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大規模侵攻

「やっぱりさ。心のどこかで、他人を求めていたのかもね」


 六花はそう言っていた。

 妖精では、人間の代わりにならなかった。

 ホムラはその事実がとても悲しかったけれど、同時に仕方がないとも思った。


 六花が創り出した妖精たちは、六花の想像以上にはなれないのだから。


 しばらくして、魔力を持つ人間たちが、六花を求めて氷の世界にまで攻め込んできた。

 六花は、自分の話し相手のためだけに創り出した妖精たちを、戦場に送らなければならなくなった。妖精たちは必死に戦った。

 コアを破壊されれば、妖精であっても生き返らない。


 それでも六花を守るために戦った。何人も何人も死んでいった。この世界は、六花にとっての終点だ。ここより先はない。これ以上の逃げ場はない。


 六花は、妖精が死ぬ度に、新たな雪の結晶をコアにした妖精を創った。

 いつの間にか、妖精一人一人に名前をつけることを止めた。


 戦闘は激化し、妖精たちの消耗が激しくなった。そう、消耗だ。六花は、妖精を物扱いしている自分に気がついた。


 ――そんなある日。


 魔法使いたちの大規模な侵攻があった。


 ホムラは持てる力のすべてを使って、魔法使いたちを斬り伏せた。


 最初のうちはなるべく殺さないでくれと六花から頼まれていたけれど、そんな余裕はなかった。

 数多の火球が降り注ぎ、雷の龍が飛び交い、鋭い鉄の剣が雨のように降り注いだ。箱庭のような世界であることが災いした。ここには目撃者なんていない。SNSに上げられる心配をする必要もない。


 魔法使いたちは遠慮なく巨大魔法をぶっ放した。


 地獄が顕現したかと思うほどの戦場にあって、それでも六花と妖精たちは、魔法使いの一団と互角に渡り合っていた。

 妖精は六花が創り出したものだから、正確に言うなら六花という個が、敵の集団と互角だったということになる。


 でも、六花の精神はどんどん追い詰められていった。

 

「私には、逃げ場所がないの?」「どこにいても、何をしても無意味なの?」「魔法使いをみんな殺すしかないの?」「それが正解なの?」「いやだ! いやだいやだいやだ! いやだよ。誰も殺したくないよ」「でも殺すしかない。殺してよ、あいつらを殺して!」「どうして私を追い詰めるの」「ああ、カレーライスが食べたい。食べたいよう」「またあの日の夜に戻って、みんなで一緒に……」「ねえ、ホムラ。そんな目で見ないで」


 そんな目が、どんな目なのか、ホムラにはわからなかった。


 魔法使いたちは攻撃の手を緩めない。

 ここは六花の創り出した世界だ。敵は遠慮をしなくてもいいけれど、その代わりに寝込みを襲うようなこともできないわけで、つまり魔法使いたちは正面切って六花を倒す必要があった。


 巨大魔法と妖精たちがぶつかり合う。


 クロノが他の妖精たちを統率し、陣形を組んで襲いかかる。

 ホムラは単独で動き、相手の隙を見つけては特攻を仕掛けた。

 問題はネモフィラだ。彼は戦場に取り残された妖精を回収する役割を担っていた。合理的に考えるのなら、回収する必要はなかった。妖精は後からでも無数に創れるのだから。それでもネモフィラは妖精を見捨てなかった。分厚い角板結晶で、敵の攻撃をいくつも防いだ。


「なあに、大丈夫さ。俺がみんなを守るから」


 と妖精たちを励まし続けた。

 ホムラでもクロノでもない、ネモフィラこそが心の主柱だと敵は気づいた。

 とんでもない量の魔法が、いっせいにネモフィラを襲った。彼の体のほとんどが砕け散ったけれど、それでも盾は壊れなかった。盾の後ろにいたたくさんの妖精たちも無事だった。そんなネモフィラの活躍もあって、このときの侵攻は一時的に食い止めることができた。


 でもその後――、


「どうして僕なんですか?」


 ホムラは、六花に訊いた。


 氷の世界樹の中。

 六花の私室である。


 この部屋だけは六花が眠るために人間用の内装が施されていて、ホムラからすれば見るからに暑そうな服や防寒具がそこら中に置かれている。巨大なベッドには天蓋。意味もなくついているフリフリのレース。ホムラの知らない動物やキャラクターのぬいぐるみなどが、木製の調度品の上に置かれている。


「ホムラ。君は、私の特別だからだよ」

「……特別?」

「この世界で初めて生み出した妖精が君なんだよ。その次がクロノちゃんで、その次がネモフィラくんね。君たち三人は、私の特別なの。その中でもホムラは、なんて言えばいいのかな。一番特別。特別の中の特別なんだよ。もう、すっごい特別なの。あ、これは他の妖精たちには内緒ね」


 六花は人差し指を、唇の前に立てた。わざとらしい仕草の裏に、どこか不穏な影が見え隠れしている。


 いきなり六花の表情が曇り、


「でもネモフィラくんが……」


 言い淀んだ。


 ネモフィラは、先の戦いでコアに大ダメージを負った。もともと彼のコアを分厚い角板結晶で保護していたことが幸いし、六花の魔法でなんとか修復することができた。


 でも今までの記憶はすべて失われ、魔法の練度もゼロに戻った。

 人間の記憶喪失とはわけが違う。姿形だけが同じなだけの、別の妖精と言えるかもしれない。


 目を覚ましたネモフィラは、なぜか周囲に対して敬語を使うようになった。

 それが六花の心を壊す決定打になった。


「もう限界なんだ。何もかも嫌なんだよ。だから私は――」


     ☆


 倉庫に辿りついた。

 ホムラの思考が現在に戻ってきた。これ以上、あのときのことを考えるのはつらい。


 無意識のうちにここまで持ってきていた頭蓋骨を、近くの雪に、丁寧に埋めなおした。攻め込んできた魔法使いに対して、もう恨みはない。

 できればこの世界で安らかに眠っていてほしいと思う。


 さて、と倉庫に目を向ける。


 氷の世界樹以外で、三年前の戦争から唯一残っている建物である。素材は雪だ。かまくらのように丸い形じゃなく、真四角に作られていて、さらにクロノの魔力が込められているから、とても頑丈だ。

 壁を破壊して侵入することができないようになっている。

 事前にクロノが登録しているコアの妖精しか、倉庫を開けられない。

 つまりホムラとクロノ、ネモフィラ、そして――、


「やあ、シーナ」


 倉庫の前で膝を抱えて、座っている妖精に挨拶をした。


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