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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 子供の理想郷
120/211

第二十一話 二人の答え

前回、美明



自分の真実とは何か。

心臓を貫かれ、自分という存在が根本から書き換わっていくなかで、蛍はそれを自問(じもん)していた。



罪深い自分。良かれと思って手を出して、世界にも自分にも悲劇しか残さない。

ゆえに死ね。今ここで終わることが、お前にとっての幸福だと。

逡巡(しゅんじゅん)と傲慢(ごうまん)と依存(いぞん)にまみれた人生に幕を下ろせと、自らを切り裂く長刀が告げている。

確かに、その方が楽かもしれない。


こんなはた迷惑な存在、さっさと消えてしまったほうがいいに決まってる。

美羽には迷惑をかけたな。どっぷりと依存して、重要な決定のほとんどを彼女に任せてしまった。

それは奏もそうだ。いつも僕を引っ張ってくれる彼女には、どれだけ感謝してもしたりない。

今まで養ってくれた家族には感謝の言葉しかない。できの悪い息子が生まれたことが、両親にとって最大の不幸だろう。


ごめんなさい。そしてありがとうございました。

僕はここで、終わ、る・・・・・・・・



(蛍だけは、ずっと一緒にいてくれるよね?)



目を閉じようとした時、走馬灯(そうまとう)のようにその言葉を思い出した。

あの冬の日。僕たちの日常が変わったあの日。

あの時、美羽が言った言葉。


(一人でなんでも解決しようと思わないで。私がいるから。

私が蛍の分も背負うから。一緒に乗り越えよう)


エンケパロスとの再戦時。殺気立つ僕に、冷静さと勇気を取り戻してくれた彼女の言葉。

その後彼に勝てたのも、ひとえにその言葉があったからで、改めて僕たちは二人で一人前だと認識できた。


(ねえ、蛍!わたしたち、ずっと一緒にいようね!)


美羽と出会って、初めて交した約束。

あの時そう約束した。約束したんだ。

そしてその約束を、壊そうとする存在がいる。


今度こそ美羽を守ってみせる。そう誓った。

彼女と共に、いかなる障害をも乗り越えてみせる。

だから、死んでなんかいられない。


(うん。僕は美羽が望むなら、いつまでだって側にいるよ)


それだけは、僕の真実だと言えるから。

魂からの言葉だと信じられるから。




だから僕は、自分の持つ長刀を、僕自身に突き刺した。


「!」


それを見て顔を歪める偽物(ドッペルゲンガー)。

きっと僕が全てを投げ出して死を迎えると思っていたのだろう。

そうだとしたら、君は勘違いをしている。


「僕、は」


ポツリと、独り言のように言葉が出る。


「確かに、君の言う通りの人間だ。

傲慢で、誰かに依存しないと生きられなくて、選ぶことに逡巡して、どうしようもない愚か者だ」


突き刺した長刀の顕現。切った対象を再創造する力。

それにより、一度改変された自分をさらに改変する。

存在の根本ごと作り替えられた自分が、再び元の自分を取り戻していく。

力が戻ってくる。


「けれど、それでも僕が生きてるのは、生きたいと思えるのは」


身体を貫く二本の長刀が抜ける。

偽物は無言で僕の答えを待っている。それを言うまで、きっと彼は行動に移らないだろう。

だから、無駄な言葉を飾らずに答えよう。


「大事な人がいるからなんだ」


脳裏によぎる親友の姿。

自分なんて比べものにもならない、この世で何よりも大切な人。


「ずっと前から僕の側にいてくれて、ずっと僕を幸せにしてくれた人だから」


そうでなければ、僕はとうに死んでいただろうから。


「その人のために生きたいんだ」

「・・・・・・それが君の答えか、蛍」


聞き終わって、偽物は長刀を構えた。

訳の分からない、不快な者を見る目だ。


「下らないエゴだ。それが彼女への依存だと分かってないのか?」

「確かに、僕の言ってることはただのエゴだよ」


吐き捨てる彼の言葉を、僕は当然のものとして受け止める。

それが気にくわなかったのか、彼は床を爆発させて僕に迫る。

下から振り上げられる長刀。それに対し半歩下がる。

鼻先を掠(かす)る白緑の剣閃。同時に怒声が間近で爆発する。


「分かっているのならなぜ死を選ばなかった!君が余計なことしかしないことは、君自身が一番知っているだろう!!」

「そうしたら、約束を破ることになるからだっ!!!」


横に切り裂く一閃が、目の前の彼を両断すべく唸る。


「彼女と一緒にいると約束した!

それだけは、絶対に守ってみせると誓ったんだ!!

そんな未来を、顕現の力だけじゃなくて、僕自身の力で創りあげたいと思ったんだ!!!」


迷いごと切り裂いて猛る剣は、しかし弾かれる。

猛るのは彼も同じ。まるで僕の精神状態に呼応するかのように、彼の膂力(りょりょく)も言葉も激しさを増す。


「はっ、結局自分の存在理由は他人か!どこまで作り物なんだ君は!!」

「好きなように言ってくれ。否定はしないさ」


全力の打ち合いは、両者互角。

同じ顕現の衝突で、僕たちは互いに靴底を削りながら後ずさった。

次の衝突に備えながら、僕は思考する。


過去と向き合え。試練。

思うに、彼は僕の中の不安やら疑念やらが現われた存在ではないか?

僕の心の中で無意識に生まれ、今まで育ってきた怪物。

僕の場合は、他者への依存や自罰感。

そして、その過去と向き合い答えを出すことが、試練を超えることに繋がる。


その大きな証拠として、彼の肩口に一筋の切り傷がある。

今までダメージを与えられなかったのに、傷をつけることができた。

それは、僕が答えに近づいているということ。

試練を超えるための、一歩を踏みだしたことを意味する。


長刀が光を発する。今までよりも激しく、光輝の剣と化していく。

光は一気に20メートルも伸びる。さながら十字架のように、白く輝く剣閃が世界の果てまで切り裂いた。

まるで夜を照らし、朝を告げる東雲(しののめ)の光。

その光に彼は目をみはる。そして低く呟いた。


「・・・・・大事な人がいる。その人を守りたい。それは誰しもが思うことだ。

ならもしも、その人が亡くなったらどうするんだ?

別れは突然やってくる。さっさと忘れて、違う依存相手でも探すのか?」

「そうならないように頑張る。後の事なんて、その時になってから考えればいいさ」

「ああ、そう」


彼はそれを聞いて、微かな笑みと共に諦めたような顔をする。

締めくくるように言葉を紡ぎ出した。


「なら聞いておけ。彼女と共にこれから先、歩んでいく気ならなおさら。

君はまだ一人だ。大切だと言っておきながら、あの子のことを真に理解していない。

そして、真実は唐突にやってくる」


彼が構える。刀身は淡く光り、殺人的な力を蓄えていく。

その出力。その威力。僕と全く同じ。

食らえば爆発したように、僕の五体は弾け飛ぶだろう。


「それとどう向き合うかは、その時になってから考えてみろ。

しょせん人にはそれが限界なんだから」


言い終わると同時に、彼の姿が消えた。

決着をつける気だ。今までよりも速く、そして鋭い。

懐に潜り込んだ彼が突きを繰り出す。

長刀はリーチが長い分、懐に潜り込まれると弱い。加えて彼は突きを選んだ。これで僕が飛び退こうが追いつかれ、横に避けようがその方向へ剣を薙げば当たる。


だから僕が選んだのは防御。

長刀の形状が一時的に変化する。手に持つ柄から六枚の羽が生え、それが眼前に盾のように展開される。

ガッキイイィィィン!と金属と金属がぶつかり合う音が間近で響く。

結果として突きは弾き返され、のけぞり無防備になった彼がいる。


「これで終わりだっ!!」


防御から攻撃に繋げる。両手で柄を握りしめ、下からすくい上げるように剣を振り上げる。

白い剣閃が彼を捉える。刀身から肉を切り裂いた感触が手に伝わる。

彼の長刀が、握る腕と共に空中を舞う。切断面から鮮血が吹き出し、呆気にとられた目で僕を見る。

剣を通してその存在を再創造。

終わりだ。後は秒刻みで消滅を迎えるだけだ。


「ごめん。君の望む答えは出せなかった」


最後に僕は謝った。彼の不服そうな態度や表情から、彼の望む答えが僕のそれと違うものだと分かった。


「いいや、出せたじゃないか。自分なりの答えを。

自信持てよ。まったく、そういうところが嫌だってのに・・・・・」


悪態をついた彼は、だけど悲しい目をしていた。


「例え世界を敵に回したとしても、誰かにとって迷惑でしかなくても、傲慢でしかなかったとしても。

せめて自分だけは自分を肯定してほしかった。

誰がなんと言おうと、誰を理由にするのでもなく、自分はこれで良いんだと君自身が言って欲しかった」


目を閉じて呟く彼。

それを聞いて、さらに申し訳なくなる。

ごめん。君を肯定できなくて。


「だけど、まあいい。それは未来に期待するよ」


再び目を開く彼。その目はこれまでにないほど真剣なもので、


「そのエゴ、貫き通してみせろ。

彼女と共に生きる世界を創りたいのなら、絶対にそれだけは違(たが)えるな」

「・・・・・・・わかった」


僕の返答を聞き、目を細めて彼は光る粒子になって消えていった。

それと同時に白の世界も消えていく。

レベル50達成。その表示と共に、僕の目の前には広大な宇宙空間と、そこに浮かぶ島。石畳の足場が目に飛び込んできて。



■ ■ ■



どうする。

致命傷を受け、地に伏せる私は選択を迫られていた。

私が死ねば、輪廻を廻って皆と会える。

それは私が望んでいたこと。何度も願ったこと。

家族ともう一度会いたい。お父さんと、お母さんと、妹と。


でも、それは未来を諦めることを意味する。

カナとも、蛍とも、もう会えない。それは嫌だ。


ならどうするか。

再び美明の顔を見る。

懇願(こんがん)する目は変わらずに、私の答えを待っている。

もう一度、一緒に遊ぼう。その言葉はきっと本心から出た言葉だ。

きっと私が何か言うまで、ずっとこのままにしているだろう。


その心づかいに感謝しながら、立ち上がるために全身に力を入れる。

身も心も魂も、まとめて致命傷なのは間違いない。胴体の亀裂は動く度に広がり、剥がれた破片が空気中に溶けて消えていく。

肉も臓腑も砕け散った上半身は羽のように軽い。美明から見れば中身が空っぽの人間が立ち上がっている。


それでも心を蝕むこの苦しみには及ばない。

万感の想いを込めて、私はその言葉を絞り出した。



「ごめん」



血と共に吐き出した言葉。それを聞いた美明が目を見開く。

身を焦がす程の怒り。延々と深淵に沈んでいくような悲しみ。彼女の心情を間近で感じる。


「私は、そっちに行けない」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


沈黙。

美明は何かを言おうとして、けれど口を閉じてを繰り返す。

どれだけそうしたのだろうか。痛い程の沈黙を破り、美明が怒りと共に腕を振り上げる。


再戦の合図。私も右腕に力を込めて、正面から破壊をぶつけ合う。

黒い世界に響き渡る、世界が破壊される轟音。

立ち上がった煙の中から飛び出す私たち。

どちらの腕にも破壊の罅(ひび)が走る。その傷を無視して、そのまま第二打を用意する。


再度世界が壊れる音。

破壊の爪は次元ごと、お互いの存在を確実に削っていく。

ただでさえ致命傷を負っていた私の身体が限界を迎える。

罅が上半身に余すところなく走り、腕や頭部が崩れ落ちる。

完全な死。完全な滅び。だけど、次の瞬間。


バキッ!と、身体全体に新たな罅が走る。

それは今までのダメージによるものではない。

まるで新生するかのように、脱皮するかのように。

五体全てが砕け散った私は、しかし傷一つなくそこに立っていた。


破壊の顕現。その応用。

理屈は簡単だ。自分が壊れた、自分が傷ついたという現(・)実(・)を(・)破(・)壊(・)し(・)た(・)。

結果としてそこにいるのは五体満足の自分。

だけど、それは私だけが得た不死性ではない。


美明の身体。左半身に走った罅が臨界点を超え、硝子のように砕け散る。

同時に全身に罅が走り、破砕音と共に傷(・)が(・)破(・)壊(・)さ(・)れ(・)、全身無傷の美明が復活する。


あくまで破壊の原理は私の顕現によるもの。

私の心理を表し、限定的とはいえ顕現を行使できる美明もその芸当が可能だ。


「こっちに来ない。それは、私たちのことを忘れるということ!?」

「違う!」


美明の姿が消える。その疾走に合わせ、私も走る。

激突。床が爆発し、空間に罅が点在する。

吹き荒れる二つの暴風が互いを砕き合う。

腕を砕き脚を砕き頭を砕き全身を砕く。

軽傷、重傷、致命傷。

傷の全てが破壊され、新しい自分が再誕する。

その繰り返しを40回以上続ける。


新たな不死の方法を体得した二人。

破片が吹き荒れる殺戮(さつりく)の嵐の中で、私は言葉を美明に届ける。


「忘れたりなんて、しない。忘れられるわけがない」


右腕と右脚が交差する。

互いにヒット。私の身体が二分され、美明の下半身が消し飛ぶ。

しかし次の瞬間にはその事実が破壊され、五体満足の私たちが現われる。


「皆を殺したのに、私一人だけが生き残った。

なんで私だけって何回も思ったし、もう一度皆と会いたいって何度も願った」

「ならなんでッ!」


激昂と共に、自分の願いを否定した私を睨む美明。

その手にこれまで以上の破壊を溜め込んでいく。

左の黒が抜け落ち、右腕が巨大な悪魔の腕と化す。

黒の世界よりもなお黒く、放たれる圧力だけで能天使(パワーズ)程度なら何百体もひしゃげて消える程の力を。


不都合な現実を破壊することで不死を保つ私を殺すには、私の想いごと顕現を砕くしかない。そう判断したのだろう。

殺意と共に疑問を投げかける美明に、私は答えた。


「私はまだ終われない。どうしても倒さなきゃいけない咎人がいるの。大切な友人がいて、大事な幼馴染みがいて、その日常を奪われたくないの」


何度も考えた。自分が戦う理由は何か。

ボロボロになって、死にかけて、それでも立ち上がる理由。

けど、一つしか思い浮かばなかった。

だって楽しいから。カナや蛍と過ごす日々が、ずっと続けばいいって思えるから。

もう、私の大事なものを奪われたくないから。


私の左腕から黒が抜け落ち、その黒が右腕に吸収される。

右腕はみるみる禍々(まがまが)しさを増し、悪魔の巨腕が出来上がる。

美明の想いごと顕現を破壊するために。砕くことすら出来ない、絶対的な破壊(げんじつ)をもたらすために。


「皆の事を一生背負って生きていく。絶対に忘れたりなんてしない。

こんなこと、なんの慰めにもならないだろうけど」


次で決着を迎えると、爆発的に高まるお互いの想念で分かる。

だから最後に、伝えたいことを言わないと。


「私もいつか死ぬ。滅びる。その時、必ずそっちに行くから」


決して否定するわけではない。皆のことは忘れない。風化させたりしない。

だから、


「それまで待ってて!!」


踏み込みは全く同時。床を踏み砕き、愚直に真っ直ぐ突き進む。

右腕の軌跡に合わせて空間が壊れていく。

あっという間に0になる互いの距離。もう破壊を用いた不死には頼れない。

自分の想いを研ぎ澄ます。大丈夫、できるはずだ。

私の言葉が真実なら、必ず試練を超えることができるはずだ。


「「El (穿て、)Diablo (跛行の)Cojuelo(悪魔)!!!」」


ぶつかり合う破壊の塊は、相乗効果で高まり続け、黒い世界に罅を生じさせる。

鬩(せめ)ぎ合う二人の間には完全な絶無が広がっていく。

しかし鬩(せめ)ぎ合いは一瞬。わずかに拮抗(きっこう)したかと思うと、押され出したのは美明の方。

二人の間に走った黒い亀裂。私はその先に手を伸ばし、拮抗(きっこう)を打ち破る。


「―あ」


亀裂を切り裂いた先に見える美明。

大技を使って、無防備な隙を晒した彼女。



ゾグッ!!と、肉を潰す音がした。


美明の胴体を貫いて、悪魔の巨腕が彼女を壊していく。

私の想念が彼女の想いを上回ったのか、先ほどまでのように現実を破壊することができない。できたとしても私の破壊が上回り、一切の干渉と抵抗を許さない。

これで終わりだ。

だけど、試練を超えたというのに、私の心中には達成感が何一つ無い。

決定打を受けた美明から力が抜けていく。けれど武装が解けた手で、私の肩を掴み自分の方へ引き寄せた。


「大切だと言った。大事だと言った。それは魂からの言葉?」

「うん」


耳元で囁(ささや)かれた言葉に、私は頷く。


「なら、それを絶対に忘れないで。

譲れないのなら、他の全てを犠牲にしてでも守り抜いて。

でないと貴方は、また同じことを繰り返す」


まるで遺言のように、伝えたいことを全て伝えるように、美明は必死に言葉を紡ぐ。

純粋(じゅんすい)無垢(むく)な想いが、私の中に流れてくる。


「もう悲劇なんてこりごりでしょ?ならその手で打ち砕いて進んで、お姉ちゃん」

「・・・・・・分かった」


私が頷くと、満足したように美明の身体が消えていく。

完全に消えるまで、美明を私を見ていた。

ごめんね、駄目な姉で。

貴方に何も出来なくて。

美明の微笑んだ顔が消えると同時に、画面に表示が通達される。

レベル50達成。消える世界、そして切り変わる。私の目の前には広大な宇宙空間と、そこに浮かぶ島。石畳の足場が目に飛び込んできて。



次回、イムプーベース・ウトピア

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