第十二話 その先は、時の止まった領域
前回、再戦
眼前に迫る、無色透明の壁。圧倒的な暴威で全てを粉砕する力。
この世の全てを飲み込む無限に、真っ先に反応したのは美羽だった。
「はぁァッ!!」
右手で受け止める。このままでは遅かれ早かれ二人が押しつぶされると判断した結果だ。
しかし、
「ッ!!」
押し返される。右腕が押し曲がる程の衝撃が伝わってくる。
破壊している。破壊しているのだが、その瞬間に無限の力がさらに供給される。
いわば表層を壊しているようなもの。雪崩の如く迫り来る力の衝撃は、美羽の顕現の処理限界を超えている。
街を押し流す津波に一人立ち向かうことと同義。
右手に亀裂が走る。指はあらぬ方向に曲がり、手から剥がれ落ちる。
激痛に顔をしかめながらも、右手から決して力を抜かない。
止まらない。止まるはずがない。
エンケパロスによって無限の力を入力された衝撃だ。
宇宙を無限に消し去る威力を、たかが一個人が受け止めきれるはずがない。
「美羽!」
これ以上は無理だと判断した蛍が美羽の手を取る。
その瞬間、二人の姿は消えて、立っていた場所が飲み込まれる。
二人はエンケパロスの背後に移動する。蛍が想像し、空間を移動したのだ。
しかしそれを見通していたのか、エンケパロスは視線をこちらに向けた。
「止まれ」
彼の言葉通りにならなかったのは、ひとえに僕が美羽と接触していたからだ。
美羽の脚の武装は、全身に影響を及ぼす干渉を自動的に破壊する。
故に無限の力も、足下に転がる石ころも、粒子の一粒まで制止した世界で、辛うじてエンケパロスの杖を避けることができた。
動き出す時間。轟音とともに背後の壁が崩れる。杖から発せられた衝撃が壁を壊したのだ。
そんなことよりも、エンケパロスの顕現は時間にも干渉するのか。ますます何でもありだな!
改めて戦慄していると、耳元で美羽が囁く。
「ねえ、蛍。気づいた?」
「時間を止めたこと? うん、ますます厄介だね。これじゃあ──」
「ううん。私たちが攻撃を避けることができたこと」
「え?」
ハッと、僕は重要な事に気づく。
奴は確かに僕たちに攻撃して、それをぎりぎり僕たちは躱した。
当たり前のように思えるが、しかし過去僕たちはエンケパロスの攻撃から逃れられた試しがない。
先ほど言っていたように自らのステイタスに干渉し速度を急激に上げたのか、それとも僕たちの速度を遅くしたのか、距離を操ったのか、それはわからない。
どちらにせよ躱せなかった。
それなのに、今僕たちは躱せた。
なぜだ? 今までと先ほどの相違点を探す。
幸いそれはすぐに見つかった。
(エンケパロスは時間を止めた。止めながら、攻撃した。けど僕たちは避けることができた。
今までは攻撃する時は攻撃するだけ。特にそれ以外何もしなかった。
まさか、顕現の対象を一つ以上選べないのか?)
本来なら先ほど、時間が止まった中で無限の力を再度振るえたはずだ。
自分でもそうする。それなのにそうしない。いや、できない?
そういえば今までも。
動かないと宣言したのは、移動するために顕現を使うと防御ががら空きになるから。
罠の前で一々立ち止まったのは、そうしないと被弾するから。
無数の分身を創った時に傍観していたのは、それ以外の行動が取れないから。
エンケパロスの顕現の法則性を読む。
背後に潜む文脈を読む取っていく。
アラディアさんも言っていた。
「咎人との戦いで重要なのは、奴らの顕現の法則性を読むことだ。
全く同一の顕現なんて存在しない。必ず独自性がある。
それを読み取ることができれば勝ち目も見つかるはずだ」
戦闘において、顕現は必殺技。
それを詳しく知れば対策もできる。
「1・・・・2・・・・」
再び聞こえるカウントダウン。
奴が自分のステイタスに手を加え、速度を無限に加速させる。
攻撃に移れば目に移ることなく一瞬で行動が終わる。
僕がすることは先ほどと同じく、自らの周囲に罠を設置する。
ノータイムで作動する罠。不可視の地雷を、空間中に隙間なく撒き散らす。
「3」
カウントダウンが終わり、それと同時に罠の一歩手前に現われるエンケパロス。
「また同じ事を」
仕掛けた罠が消える。その数を0にしたんだ。
だが、同時に横から美羽の攻撃が飛んでくる。
念話で僕の考えは共有済み。
奴が罠を計算するのと同時に、美羽の蹴りが炸裂する。
「!」
エンケパロスはその場で跳躍し、後方に着地する。
明らかな回避行動。それを見て確信する。
偶然じゃない。僕の予想は当たっていた。
一つの事を計算している間は、他がおろそかになる。
ようやく見つけた弱点。いや、弱点とは呼べないか。どちらかといえば、顕現の性質と言った方がいい。
しかし問題はそのタイミング。おろそかなんて言葉を使ったが、彼の計算速度は別次元だ。
一つの計算など、どれだけ複雑なものであろうと刹那に終わる。
必要なのは全く同時の攻撃。
ようやく掴んだ手掛かりを手に、追撃のために僕と美羽が駆け出す。
「無駄じゃ。追いつけはしない」
エンケパロスはそれを見て、鬱陶しいとばかりに腕を振る。
本来なら一歩で追いつける距離。しかしどれだけ走ってもエンケパロスにたどり着けない。
それどころか離れていく。あっという間に遠くの点になったエンケパロスが何をしたのか、対抗策と同時に思いつく。
(距離を操ったのか。なら!)
空間移動する自分を想像、エンケパロスとの距離を0にする。
眼前に現われるエンケパロスに、手にした双剣を振るう。
しかし弾かれる。双剣によるダメージを0にしたんだ。
だがそれは距離の操作を止めたということであり、美羽の接近を許すことを意味する。
美羽が右手を、僕は手に持った双剣で、全く同時に攻撃を繰り出す。
しかしエンケパロスの演算が上回った。
美羽の腕が到達する前に僕の速度を0にする。
石像のように硬直する自分の身体。その間に美羽の黒腕が届くが、既にエンケパロスは演算処理を終えていた。
エンケパロスの本体が金剛石のように硬度を増し、美羽の腕を弾く。
空気中に火花が飛び、美羽は代わりに脚で蹴り上げる。
同時に拘束から解放された僕も、左手の剣で斬撃を放つ。
「く、ぬおおおぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」
初めて、エンケパロスの雄叫びを聞いた。
自らのステイタスを操作したエンケパロスは、無限に加速して美羽の蹴りを躱す。
危機一髪。美羽の脚はボロ布を引き裂いただけにとどまった。
エンケパロスは距離を取り、引き裂かれたボロ布を見る。
「呵々、こうまで追い詰められるとは。儂も年じゃのう。
いや、なかなかのチームワークと言うべきか。
お主らが一人だったら、こうまで苦戦せずに済んだのじゃがな。
これもお主の作戦か? 蛍とやら」
「作戦、なんてものでもありませんよ」
答えた僕は、美羽の隣に並んだ。
「ただ、一人では限界があること。
二人で乗り越えようって言ってくれた、誰よりも頼れる親友がいること。
それに気づいただけです」
「・・・・・・呵々か、そうか。そうか」
返答を聞いたエンケパロスが一人納得する。
その様子がもの悲しそうに見えたのは、気のせいだろうか?
僕たちに向き直り、エンケパロスは大仰に手を広げる。
「あと一歩じゃ。あと一歩でお主らは現段階での限界を超える。
その先へ行ける。そうすれば儂を殺す事ができるぞ」
余裕があるようにも見えるが、追い詰められているのはエンケパロスの方だ。
既に彼の顕現の法則性は全て見破られている。
顕現の対象を計算し、数値化し、それを好きな数字で書き換える。
攻撃が届けば彼は死ぬ。無形型の特徴だ。顕現を使わない本体の力は他の型と比べて低い。
HPが1の状態で、一回の計算違いも許されないまま、二人の猛撃を凌ぐ必要がある。
ここで逃げるという手もある。
彼の顕現を持ってすればそれも可能だ。
だがそれは彼の目的に反する。
あと一歩。あと一歩なんだ。
良い感じに育っている。良い具合に熟している。
現段階で二人が到達できる領域。儂がそこに到達させてやろう。
「来い!!!」
魂からの咆哮。相対する二人も叫ぶ。
「「押し通す!!!」」
魂を燃やして駆け出す。
全身全霊をかけた注いだ一撃を、エンケパロスに同時にぶつける。
対するエンケパロスも全力を以て演算する。
弾かれる双剣と爪。それでも二人は次の攻撃をしかける。
呼吸も、タイミングも、まるで同一人物のようにぴったり。
それは、幼少期から今に至るまで、同じ時を過ごした二人だからこそ可能なこと。
対処するエンケパロスも、やはり常識を超えている。
刹那の内に放たれた千を超える連撃。
かつてない速度と威力で全く同時に振るわれるそれを、1834もの並列思考全てを使って、美羽と蛍の全てを演算する。
他の事を考えている余裕はない。
無力化し、減速させ、失墜させ、硬度と強度を上げて、向きを変えて、距離を離して、二人の攻撃を捌き続ける。
二人が振るう攻撃を、その都度最適な対処法で対応する。
計算を続ける。目の前の難問を解き続ける。
過去最高レベルにその思考が加速する。
激しい鬩ぎ合いの中、美羽と蛍は魂を自らの想いを高めていた。
それがきっと正しい選択で、堅実な判断で、同時にエンケパロスの言う答えに近づく手段だと無意識に知っていたから。
彼に勝つ。エンケパロスの顕現を凌駕し、必ず元の世界に戻る。
そのために縋り付く。限界を超え続け、その先に行く。
勝つ。勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ。絶対に勝つ!
そして乗り越える。二人で、一緒に。
「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁああああああああ!!!」」
二人の咆哮が重なる。
常に一瞬前の自分を超える。超え続ける。
魂は際限なく輝き、薪を得てさらに天高く燃える。
猛る想いと比例して、二人の霊格も上がっていく。
想像した武器はさらに強靱に。破壊の御手はさらに暴虐に。
二人の存在がさらに高まる。
エンケパロスと同様に無限に加速する。顕現を使っているわけではない。全ての想像と感覚はエンケパロスを打ち倒すために使っている。霊格の上昇とともに、本体の性能も比例して上がる。
あと少しで届く。理論や知識ではなく、直観でそんな気がした。
そして、ついに。
「!?」
一瞬、全てが止まった。
エンケパロスも、周囲に吹き飛ぶ破片も、粒子の一粒に至るまで全てが動きを止める。
全てが止まった世界で僕と美羽だけが動いている。互いに顔を見合わせ、この状況に解を得ようとする。
一瞬の後にまた全てが動きだす。僕と美羽は距離を取り、先ほどの現象がなんなのか探る。
エンケパロスの顕現か? 時間を止めた? いいや、違う。
彼自身も動いていなかった。切羽詰まったあの状況で時間を止めるなんて自殺行為だ。例えそれで僕が止まっても美羽が止めを刺す。
そんなミスをするほど彼は馬鹿ではないはずだ。
しかしそれに思考を割くのも一瞬。先ほどの現象はエンケパロスが関わっていないと判断し、二人は再び疾走する。
一歩踏み出す。その瞬間、世界は再び沈黙と化す。
間違いない。これは、僕たちに起きている変化だ。
「呆けおってどうした! まだ終わっておらんぞ!!」
再び元に戻る世界。僕たちは一歩踏み出しただけだ。
その僕たちを見て好機と捉えたのか、エンケパロスは杖を振るう。
無限の力だ。視界に映る全てを粉砕する、圧倒的な力の奔流。
だが最大の好機だ。
杖が振るわれる。その、ほんの刹那前に。
僕たちは再び駆ける。そして訪れる三度目の静止。
万物の動きが止まる。放たれようとした無限の力も同様に。
がら空きの本体。今は防御のための演算処理が行われていない。
美羽は手にこれまで以上の力を蓄え、僕も手に持つ双剣に想像を付与する。
「そこだ!!!」
斬撃と破壊が同時に、エンケパロスの本体を貫いた。
次回、てふてふ




