第二十話 亡者との対峙
前回、蛍がひどい目に
一方、美羽も突然現われた自分のドッペルゲンガーに戸惑っていた。
「え、私・・・・・?」
だが呆けているのもそれまで。
目の前に立つ自分の偽物が、その腕と脚を黒く武装する。
殺意を感じ取った美羽は、すぐに顔を守るように腕を交差する。
一瞬の後、そこに偽物の拳が叩き込まれた。
(痛っ!! まさか、顕現の効果まで再現できるの!?)
腕に流れこむ破壊の理。それはまさしく自分のもの。
下層に至る程の霊格を有する美羽の顕現。常人なら近くにいるだけで魂が木っ端に砕け散る。
殺傷力に満ちた破壊の腕。それを受けて無事なのは、美羽の顕現も破壊に特化しているから。
霊格が上昇したからか、それとも私の中の常識が変わったせいか、咎人と戦っているとどう考えてもあり得ないことが起きることがある。(それを言うのなら今までの全てが異常なのだが・・・・・)
理論や理屈が通用しない。計算と合わない。因果関係がおかしい。
今もそう。普通なら硝子のように砕け散るはずの私の腕。
破壊現象を破壊することで損害を無効化する、なんて馬鹿げたことまで可能になっている。成功率は低いけど。
吹き飛んだ私は遙か後方に着地し、クラウチングスタートの姿勢を取る。
試練だと言った。今殴りかかってきたということは、私の偽物と戦い、倒せば試練は達成するのだろうと推測した。
前方にいるドッペルゲンガーを視界に収め、そのままスタート。
風も音も光も何もかもを追い越し、あっという間に0になる互いの距離。
その速さのまま私は拳を握りしめ、彼女の顔面に叩き込む。
その、少し前に、
「また私を壊すの?」
彼女の姿が変わる。
その姿は私よりも幼い少女のものに。声も顔も年相応のものになる。
その目。その声。その顔。
忘れるわけがない。その姿は。
「美、明?」
あの冬の日、私が壊したはずの、妹だった。
時が止まる。全力の静止でもって、放った拳を直前で止める。
私はその姿勢のまま、唖然とした表情で美明を見る。
「なん、で、」
「これがお姉ちゃんの試練だから」
妹の返答は速かった。
振りかざした黒腕が振り下ろされる。
慌てて腕を前に出して防御。
ガギンと、金属どうしが打ち合った音がした。
反動で私は後ろに下がる。
私の黒腕には爪の痕が、骨にまで達する程深く刻まれている。
下がった私を追うように、美明の姿をした偽物は宙を蹴り距離を詰める。
身体を捻って、飛んできたのは黒脚による蹴りだった。
「!!」
もし彼女が顕現の再現を可能とするなら、それに当たるわけにはいかない。
あれはルールや理を破壊するものだから。たとえ受け止めても顕現ごと破壊される。
ボッ!!と風を切る音が聞こえる。
頭部めがけて放たれたそれを、頭を横にずらして回避。
そのまま反撃に移――
(また私を壊すの?)
「~~~~~~っ!!!」
床を蹴り後ろに下がる。
次の一撃を用意していた偽物は、冷ややかな目で私を見た。
「逃げてばっかり。これじゃ試練にならない」
「貴方を、また壊すことが試練?」
「そうでもあるけど、それだけじゃない」
彼女がその場で構える。
振り下ろした爪の軌道をなぞるように、爪の斬撃が空間を破壊しながら私に迫る。
それを右手で受け止める。破壊と破壊が壊しあい、後には何も残さない。
予測。今の爪が本命の攻撃であるわけがない。
私が彼女だったら、私が受け止めた隙に接近するはず。
後ろに気配。予測通り現われた偽物が私に拳を叩き込む。
対する私は後ろ足で腕を蹴り上げ、軌道をそらす。
ついでに脚で腕を固める。腕に絡みつき、そのまま彼女を投げ飛ばす。
「!」
ズドン!と、振動が走り、床に叩きつけられた偽物。
しかしダメージがないのか、彼女は苦悶の表情を浮かべない。
一瞬で彼女の元にまで辿り着き、その胴体に拳を振り下ろそうと、して、
(殺、したの?殺す、の?わ、たしを。お母さ、んとお、父さ、んを、)
脳内で再生される、過去の映像。
それが現在と重なって、迷いは私の動きを止める。
もう一回壊せと?妹を?
いや、惑わされるな!これは偽物、偽物なんだ。
美明じゃない。私は目の前のこれに、妹の真似事をするなと怒ればいいんだ。
だけど、それでも思ってしまう。
もしも美明が今も生きていれば、これくらいの身長なのかなって・・・・・。
私のその様を、冷ややかな目で偽物が見つめる。
「そんなに難しいこと?だって、お姉ちゃんは一度壊したじゃない」
偽物の敵意が消えた。無防備なまま、私の腕を掴む。
その腕を自らの方に引き寄せて、様々な感情を乗せて睨み付ける。
怒り、恨み、悲しみ、憎しみ。負の想念を込めて恨めしそうに呟く。
「この手で、私たちを」
「それ、は――」
何か答えようとして、同時に腹部に衝撃。
彼女の黒脚が腹部にめり込む。
身体の中から、自分の法則が壊れる感触がして。
そのまま私は空に浮いた。
「あぐっ!」
空中でえずくように悲鳴を上げると、クンっと脚を引かれた。
地上で私の脚を掴んだ美明が、意趣返しとばかりに私を地に叩きつける。
激しい爆発音。
砕けた床の破片が宙を舞う。
思いっきり叩きつけられた私は、全身に痺れのような痛みが急速に滲透する。
「ほら、迷ってると直感がうまく働かないよ」
その言葉にハッとして、私は地面を勢いよく転がる。
直後、地面から柱のように黒い何かが飛び出した。
屹立するそれは大剣。真っ黒な刀身に見たことのない文字がびっしりと埋め尽くしている。
避けた私を追うように、さらに大剣が地面から出現する。
これは先ほどまで私が使っていたスキルだ。
逃げ場をなくすように私を追い回す。その隙間を縫うように、血で濡れた回転刃が二つ、私を両断するために迫る。
それを両脚ではじき返す。その時、遠くにいる美明の声が聞こえた。
「あの日、お姉ちゃんだけが生き残った」
無機質な声は変わらず。遠くにいるはずなのに、まるで耳元で話しているかのようにはっきりと聞こえる。
「怖かったよ。わけわからないまま世界が変わって、気持ち悪い化け物がいて、お父さんとお母さんが化け物に変わって。
私も、その化け物になっちゃって」
その目が下に伏せたことを、私は見逃さなかった。
彼女の背後で赤い魔方陣が出来上がる。
三次元的なそれから、一メートル程の赤黒い剣が何本も射出される。
噴火のように地面から飛び出す大剣と重なっているのにぶつからず、減速なしに直進してくる。
私は地面に腕を突き刺す。
私を中心に50メートルの範囲。そこから黒い腕が何十本も陽炎のように出現する。
それは地面から突き出る大剣を絡み取り、直進してくる剣を何本もはたき落とす。
これ以上の追撃はさせない。美明が立つ床が黒く染まり、そこから腕が生えた。
それは腕というより樹と呼ぶ方が正しい。いくつもの黒い腕が重なり、手から手が生え、まるで樹のように見える。
美明はそれを分かっていたかのように躱す。
「痛かったな。怖かったな。
全身を無理矢理作り変えられて、まともに呼吸もできなかった」
遠隔からの攻撃を諦め、美明はスキルを使い距離を詰める。
姿が消える。空間に破壊痕だけを残して、全身が無敵となり一切の攻撃を受け付けない。
破壊痕は私の周囲に。空間ごと私を砕こうと激しい殴打の押収が押し寄せる。
「お姉ちゃんはあの後どうだった?
一人で泣いた?胸が張り裂けるほど悲しかった?
蛍君は側にいてくれた?」
「・・・・・・・・・うん」
美明の疑問は悉くが事実だ。殴打の嵐の中で、私は頷く。
それを受けて、彼女は呆れたように言う。
「だろうね。大切なものがなくなって、今は蛍君に依存してるんでしょう?
友達、彼以外いなかったしね」
依存。その言葉を聞いて、私はあの冬の日の、蛍とのやりとりを思いだす。
(蛍。蛍は、蛍だけは、、)
(いなくなったり、しないよね?)
(蛍は、壊れたりしないよね?)
(蛍だけは、ずっと一緒にいてくれるよね?)
怖かった。何が起きたか分からなくて、自分が皆を殺したことを認めたくなくて。
もしかしたら蛍も、私の家族のように壊れてしまうんじゃないかって。
だから、私は蛍に縋った。蛍が壊れない存在であって欲しかった。
親友まで失ったら、もう私には何も残らなかったから。
私の内心を察してか、彼女の声が糾弾するものに変わっていく。
「高校に進学してから、お姉ちゃんは変わった?
いいや、あの時から変わっちゃいない。誰かが側でいてくれないと、生きていくことすら不安定なまま。
お姉ちゃんが彼に抱いている感情は、友情でも愛情でもない。ただの依存だよ。
彼がいないと自分が成り立たないから縋り付いているだけ。
それを、よくもまあ親友だなんて呼べるね」
「――ッ!!」
彼女と打ち合っていると、腹部に異常。
見れば細長い何かが、私の肉を食いちぎり内部に侵入しようとしている。
影から生まれた暴食の魔獣。蛇のような、ワームのような、捕食器官があるだけの生物。
それを掴み一気に引き抜く。だが蛇の咬合力は強く、少なくない肉が共に引きちぎれた。
破壊される蛇。だが本来の目的である時間稼ぎは果たした。
美明はその双掌に黒を溜め込む。
空間が揺らぐほどの圧力と共に、巨大な黒球を放つ。
グッバァァァアアア!!!と、何もかもが破砕する音が黒い世界に響き渡る。
ドーム状の爆発が私を飲み込んだ。
「が、ああああアアアァァ!!!」
最初は持ちこたえていたが、徐々に押されて、ついに耐えられず後方に弾き飛ばされる。
地に伏せた私を、美明はつまらなそうに睥睨する。
「裏の仕事もそう。咎人を殺して、罪の償いでもしているつもり?
それとも、罪深い自分にはこんな仕事がお似合いだと思ってたの?」
歯が軋むほど噛みしめる。
その言葉も真実だ。
心の奥底で、言葉に出来ずたゆたっていた想い。
咎人を殺す理由。保身のためでも正義感のためでも復讐のためでもない。
裏の仕事を店長に提案された時、あの時私が頷いた理由。
正義を隠れ蓑にすれば、自分は潔白になれると思っていたのだろうか。
家族を殺した罪を、咎人を殺すことで償えるとでも思っていたのだろうか。
そんなはずがない。今の戦況がその証拠だ。過去と対峙し、私の動きは目も当てられない程鈍っている。
美明は左手で私の首を掴み、そのまま持ち上げる。
ミシリときしむ音が首から聞こえる。それよりもまずいのは。
彼女の腕。左腕から黒が抜け落ち、右の黒腕が赤黒く膨張する。
El Diablo Cojuelo。必殺の一撃が完成する。
「美、明・・・・・」
慈悲はなかった。
ゾンッ!!!!と、左肩から腰にかけて、悪魔の巨腕が私の身体を引き裂いた。
「ッッッッッ!!!!!」
爪は肉と臓腑を抉り、大量の血と共に硝子の破片が地に落ちる。
心臓、胃、肺、腸・・・・。主要な内臓器官が砕け散り、破壊の痕跡は背骨を突き抜けて背にまで達する。
肉体はおろか魂にまで重大な損害。美羽の魂は八割方破壊されていた。
その一撃はあまりに強大で、これまで通り破壊現象を破壊することで防ぐことを許さなかった。
今度こそ、美羽は完全に地に崩れ落ちた。
血と美羽の破片を浴びた美明は、自分の存在を維持することに精一杯の姉を見下ろす。
「ねえ、お姉ちゃん。辛いでしょう?
痛くて悲しくて苦しいでしょう?
なんで自分がこんな目に、なんて何回も思ったことでしょう?
何回も死にかけて、痛い目にあって、それでも今まで必死に守ってきたものを、今度はファルファレナなんて赤の他人に奪われようとしてる。
だったらさ、お姉ちゃんもこっちに来ない?」
倒れ伏す私に伸ばされた手。
再び美明の敵意はなくなる。それは先の一撃で決着はついたと判断してのことだ。
救いの手を伸ばすかのように、美明の表情に怒りや憎悪はない。
「お姉ちゃんが殺した私たちの魂は、魂喰いの法則でお姉ちゃんの中にある。
お姉ちゃんが自分の手で死ねば、お姉ちゃんは今まで喰らった魂ごと、輪廻の中に解ける。そしてまた産まれ落ちる。
つまりね。私や、お父さんやお母さんとまた会えるかもしれない」
それは、私の根幹を揺らしかねない提案だった。
皆と、また会える?
もう二度と会えないって、ずっとそう想ってたのに。
そのためには、私が死ぬ。
けれど、それは、
「お姉ちゃんもそれを望んでるでしょう?
あんなに悲しんだもんね。もちろん、私たちもそれを望んでるよ。
・・・・・・それとも、私たちを否定するの?」
「っ!!!」
どう答えていいか、一瞬私は逡巡した。
もちろん望んでる。私だって、もう一度皆に会いたい。
けれど・・・・・・・。
逡巡する私を見て、美明の表情が激変した。
まるで裏切り者を見るような目。
叫ぶ声が、悲痛なものに変わっていく。
「忘れるの、私たちを!?
無限の時間の流れの中に、私たちは埋もれていくだけなの!?」
美明の言葉を聞く度に、心臓に一つ一つ傷が増えていく気がした。
痛い。身体だけじゃなくて、心が。
彼女は膝をつき、私と目線を合わせる。
「ねえ、お姉ちゃん。もう一度二人で遊ぼうよ。
二人でゲームしたり、買い物したりしてさ。
お姉ちゃんが中学校に入ってから、お互い口数は少なくなったけど。
今思えば後悔してるの。こんなことになるくらいなら、あの時もっと遊んでいればよかったなって。
けど、まだやり直せるよ」
その言葉が呪いのように、私の動作を鈍くする。
懇願と恐怖が入り交じり、不安で押しつぶされそうな声になる。
美明は捨てられた子犬のような目をして、私に迫る。
「さあ、お姉ちゃん。選んで」
次回、蛍の答え




