第二話 再生=破壊
dieジェスト
「うっひゃ~、いきなりやってますね~」
その光景を二階にいる霞たちも見ていた。
一人は真顔で、一人は酔ったように笑って、もう一人は半笑いでスライムのモニターを見ていた。
酔ったように笑っている霞は半笑いの否笠に話しかける。
「お~、良い具合に血って飛び散るもんですね~、そういや堅洲国でブラッドアートで稼いでる奴いましたね」
「ブラッドアート。それはもしや血を使って?」
「そうですよ~。そいつ曰く『血こそ真実!血には魂が宿る!!血こそ芸術!!!』つってましたね。
一枚の白いキャンパスにバケツに汲んだ血をぶちまけるんですよ。
芸術なんて私にゃあ分かりませんが、あれは躍動感ありましたよ」
「それは面白そうですね。私も機会があれば見てみたい」
「それより、二人とも大丈夫ですかね~?
アラディアの話だと6時には終わらせるって言ってましたけど、それってこっちの時間ですよね。
こっちとあっちは違うんだから、二人ともあの中で何日も何十日も拷問されるって事でしょ~?
身体も心も壊れちゃうんじゃないんですか?」
「ふむ。それがアラディアさんの狙いかもしれませんね」
「ぶっ壊すことが?」
「アラディアさんは魔術の専門家。桃花の中で、いや、高天原や葦原中国、堅洲国においてもトップレベルの魔術師です。
彼に任せておいてまず間違いはありませんよ。少なくともただ拷問を加えているだけではない。あの一つ一つにどれだけの儀式と魔術を発動させているのか、私にも分かりません」
「へぇ~、まああいつ天才ですからね」
今もモニターでは二人の凄惨な光景が映っている。
既にだるまのように転がる二人に、人形たちがさらに加虐する。
アラディアは先ほど顕現の封印以外に、二人に肉体の急速な再生魔術をかけておいた。
これで二人がどれだけ欠損しようがお構いなし。秒で再生した手足や身体を、再び傷つけることの繰り返し。
それを公園で子供が遊ぶ光景を微笑ましく見る大人のように、霞と否笠は平常時と同じように会話している。
一方、二人は特訓が始まって5分で死にかけていた。
欠損した手足は秒で再生し元の形を取り戻す。
そのたびに人形たちが色んな手段で引っこ抜くの繰り返し。
血は巨大な水たまりを形成し、二人の髪や服を何度も染める。
「さて、そろそろ追加するか」
そして聞こえる絶望の声。
作業は止み、ガチャガチャと音がする。
荒い息づかいをしながら、私はそれを見る。
人形の近くには工具箱。人形の手にはハンマー、スパナ、ドリル、釘、縄、ドライバー、etc.
普段は木材などに使うだろうそれを、人形たちは手に持ち動けない私たちに近づく。
「ぁ、ちょ、待」
静止の声は意味を成さず、人形は手に持ったドライバーを私の目に一直線に振り下ろした。
「おお~。深々といきましたね。
あれ目貫通して脳いってますよ。ほら、グリグリってやると身体が勝手に動いてる」
もはや人のものではない絶叫を聞いても、モニターを凝視する霞は我関せず。
むしろその様子を酒のつまみにしている。何が楽しいのか、ニタニタ笑いながら酒をあおってさえいる。
「店長、今日の粛正任務は?」
今までずっと無口だった天都が問う。
「なしでいいでしょう。二人の様子を見ていたいですし。たまにはそんな日があってもいいでしょう」
「わかりました」
頷いた天都は一階へ足を運ぶ。
煙草でも吸ってくるのだろう。霞と否笠は気にせず会話する。
「てんちょ~。暇ですし、ババ抜きでもしません?
ずっと二人の拷問風景見てても飽きちゃいますよ~」
「それもそうですね。ちょっと待っててください、確かどこかにトランプがしまってあるはずですから」
否笠がトランプを持ってくるために席を立つ。
霞もゲームを盛り上げようと、机とソファーを移動させて台を作る。
虚空から酒とつまみようのお菓子が出てきた。もちろん霞の望んだものだ。
これで準備万端。後は店長が戻ってくるのを待つだけ。
霞の視線は再びモニターに戻った。
人形たちが工具を持ってから2分後。
迅速に、かつ凄惨に。
できるだけ苦痛を与えるように工具を使って、ようやく完成した。
目と耳と鼻は潰した。口も大きく裂かれ、口内は溢れた血と抜き取った歯と切り裂いた肉でぐちゃぐちゃ。
手足も同様。爪が剥がれ、指はありえない方向に曲がり、骨も丁寧に砕いている。
全身の皮膚を余さず剥がし、露出した肉と神経をいたぶっている。
内臓も致命的。十二指腸の悉くを内側から裂いて叩いて切って壊した。心臓の鼓動が弱まる。この状況で生きているのがありえないくらいに。
もう何も見えない暗闇のなかで、それすらもぼやけていく。
この前のように黒い世界は訪れない。
それだけをせめて幸福に思い、身を焼く激痛に苛まれながらも、
私は虚空を掴、ん、で、、、死――
その直後に心臓が跳ね上がり、強制的に蘇生された。
「かはっ、っぁ」
自分の意思とは無関係に動く心臓。乖離しかけた魂が再び戻る。
肉体は欠損を埋めるように修復されていく。
見えない光景は見えるように、聞こえない音が聞こえるように。
だけど激痛はそのまま。
「蘇生魔術。どうせだ、死も有効活用させてもらう」
声のした方向。アラディアさんは不敵に笑っていた。
「辛いか?悲しいか?痛いか?苦しいか?
そうだ、想え想え。憎悪、絶望、悲嘆、恨み、憤怒。負の感情は魂を薪のようによく燃やす。
悲劇がよく咎人を産む所以だ」
再び再開される人形たちの拷問。
人形は再生した私の爪に手をかける。
私は奥歯を噛みしめて苦痛に抗おうとする。
惨敗を喫した私にとって、これはきっと必要な試練なんだから。
人形は私の爪をベリベリっと、わざと遅く剥いでいく。
「お~、いったいった。ベリッと剥がれましたね~。痛そ~」
「良い機会です、霞さんも体験されては?」
「あはは、痛いの嫌ぁですよ~」
「それもそうですね。平和が一番です」
上機嫌に唱えながら、霞は否笠のカード、残った五枚の内からカードを取る。
ハートの4。手札にあったクローバーの4と一緒に捨てる。
後輩たちの悲鳴をBGM代わりに行うババ抜きも悪いものではない。
否笠は霞からカードを引き抜く。
6の番号の二枚が捨てられた。
「生死の自由もないなんて、ほんと慣れるまで出さないつもりですねアラディアは~」
「慣れたらどうにも思わなくなりますよ。
それどころか痛みからこれはどういう種類の攻撃なのか、推測することも可能になります。
痛みをただの情報として扱うとはそういうこと。生存のために使うのは平常時と一緒ですね。
だから痛覚を切るのはおすすめしません。どうせなら少し大変な思いをしてでも、痛みに慣れることをおすすめします」
「まるで経験あるような言い方ですね」
「まあ、これでも若い頃は殺し殺され頑張ってきましたよ。ええ、ほんとに。
殴って殴られ、蹴って蹴られ、切って切られ、燃やして燃やされ。そんなことの繰り返しでした。
だから今でも痛いとは感じても特にどうも思いませんね」
「ひゅ~、かっこいいこと言いますね店長。
はい、残り二枚で~す」
そうこう言っていると、霞の手札が残り二枚になった。
ここからが本番だ。今霞はババを持っていない。つまり店長がババを握っていることになる。
腹の探り合いが始まる。お互いのわずかな挙動も見逃さず、平常時との相違点を見つける。
店長も残り三枚。気のせいか、サングラス越しの視線が鋭くなっているように見える。
貫く視線。もしくは本気で咎人を殺しにかかるときの視線。
心が騒ぐ。店長が霞から一枚引き抜く。当たり。八の二枚を手札から捨てる。
これで残り二枚。一枚一枚、手で触れながら店長の顔を見る。いつものアルカイックスマイルを浮かべている。だが目は笑っていない。
左。わずかにカードを持つ指が力んでいるそちらを取る。
果たして、結果は・・・・・・。
「・・・・ぷふっ」
思わず笑いが零れた。
ババ。ジョーカーが憎い笑顔でこちらを見ていたからだ。
霞は素早く後ろで二枚のカードをシャッフルし、店長に向ける。
ジョーカーは右にある。
店長は私がしたように一枚一枚に触れて霞の表情を確認する。
だけど残念。霞はいっつも酔っ払ってるので表情は今も変わらない。
そしてさらに掻き回すことにした。
「てんちょ~、迷ってます?」
「はい、どちらか教えていただけると助かりますね」
「へぇ、じゃあ大ヒント~。ババは右にありますよ~」
「それヒントですか?」
「さあ、どうでしょう」
店長の視線が否応にも私が左に持っているババに注がれる。
店長の顕現はよく知っている。顕現はその人の想念から産まれるものゆえに、その人の性格をよく現す。
だから、店長は私の左にあるババを勢いよく引き抜いた。
「ああ・・・・・出し抜かれましたか」
「はっはっは!はまってくれてあんがとございます~」
頭を抱えた店長は机の下にカードを隠して、そして再び私に見せる。
さあて、このまま泥沼化していくのか、それともここで決着するのか。
以下、美羽ちゃんと蛍の様子を私たちが安全圏でぬくぬくと実況しま~す。
dieジェストスタート。
『あれ~、見ない間にヤマアラシみたいになってますね。針とか色々突き刺さってますよ』『おお、芸術的ですらありますね』
『全身に熱した鉄の棒がいくつも突き刺さってますね』『おお、可哀想に』
『急に燃えましたよ、なんすかあれ?』『体内から燃えていますね。内臓も焼けただれているでしょう』『あはは、豚の丸焼きみたい』
『人形たちが狂ったようにナイフでズタズタしてますね~』『ああ、肉袋ですねもう』『人形でもストレスって溜まるんですかね?』
『お、サッカーし始めましたね』『え、三人で?』『首だけですが二人加えて五人ですね』『人形たちにも休憩が必要なんです』
『これで何回死んだと思います?』『20から後は数えてませんね』
『おおう、今度は窒息ですか』『水、縄、鎖、手で首をしめる。どれが一番楽な死に方なんでしょうね』
『ん?んん?身体の中から虫が湧いてる?』『寄生虫でも入れましたか。おお、皮膚の下で大量に蠢いてますね』
『あ、天都~。今鞭打ってるところだぜ~。肉もえぐれてらぁ~』『・・・・・・そうか』『おや、その箱は?』
『店長、あの人形って人喰うんですね』『え?』『ほら』『あ、ホントですね』
『硫酸でも飲まされたか?口と目から煙出てますよ~』『まあ、液体だから飲めるでしょう』
『心臓に杭って吸血鬼じゃあるまいに』『打つ度に血が飛び散りますね』
『むき出しの神経に電流流すって、あの人形そんな知識持ってるんすね』『アラディアさんと思考をリンクしているんでしょう』
『今度はリンゴみたいに肉すりおろしてますね、しかも自分で』『これもアラディアさんの指示ですね。しかし大丈夫でしょうか?もう限界の50%は超えているようにも見えますが』
『腰に分厚い刃を当ててますね』『そのままどんどん圧力をかけて切断するんです。骨髄は痛みを感じやすいし、胴体は分厚いので切断するまで時間がかかるんですよ』
『あーあー、涙流しちゃっても~。店長、なんでしょうねこの感情!かわいい後輩たちがぶっ壊れていくのを見てドキドキ胸が高鳴るこれ!これが萌えってやつですかね!?』『う~ん、近くて遠い何かでしょうね』
『今度は撲殺ですか。めちゃくちゃに殴ってますよ』『ここまでくるとドMに目覚めた方が楽ですね』
『人形って料理の知識もあるんですね。二人とも吊るされて頭から下が背骨しか残ってませんよ』『おお、アンコウを切るときにも似たようなのを見ましたね』
『綺麗に皮膚を剥いで、肉を削いで、血管と神経取って、内臓を摘出して』『最後に骨を取り出せば、後は何も残りませんね』
『てんちょ~、人形が持ってるあの黒いドロドロしたのなんですか?』『毒でしょうね。この前二人から摘出した毒を改良したとか言ってました』
『おんや~?注射器なんて持って何してるのやら』『薬でも注入してるんじゃないですか?』『なんのために?』『神経を過敏にするためでしょうね。ほら、さっきより痛そうです』
『この光景、集には見せられませんね~』『ええ、心優しい彼には酷でしょう。ですから今日は休んでもらいました』
『急に頭抑えだして何やってんですかね?』『アラディアさんの精神支配ですね。凄惨な光景でも強制的に見せられているのでしょう』『あ、そうっぽいですね。急に笑ったり泣いたりしてる~』『精神的にも殺しにきてますね』
『やってることって人体改造ですよね?これ』『改造とはまた違いますね。どちらかといえば魂や肉体や精神に刺激を与えていると言った方が的確です』
『ていうか店長』『はい?』『店長が大事にしてた二人があ~んなになって、なんか思うことはないんですか?』『え、ああ、そうですね。無理はしないでほしいですね』『店長まじで言ってます?』
『脳弄りはじめましたね』『今更でしょう』『それもそうですね』
『腹抑えて何してんのかと思ったら、内側から侵食されてますね』『食あたりのようなものですよ』
『時々人形みたいに静かになるから不気味ですね』『精神が壊れたのでしょう。そこはアラディアさんの魔術で強制的に再生させていますね』
『おそらくですが』『え?』『アラディアさんのしていることは創造と破壊に近いのではないでしょうか。ほら、骨って負荷をかけると強くなるとかいうじゃないですか』『徹底的にぶっ壊してまた作るってわけですか』
『ん?』『どうしました霞さん』『・・・・・・今、あいつら』
dieジェスト終了。どうやら変化があった。
その変化は本人たちが感じていた。
あれからどれだけ時間が経ったのだろう。1時間?10時間?1日?10日?
私は骨が全部折れた腕に力を入れる。立とうとする。
気分は最悪だ。脳内では凄惨な拷問光景。友人や家族がむごたらしく死んでいく様子。悲鳴までもが耳元で聞こえてくる。
大事な家族が、カナが、蛍が。残忍な方法で玩弄され、嘲笑され、尊厳の欠片に至るまで犯される。
アラディアさんがかけた精神を操る魔術。抵抗力を上げるために必要と言っていた。もうずっと脳内で流れている。
まるで自分が体験しているかのようだ。被害者の嘆きや悲しみ。どす黒い感情が嫌でも伝わってくる。
今も吐き気がする。胃の中のものはもう空っぽなのに。胃そのものも何度も外に零れ落ちたのに。
呼吸するだけで辛い。何を飲まされたのか、焼け付いて、喉の中の肉が溶けて癒着してる。満足に息も吸えない。
身体が馬鹿みたいに震えている。生まれたての子鹿みたいに。長い間立ってなかったから仕方ないと思う。
身体中から零れ落ちる血。血。血。とっくに致死量を超えた血液が黒い床にダダ漏れになっている。
身体の中身はもっと酷い。電流が今も全身を走っている。全身がマグマのように熱い。全身が熱になったようだ。
涙はもう涸れた。叫ぶのももう疲れた。全身がだるい。
けど、あいつの事だけは忘れなかった。
それに、隣に蛍がいた。
「・・・・・・・・・」
身体が急速に回復する。
折れた骨、千切れた肉、神経、血管、皮膚、その他自分を構成するものが元の形を取り戻していく。
数秒の後には完全回復。これもアラディアさんの魔術によるもの。
加えて脳内で流れている雑音もかき消えていく。
うるさい。煩わしい。いや、そうじゃない。
何度吐いても収まらなかった吐き気がない。感じない。
どうでもよくなっている。
精神が透徹していく。一色に透き通っていく。まるで悟りを開いたような心地よさ。一瞬世界の全てがどうでもよくなった。
数秒の後、私は立った。
ガクガクと足が震えている。息も荒い。目も照準が合っていない。
血と腐臭で即倒しそうになる黒い世界の、椅子に座っている人物に目を向ける。
その人も、私の視線に気づいていた。本から目を離す。
「やっと、立てる程度にはなったか」
アラディアさんは椅子から立ち上がる。その瞬間、三体の人形の動きがピタッと止まった。
ややあって蛍もたちあがる。全身ズタボロだが、それもすぐに治る。
「今までのセットを計53回。死亡回数計3992回。二人合わせて7000超えたか。けっこうけっこう」
私たちの死亡回数。一々数えていたのか。というか私たちそんなに死んだんだ。
アラディアさんが私たちに向けて指差す。
一瞬の後に、腕に違和感。
指の先から爪がめくれ上がり、指の骨が折れねじ曲がり、その屈曲が伝うように腕を這い上がっていく。
激痛。激痛。激痛。激痛。脳内で流れる危険信号のコーラス。
けど、
「・・・・・・」
噴き出す血も、伝う激痛も、どこか達観したように感じている自分がいる。
悲鳴はあげない。あげる必要もない。
やがて再生が始まる。肩の断面図から肉と神経が枝のように生えて元の形を取り戻していく。
アラディアさんがそれを見て満足げに溜息をつく。
「まあまあだな。念のため明日も数日分試すが、その頃にはLESSON1はもう大丈夫だろう。
時刻も6時近くだ。今日は終いだ」
終い。その言葉と同時に黒い世界が急変した。
上昇してるのか下降しているのか。奇妙な浮遊感を味わった後、私たちはスライムの中から吐き出された。
次回、修行(という名の呪い)




