螺旋階段の下では
ホムラたちが螺旋階段を上って六花の部屋に辿りついたとき、地下にはクロノがいた。彼女は一人で六花の遺体を見つめていた。
遺体を覆っている氷にはヒビが入っている。クロノがさっき見たよりも広がっている気がする。
「限界なのか?」
クロノは自分の胸のあたりを、ぎゅっと握りしめた。
六花が死んでから三年。あのとき、ホムラは決断できなかった。
クロノはそんなホムラを罵ったけど、もし自分が同じ立場だったとしたら、やっぱり選べなかっただろう。
こんな自分に、ホムラを罵る資格などない。
でも罵る以外で、ホムラと喋る方法がわからないのだ。
ホムラのことを考えると、なぜか胸の奥のコアがざわざわしてくる。
こういうときは六花に相談すれば、いつも的確な答えをくれた。
六花はクロノの指針だった。
この先、どうすればいいのかわからない。
ずっと、このままでいいのかわからない。
あなたがいないのに、生きている意味はあるの?
「ねえ……教えて。教えてよ。六花さま」
氷柱にすがる。もちろん答えはなかった。
もしも六花が生きていたら、
「自分で考えなよ。君たちは凄いんだから」
と言ったような気がする。六花は、自分が創り出した雪の妖精たちに対して、いつかは生みの親である自分を超えていくものだと信じている節があった。そんなわけがないのに。
急に、扉がノックされた。
クロノは目元をぬぐって立ち上がった。
部下に弱いところは見せられない。自分が指針とならなければ、妖精たちは迷ってしまう。生きる意味を失った妖精に、生きる理由を与えることが自分の役目だ。それがどれだけ不毛なことであっても続けるしかない。
一つ、深呼吸した。
扉を開けると、フードを被った妖精が立っていた。螺旋階段の見張りにつけていた妖精だ。
「どうした?」
「ホムラが二人の妖精を連れて戻ってきた。一人はネモフィラで、もう一人はシーナだ」
「シーナ? なぜだ。倉庫番の仕事はどうした」
「ホムラの説明では、調査に必要なものが倉庫の中にあるかもしれないから、だと。シーナは保管してある道具に詳しいからな」
なるほど、一理ある。
「だが話はそれだけじゃないのだろう?」
わざわざここまで来たということは、それ以上の何かがあったのだ。
「シーナと名乗っている妖精の手を見た」
「手?」
「あれは妖精の手じゃない。人間の手だ」
「……人間だって?」
そんな馬鹿な。どこから迷い込んだ?
クロノは、六花の氷柱をもう一度眺めた。このヒビと関係があるのか。何かが変わろうとしているのか。ここ最近おかしなことはなかったかもう一度思い返してみる。
そういえば倉庫の中でホムラとした会話、あれは何かが変だった。
「なあ、クロノ。もし人間がこの世界に迷い込んだら、どうする?」
「そんなことは、あり得ない」
「もしも、だよ」
「もちろん殺す」
「それが、魔力を持たない個体でも?」
「なんの違いがある。殺すよ。人間は皆殺しだ」
――そうか。
あのとき、ホムラはすでに人間を拾っていたのか。そしておそらく、魔力を持たない個体なのだろう。
関係ない。クロノの答えは変わらない。
それにしても、ここまで怪しい会話をよくスルーしたものだな、と我ながらに思う。六花の遺体を覆っている氷にヒビが入るという異常事態――これに思考を取られすぎたか。いや、そうじゃない。結局クロノは、ホムラのことを信頼していたのだ。どれだけ怪しい動きをしようと、最終的に自分を裏切ることはないと。
「……甘かったか」
ホムラと敵対する。そのことを考えただけで、クロノの胸中に黒いもやもやが充満する。六花が死んだとき以上に動揺している可能性がある。でもそんなことは許されない。
六花以上に大切なものが、自分の中に存在してはいけない。
「どうしたんですか?」
フードを被った妖精が訊いてくる。こいつを見て、クロノは自分自身の矛盾に初めて気がついた。
ホムラのことを信頼していただって?
こんな罠を仕掛けておいて、よく言う。
クロノは自分の心がわからない。
相談することができる六花はもういない。




