ホムラとネモフィラ
平屋ほどの大きさの、かまくらに辿りついた。
どうやらここがネモフィラの住居らしい。ドアはなく、どこから入ればいいのかわからない。
「すみませーん。誰かいませんかー」
冴香は声を出した。
すると、壁の一部に六角形の模様が浮かび上がった。さらにその部分がボコッと大きく前に飛び出して、自動で左右に分かれた。自動ドアだ。ハイテクだ。
でもきっと、科学じゃなくて魔法な気がする。
「はいはい。どなたですかー?」
中から、青い髪色の妖精が姿を現した。眠そうにあくびをしている。
今、冴香が肩を貸している妖精よりもさらに短い髪型をしていて、まるでスポーツマンのようだ。体格もがっしりしているし、人間だったら柔道やラグビーをやっていそうな雰囲気がある。着ている服は、やっぱり白地に青の幾何学模様が描かれているコートだったけど、模様のパターンが違った。
「ホムラさんでしょ? まあた、クロノとケンカでもしたんですか~?」
なんて言いながら、妖精は目をこすった。
「というか普通に開けて入ってくればいいじゃないですか~?」
こすっていた手を下ろし、もう一度「ふわわわ」とあくびをしてから、目をはっきりと開けた。
やっと冴香を見たと思ったら、何も言わないで固まってしまった。それこそ一瞬で冷凍されたかのように、指先までぴしりと動かなくなったのだ。
「あ、あのう」
話しかけても反応がない。
「ネモフィラさん、ですか?」
瞬き一つしない。
冴香は心配になってきた。
すると、冴香がずっと肩を貸していた妖精が気怠そうに顔を上げた。
「ネモフィラ。緊急事態だ」
ここでようやく、目の前の妖精――ネモフィラが、ぱちぱちと瞬きをした。それから冴香と、肩を貸している妖精を交互に見比べた。
「ホムラさん、いったいその子は……」
どうやら冴香が連れてきた妖精の名はホムラというらしい。炎のような瞳を持っているこの妖精に、ぴったりの名前だと思う。
「見てわかるだろう」
ホムラが弱々しく答えた。
「え? ええ? まさか? もしかして、その子……」
「人間だ。しかも魔法を使えない一般人だ」
「ええ~~~~~~!!」
ネモフィラが大声を出した。
そんなに驚くようなことなの? と思ったけど、冴香はまだ口を挟まない。
「ここまで歩いてきたの? 誰にも見られなかった?」
ネモフィラは焦りながら、雪原をキョロキョロと見回した。
「う、うん」
「とりあえず入って! クロノに見つかる前に!」
「クロノ?」
「詳しい説明は後! 入って!」
言葉の圧に押されるように、冴香はホムラを引きずりながら、かまくらに入った。中は温かいかと思ったがそうでもなく、外とほとんど変わらない温度だった。
とりあえず周囲を見回してみる。
冴香の部屋とあまり変わらないと思った、すべての調度品が氷でできていること以外は。
入り口近くには氷のソファにテーブル、奥には雪のベッドのようなものが置いてある。それも二つ。妖精も寝るのかな、そういえば最初ネモフィラはあくびをしながら出てきたっけ、なんて思っていると、
「僕をベッドに寝かせてくれ」
ホムラが苦しそうに言ったので、冴香は彼をベッドに優しく寝かせてあげた。氷でできているけれど、妖精にとっては寝心地がいいのだろう。
冴香は、ホムラを見つめる。白い白いと思っていたけど、彼の横たわっている姿はどことなく影が深くて、奇妙な陰影がある。なんだか見覚えのある雰囲気だと冴香は思った。でもどこで見たのかまでは思い出せない。
冴香は肩をぐるぐる回して「ふう~」と息を吐いた。
ここまでホムラを運んできて、少し汗をかいてしまった。気温の低い場所だから、すぐに着替えたかったけど、見知らぬ妖精を前にしてそんな行動はとれない。まあ、厚着をしてきたからなんとかなるか。
「ありがとう。君……名前は?」
ホムラが、横になったまま言った。
「冴香。青野冴香」
「サエカ? いい名前だね」
「そうかな。怖そうってよく言われるけど」
特に『冴』という漢字が、鋭いような気がする。友達をあまり作らず、一人でいることが好きだけど、いじめられたり嫌味を言われたりしたら徹底的に報復する。そんな性格の自分にはぴったりだ。
クラスメイトにもよく、
「冴香さんって、名前のイメージそのまんまだね」
と言われる。嫌味なのか微妙なラインだ。
昔は、誰彼構わず話しかける人懐っこい子どもだった。両親が不仲になってから、人との話し方がわからなくなってしまったのだ。もちろんすべてを両親のせいにするのは違うかもしれないけど、こういう物わかりの良さが冴香の悪いところでもあった。両親を繋ぎとめるために、二人の前ではずっと笑顔だった。反抗したことがなかった。そんなことをすれば家族がバラバラになってしまうと理解していたからだ。
「僕はホムラ。十二花結晶のホムラだ」
横たわっている妖精が自己紹介をしてくれた。さっきネモフィラが呼んでいたから、もう知っていたけれど。
「よろしくね。ホムラ」
「ああ、よろしく。サエカ」
「ところで十二花結晶ってなに?」
冴香が訊くと、ホムラは眉根を寄せた。
「そうか。その説明からか」
そんな、困った子を相手にするみたいな表情は止めてほしい。だいたいの人は知らないよ。
「雪の結晶はひとつひとつ形が違う。そして様々な種類がある。それは知っているか?」
「そうなの?」
「そうだ。同じ形の結晶は一つとしてないんだ」
ほんとに? 全部違うの?
ということは、すでに積もっている雪も、日本だけじゃなくて世界中で降っている雪も、これから降る未来の雪も――全部違う形をしているってこと? そんなことがありえるの?
冴香が疑問に思ったことをそのまま言うと、ホムラは「あり得る」と答えた。
「雪の結晶はどれ一つとして同じ形がないけれど、ある程度、種類分けは可能だ」
「種類?」
「たとえばシンプルな形の六角板。六角形の頂点部分がさらに伸びている星形角板。アスタリスクのような形の星形結晶。星形からシダ状に派生する樹枝状結晶」
ずらずらずら~って言葉で説明されても、冴香には想像できない。
いろんな種類があるんだって、わかっただけだ。
「たとえば結晶が三十度ズレて、二つくっついたことで出来上がる十二花」
「十二花?」
「これが僕の結晶だ」
ホムラはそう言って、自分の胸のあたりの服を、ぎゅっと握りしめた。
「妖精の胸には、ひとひらの、雪の結晶が埋まっている。人間でいうところの心臓だね」
とんでもなく小さい心臓だ。
妖精も、悲しいことがあったときに心臓が冷たくなるのかな。胸が苦しくて苦しくてたまらないという気持ちになるのかな。
「胸の奥の結晶――コアを壊されなければ、どんなケガでもすぐに直る。ここで横になっているだけで、僕は回復する。眠ればもっと早く回復するけど、今は君と情報交換をする方が大事だろう」
だからベッドがあるのか。
でも、どうして妖精たちは争っているの?
「私、この世界に来たばかりのとき、ホムラともう一人の妖精が争っているところを見た」
「……あれを見られていたのか」
ホムラが嫌そうな顔をした。続けて、
「あれは、ただのケンカだよ」
「ケンカ?」
「……ときどき相手をしてやらないと、あいつは怒りをため込んでしまうから」
そう言いながら、ホムラはふっと笑った。何か、冴香にはわからない事情があるみたいだ。そこまで深刻な戦いではなかったのかな?
「あの戦いを見ていたのなら、話は早い。僕たちは、コアの形に応じた魔法武器を使うことができる。たとえばアスタリスクのコアを持っている妖精は魔法剣、みたいにね」
胸の奥にあるコアの形で、使える武器が決まるってこと?
じゃあ生まれたときにはもう、能力が決まっているの?
……そういうの、嫌だな。
頭の中に浮かんだのは、父と母のことだ。家庭環境は自分で選べない。仲の良い夫婦の家に生まれたかった――そう思うのは、無い物ねだりなのか。
「サエカ?」
ホムラの心配そうな声音に、冴香は目元をぬぐってムリヤリ笑顔を見せた。
「ううん。なんでもない考え事」
「そうか。ちょっと顔が赤いけど、大丈夫?」
「え? そう? 大丈夫だと思うけど……」
涙は溢れる前にぬぐったはずだ。
じゃあ顔が赤いのはなぜ? 父と母のことを考えたせい? 怒り? それとも悲しみ?
自分がどんな感情を抱いているのか、冴香自身にもわからなかった。
「僕を引きずってここまで来たからか? 疲れたのかもしれないね」
「疲れてはいるけど……」
それよりも、さっきから父と母のことが頭から離れないのだ。一度考えてしまうと、想像は止まらないどころか際限なく増殖していき、頭の中を埋め尽くした。誰もいない家に帰ってきた父と母は、どうするだろう。
冴香がいないことに気がついて焦るのか。二人で話し合うのか。
別々に探そうとするのか。探しもしないのか。
冴香がいないことに、気がつきもしないのか。
――考えるだけで、胸の奥がどんどん苦しくなっていった。




