六花の世界
人間のほとんどは魔力を持っていない。
だから魔法を使うことができる人間は特別であり、特別だからこそ彼ら彼女らは身を寄せ合って生きてきた。
どれだけすごい魔法が使えようとも、数には勝てない。
油断をしていれば、拳銃の一発で死ぬことだってあり得る。
魔法は無敵じゃない。魔法使いたちは、そのことをよくわかっていた。だから普通の人間に魔法の存在がバレないよう、静かに、歴史の影の隠れるように生きてきた。
そんなある日。
魔法使いの名門である境家に、六花という少女が生まれた。
生まれてしまったと、そう言っていいかもしれない。六花は災厄だった。魔法使いたちの結束を乱すほど、六花の魔力は凄まじかった。
境家は、六花をどのように扱うかで意見が分かれた。
六花の魔力をもってすれば、気に食わない相手をいとも容易く殺せるのだ。彼女を神のように崇めるか、あるいは兵器のように運用するかで、もめた。その結果、五百年も続いた境家は内紛で滅んだ。その過程で六花は数多くの魔法使いを殺した。言われるがまま殺し、その報復で仲間も大勢失った。
六花は家族の愛を知らなかった。
自分の魔力を恨み、こんな自分を産んだ父と母を恨み、血を恨み、すべてを恨んだ。
十五歳になった六花は、姿を消した。そのときにはもう、親兄弟どころか親戚一同とっくに死んでいた。
自分を縛り付けていた鎖がなくなったことで、思考に隙間が生まれたらしい。
もう誰かの意見に左右されて、人を殺すようなことはしたくなかったのだ。
恐ろしいほどの魔力を持ち、なんでもできると称された六花だったが、逃げ続けることだけはできなかった。その強大な魔力ゆえに、どれだけ抑えても、必ず漏れてしまうらしい。
六花は逃亡先を頻繁に変えた。
日本全国、転々とするような生活を送った。海外にも魔法使いはいるが、そっちの組織がどうなっているのか詳しくないし、特に伝手もなかった六花は、結局日本の中だけを逃げ回ることに決めた。
旅をしながら、自分の魔力を抑え込む技術を必死に磨いた。
それでも必ず魔力は漏れた。糸のような細さでも、水の一滴ほどの量だとしても、魔力は漏れたのだ。
魔法使いたちは、六花のことを諦めなかった。
六花を呼び戻す、それが無理ならどんな手を使ってでも始末する――この一点で、内輪もめを起こしていた魔法使いたちは再び結束した。
自分たちの輪を乱した六花という災厄を、決して許しはしなかった。
どれだけ強いといっても、所詮は人間だ。寝込みを襲ったり、警戒していないときに背後からナイフで刺したりすれば死ぬ。そういった六花の死角や弱点を補ってくれる後ろ盾はもういない。魔法とは、攻撃に易く、防御に難しい能力だった。だからこそ秘して徒党を組んでいたのだから。
六花はついに、現実の世界から逃げた。
自分だけが入ることのできる箱庭を創り出して、その中に閉じこもってしまった。
六花はこの世界で誰も傷つけずに余生を過ごすつもりだった。
魔法使いから足抜けしたときは十五歳、そしてこの世界を創り出したときには二十歳になっていた。その歳の子が、残りの人生は余生だと考えるほど苛烈な人生を送っていた。
六花は、自分の魔力があるうちは食事をする必要がなかった。
起きている間は魔力で体温調節もできる。寝ているときの防寒対策だけしっかりできれば、ずっとこの世界にいることができた。
だから世界の構成要素の中にある程度の木材や家具を織り込んで、人間が住める部屋を作り出した。それ以外は雪と氷で閉ざした。ここで余生を送る覚悟を決めたとはいえ、一人は寂しかった。
そこで話し相手を創ることにした。
この世界には、さまざまな形の雪の結晶が降る。
もちろん六花がそのようにデザインしたのだ。
本当は空も見えるようにしたかったけど、世界のすべてを雪と氷で覆ってしまう必要があったため、ドーム状の形に落ち着いた。その代わりに、夜空ではなく天井から雪の結晶が剥がれ落ちるようにした。
六花は気に入った形の結晶を手に入れると、それに魔力を注ぎ込んで、自律する魔法人形を創った。
それらを人形とは呼ばずに妖精と呼び、自分の話し相手としたのだった。
六花は十二花結晶がお気に入りだった。その結晶を見つけると、魔力で形を固定して自分の部屋に持ち帰っていた。
自分の部屋には、十二花結晶が三つ保管してあった。
一つ目の結晶には自分の血を混ぜて赤く色をつけ、それをコアにして妖精を創った。自分の血から生まれた存在がどのような性格になるのか知りたかった。妖精の瞳は、六花の血が混ざった影響だろう、炎のように情熱的な色をしていた。
ホムラと名付けた。
二つ目の結晶には、自分の魔力をかなり多めに注ぎ込み、それをコアにして妖精を創った。彼女は、六花の魔力が多分に入った影響だろう、後続の妖精を統率することができるようになった。
クロノと名付けた。
三つ目の結晶は最初からヒビが入っていたから、補修のために分厚い角板結晶を融合させ、それをコアにして妖精を創った。十二花というよりも角板のイメージが色濃い魔法を使い、その分厚い盾で他の妖精を守るような、穏やかな性格になった。
ネモフィラと名付けた。
その他、さまざまな雪の結晶をコアにして妖精たちをたくさん創り出したけど、最初に生み出した三人だけはずっと六花の特別だった。青野家の人たちをイメージしたわけでも、重ね合わせたわけでもない。
でも、自分を含めた『四』という数字には思い入れがあったのだ。
妖精たちは自分が創り出したとは思えないほど、個性豊かな性格をしていた。
自分の心が反映されているのか、そんなこととはまったく関係なく彼らの性格は決定されるのか、六花にはわからなかった。
ホムラの瞳の奥にある赤い揺らぎは、見ていると六花の心をざわつかせた。雪と氷に閉ざされたこの世界において、炎のような彼の瞳は、六花のことを導いているようにも、罰しているようにも思えた。
だから六花は、ホムラのことが好きであり嫌いでもあった。
ホムラとクロノは、いつもケンカをしていた。ネモフィラは我関せずといった様子で、ぼうっと世界樹を眺めるような子だった。
楽しかった。
妖精たちとともに、柊の葉で作った迷宮に入ったり、劇場で一緒に演劇をしたり、お話を考えたり、スタジアムで雪合戦をしたり、氷像記憶館で六花の記憶の中にある美しいものを彫刻したりして遊んだ。そんな日々が三年は続いた。
もう魔法使いに追われる心配はない。
ちょっとした物音で目を覚ます必要もないし、常に背後を気にする必要もない。
心安らかに生きられるんだ――六花はそう思っていた。
違った。
ここまでやって、それでも六花の魔力は漏れていた。
生きている限り、人間の世界と完全に繋がりを断つことはできなかった。




