ホムラ対クロノ
氷の世界樹の周りを飛び回りながら、二人の妖精が交差する。
一人は二丁拳銃。
一人は二刀。
今までのお遊びとは違う、当たればただではすまない雪の弾丸が、いくつもいくつも放たれる。そのすべてを、氷の二刀が斬り刻む。
雪原にいたクロノの部下たちが、クロノを援護しようと戦いに割り込んできたけれど、すぐに弾き飛ばされていた。十二花結晶同士の戦いに、他の妖精が混じることはできない。
威力も手数も、桁が違う。
ホムラは本気を出す必要があった。これまでずっと目を背けていた、六花の血に頼る必要があった。
冴香を元の世界に帰すために。
――守るために。
もう二度と使わないと思っていたけど、まさかクロノ相手に発動させるなんて。
ホムラの二刀が赤く染まっていく。真紅の十二花が顕現する。
「六花さまの血の結晶か。本気だな。嬉しいぞ!」
「余力があって、勝てる相手じゃないんでね」
「よくわかっているじゃないか!」
クロノが叫んだ。そして、
「お前が倉庫にいたのは、あの人間に毛布を渡すためだったんだな?」
「……そうだよ」
ホムラは冴香に、そしてクロノは六花に毛布を渡すために倉庫へ行った。
根本的に二人は似ている。
「お前はさっき、人間の世界に行くと言ったな。行ってどうする。そこに六花さまはいない」
「六花さまは関係ない。冴香と一緒に外の世界を見たいんだよ」
「ふざけたことを!」
クロノが叫んだ。次の瞬間、遠くに見える氷の世界樹に大きな亀裂が入った。まるでクロノの叫びに呼応するかのようだった。ホムラとクロノは驚いて、いっとき戦いを中断させた。二人の見ている前で、ヒビがどんどん広がっていく。あの樹は、この世界の主柱だ。あれにヒビが入ったということは、世界が砕ける前兆ということだ。つまり、六花の遺体を覆っている氷が溶ける寸前だということを示唆している。
ホムラはここで、クロノの本心を確信した。
「外の世界になど興味ない!」
クロノが叫ぶたびに、ヒビが大きくなっていく。自分の気持ちを誤魔化すように、クロノが銃を構え、引き金を引いた。クロノは氷の世界樹を背にして、こちらに攻撃を加えてきた。そういう位置取りをキープし続けた。決して振り向くことはしなかった。守るためではない。見ないようにするためだ――ホムラはそう思った。クロノは崩壊する世界樹から目を背け、がむしゃらに引き金を引いた。引き続けた。
無数の白い弾丸が、密度を増し、面のように飛ぶ。それらすべてを斬り落とすために剣を振る。斬撃後の赤い軌跡が、燃えるように空間をなめる。
白の直線、赤の直線が、幾度も交差する。
二人の戦いは、赤いツバキと白いツバキが風に舞っているようにも、赤い光と白い光が点滅している電飾のようにも見える。
「クロノだって、このままじゃダメだと思っているんだろ?」
「思うわけないだろ! 私はこの世界を維持する!」
クロノがそう言った直後に、氷の世界樹の枝が、音を立てて崩れた。もうこの世界の天井を支えるものは何もない。ついに、巨大なドーム状をしているこのかまくらの天井にまで、亀裂が走った。下を見れば、雪原はもはや見る影もない。ヒビが入るどころか地面が隆起し、そこかしこで崩落して、穴が空いていた。
穴の中には深い闇が広がっていて、落ちたらどうなるのかホムラにもわからない。
「どうして二人で施した封印が、解けかかっているんだと思う?」
ホムラが問いかける。
「知らん!」
クロノは、開き直るように弾丸を撃ってきた。
「単純な理由だよ。僕も、君も、もう限界だと思っているからだ」
「私は思っていない!」
ついに氷の世界樹の、幹が砕けた。
いくつもの氷塊が雪原に落ちる。積もっていた雪が舞う。
冴香のことは心配していなかった。なぜならネモフィラに「頼む」と言ったからだ。記憶をなくしていようが、魔法の練度が落ちていようが、あいつなら絶対に大丈夫だ。
氷の世界樹が完全に壊れる。
今までこの世界の中心にあったシンボルが、粉々に砕け散っていく。
幹の中心にあった六花の部屋も、壊れてしまっただろう。
後は、根っこだけ――。
「……ああっ!」
クロノが悲痛な声を上げて、世界樹の方に振り向いた。その隙を突くべきか、ホムラは迷った。剣を振りかぶったものの、彼女の背中があまりにも小さく見えて攻撃をためらう。
崩壊はさらに加速していく。
天井から雪の壁、雪原まで、この世界のありとあらゆるところにヒビが走っていく。世界全体に黒い雷が落ちたようにも、巨大な蛇が這っているようにも見えた。
「なんで? ねえ、なんで?」
クロノは泣きそうになりながら、もう一度ホムラの方に向き直った。顔を歪ませながら、それでも銃を構えている。もはや目を背けるべき世界樹は存在せず、本心を糊塗することも無意味と化しているのに、それでも引き金を引いた。
しかしこの弾丸が、一撃必殺の妙となる。この戦いで初めての、何の意図も持たない攻撃だった。だからこそホムラは反応できなかった。
今のクロノには、勝利への執念があるようで、ない。彼女自身もなぜ引き金を引いているのかわからない極限状態の動作による銃撃。殺気のない純粋な白の閃光が飛ぶ。
気がついたときには、ホムラの右手から剣が弾き飛ばされた。とはいえホムラもただではやられない。なんとかクロノの銃を一つ斬り捨てる。
お互い、残った武器を両手で持つ。
クロノはもう、先のような弾を放つことができなかった。ホムラの剣を一つ弾いたことで、戦いを諦めないという気持ちが復活したからだろう。状況と感情は刻一刻と変わる。手数は銃の方が多かった。気持ちなど関係なく、クロノの技量がホムラを追い詰める。
二つの銃を、二つの剣でさばくことはできたけど。
一つの銃を、一つの剣でさばくことはできなかった。
ホムラが徐々に押されていく。
「ぐあッ……!」
全身を雪玉に貫かれて、地上に落下した。
なんとかコアだけは守ったけど、握っていた剣は手放してしまった。
ホムラは雪原を転がる。勢いを殺してすぐに立ち上がった。でも立っているだけでやっとだ。
クロノが、ホムラの剣が落ちている場所に着地した。剣を踏みにじるように舞い降りた。
ゆっくりと、ホムラの胸に銃口を向ける。その手は震えていたし、相変わらず今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「私の勝ちだ。言い残すことはあるか」
「本当に僕を撃つのか?」
「撃つよ。お前と、こんな形で別れるとは思っていなかった」
「僕を撃って、その後はどうする?」
「……」
「僕がいなければ、もう二度と、六花さまを覆っている氷は溶かせない。こんなにヒビ割れた世界でどうするつもりだ。氷の世界樹はもうない。元には戻らない」
「まだなんとかなる! 根っこの部屋さえあれば――六花さまの遺体さえあれば、どうとでもなる!」
クロノが叫ぶ。
震える手で、ホムラのコアがある位置に照準を定める。
「私は、迷いを断ち切る」
クロノが、引き金に人差し指をかけた。それと同時に、ホムラがコートの内ポケットからナイフを取り出した。三年前ここに攻め込んできた人間が使っていた、魔力の練り込まれたナイフだ。事前に倉庫から持ち出していた。
意表を突かれたクロノが、慌てて弾丸を発射した。ホムラの頬を雪玉がかすめる。気にせず懐に飛び込む。
一歩で間合いに。
ナイフが煌めいた。
クロノが後退するも、銃口にナイフが刺さる。
「いつの間に、そんなものを……」
クロノがバランスを崩して転倒した。ホムラはその隙に、落ちていた自分の剣を拾った。そして剣先をクロノの首先に向ける。形勢逆転だ。でもホムラは、クロノを斬るわけにはいかない。
つまりここからが本番だ。
「六花さまを覆っている氷は、一人じゃ溶かせない。クロノ、頼む」
剣先を下げて、頭も下げた。
力ずくでどうにかなる問題じゃない。頼むしかない。
世界樹の枝も葉も幹も砕けた。天井にも壁にも、見渡す限りの雪原にもヒビが入っている。壊れかけているこの世界で、それでもまだ決定的な崩壊には至っていなかった。
クロノの心が止めていた。
「嫌だ。私がお前に協力することはない。私は外の世界に行きたくない」
「なぜだ? 何が君をそこまで頑なにさせている?」
「理由などない」
いつもこれだ。
「私を斬るか?」
クロノを斬っても、ホムラの目的は達成されない。
ホムラはなすすべなく立ち尽くした。




