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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 領域内の数学者
57/211

第十一話 数の領域

前回、再対峙



先手は蛍が取った。

初動で光速を超え、創造した双剣(えもの)で棒立ちのエンケパロスを切り裂く。

星を切り裂く斬撃は、やはり傷一つつけられはしない。


振り向きざまにもう一撃。真上から脳を真っ二つにする袈裟切(けさぎ)りが、金剛石にぶつかったように弾かれる。

足下を蹴って後ろに跳び、同時にエンケパロスの頭上に幾千の武器を創造。

一つ一つが僕の一撃と同レベルの威力を持つ凶器。それが雨あられのように降り注ぐ様は、さながら鉄の雨。


タイミング、威力、角度をそれぞれ変えて押し寄せる武器の群れ。

ギャリン!! という金属音が連続して響く。

床を容易く貫通し、黒緑の足場に無数の切り傷を刻む。

それでもやはり無傷のエンケパロスが立っていた。


「これこれ、まさか前回学ばなかったのか?」


嘲笑(ちょうしょう)が聞こえる。だが蛍も何も考えていないわけではない。

蛍は攻撃と同時にエンケパロスの反応、特に目の動きを注意して見ていた。

そして気づいた。


(前と同じだ。僕の動きに合わせて目で追ってる)


前回顕現の正体と共に、気になっていたことがもう一つある。

それはエンケパロスの言葉。

『お主との戦闘はええトレーニングになる。なかなかに刺激的だ』

この言葉がどうにも引っかかっていた。

そして、今の反応からエンケパロスの顕現について、その具体性を増していく。


(トレーニングという言葉から察するに、彼の顕現は対象とする数値を計算しないといけない。

計算したそれに色々数値を付け加える。そうして攻撃の無力化や自身の強化を行っているのか)


先ほどは蛍の斬撃の威力を計算し、その数値を自由に変えた。

計算対象の数値をまず割り出さなければ、顕現は使えない。

それはエンケパロスと同じく、無形型で忙しく思考する必要がある蛍だからこそ気づけた事かもしれない。

そしてその推測は当たっていた。

エンケパロスは蛍の目線が自らの眼球の軌跡を追っていると知り、蛍の思考を読み取った。


(気づいたか。気づきよったか。よいぞ、そうでなければ)


エンケパロスが蛍に目線を向けたその時。

床に突き刺さっている武器。その影から美羽が踊りでる。

既に右手を構え、そのまま振り下ろす。

ドバァっ!!! と、床下に巨大な爪痕を残し、破壊の顕現が突き立てられる。


「おやおや、これはなんとも強烈な。見かけによらず凶暴じゃの」


しかしエンケパロスは依然(いぜん)として涼しい声だ。

殺傷力に特化した美羽の顕現でも傷一つつけられない。

右手を突き出した美羽に対して、エンケパロスは手に持つ杖でその腹を小突く。

トン、と軽く押しただけ。それだけなのに、その何億何兆倍もの衝撃が美羽を襲う。

身体が両断されそうな威力。吹き飛び、黒緑の壁に衝突した美羽は口元から吐血する。


「ぐ、っあ!」


零れる血を止められずその場に膝をつく美羽。

エンケパロスが追撃を加える前に、縄張りに入りきらない程の巨大な剣が現われた。

直径何㎞だろうか。空間から飛び出した巨剣は、創造者の意思の通りに振り払われる。

もちろん創造者は蛍。今までで最大の威力を創造した。

蛍の想像上では、無数の銀河を内包する宇宙を両断することができている。

そして彼の顕現はそれを現実に変換し投影する。

巨大すぎて柄を握ることはできない。空中に浮いて、蛍の思考の元に動く。

横に薙ぐ。触れる物全てを木っ端みじんに粉砕しながら、刃はエンケパロスを捕らえた。


「無駄じゃよ! ただ馬鹿みたいに強いだけで儂に勝てると思うたか!!」


下らない、と剣を受け止めるエンケパロス。

巨剣は触れられた途端に、荒れ狂うエネルギーは消え、その大きさが縮小していく。

空間内に収まらない巨剣は、あっという間に一メートル大にまで縮み、そしてゼロになり消えた。

エンケパロスは口ではそう言いながら、内心蛍の動きを評価もしていた。


呵々(かか)、儂の言葉を覚えておったか。確かにこれでは武器を創る顕現と相手に錯覚できる)


素直な彼は遠くでエンケパロスの様子を(うかが)っている。

離れている少女と念話で何かを話し合っている。ような気がする。

そして、二人は一斉に駆け出した。

咎人との距離は50メートル。あってないようなものだ。一足で間近に迫った二人は、同時に攻撃を開始する。

刃と爪が突き立てられた。縄張りに風穴を空け、惑星程度なら木っ端微塵にする暴力の塊が。

しかし弾かれる。エンケパロスが数値を一瞬にして計算し、そのダメージをゼロにする。


それに怯まず、二人はもう一撃振るう。

双剣は眼球を切り裂き、下からすくい上がるように美羽の手が破壊する。

それを防がれても次の手を、さらに次の手を、さらにさらに次の手を繰り返す。連撃が加速する。

ここで二人の意図に気づくエンケパロス。


(なるほど、儂の計算速度と競おうと。儂の計算能力に限界があると思うたか)


蛍の顕現と同じく、エンケパロスの顕現も考えるという作業が間に入る。

ならばその前に潰す。顕現が実行される前の隙を狙う。

かつてブルーワズが蛍にしたことであり、当然といえば当然の作戦。

だが、不運なことに相手が悪かった。


連撃は続く。二人の速度は徐々に加速し、その手数も増やしていく。

閃光の如く刃が煌めく。瞬きの一瞬のうちに全身を粉みじんに切り裂くだろう。

漆黒の双腕が引き裂く。対象が常人なら惑星ごと欠片も残さず吹き飛ばされる破壊。

それら連撃の全てを、エンケパロスは冷静に、呼吸すら乱さずに計算し無力化する。


彼の演算能力は常人のものとは比較にならない。

彼の本体である巨大な脳は、その大きさ以上の演算処理を可能とする。

そこに魔術を用いた異次元の演算能力。さらに顕現を使った思考速度の超加速。

二人の攻撃を計算するなどお茶の子さいさい。自らの反応速度を弄らずも片手間で計算できる。


それとも計算違いでもすると思ったのか。それこそあり得ない。

確かに攻撃の威力、角度、ベクトル、抵抗・・・・。そのすべてを一瞬のうちに、計算違いもせず計算するのは常人には不可能だ。

だが彼は生粋(きっすい)の数学者。数千年を生きた枯れ木。

その計算作業に戸惑ったのは精々最初の数年。蓄積された年月と経験は、確実に彼を手の届かない高みに押し上げている。

そして、彼にはもう一つ異次元の計算方法がある。


並列思考(へいれつしこう)。思考を分割し、複数の物事を同時に処理し思考可能とする術技の一つ。

並列思考は訓練や修行で増やせる。二つ三つなら誰もが到達できるが、十以上は超人の域だ。

無論咎人もこの並列思考を使う。50や100、200もの並列思考を持つ者もいるだろう。

しかしエンケパロスの並列思考の数はそれらの比ではない。その数およそ1834。力天使の中でも随一を誇る。

すなわち、一瞬のうちに1000以上の計算を並行して行えることを意味する。

今蛍と美羽の連撃に使っている思考の数は精々35。とてもこの程度では思考の限界など訪れない。


だが、蛍たちにとってもそれは予想の内だった。

蛍の創造した幾千の武器が通じない時点で、二人はエンケパロスの演算能力が遥か雲の上のものだとわかっている。

こうしてエンケパロスが特に抵抗もしていない現状が好ましいのだ。

なぜなら、顕現を破壊することに特化した顕現が、美羽にはあるのだから。


「顕現・背教(タローマティ)()歪脚(イシュヨー)!!!」


美羽の双脚が黒く変化する。

流線型の黒いブーツ。理を砕く力を宿した武装。

巨大な脳髄に吸い込まれる蹴り。瞬く間にその本体を突き破る。

その一瞬前に、


「おっと、()()はいかんな」


美羽の身体が、突如床下に叩きつけられた。

美羽の周りの重力を、器用に脚だけ避けて数兆倍増加させた。

その結果美羽は叩きつけられたように押しつぶされた。

床下にめり込む。彼女の体には万力を乗せられたような圧力が襲っているはずだ。


「美羽っ!」

「心配しとる場合か」


蛍に杖の先を向けるエンケパロス。

その瞬間、蛍はそれまでの力を全て失い失速した。

その勢いで床に転んだ蛍の背中を、エンケパロスは杖の先で踏みつける。


「がァっ!」


万力のような力に肺が圧迫され、空気を吐き出すことしかできない。

自らに起きた異常を探ろうとする蛍。

しかし、思考が働かない。何も考えられない。

顕現を使えない。ただ、身体を動かすことしかできない。


「当然じゃ、お主の思考速度をゼロにしたのじゃから。

先ほどお主らは儂の計算過程を妨害しようとしたが、同じようにお主の想像過程を潰したまでよ。

さあ、どうする? 儂の顕現が分かった時点でこうなるとは予想しておったじゃろう?」


杖にかける力がどんどん増していく。

老人が握る杖。それがまるで隕石のようなプレッシャーを伴う。

蛍の身体を突き破り、その内臓を貫通する。

その顔が苦痛で歪む。エンケパロスは杖を前後に動かし肉を抉る。

期待するように、待ち遠しいように、枯れ木は蛍を急かす。


「ほれ、早く対処してみい」


エンケパロスの言葉と同時に、蛍の身体が爆散した。

周囲に大量の血を撒き散らしながら、蛍は肉片すら残さず死んだ。

しかしそれはエンケパロスの手によるものではない。

エンケパロスが気配を察知する。後方に蛍が立っていた。

足下に()いつくばっていた美羽もいつの間にかその近くにいる。


「使い物にならなくなった自分は廃棄し、新たな自分を創るか。しかも自動発動。自らの弱点はわかっておるな」


感心感心。エンケパロスは上機嫌に呟く。

対する蛍は傷一つつけられない今の状況に、少なからずの絶望と、一筋の希望を見いだしていた。

やはり憶測の通り美羽の顕現は通用する。エンケパロスが特別に反応したのがその証拠だ。

これまでと違い、触れさせようともしなかった。自分の顕現でも防げないと分かったんだ。


これから考えるのは、どうやって美羽の一撃を奴に叩き込むか。

それさえ達成すれば、奴の本体は果物が爆発したように砕け散るだろう。

だがエンケパロスは当然警戒しているだろう。易々(やすやす)と近づくことを許してくれそうにない。


コツン。

杖をつきながら、エンケパロスがこちらに一歩進む。


「1・・・・・2・・・・・」


数を数える。それは攻撃の合図。

まずい、奴の攻撃が飛んでくる!


「3」


呟かれると同時に、僕と美羽が同時に吹き飛ぶ。

腹部に強い衝撃。黒緑の壁にぶつかり、亀裂を残す。

血反吐を吐きながら、彼の動きに対処するため想像する。


(トラップ)など仕掛けても無駄じゃ」


咎人が目の前に現われる。

それに反応して作動する罠。エンケパロスの足下が爆発する。

が、それは爆発したまま止まった。

中途半端に火の粉を散らしたまま制止する爆発。

それをエンケパロスが触れると、指向性を持った爆発が僕を貫く。


「!!!」


全身を焼かれて床を転がる。

今のは、向きを操ったのか?

高温に皮膚と肉を焼かれながら、頭だけは冷静に思考する。

ノータイムで発動するように想像した罠は、しかしそれすら操られて利用されてしまった。


「はあァッ!」


超速で距離をつめた美羽は、脚に破壊を溜め込んでエンケパロスの背後を取る。


同士討ち(フレンドリーファイア)じゃったかな? 戦闘の際にはそれにも注意せい。

いつ仲間の攻撃を利用されるかわからんからな」


ほれ、このように。

咎人が告げると、僕の目の前に美羽が現われた。


「「え?」」


重なる二人の声。僕の目前には殺傷に特化した美羽の黒脚が突きつけられている。

まずい! 急いで空間移動する自分を想像する。

間一髪(かんいっぱつ)。美羽の右後ろに僕は移動し、美羽の蹴りは虚空を蹴る。

美羽の蹴りを回避できて、その事実に心の底から安堵する。

あれは、美羽の顕現だけは喰らっても生き返る事ができるか保証できない。

再生も蘇生も許さない破壊の化身。加えて顕現の能力すら破壊する。

僕を完全に殺す可能性がある。うっかり触れると致命傷だ。


「ご、ごめん! 蛍」

「大丈夫だよ美羽。だけど、今のは」


距離を操ったのだろう。蛍と美羽との間の距離を狭めて、同士討ちを狙った。

ますます何でもありだなあの顕現。無闇に攻撃もできない。

どうするか思考していると、エンケパロスはコンコンと杖を鳴らす。


「そういえば、お主には前に出し物を見せてもらったな」

「?」


出し物? やたらめったら創造した前回のあれか。

それがどうした。今は関係ないはずだ。


「単純な数の暴力。あれはあれでなかなかに楽しませてもらったぞ。

ゆえに儂流の返礼をしよう」


エンケパロスは杖で自らを小突く。


「儂の存在。それも数えられるものだと思わんか?」

「ッ!?」


奴の意図することが分かった瞬間、ギョッとした。

空間中に奴が増える。巨大な脳が一、二、三、四、五・・・・・・・・。

瞬く間に無数に増えたエンケパロス。僕たちを囲み、そのどれもが同時に喋る。


「「「「「「儂流の出し物じゃ。ほれ、対処してみせい」」」」」」


殺到する脳髄の群れ、群れ、群れ!

絶望的な状況に美羽が叫ぶ。


「蛍!」

「大丈夫だよ、顕現者はその顕現を増やすことはできない」


焦る美羽と対照的に、僕は落ち着きを取り戻し現状を見ていた。

そして創造する。

無数の分身には、無数の分身で。

僕自身を無数に創造する。

空間を覆い尽くすように大量の僕が現われ、脳髄(のうずい)の群れと殺しあう。


「なぜかはわからないけど、自分を増やすことは出来ても、顕現が使える自分を複製することは出来ないんだ。

だから、ただ本人のスペックを投影しただけの分身しか創れない。例外を除いて」


やがて僕の分身が脳の群れを駆逐(くちく)して、その姿が消えていく。

残ったのはエンケパロスの本体。そして僕と美羽。

エンケパロスは僕の説明を肯定する。


「その通り、顕現の唯一性とも言えるかな。それだけは量産することができない。

じゃからお嬢さん。無限に敵が現われたとしても焦ることはない」

「あ、そ、そうなんだ」

「そして分かったことがもう一つ。基礎スペックのみを投影した分身しか創れないのなら、それは本人の表面的な実力を表す。

僕の分身がエンケパロスの分身を殺せたのなら、彼の素の力は僕以下ということになる」

「いかにも。顕現に比重が傾いているせいかな? 儂自身の力などたかが知れている」


だが、それを補ってあまりある顕現がある。

それを攻略しない限り、彼には勝てない。


数価を操る。なんて恐ろしい顕現なんだ・・・・・。

いや、真に恐ろしいのはエンケパロスの演算能力だ。

例えば、こちらに飛んでくる一本の放たれた矢があるとしよう。

矢の質量、速度、エネルギー量、座標、ベクトル量・・・・・それら全てを、自分に当たる前に計算し終える。

そんな神業、生涯を数学に捧げた数学者であっても不可能だ。


前提の知識を全く与えられない状態で、それでもなお完全な計算を成し遂げる。

まして今は戦闘中。四方八方から戦火と武器が降り注ぎ、僕と美羽の顕現が襲いかかる。

この混沌とした鉄風雷火の嵐を御するその頭脳。

僕が同じ顕現を有していたとして、とても彼と同じ芸当ができるとは思えない。


彼に一撃入れれば勝ち。それだけなのに、その道のりがとてつもなく遠く感じる。

近づくことすら難しい。近づいても攻撃が当たらない。当たるまでに数多くの妨害が入る。

何かないか。美羽の顕現以外にも、彼に届きうる一手は。


数の概念を超えた攻撃、なんてどうだ?

却下だ。そんなもの想像できない。抽象的にも程がある。というかそんなものあるのか?

それともあれだ。前に高天原のシュヴァラさんがしていた、相手の想いに干渉して顕現を強制的にOFFにするあれはどうだ?

無理だ。僕はあの時見ただけ。具体的な方法も知らないし、本人も難しいと言っていた。


適用範囲が広すぎるんだ。数値化できないものなんてあるのか?

人間の感性とか、心とか? いや、それを今どう活かせと。


「だが、儂の顕現はそういったステイタスにも干渉出来る。

故に、こんな哲学的なものまで再現可能じゃ」


その言葉に、過去最大の恐怖を感じた。

エンケパロスは杖を横に振った。

あまりの重圧に空間が揺らぎ、世界が砕ける。

迸る、莫大なんて言葉じゃ表せないほどの力。

杖が振るわれた先から、エンケパロスの前方にある全ての障害が吹き飛んでその形を失う。

全てを飲み込み破壊する、無色透明の力の塊。

あっという間に僕たちに迫るそれは、まさに、


「受けてみい。無限の力じゃ」



次回、超越

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