築可能。

当然時間も空間も自由に弄れる。一秒を数千年にしたり、一㎝を何億㎞にもしたり、次元の自由度も弄れる。

これ自身が独立した一つの世界だと思えばいい。

この中があいつらのトレーニングルームになる。見たいのなら触れれば見れる」


霞はそれを聞いてスライムに再度触れる。

するとスライムの一部がスクリーンに変わり、二人の姿が映る。


「へぇ~、便利~。音も聞こえたりとかすんの?」

「当たり前だ。聞きたいのならな」

「さっすがアラディア。桃花の万能野郎」

「当然だ。店長、では行ってきます」

「ええ、二人にはお手柔らかにお願いしますね」


その言葉を聞いて、アラディアはスライムの中に入っていく。

吸い込まれるようにスライムの中に消えたアラディア。スクリーンにその姿が映った。

ここで、霞が当たり前といえば当たり前の質問をする。


「店長~。トレーニングって何するの?」

「基本的なことですよ。戦闘訓練、魔術の修得、並列思考、第六感の強化など、色々ですね。

ですがその前に基礎的な、必要なことをします」

「必要なこと?」

「ええ。苦痛に耐えてもらいます」




スライムが僕たちを食べたと思ったら異世界にいた。

何言ってるんだろう。このやりとり前もやったな。

この前は青い世界だった。タイル状の床に、空間は幾何学模様のようにぐにゃりと歪んでいた。

対して今回は黒い世界。一片の光も差さない。床も壁も黒一色。それでいて地平線の果てまではっきりと見える。そんな空間。

ややあってアラディアさんが虚空から出てきた。


「ソラ、エキ、コ」


アラディアさんの呟きに応じて、三体の人形が現われる。

アラディアさんお手製の魔術人形。気体、液体、固体で構築されたそれらはアラディアさんの命令を待つように立っている。


「先に言っておく。俺は確かに一週間でお前たちをファルファレナと同格にしてやると言った。

だがそれは現実世界の話だ。ここでは俺が時間を自由にいじれる。

だから一分を一時間にすることも可能だ。外から見れば俺たちが何倍速に見えるだろうな。

つまりお前たちは数十日くらいはここでトレーニングを受けることになる。まあ、大した話じゃない。

浦島効果は心配するな。時間から超越したお前たちがそんなもんの影響を受けるなんてありえねぇから」


早口で、それでいて重要なところはちゃんとアクセント強めに教えてくれる。

つまり、トレーニングは僕たちの体感時間では一週間以上かかると。

アラディアさんは僕たちの頭に触れる。


「ついでに、顕現も封じておく」


脊髄を何かが走ったような気がした。

この技術を見たことはある。確か高天原のシュヴァラさんが帳ちゃんにした、顕現を外部から解除する方法。

あの時は顕現の解除。だけど、今回は顕現の封印。

試しに顕現のスイッチをONにして確かめる。

うん、使えない。武器を想像したはずだが、世界に創造されない。

アラディアさんはいつの間にかあった椅子に座る。


「余計な抵抗されても目障りなだけだからな」

「抵抗?僕らこれから何をするんですか?」

「それは体験してからのお楽しみだ。おい」


アラディアさんが呼びかけると、三体の人形が動き出す。


「こいつらが当分の師匠だ。俺がいいと言うまでこいつらは止まらない。

俺はここに座ってるから、慣れてきたら言え」


慣れてきたら?

その意味を深く考察する前に、僕の右腕が飛んだ。


「え?」


目を向ける。

右腕が、その付け根からなくなっている。

一瞬の呆然(ぼうぜん)。そして次第にやってくる熱、痛み。


「つっ、があぁっ!!!」


左手で損害箇所を押さえる。が、湧き上がってくる痛みはどうしようもない。

怪我をすれば、いつもは想像して無事な姿に戻している。激痛を感じることはあっても一瞬だ。

けど、今は違う。

ズキズキと、熱した松明でも押しつけられているかのようだ。

血は腕の付け根から溢れ、小さな水たまりを作っている。

右を見れば、僕と同じく腕がもげた美羽が地面に崩れて、痛みをかみ殺そうとしている。

アラディアさん、これは、一体・・・・。


「当然だが、咎人と殺し合いの最中に攻撃されて、その痛みで悶える時間なんてお前たちにはない」


頭上から聞こえてくる冷ややかな声。何の感情もこもっていないような声。

それと同時に今度は僕の左手が飛んだ。

ボギッと音がして、無理矢理ねじ切るように取れる。

見ると、人形が僕の二本の腕を持っていた。


「ぁ、っつ!!」

「激痛に転げ回って、敵が同情してくれると思うか?

涙を流したら敵が攻撃の手を止めてくれるか?

いいや、逆にチャンスだろ。それくらいお前らにだってわかるはずだ」


それは理解出来る。なら、これは。


「痛みに慣れる訓練だ。なぁに、現実世界では6時に帰してやるよ。

残業させるつもりもねぇし。その頃にはすり(ばち)で全身をすられようが、ピーラーで全身の肉をそぎ落とされようが、全く以て意に関しない状態になってる」


人形の一人。ソラ、気体でできた人形が僕の足に纏わり付く。

悪寒が走って僕は足を引っ張ろうとした。

けど遅い。骨が連続的に折れる折れる音がして、そして根元から足が引き抜かれる。

肉の合間から見える骨が生々しい。吐き気の混じった叫び声を上げる。


「あぁ、そうそう。

そいつらはお前たちがどのタイミングで叫び声を上げるか、叫び声すら出なくなるか、どのタイミングで泣き出すか、どのタイミングで殺してと嘆願(たんがん)するか。

そんなもん既に分かってる。

だから好きに騒いで好きにもがけ。別に何も変わりはしねぇから」


地面に這いつくばる僕たちを見るのは椅子に座すアラディアさん。

この光景を見てなんとも思っていない。虚空では本が浮かび、同じく浮いているペンがつらつらと何かを高速で書いている。


「LESSON1 痛みを情報として捉えろ。まずは簡単に四肢を剥ぐのを何セットかやって、その後徐々に色々追加していくから、まぁ、頑張れ」


あまりにも軽い、頑張れという言葉。

唯一残った左足を何かが触れる。

見ると人形・コが僕の左足を掴んで、勢いよく引き抜――。


次回、トレーニング(という名の拷問)

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