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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
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第三話 イニシエーション

前回、拷問という名のトレーニング


目を開ける。

白い天井。ライトの光がまぶしい。

ガバッと身を起こす。どうやら僕はソファーで寝ていたようだ。

隣のソファーでは美羽が健やかに寝息をかいている。とてもさっきまで血塗れでこの世の終わりを体験していた顔とは思えない。いやそれは僕もだけど。

周囲を見渡す。二階だ。あの馬鹿でかいスライムはいない。

部屋にいたのは霞さん一人だった。ビール缶片手に僕たちを見ている。


「おっは~、早いお目覚めだったね蛍」

「おはようございます、霞さん。・・・・・今何時ですか?」

「17時54分。10分前くらいに二人がスライムから吐き出されて、疲労で倒れたの。

んでソファーに寝かせてた」

「ああ、だから記憶が途切れて・・・・・・」


今なお頭の中はクラクラしているが、だんだんとさっきまでの事を思い出してきた。

記憶を整理していると、霞さんがズイッと僕に顔を寄せる。


「ほ・た・る。生まれて初めてじゃない?あんな拷問まがいなことされたの。

私としてはぜひ感想を聞きたいねぇ」

「ははは、もう二度と体験したくないです」


拷問まがいというか完璧に拷問だった。何千回も死んで、心が壊れて、魂が遊離しかけた。

本当にこれはトレーニングなのかと、痛みにこらえながら何万回も思った。


「それは残念~。死んだ回数が二人合わせて一万にするってアラディア言ってたんだよね~。

だから明日も残った二千ちょっとは死ぬぜ」

「えぇ・・・・・・」


二人揃って明日もあの地獄を味わうのか。もうあの人形たちを見るだけで拒否反応が起きかけてるのに。


「というか。今回の、LESSON1でしたっけ?このトレーニングの恩恵は何かあるんですか?

苦痛に耐える意義は分かりましたけど、僕たちただ殺されてただけでしたよ」

「そりゃあるさ!ええと、アラディアなんつってったかな・・・・・・。

そうだ、お前らさっきまで人形にぐちゃぐちゃにされる度に身体治ってただろ?」

「はい。けどそれはアラディアさんがかけてくれた回復魔術のおかげですよね」

「最初はそうだけど、あいつ途中から魔術なんて使ってねぇぞ」

「え?」

「お前らの再生能力、自己治癒能力を活性化させるように調節してたんだよアラディアは。

頃合いを見て回復魔術切って、あんたらの再生能力を高めてたの。プラシーボ効果とか色々考えてんだよあいつは」


じゃあ、ただ苦痛に耐えるだけじゃなかったのか。

先ほどの自分を思いだす。顕現も使っていなかったのに自動的に再生した自分の身体。

ここんところ僕は顕現を封じられることが多い。顕現を使わない生身の状態でもある程度再生力があれば、今までよりかは安心できる。

めっっっっっっっっっっっっっちゃ苦痛で激痛で心痛だったけど、確かに成果はあったんだ。

霞さんが付け加える。


「それにほら、漫画とかでもあるじゃん~。主人公が死線をさまよう度に強くなるとか」

「いや、死線をさまようどころかどん底まで真っ逆さまですよ。実際何千回も死にましたからね?」

「あっはっは!確かにそうだ!!そりゃ一本取られた!!」


僕の返答にゲラゲラ笑う霞さん。

話し合う僕たちに向けて、階段下から足音とともに声がした。


「一種のイニシエーションだ。すぐに実感が湧く」


姿を現したのはアラディアさん。その手には市販の白い箱がある。


「イニシエーション?なんですかそれ?」

「神話とかでよく見る話だ。

通過儀礼(つうかぎれい)。俗な世界から脱出し、聖なる世界に向かうための儀式。

苦痛は死と密接に繋がり、俗なる世界で一度死に、聖なる世界に生まれ変わることを現す。

死は生命の完全な終わりではなく、どこぞの救世主のように復活を前提とした死であり、新たな始まりは以前の状態よりも一段と高次の状態から始まる。

ま、試練を乗り越えてレベルアップしたと思えばいい」

「へぇ~、じゃあ二人は死にまくってパワーアップしたと」

「そんな単純なものでもないがな。ファルファレナとかいう咎人、奴もこれを利用している」

「奴も?どうやって」

「奴が胸に突き刺していた槍があるだろ。あれがまさにそうだ。

キリストの磔刑(たっけい)か、それともオーディンの自殺か。なんにせよ死を自分自身に捧げているんだよ。

蛍、そろそろ眠り姫を起こせ」


一通り説明したアラディアさんはソファーで寝ている美羽を指す。


「美羽、起きて」


僕は美羽の頭を撫でて起床を促す。

二、三回撫でたところで起きた美羽は、何が起きたのかわからない寝ぼけた目をしている。


「あれ、蛍?トレーニングは?」

「終わったよ。お疲れ様」

「ほら、さっさとこれ食え」


アラディアさんが僕たちの前にある机に、持っていた箱を置く。


「アラディアさん、これって」

「天都が買ってきた。開け」


僕は箱を開く。

その中にはモンブランが計四個入っていた。頂点には黄色く光るマロングラッセ。雪のように上から振りかけられた粉砂糖。

色は黄色と茶色。それぞれ二つずつ入っている。

それも大きい。顔の半分くらいはあるんじゃないか?

甘い物好きな美羽は目を輝かせている。


「わぁ、美味しそう・・・」

「頑張ったお前たちにプレゼントだそうだ。良かったな」

「お礼を言わないと。天都さんは今どこにいるんですか?」

「帰ったよ。あいつがつくづく不器用な奴だってことは知ってるだろ」


くだらないとばかりに溜息をつくアラディアさん。

天都さん。無口だけど、いつも影ながら僕たちを見守ってくれる人。

聞けば今回のトレーニングに最後まで反対したのは天都さんらしい。

咎人・ファルファレナは自分たちで処理するのが道理だと。

それは僕たちが戦力にならないのではなく、僕たちを危険に巻き込まないためだと霞さんは言った。


「ほら、さっさと食え。最後に試したいことがあるんだから」


想いを巡らしていると、アラディアさんの催促が入った。

僕たちは箱の中からモンブランとスプーンを取り出す。

美羽はそれから、霞さんとアラディアさんにモンブランとスプーンを渡した。


「ちょうど四個ありますから、お二人も一緒に食べましょう。

私たちだけで食べるにはもったいないです」


差し出されたモンブラン。霞さんとアラディアさんの反応はそれぞれだった。


「え、いいの!?やった~、ラッキー」

「俺は・・・・・・まぁたまにはいいか」


遠慮無く受け取る霞さんと、一瞬逡巡して受け取るアラディアさん。

四人全員に行き渡り、それから僕たちはモンブランに口をつけた。

甘い。はっきり言って食欲はなかったけど(さっき口や胃の中に色々やばいものを突っ込まれて)、久しぶりに食べるモンブランはしっとりと、それでいて程よい甘みが広がる。




モンブランを食べ終わった僕たちは後片付けをする。

荷物を取り、自宅に帰ろうとした時。


「ちょい待て」


アラディアさんに呼び止められ、僕たちは振り向く。

いつも通り特に説明をしないまま、アラディアさんは僕たちに向かって何かを唱えた。


呟く言葉に応じて身体がどんどん重くなる。

最初は軽い荷物を持った程度。だけど重さは増していき、今は人一人を背負ったような・・・・・。

地面に手が付くほどでもないが、それでも自然と猫背になる。

加えて手足は重い鉄球がついているかのように動作が重い。

満足に呼吸もできない。いつもが100%の呼吸だとして、今はその半分くらいしか吸えていない。

これは、一体。


「いくつかの呪いをかけた。お前らは7日間呪いを背負いながら生活することになる」

「「え?」」


自然と重なる僕たちの声。

え、いや、トレーニングはもう終わったんじゃ・・・・・・。


「日常生活の全てが修行だ。なぁに、効果は保証してやるよ。

さっきと同じく自然に慣れるはずだ」

「え、普段から、この状態で?」

「ああ」

「学校に行くときも?」

「そうだが?」

「もしかして、桃花にきて別のトレーニングをしている時もですか?」

「当然だろ」

「・・・・・・・はは」


思わず苦い笑いがこみ上げた。


一意専心(いちいせんしん)。心頭滅却すれば火もまた涼し。

その呪いには色々しかけがある。ある条件を満たせば負担が軽くなるようにな。

これで今日は本当に終いだ。さあ、帰れ」


アラディアさんが手で追い払う仕草をする。

僕たちはそれに従って、もはや十倍くらいに倍増した自分の重さと格闘しながら階段を下っていった。



それを見届け、霞はアラディアに尋ねる。


「アラディア~、ほんとにあれ負担とか軽くなるの~?」

「まさか。あれは矯正(きょうせい)装置だ。

負担を軽減されちゃあトレーニングになんねぇよ」

「はっはっは!!嘘八丁(うそはっちょう)はお手のもんてか!」


その言葉にゲラゲラ笑う霞。アラディアは真顔のままだ。


「嘘は言ってない。本人がそうなれば自然と負担に感じなくなる。

お前は毎日重力が重いな~とか思って過ごしてるか?」

「ん~、ないな」

「それと同じだ。ようは慣れ。便利な機能だ。

明日また来る頃にはそれなりに鍛えられてるはずだ。

問題なく一週間で仕上がる。問題は集の方だな」

「集?あいつがどうしたの」

「どうしたのって、事が事だ。あいつもそろそろ熾天使にさせる必要がある。

もしものために戦力は一人でも多い方がいい」

「ふぅ~ん?てことはファルファレナの粛正任務は正式に決まったんだ」

「店長が昨日高天原に連絡したよ。美羽と蛍の意思を()んで、俺たちに担当させてくれってな。

そんで条件付きで許可された」


本来、熾天使を含む下層の咎人を粛正するのは高天原の領分。

それは力の差による影響が大きい。熾天使クラスの顕現者が何十・何百と所属している高天原は、自然とその度合いに合った粛正任務に就く。

対して葦原中国の粛正機関は中層をメインに粛正業務を行う。

熾天使に位置する顕現者が四人もいる桃花が異常なだけで、他の粛正機関は中層止まりの顕現者がほとんど。

下層を担当する粛正機関もいるが、全体から見れば少数だ。

自然と担当する領域が決まっていったことは言うまでもない。


今回桃花がファルファレナの粛正を許可されたことは、日頃からの信頼と熾天使が四人もいる実力を(かんが)みての事だろう。

条件が気になるところだが、ここらでずれた話を戻そうと霞は思った。


「そんで、集はどうすんの?あいつ今座天使(スローンズ)でしょ、二つあげないといけないじゃん」

「ああ、二人の成長ペースに間に合わせる。

まあ、一日五人くらい同格の咎人を殺せばいけるだろ」

「あんたとんでもないこと考えるね。

それを集には言ったの?」

「いいや、これから」


だろうな。

霞は爆笑しながら、心の中で哀れな集に合掌した。


次回、忘れていたこと

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