第二十一話 二人の答え
前回、美明
自分の真実とは何か。
心臓を貫かれ、自分という存在が根本から書き換わっていくなかで、蛍はそれを自問していた。
罪深い自分。良かれと思って手を出して、世界にも自分にも悲劇しか残さない。
ゆえに死ね。今ここで終わることが、お前にとっての幸福だと。
逡巡と傲慢と依存にまみれた人生に幕を下ろせと、自らを切り裂く長刀が告げている。
確かに、その方が楽かもしれない。
こんなはた迷惑な存在、さっさと消えてしまったほうがいいに決まってる。
美羽には迷惑をかけたな。どっぷりと依存して、重要な決定のほとんどを彼女に任せてしまった。
それは奏もそうだ。いつも僕を引っ張ってくれる彼女には、どれだけ感謝してもしたりない。
今まで養ってくれた家族には感謝の言葉しかない。できの悪い息子が生まれたことが、両親にとって最大の不幸だろう。
ごめんなさい。そしてありがとうございました。
僕はここで、終わ、る・・・・・・・・
(蛍だけは、ずっと一緒にいてくれるよね?)
目を閉じようとした時、走馬灯のようにその言葉を思い出した。
あの冬の日。僕たちの日常が変わったあの日。
あの時、美羽が言った言葉。
(一人でなんでも解決しようと思わないで。私がいるから。
私が蛍の分も背負うから。一緒に乗り越えよう)
エンケパロスとの再戦時。殺気立つ僕に、冷静さと勇気を取り戻してくれた彼女の言葉。
その後彼に勝てたのも、ひとえにその言葉があったからで、改めて僕たちは二人で一人前だと認識できた。
(ねえ、蛍!わたしたち、ずっと一緒にいようね!)
美羽と出会って、初めて交した約束。
あの時そう約束した。約束したんだ。
そしてその約束を、壊そうとする存在がいる。
今度こそ美羽を守ってみせる。そう誓った。
彼女と共に、いかなる障害をも乗り越えてみせる。
だから、死んでなんかいられない。
(うん。僕は美羽が望むなら、いつまでだって側にいるよ)
それだけは、僕の真実だと言えるから。
魂からの言葉だと信じられるから。
だから僕は、自分の持つ長刀を、僕自身に突き刺した。
「!」
それを見て顔を歪める偽物。
きっと僕が全てを投げ出して死を迎えると思っていたのだろう。
そうだとしたら、君は勘違いをしている。
「僕、は」
ポツリと、独り言のように言葉が出る。
「確かに、君の言う通りの人間だ。
傲慢で、誰かに依存しないと生きられなくて、選ぶことに逡巡して、どうしようもない愚か者だ」
突き刺した長刀の顕現。切った対象を再創造する力。
それにより、一度改変された自分をさらに改変する。
存在の根本ごと作り替えられた自分が、再び元の自分を取り戻していく。
力が戻ってくる。
「けれど、それでも僕が生きてるのは、生きたいと思えるのは」
身体を貫く二本の長刀が抜ける。
偽物は無言で僕の答えを待っている。それを言うまで、きっと彼は行動に移らないだろう。
だから、無駄な言葉を飾らずに答えよう。
「大事な人がいるからなんだ」
脳裏によぎる親友の姿。
自分なんて比べものにもならない、この世で何よりも大切な人。
「ずっと前から僕の側にいてくれて、ずっと僕を幸せにしてくれた人だから」
そうでなければ、僕はとうに死んでいただろうから。
「その人のために生きたいんだ」
「・・・・・・それが君の答えか、蛍」
聞き終わって、偽物は長刀を構えた。
訳の分からない、不快な者を見る目だ。
「下らないエゴだ。それが彼女への依存だと分かってないのか?」
「確かに、僕の言ってることはただのエゴだよ」
吐き捨てる彼の言葉を、僕は当然のものとして受け止める。
それが気にくわなかったのか、彼は床を爆発させて僕に迫る。
下から振り上げられる長刀。それに対し半歩下がる。
鼻先を掠る白緑の剣閃。同時に怒声が間近で爆発する。
「分かっているのならなぜ死を選ばなかった!君が余計なことしかしないことは、君自身が一番知っているだろう!!」
「そうしたら、約束を破ることになるからだっ!!!」
横に切り裂く一閃が、目の前の彼を両断すべく唸る。
「彼女と一緒にいると約束した!
それだけは、絶対に守ってみせると誓ったんだ!!
そんな未来を、顕現の力だけじゃなくて、僕自身の力で創りあげたいと思ったんだ!!!」
迷いごと切り裂いて猛る剣は、しかし弾かれる。
猛るのは彼も同じ。まるで僕の精神状態に呼応するかのように、彼の膂力も言葉も激しさを増す。
「はっ、結局自分の存在理由は他人か!どこまで作り物なんだ君は!!」
「好きなように言ってくれ。否定はしないさ」
全力の打ち合いは、両者互角。
同じ顕現の衝突で、僕たちは互いに靴底を削りながら後ずさった。
次の衝突に備えながら、僕は思考する。
過去と向き合え。試練。
思うに、彼は僕の中の不安やら疑念やらが現われた存在ではないか?
僕の心の中で無意識に生まれ、今まで育ってきた怪物。
僕の場合は、他者への依存や自罰感。
そして、その過去と向き合い答えを出すことが、試練を超えることに繋がる。
その大きな証拠として、彼の肩口に一筋の切り傷がある。
今までダメージを与えられなかったのに、傷をつけることができた。
それは、僕が答えに近づいているということ。
試練を超えるための、一歩を踏みだしたことを意味する。
長刀が光を発する。今までよりも激しく、光輝の剣と化していく。
光は一気に20メートルも伸びる。さながら十字架のように、白く輝く剣閃が世界の果てまで切り裂いた。
まるで夜を照らし、朝を告げる東雲の光。
その光に彼は目をみはる。そして低く呟いた。
「・・・・・大事な人がいる。その人を守りたい。それは誰しもが思うことだ。
ならもしも、その人が亡くなったらどうするんだ?
別れは突然やってくる。さっさと忘れて、違う依存相手でも探すのか?」
「そうならないように頑張る。後の事なんて、その時になってから考えればいいさ」
「ああ、そう」
彼はそれを聞いて、微かな笑みと共に諦めたような顔をする。
締めくくるように言葉を紡ぎ出した。
「なら聞いておけ。彼女と共にこれから先、歩んでいく気ならなおさら。
君はまだ一人だ。大切だと言っておきながら、あの子のことを真に理解していない。
そして、真実は唐突にやってくる」
彼が構える。刀身は淡く光り、殺人的な力を蓄えていく。
その出力。その威力。僕と全く同じ。
食らえば爆発したように、僕の五体は弾け飛ぶだろう。
「それとどう向き合うかは、その時になってから考えてみろ。
しょせん人にはそれが限界なんだから」
言い終わると同時に、彼の姿が消えた。
決着をつける気だ。今までよりも速く、そして鋭い。
懐に潜り込んだ彼が突きを繰り出す。
長刀はリーチが長い分、懐に潜り込まれると弱い。加えて彼は突きを選んだ。これで僕が飛び退こうが追いつかれ、横に避けようがその方向へ剣を薙げば当たる。
だから僕が選んだのは防御。
長刀の形状が一時的に変化する。手に持つ柄から六枚の羽が生え、それが眼前に盾のように展開される。
ガッキイイィィィン!と金属と金属がぶつかり合う音が間近で響く。
結果として突きは弾き返され、のけぞり無防備になった彼がいる。
「これで終わりだっ!!」
防御から攻撃に繋げる。両手で柄を握りしめ、下からすくい上げるように剣を振り上げる。
白い剣閃が彼を捉える。刀身から肉を切り裂いた感触が手に伝わる。
彼の長刀が、握る腕と共に空中を舞う。切断面から鮮血が吹き出し、呆気にとられた目で僕を見る。
剣を通してその存在を再創造。
終わりだ。後は秒刻みで消滅を迎えるだけだ。
「ごめん。君の望む答えは出せなかった」
最後に僕は謝った。彼の不服そうな態度や表情から、彼の望む答えが僕のそれと違うものだと分かった。
「いいや、出せたじゃないか。自分なりの答えを。
自信持てよ。まったく、そういうところが嫌だってのに・・・・・」
悪態をついた彼は、だけど悲しい目をしていた。
「例え世界を敵に回したとしても、誰かにとって迷惑でしかなくても、傲慢でしかなかったとしても。
せめて自分だけは自分を肯定してほしかった。
誰がなんと言おうと、誰を理由にするのでもなく、自分はこれで良いんだと君自身が言って欲しかった」
目を閉じて呟く彼。
それを聞いて、さらに申し訳なくなる。
ごめん。君を肯定できなくて。
「だけど、まあいい。それは未来に期待するよ」
再び目を開く彼。その目はこれまでにないほど真剣なもので、
「そのエゴ、貫き通してみせろ。
彼女と共に生きる世界を創りたいのなら、絶対にそれだけは違えるな」
「・・・・・・・わかった」
僕の返答を聞き、目を細めて彼は光る粒子になって消えていった。
それと同時に白の世界も消えていく。
レベル50達成。その表示と共に、僕の目の前には広大な宇宙空間と、そこに浮かぶ島。石畳の足場が目に飛び込んできて。
■ ■ ■
どうする。
致命傷を受け、地に伏せる私は選択を迫られていた。
私が死ねば、輪廻を廻って皆と会える。
それは私が望んでいたこと。何度も願ったこと。
家族ともう一度会いたい。お父さんと、お母さんと、妹と。
でも、それは未来を諦めることを意味する。
カナとも、蛍とも、もう会えない。それは嫌だ。
ならどうするか。
再び美明の顔を見る。
懇願する目は変わらずに、私の答えを待っている。
もう一度、一緒に遊ぼう。その言葉はきっと本心から出た言葉だ。
きっと私が何か言うまで、ずっとこのままにしているだろう。
その心づかいに感謝しながら、立ち上がるために全身に力を入れる。
身も心も魂も、まとめて致命傷なのは間違いない。胴体の亀裂は動く度に広がり、剥がれた破片が空気中に溶けて消えていく。
肉も臓腑も砕け散った上半身は羽のように軽い。美明から見れば中身が空っぽの人間が立ち上がっている。
それでも心を蝕むこの苦しみには及ばない。
万感の想いを込めて、私はその言葉を絞り出した。
「ごめん」
血と共に吐き出した言葉。それを聞いた美明が目を見開く。
身を焦がす程の怒り。延々と深淵に沈んでいくような悲しみ。彼女の心情を間近で感じる。
「私は、そっちに行けない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙。
美明は何かを言おうとして、けれど口を閉じてを繰り返す。
どれだけそうしたのだろうか。痛い程の沈黙を破り、美明が怒りと共に腕を振り上げる。
再戦の合図。私も右腕に力を込めて、正面から破壊をぶつけ合う。
黒い世界に響き渡る、世界が破壊される轟音。
立ち上がった煙の中から飛び出す私たち。
どちらの腕にも破壊の罅が走る。その傷を無視して、そのまま第二打を用意する。
再度世界が壊れる音。
破壊の爪は次元ごと、お互いの存在を確実に削っていく。
ただでさえ致命傷を負っていた私の身体が限界を迎える。
罅が上半身に余すところなく走り、腕や頭部が崩れ落ちる。
完全な死。完全な滅び。だけど、次の瞬間。
バキッ!と、身体全体に新たな罅が走る。
それは今までのダメージによるものではない。
まるで新生するかのように、脱皮するかのように。
五体全てが砕け散った私は、しかし傷一つなくそこに立っていた。
破壊の顕現。その応用。
理屈は簡単だ。自分が壊れた、自分が傷ついたという現実を破壊した。
結果としてそこにいるのは五体満足の自分。
だけど、それは私だけが得た不死性ではない。
美明の身体。左半身に走った罅が臨界点を超え、硝子のように砕け散る。
同時に全身に罅が走り、破砕音と共に傷が破壊され、全身無傷の美明が復活する。
あくまで破壊の原理は私の顕現によるもの。
私の心理を表し、限定的とはいえ顕現を行使できる美明もその芸当が可能だ。
「こっちに来ない。それは、私たちのことを忘れるということ!?」
「違う!」
美明の姿が消える。その疾走に合わせ、私も走る。
激突。床が爆発し、空間に罅が点在する。
吹き荒れる二つの暴風が互いを砕き合う。
腕を砕き脚を砕き頭を砕き全身を砕く。
軽傷、重傷、致命傷。
傷の全てが破壊され、新しい自分が再誕する。
その繰り返しを40回以上続ける。
新たな不死の方法を体得した二人。
破片が吹き荒れる殺戮の嵐の中で、私は言葉を美明に届ける。
「忘れたりなんて、しない。忘れられるわけがない」
右腕と右脚が交差する。
互いにヒット。私の身体が二分され、美明の下半身が消し飛ぶ。
しかし次の瞬間にはその事実が破壊され、五体満足の私たちが現われる。
「皆を殺したのに、私一人だけが生き残った。
なんで私だけって何回も思ったし、もう一度皆と会いたいって何度も願った」
「ならなんでッ!」
激昂と共に、自分の願いを否定した私を睨む美明。
その手にこれまで以上の破壊を溜め込んでいく。
左の黒が抜け落ち、右腕が巨大な悪魔の腕と化す。
黒の世界よりもなお黒く、放たれる圧力だけで能天使程度なら何百体もひしゃげて消える程の力を。
不都合な現実を破壊することで不死を保つ私を殺すには、私の想いごと顕現を砕くしかない。そう判断したのだろう。
殺意と共に疑問を投げかける美明に、私は答えた。
「私はまだ終われない。どうしても倒さなきゃいけない咎人がいるの。大切な友人がいて、大事な幼馴染みがいて、その日常を奪われたくないの」
何度も考えた。自分が戦う理由は何か。
ボロボロになって、死にかけて、それでも立ち上がる理由。
けど、一つしか思い浮かばなかった。
だって楽しいから。カナや蛍と過ごす日々が、ずっと続けばいいって思えるから。
もう、私の大事なものを奪われたくないから。
私の左腕から黒が抜け落ち、その黒が右腕に吸収される。
右腕はみるみる禍々しさを増し、悪魔の巨腕が出来上がる。
美明の想いごと顕現を破壊するために。砕くことすら出来ない、絶対的な破壊をもたらすために。
「皆の事を一生背負って生きていく。絶対に忘れたりなんてしない。
こんなこと、なんの慰めにもならないだろうけど」
次で決着を迎えると、爆発的に高まるお互いの想念で分かる。
だから最後に、伝えたいことを言わないと。
「私もいつか死ぬ。滅びる。その時、必ずそっちに行くから」
決して否定するわけではない。皆のことは忘れない。風化させたりしない。
だから、
「それまで待ってて!!」
踏み込みは全く同時。床を踏み砕き、愚直に真っ直ぐ突き進む。
右腕の軌跡に合わせて空間が壊れていく。
あっという間に0になる互いの距離。もう破壊を用いた不死には頼れない。
自分の想いを研ぎ澄ます。大丈夫、できるはずだ。
私の言葉が真実なら、必ず試練を超えることができるはずだ。
「「El Diablo Cojuelo!!!」」
ぶつかり合う破壊の塊は、相乗効果で高まり続け、黒い世界に罅を生じさせる。
鬩ぎ合う二人の間には完全な絶無が広がっていく。
しかし鬩ぎ合いは一瞬。わずかに拮抗したかと思うと、押され出したのは美明の方。
二人の間に走った黒い亀裂。私はその先に手を伸ばし、拮抗を打ち破る。
「―あ」
亀裂を切り裂いた先に見える美明。
大技を使って、無防備な隙を晒した彼女。
ゾグッ!!と、肉を潰す音がした。
美明の胴体を貫いて、悪魔の巨腕が彼女を壊していく。
私の想念が彼女の想いを上回ったのか、先ほどまでのように現実を破壊することができない。できたとしても私の破壊が上回り、一切の干渉と抵抗を許さない。
これで終わりだ。
だけど、試練を超えたというのに、私の心中には達成感が何一つ無い。
決定打を受けた美明から力が抜けていく。けれど武装が解けた手で、私の肩を掴み自分の方へ引き寄せた。
「大切だと言った。大事だと言った。それは魂からの言葉?」
「うん」
耳元で囁かれた言葉に、私は頷く。
「なら、それを絶対に忘れないで。
譲れないのなら、他の全てを犠牲にしてでも守り抜いて。
でないと貴方は、また同じことを繰り返す」
まるで遺言のように、伝えたいことを全て伝えるように、美明は必死に言葉を紡ぐ。
純粋無垢な想いが、私の中に流れてくる。
「もう悲劇なんてこりごりでしょ?ならその手で打ち砕いて進んで、お姉ちゃん」
「・・・・・・分かった」
私が頷くと、満足したように美明の身体が消えていく。
完全に消えるまで、美明を私を見ていた。
ごめんね、駄目な姉で。
貴方に何も出来なくて。
美明の微笑んだ顔が消えると同時に、画面に表示が通達される。
レベル50達成。消える世界、そして切り変わる。私の目の前には広大な宇宙空間と、そこに浮かぶ島。石畳の足場が目に飛び込んできて。
次回、イムプーベース・ウトピア




