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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 領域内の数学者
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第十四話 てふてふ、ひらひら、呪いを告げる

前回、現われた災禍の蝶



魂ごと押しつぶされる重圧の中で、美羽は自分の存在を保つことで精一杯だった。

少しでも気を緩めれば即座に消滅しかねない現状。

熾天使(セラフィム)・ファルファレナ。彼女がそこにいる。たったそれだけの事実で、爪はひび割れ血管は裂け、目に(ひび)が入り脳が爆発しそうだ。

質が違う。量が違う。格が違う。桁が違う。

ありとあらゆる全てにおいて、私たちと違う。

数の領域を超越している。0も1も、無限ですら表せない存在。数の概念のその先に到達している。エンケパロスなど比較にすらならないこの重圧感。


これが熾天使(セラフィム)。これが深淵に座す者。

魂を喰らい、喰らい、喰らい続け極限に至った者。

己の想いを、絶対と信じ続けた者。

美羽はその天井知らずの魂に瞠目(どうもく)していた。


「さて、どうしたものかな」


ファルファレナと名乗った咎人は、いつの間にか現われた椅子に座り私たちを見ている。

その目は愛玩(あいがん)動物を見るかのような慈愛に満ちている。

少なくとも、私たちを敵とは認識していない。


「このままでは一方的に話すことになりそうだ。

それは困るな。折角(せっかく)主義主張が異なる他者と会えたんだ。

ぜひ話し合いたい。だから君たち。辛いとは思うが、立ってもらえないだろうか?

同じ目線で話会おうじゃないか」


高みから私たちを見下(みおろ)しながら、彼女は提案する。

彼女の言葉など無関係に、先ほどから立ち上がろうと試みてはいる。

だが未だに指一本動かすことができない。

無理に動かせば身体が悲鳴を上げる。筋繊維(きんせんい)が断続的に千切れ、骨がきしむ。

その有様を、ファルファレナは溜息をつきながら見ている。


()()()()()()()()()()()


先ほどよりも少し力強い声。声には魔力が宿っていた。

そして起こる不可思議。身体が動く。彼女の言葉が私たちに届いた瞬間、体内から自然と力が湧き出た。

やがて手が動き、脚が動き、身体を起こして立ち上がることに成功する。

未だに重圧はのしかかっている。呼吸することすら辛いが、それでもファルファレナと目線は合った。

それを上機嫌に見ている咎人。私は彼女に問いを投げた。


「貴方は、一体、、」

「自己紹介はさきほど済ませただろう。私の名はファルファレナ。本来の名前は捨てたからそう呼んでもらえると助かる」


そうじゃない。

名前は聞いた。私が知りたいのはなぜここに貴方のような存在がいるのか、ということだ。

私の意図を()んだのか、ファルファレナは再び語り出す。


「先ほど君たちが粛正した咎人。エンケパロスだったかな?

先日彼に刻印(こくいん)を与え、その彼が打ち倒されたと聞き見てみれば君たちがいた。

だから暇つぶしに声をかけたんだよ」


暇つぶし。その暇つぶしで私たちは死にかけているのか。

ファルファレナの言葉は続く。


「偶然とはいえ、この出会いには運命を感じるよ。

そういえば、この前ブルーワズとかいう咎人を殺したのも君たちだ。

つまり私が力を与えた咎人を二人も殺したことになる」

「ッ!!」


突如飛び出てきたブルーワズという言葉に、私と蛍は反応する。


「ブルーワズ・・・・・。まさか、あの異変は貴方の仕業なんですか」

「ああ。少し乱暴にしてしまったせいか不興(ふきょう)を買ったがね」


思い出す。確かにブルーワズは知性を取り戻した後何かに対して怒り狂っていた。

あの怒りの矛先は、今私たちの目の前にいるファルファレナに向かっていたのか。


「それで、だ。ブルーワズと君たちとの戦闘を見ていた私は君たちのことが大いに気になってね。

いや、あんなにドラマチックな逆転劇を演じるなんて思いも寄らなかったんだ。

それで友人に頼んで君たちのことを色々と調べてもらったんだよ。

あ、プライバシーの問題云々(うんぬん)とか言わないでくれよ。謝る気なんてさらさらないし、そもそもどうでもいいんだから」

「・・・・・・・・・」


ファルファレナは努めて軽く、フレンドリーに笑顔で話す。

けれどその圧迫感は消えさりはしない。

蛇に睨まれた蛙か、熊と出会った人間か、はたまた大津波を前にした蟻か。

桁が違いすぎて、危険すぎて、その一挙一動から目が離せない。


それに今、彼女は気になることを言った。

私たちのことを調べた、と。

彼女は私を見つめる。


「そしたら色々と面白い事が分かってね。

そう、今回の主題は君だ。黒雲美羽」


私を見る目に嗜虐(しぎゃく)が宿る。

その眼光に吐き気を催す。彼女の異常さはもちろん、何を言うのか予想がついたからだ。

心臓の鼓動が嫌に増す。冷や汗が気持ち悪い。


「中学最後の冬に顕現に目覚め、その後、粛正機関・桃花に所属。

最近になって三層、四層に入界し、そして今回五層の咎人を見事粛正。

異常な速さだ。異例とも言う。その成長速度は注目に値するよ。

このまま進めば、すぐにでも下層に到達できるだろうね」

「それは、どうも」


惜しみのない讃美(さんび)に戸惑いながら礼を言う。

何が言いたいんだ彼女は。このまま世間話で終わる気なんてないはずだ。

店長・・・・店長たちは来ないのだろうか。

今もテレビで状況を確認しているはずだ。まさか全員一階にいるとかないよね?

ファルファレナの質問は続く。


「そんな君に聞きたい。君はなぜ咎人を殺す?」

「それは・・・・・・」


なぜそんな話を。

意図は分からないが、とりあえず答える。


「逆に問いますが、貴方達は何をしているか分かってますか?

葦原中国(あしはらのなかつくに)全体でどれだけの人が亡くなっているか。それを今まで考えたことはありますか?

貴方達の都合で殺されて、そのせいで本人も周りの人も苦しんで。

その悲しみを、少しでも考えたことはありますか?

それとも、罪の意識が全くないんですか?」


思ったよりすらすらと言葉が出た。

喋っているうちに恨み辛み、当たり前の感情がこみ上げてくる。

思い返せば咎人とこんなに語り合うなんて初めてかもしれない。

今まではただ定型文を言うだけだった。

私たちは貴方を殺しに来ました。私たちに従えば貴方の行動を制限するだけで済みますよ。

それを告げて、大体拒絶され、そして殺す。

会話の入る余地などまるで無かった。

それを聞いたファルファレナは私の言葉を噛みしめるように目を閉じて、そして開く。


「いやいや、まさか。それは人によるな。

全くどうでもいいと思いながら殺す者もいれば、滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら殺す者もいるさ。

怒って殺す、悲しいから殺す、寂しいから殺す、楽しいから殺す。

敵だから殺す。家族だから殺す。親しいから殺す。関係ないから殺す。

人だから殺す。動物だから殺す。機械だから殺す。霊だから殺す。

それが正しいから殺す。あるいはそれが間違っているから殺す。

君たちの世界を襲う理由なんて十人十色(じゅうにんといろ)百人百様(ひゃくにんひゃくよう)

ぱっと考えて見たが、そんなものじゃないか?」


指折り数えながら、相も変わらずフレンドリーに答える。

その様子に罪悪感は一切感じられない。


「答えは分かったよ。私たちが君たちの世界に被害をもたらすことが許せないと。

なら質問を変えよう。なぜ粛正稼業をしようと思った?

聞いた話では、粛正機関は咎人を殺さなくても顕現者を保護するのだろう?

咎人を粛正する業務はあくまでも自らの意志によるもの。強制できるものではない。

殺すのが好き、という訳でもなさそうだ。

単に自己防衛が目的というのであれば、葦の国にいながらでもできる。

安全な日常を享受(きょうじゅ)しながら、わざわざ危険な咎人を殺すために堅洲国に訪れる。

その理由をぜひ聞きたいな」


前屈(まえかが)みになるファルファレナ。子供のように興味信心な様子で、私の返答を待つ。


「なぜ、って。それは、その・・・・・・」


言葉が詰まった。目線が泳ぐ。

咎人が襲って来た時に自衛できるようにとか、私たちの世界を守るためだとか、そんな言葉が思いついては消える。

答えられない。根本的な答えはあるはずなのに、口に出すのをはばかられる。

隣で蛍が心配そうに私を見ている。



そして、焦れたのかファルファレナは笑顔で爆弾を投入した。



「もしかしてそれは、()()()()()()()()()()()()()()が関係しているのかな?」

「ッッッ!!!」


時が止まった。感覚が消えた。

心臓の鼓動が飛び跳ね、全身を怖じ気が襲う。

呼吸が荒くなる。涙が勝手にこぼれ落ちて頬を濡らす。

思い出す。あの時の光景を、あの時の自分を、あの時の家族を。

血を。嘲笑を。怪物を。化け物と化け物と化け物を。腕を。一人残った私を。


「美羽!違う、あれは事故だ!!仕方なかったんだ。美羽のせいじゃない!!!美羽は殺してなんかいない!!!」


蛍が私の肩を掴んで必死に訴える。

けど、私の目はニタリと笑うファルファレナだけを映していた。

涙でぼやける視界の中で、朗読するように彼女は語る。


「奪われた者は奪う者に。被害者は加害者に。

悲劇は巡り、罪業は廻り、この世から消えることはない。

どんな希望も最後には(つい)えて、絶望だけが残り続ける。そして咎人が発生する被加虐(ひかぎゃく)の輪廻。

世界が正常に廻るのなら、咎人が減ることはない」


クツクツと、肩を上下させ笑う。嗤う。

咎人が、私に、呪いを告げる。


「君は次に何を失うんだろうね。

同じ顕現者である粛正機関のメンバーかな?親しい友人かな?

それとも、隣にいる彼氏かな?」

「ッッッ!!!貴様ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!」


怒りが爆発した。

身にのしかかる重圧を振り切って、私は駆ける。

止まる世界。万物が停止する。時間を超越しファルファレナに迫る。

思考一色の殺意。咎人の言葉で私の全てが振り切れた。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!

今すぐ視界から消え失せろ!もうこれ以上私から奪うな!!


しかし停止する世界の中で、目の前の咎人も、周囲を飛ぶ蝶も止まりはしない。

やれやれと、私を見てファルファレナは駄々っ子を(なだ)めるような目をして肩をすくめる。

椅子に座ったまま。構えも防御もとりはしない。


既に顕現は発動している。右手に全力、全身全霊の想いを込めて、咎人に突き立てる。

過去最高レベルの破壊力が込められた黒腕が、咎人に激突する。

世界を切り裂く音が聞こえた。世界を破砕する音が聞こえた。



けれど、微塵も揺るがないファルファレナの姿があった。


「!!?」


確かに当たっている。咎人の顔面に破壊の爪が突き立てられ、しかしそれだけ。

皮膚どころか、その髪の毛一本すら破壊できていない。揺らいですらいない。


「残念だが、()が四つは足りない。

そのままでは私に傷一つつけることはできない」


漆黒の瞳と目が合う。底の見えない深淵が瞳の中で広がっている。

私の怒りを遙かに超える想いが渦巻いている。

それだけで私の心が壊れそうで、意思の力が急速に失われていく。


ファルファレナの手が私に触れた。

優しいタッチ。たったそれだけ。

しかし被害は甚大だった。

私の腕全体に罅が走る。

バキッと、いつもの音が聞こえて、瞬間私の腕が硝子のように砕け散った。


「あっ、」


バラバラに砕け散った腕を見て、今度こそ全ての感情が無くなった。

呆けた私を、ファルファレナは指で押す。たったそれだけ。

なのに私は流星のように元いた場所に吹き飛び、大地を何回も跳ね転がる。

それを途中で止めてくれたのは蛍だろう。一瞬人の温もりを感じた。


「っっ、ぁ、はァッ・・・・・・」


やがて、勢いは止まる。

衝撃で身体が動かない。身体中から血が出ている。

全身の骨は半分以上折れている。きっと私は虫の息の状態だ。


私を止めてくれた蛍も、腕があらぬ方向に曲がり口から血を吐いている。

呼吸もおかしい。控えめに見ても重傷だ。

だけど、決して私を離さなかった。


「申し訳ない。手元が狂った。

調整できなかった、あるいはこの程度ならなんとかなるだろうと思った。とも言うね」


ファルファレナは椅子から立ち上がり一歩進む。

踏み込みに合わせて世界が震動するようだ。大質量の移動は、それだけで周囲に影響を与える。

一歩進んだだけなのに、気がつくと彼女は私たちの前に立っていた。

その異常をなんと言えばいいのか。空間を超越しているとでも言えばいいのか。

小動物を見る目は相変わらずに、彼女は私たちを見下ろす。


「咎人を殺し続ければ、いずれ自らも全てを失う羽目になる。

用心するといい。君が永久不変と思っている日常が、単なる仮初(かりそめ)のものにすぎないものだと。

誰も彼もが夢を見るのに、天国へ到達することができない世界にいるのだと」


まあ、だからこそ私がいるのだがね。

そう呟いたファルファレナは、互いに縋り合う私たちをさも不憫そうに見る。


「それでもまだ縋るのが人か。それならもう一度壊してあげようか?その方がいっそ楽になれる。どうせ遅かれ早かれだ。

うん、そうだ。それがいい。どうせどこも大して変わらないんだ。

決めたよ。まず最初に君たちが住む世界に、私の顕現を解き放とうじゃないか。

それを見れば、きっと君も救われると思うがね」


一人納得して、ファルファレナが私たちに手を伸ばす。

言葉通りに、私と蛍を殺すために。

上手く思考が働かない。危険信号は鳴りっぱなしなのに、身体が言うことをきかない。

こちらに伸ばされた手を見ることしか出来ない。


(嫌、だ)


まともに思考もできないが、彼女の言葉、それだけは全力で否定した。

万感の思いを眼力に込めて睨み付ける。こんな所で死にたくなんてない。終わりたくない。

やっとまともに笑えるようになったんだ。やっと戻ってきたんだ。

友達も出来て、同じ顕現者と出会って、親友はこれまでずっといてくれて。

それを、お前たちに、もう一度奪われてたまるか!!!


「――!おっと」


そして、祈りは通じた。

美羽たちに伸ばされた手。それを虚空から現われた手が払った。

飛び退くファルファレナ。やがて手だけでなくその全身が現われた。


見ただけで萎縮する鋭い目。黒い髪をオールバックにして、口には煙草をくわえている。

その人物の名を、美羽はかすれかすれに呼ぶ。


「天都、さん」

「・・・・・・・・・」


天都は美羽たちに視線をむけず、ただ魔術を呟いた。


「黄泉戸大神開きたまえ」


赤い世界に光が射し、美羽と蛍を飲み込んでいく。

溶けるように消えていく二人の身体。

光が収まる頃には、二人は堅洲国から脱出していた。


それを確認し、天都は目の前の咎人を睨み付ける。

幾億の蝶蛾が飛び立ち、まるで青嵐のように二人を囲む。


「貴様が、ファルファレナか」

「いかにも」


押しかかるファルファレナのプレッシャー。

ただ存在するだけで世界を圧倒する存在感。

しかし、天都はそれに一切動じない。

ポケットから腕を出し、戦闘の構えを取る。


「最近の咎人の異常、貴様が関わっていると聞いた。

それは真実か?」

「ああ、その通りだよ。異常という言葉で片付けられるのはいささか不服だがね」

「・・・・・・そうか」


天都は右手の指、その一本をわずかに動かした。

瞬間、空間を断ち切るような不可視の斬撃がファルファレナを襲った。

聞きたいことは聞けたとばかりに、天都は一切の容赦をかけずに行動に移した。

堅洲国の大地に深々と爪痕を残し、斬撃が通った後には地底の底まで分断されている。


だが、不可視の斬撃は通じなかったようだ。

服に乱れすらないファルファレナが、不動を保って立っている。


「今のは戦闘の合図とみていいのかな?」


ファルファレナが腰に構えた剣を抜く。

天都を敵と認めた。少なくとも美羽と蛍よりかは相手になると判断した。

対する天都も殺気を強める。

一触即発。殺気は視覚化できるほど濃縮し、二人の間に存在する物質が消滅していく。


地鳴りのような音がする。既にこの辺りに存在する咎人は避難している。

こんなものに巻き込まれてはたまらない。縄張りの奥底に籠もっていても到底安全ではない。

本来この二人は深淵に位置する顕現者。五層にとどまる存在ではない。

巻き込まれた咎人からすれば、余所(よそ)でやってくれと願わずにはいられないだろう。


二人の視線が交差し、殺気が更に充満する。

互いに熾天使。深淵に座す者。

単体で世界の行く末を確定せしめる力を持つ両者。

地鳴りは更に脈動し、空間が殺気に耐えられず崩壊する。

殺意に満ちた世界で、二人は激突した。



次回、美羽の過去について触れます

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