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光の中で、立っていた少女の体が一瞬揺れた。
話せと異世界から来た彼女は言ったが、実際、目の前にいるのがアメリアなのかそうでないのか、一見では見分けがつかなかった。しかし、ゆっくりと顔を上げた少女は、さっきまでとは全く違う空気をまとっていた。
「お父様」
鈴の鳴るような、優しい声がした。その声に思わず国王は息を呑む。
「……アメリア?」
夜風にたなびく黒髪も、闇を汲み出した瞳も。月光紬の髪と澄んだ空を映す瞳を持つ元の彼女の姿とは、全く違う。
しかしそこにいるのは確かに、アメリアだった。
月明かりに照らされたアメリアは、ゆっくりとした足取りで国王の前に立った。国王は、震える手をアメリアに伸ばす。
「アメリア、なのか……?本当に……」
国王の言葉に、アメリアはニッコリと満面の笑みを浮かべた。そして、その華奢な腕を持ち上げて。
バッチーン、と派手な音が響いた。
「さてお父様、私の言いたいことわかりますか?あ、言い訳はいいんですよ。ティカさんと一緒にずっとぜーんぶ見てましたから。私を生き返らせる?私そんなこと望んでないってメッセージ残したつもりだったのに、届かなかったのね」
平手打ちを食らった国王陛下の前で、アメリアは仁王立ちし、腰に手を当ててはぁ、と大きく肩を落としてみせる。世界広しといえど国王の前でこんなことをするのは彼女ぐらいのことだろう。
「……残しておくだけじゃ、伝わらずにすれ違うだけなのね。だからお父様、私は私の想いを、今ここで伝えておきたいわ」
「アメリア、私は……私はただ、お前に幸せに……」
やっと言葉が戻ってきたらしい国王を笑って止め、いつの間にか中庭に駆けつけていたユリウスにも、彼女は笑いかける。
「私の幸せはね、自慢のお父様と、優しいお兄様と、たくさんの頼もしい友人を持てることなのよ。だからお父様?私は、人生最後まで満足して生きれたわ。そりゃあもっと長生きして、恋人作ってお父様と婚約者の激しき婿舅対決を眺めて子供作って孫作って、一生魔術とかの研究しながら騎士団の皆さんと遊んで過ごしたりしたかったわ。もっと丈夫だったら騎士にもなりたかった。でも、私はそこまで高望みしたくないの」
「……なんというか、アメリアらしい、人生目標だな」
多少引きつった笑みを浮かべたユリウスに、アメリアは茶目っ気あふれるウィンクを返す。
「……でね。私が望むのは、最後まで――そう、私が死んでからもずっと、私はこんな人の家族だったんだ、って誇れる人間でいてほしいの。これが私の、人生最大のわがままよ。……ね、お父様。本当は気づいてたでしょ、私が誰かの犠牲の上に生き返ることを喜ぶ性格なんかじゃないって」
国王の瞳は揺れていた。きつく握り締められた骨ばった手を取り、アメリアは言葉を紡ぐ。
「お父様とお兄様がいれば、きっとこの国は良くなるわ。そしてこの国が笑顔に溢れるのを、私はずっと待ってる。たとえもう二度とこうやって言葉を交わすことができなくても、ちゃんと私はそこにいるから」
「アメリア……」
にっ、と姫らしからぬ笑みを浮かべ、「だから頑張って」と言う。
いつの間にか、アメリアの体はほのかに燐光を放っていた。輪郭がぼやけ、透き通るような白磁の肌は指先からゆっくりと風景に溶けていく。
「……アメリア、迷惑をかけたな」
国王の伸ばした手が、アメリアの腰を引き寄せ、その細い体を腕の中に抱き込んだ。
「ずっと、お前は遠くに行ってしまったと思っていた。しかし違うんだな。お前は、いつもそばで私たちを見ていたんだな」
優しい手が頭を撫でる感触に、アメリアは涙が出そうになる。
もっともっと、このままでいたい。けれどそれはかなわない。
「そうよ。だから、お父様が悪いことしたら筒抜けなんだから」
精一杯の強がり、なんてまるであの少女のようだ、とアメリアは思う。
魔力が尽きてくるのを彼女は感じていた。国王の腕の中から離れると、一度だけ振り返り、背後で様子を見ていた人たちを振り返る。
同じ黒髪を持つもうひとりの少女が、彼女を眺めていた。アメリアは彼女に苦笑を投げかける。
「ごめんね。そして、ありがとう。彼女にも、そう伝えて」
咲夜は一瞬驚いたようにアメリアを見たが、やがてくしゃりと笑う。
柔らかな月光の中、アメリアは最後に、とびっきりの笑みを浮かべた。ふっと千香の体から、美しく光る金の鳥が舞い上がる。キラキラと舞い散る燐光を振りまき、鳥はしなやかな羽を広げ、空に溶ける。
月光の見せた夢は、もろくも儚く、けれど確かに彼らに足跡を残し、消えていった。




