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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 領域内の数学者
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第十三話 胡蝶降臨 青嵐狂笑

前回、終わりを告げる一撃


「ぐ、が、はぁ・・・・・・・」


再び動き出す世界。同時に身体が砕れゆくエンケパロス。

肉体にも魂にも間違いなく致命傷。巨大な脳髄は九割がた損壊(そんかい)

顕現の一撃は肉体だけでなく魂も打ち砕く。二人の一撃はエンケパロスの魂を粉々に打ち砕いた。

加えて美羽の破壊はいかなる再生能力をも粉砕する。

あとは残影(ざんえい)のように消えゆくだけ。だが、彼は最後の力を振り絞り二人に振り向く。


「か、呵々(かか)か。見事。見事至った。その域に」

「・・・・・・・」


その発言からして、エンケパロスは先ほどの現象を知っているのだろうか。

二人は耳を(かたむ)ける。それはきっと重要な事だと分かったから。

全身が壊れながら、エンケパロスは講義を続ける。


「時間が止まったように見えたじゃろう?世界が止まったじゃろう?

それはな、お主らが時間の概念を超越(ちょうえつ)し、時間の呪縛から解放されたことを意味する。

時間軸を超えたとも言えるな。ある程度霊格が上昇すれば誰でもそうなる。付属効果だ」


彼の言葉を整理する。

エンケパロスとの戦闘の中で、僕たちの霊格が急激に上昇し、その域にまで達した。

霊格が一定の領域にまで達し、時間軸を超越する効果が僕たちに付属された。

如何に刹那の単位で計算を終える数学者であろうと、それは時間の中での話。

時間という川の流れから脱出し、過去現在未来が等価値となった今の僕たちの前では遅すぎる。


では、それではまるで、エンケパロスは・・・・・・。

僕の視線に気づいたのか、彼は笑った、ように見えた。


「なに、これまで先人たちが儂に(ほどこ)してくれたことを、お主らにも教授したまでよ。

お主らもいずれわかる。年をとると、若き者の芽生えに貢献したいという気持ちが湧いてくるものなんじゃよ」


バリンと、破壊の痕が広がり杖を持っていた手が身体から分離される。

やがて全身に(ひび)が入り、エンケパロスは天を仰ぎ見た。

澄んだ、静謐(せいひつ)な目だった。


「これでいい。これで、本望だ」


最後の言葉を残し、エンケパロスは粉々に砕け散った。

破片は勢いよく周囲にばらまかれ、それと同時に縄張りの景色が溶け始める。

黒緑の空間に、赤が差し込む。

主がいなくなった縄張りは堅洲国に飲み込まれ消える。本来の姿に戻るだけだ。


砕けた破片の中から魂がふわりと蛍に飛翔した。魂喰いだ。

それは蛍に飛び込むと、蛍の魂と融合、一体となる。

自らの存在が拡張し、霊格が膨張した。

それと同時に、彼の想いを感じ取る。


その過去が、抱えていた想いが流れ込んでくる。

やはり彼は最初から死ぬ気だった。

死んで、僕たちの糧となる気だった。

理由は分かる。彼の感情と共にそれも伝わった。

疲れていたんだ。彼は。

だから、咎人にとって死神である粛正機関(ぼくたち)に、こんなことを。


結果として、僕たちはまた一歩進めた。

見方によればただ自殺に付き合わされただけだが、僕は複雑な感情を胸に抱えたまま彼に感謝した。


(ありがとうございました)


僕は隣に立つ美羽に向き合う。


「終わった、ね。

ありがとう美羽。僕一人じゃきっと負けてた」

「どういたしまして。けど礼を言うのはお互い様でしょ?

お疲れ様、蛍」


互いに(ねぎら)いあう。奮闘(ふんとう)を讃えて、感謝の意を示す。

君がいてくれたから乗り越えることができた。君がいたから僕は進めた。

ありがとう美羽。


「じゃあ、帰ろうか。店長たちが待ってる」

「うん」


崩れゆく縄張りを見ながら、僕たちは(きびす)を返す。

帰還するための術を唱え、葦の国へ戻る。


その時に、


「!?!」


違和感は上。

それに気づいた時には、既に身体に万力を乗せられたような、圧倒的な質量を感じた。

加速度的に崩壊が早まる縄張り。地鳴りのように鳴り響く脈動。

ついにその重さに耐えきれず、縄張りが完全に砕け散る。


そして、()()が落ちてきた。


「――がっ」

「くぅっ!」


その圧力に思わず吹き飛ばされる僕と美羽。

全身の骨が砕けそうになり、重圧に負けて皮膚が裂ける。

身体が焼け付くように震える。

この圧力、世界が落ちてきたとしか思えない。

身動きがとれない。上から巨人の手で押さえつけられているようだ。


それは、来訪者からすれば単なる()()だった。

目の前にいる(あり)を見た。ただそれだけのこと。

その結果として、二人は今にも押しつぶされそうな重圧を(こうむ)っている。

つい先ほど己が限界を超え、時間を超越する領域にまで至った二人。

片や破壊の権化(ごんげ)。片や全能の創造。常識など最低五つは超えた超人。

世界を容易く滅ぼす力天使(ヴァーチュース)。二人の位階は今そこだ。


では、その二人を視線だけで圧倒するこの者は何なのか?

抵抗する気すら起こさせない。ただ自らが発する気だけで、二人を幾千も滅しかねないこの怪物は、一体何なのか?


やがて、()()が降りてきた。


「「・・・・・・・・・・」」


二人は無言で、天から降りるそれをただ見つめた。

蝶だ。幾千幾万幾億もの、色鮮やかな蝶蛾(ちょうが)の群れ。

赤、青、黄、緑、黒、白、桃、橙、紫・・・・・・・・。

幾多の色が、血で染められた世界に色をもたらす。

幻想的な光景だが、二人にはそれを観賞する余裕はない。


二人が見ていたのはその中心。蝶の嵐の中にいる、黒い軍服の女性。

長い黒髪が腰にまで垂れている。蝶のブローチをつけた軍帽を被り、腰のベルトには一振りの剣を携えている。

何より目を引くのは彼女の左胸。心臓のある位置。そこに槍が深々と刺さっている。

身体を貫いた槍の先端からは、血がポタポタと流れ落ち大地に染みを作る。

細く鋭い目は、愛玩(あいがん)の意を込めて二人を見ている。口元は淡く微笑み、美しいその相貌(そうぼう)を際立たせる。美しいその姿に、しかし二人は地獄を重ねた。


指一本動かせない危機的な状況で、美羽はあの時の夢を思い出していた。

あの暗闇で、私に似ている少女の言葉を。


『てふてふ、ひらひら、呪いを告げる』


蝶蛾の群れが周囲に飛び去り、ドームのように三人を囲む。

やがて地面に着地する軍人。羽毛のように降り立つ様は重力を感じさせない。


「黒と白の粛正者に自己紹介を」


優雅に腰を折り、彼女は僕たちにお辞儀をする。

品性を感じるその動き。まるで貴族のように洗練されている。

顔を上げた彼女は、やはり地獄のような笑みを浮かべていた。


「私の名はファルファレナ。堅洲国第九層に座す熾天使(セラフィム)の一人であり、無限に存在する咎人の一人だ。以後お見知りおきを」



■ ■ ■



その降臨を、否笠たちも見ていた。


「店長!奴です!!あいつが今話してたファルファレナです!!」


画面に現われた咎人を見て、霞は指差しながら否笠に伝える。

その直後に砂嵐が走る映像。テレビはプツリと映像が途絶え、黒い画面に戻る。

咎人の出現を前に、最も迅速に動いたのは天都だった。

彼は無言のまま早足で奥の(ゲート)に近づき、そのまま堅洲国へ入界しようとする。

が、壁に触れても反応しない。ただの壁がそこにはあった。

天都は背後のアラディアを呼ぶ。


「アラディア!」

「分かってる。騒ぐな」


入界を阻害されている。その考えに達したアラディアは壁に文字を描き始めた。

超速で動く指先からは光る文字が壁に刻まれ、最後の文字が書き込まれる。

しかし、描き終えた瞬間に文字はショートしたように火花を散らし、その輝きを失ってしまった。


「ちっ、魔術にも()けてやがるか。仕方ねぇ。天都、こっちだ」


これ以上は無駄と判断したアラディアは天都を連れてテレビに向かう。

アラディアはテレビに触れると、自らの魔術を流す。

テレビは不気味に発光して、黒い画面から砂嵐が流れ始めた。


(間に合えよ~。何が目的かは知らんが、ろくでもねぇことだけは確かだ。

チビ共に変な事すんじゃねぇぞ咎人)


あと少しで繋がる。テレビは元から媒介機器。あちらとこちらをつなげる便利な物。

その原理を少し応用し、堅洲国へのゲートとして起動させることなどアラディアにとっては朝飯前のこと。

それまであの二人が持ちこたえることを、アラディアにしては珍しく祈っていた。



次回、

ここから加速度的に物語が進みます。

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