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かまくらに戻って

 ホムラは氷柱をいろいろと調べてみたけれど、何もわからなかった。

 六花を覆っている氷にどうしてヒビが入ったのか、手がかりすらつかめない。

 そして今は、この調査に時間をかけている場合じゃない。クロノが不審に思わない程度に調べたら、すぐに引き上げなきゃならない。


「まったく。役に立たないな、お前は」


 クロノに嫌味を言われてしまった。

 でもこれはチャンスだ。この嫌味を逆手に取る。


「わからないから、僕もここに住み込んで調査をしてもいいか?」

「なんだ? 珍しくやる気だな」

「六花さまのことだしね」

「いい心がけだ。もちろん構わない」


 良かった。クロノに話を通すことができた。


「六花さまの部屋も見たいのだけど、入ってもいいか?」

「ああ、構わない。だが、物の配置はそのままにしておけよ。私でさえ、六花さまの私物に触れたことはないのだから」

「わかっている」


 よし。これで六花の部屋に入ってもいいという許可を得られた。

 そもそもホムラとクロノは対等だから許可なんていらない。

 でも六花が死んでからは、クロノがずっとこの世界樹を管理してきたわけだから、やっぱり許可を得るのが筋だろう。


 クロノは、ホムラが逃げてしまった過去とずっと向き合っている。そこは尊敬している。


 ホムラはまだ、六花の問いに答えられなかった自分を許せないでいる。

 会話の流れによっては六花を助けられたかもしれない――なんてことは思わない。

 でも答えは出すべきだった。

 六花の目の前で、自分だけの答えを出すべきだったんだ。


 どれだけ後悔しても、そのときには戻れない。

 決断から逃げて、ダラダラとこの世界を維持し続けていることに罪悪感があるけれど、他にどうすればいいのかわからない。


 答えを出すべきときに出さないと、その答えは永遠に出ないのだ。――なんて、ホムラが得たこの教訓にどれほどの意味があるというのだろう。


 ホムラはあの日あの時から、何もわからないままだった。


 今は六花のことを考えている場合じゃない。早く冴香のところに戻らなくては。

 いろいろあったし時間をかなり取られてしまったが、これでホムラは堂々と世界樹に出入りすることができる。後はクロノに見つからないよう、冴香を運び込むだけだ。

 六花の部屋ならば人間が横になれる。

 この世界の出口を探すまでの、猶予ができるはずだ。


「いったん帰るよ。情報や道具を集めてから、またすぐ調査に戻ってくる」

「わかった。好きにしろ」


 そう答えたクロノは、ずっと六花の遺体を見つめていた。倉庫から持ってきた毛布も抱えたままだ。暑いだろうに、そんなことが意識に上らないくらい六花のことを想っているのだろう。


 ホムラはクロノを置いて、この部屋から出ることにした。

 でもその前に、


「もし人間がこの世界に迷い込んだら、どうする?」


 訊いてみた。

 クロノはこちらを見ずに口を開いた。


「そんなことは、あり得ない」

「もしも、だよ」

「もちろん殺す」

「それが、魔力を持たない人間でも?」

「なんの違いがある。殺すよ。人間は皆殺しだ」


 やっぱりクロノには、冴香の存在を明かせない。

 隠し通すしかないとホムラは決意した。


「なんの質問だったんだ?」

「いや、別に」

「ふん。まあどうでもいい。お前がこそこそしているのは、今に始まったことじゃないからな」


 間違ってはいない。ホムラはいつだってこそこそしている。


「ホムラ。お前は絶対に私のことを裏切らない。それだけは信じている」

「僕が裏切らないのは六花さまだよ。クロノじゃない」

「同じことだ。私は六花さまの意思を継いでいるのだから」


 そんなことはないだろう、とホムラは思ったけど、もちろん口にはしなかった。余計な詮索や口論を招くようなことはすべきじゃない。

 それに今となっては、六花を裏切らないというこの気持ちも怪しい。

 冴香の方が大事だと思うこの感情を止めることはできない。

 ホムラが冴香の側につく限り、クロノとの対立は避けられない。

 仲間同士で戦うようなことはしたくないけど、覚悟だけはしておく必要があった。


 ホムラはクロノをおいて、一人で部屋を出た。

 そのまま氷の世界樹も後にする。

 入るときと同じで、扉の左右にいる門番から睨まれながらの退出だった。あまり気分のいいものじゃないが、それでも特に呼び止められることなく出られた。


 ネモフィラのところに戻る前に、倉庫に寄った。

 扉の前にはシーナが座っていた。ホムラが近づくと、うつむいていた顔を上げた。フードの奥は暗くて、相変わらずどこを見ているのかわからないけど、少なくともホムラに注意を向けていることくらいはわかった。


 軽く挨拶をしてから、倉庫の中に入った。もちろんシーナもついてきた。

 毛布と、その他いろいろと使えそうな物を手に取った。さっき見つけたナイフも、コートの内側に入れておく。もしかしたら何かに使えるかもしれない。


 世界樹でかなり時間をかけてしまったから、早くネモフィラのところに戻らなくてはならない。倉庫に入ってから、ものの数秒で外に出た。

 シーナは何も言わないで、ずっとホムラの行動を見ていた。


「僕がもう一度ここに来たことを、クロノに報告するか?」


 そう訊くと、シーナは首を横に振った。秘密にしておいてくれるらしい。


「ありがとう。それじゃあ僕は行くよ。またね」


 挨拶すると、シーナはこくりと頷いた。

 また倉庫の前に座りなおすのかと思ったけど、ずっと立ったままホムラのことを見つめている。ホムラが倉庫から離れた場所で振り返ってみると、まだ立っていた。

 手を振ってみるけど、何も反応はない。


 何を見ているんだろう。考えても仕方がないけど。


 ホムラは前を向き、毛布や防水シートを抱えたまま、雪原をすべるように走った。

 そして、あっという間にネモフィラのかまくらに辿りついた。ノックをすると、普段は緩慢な動作で顔を出すネモフィラが、


「遅いですよホムラさん!」


 慌てた様子で扉を開けてくれた。

 中に入り雪のベッドに向かうと、冴香はまだ眠ったままだった。

 まずは倉庫から持ち出してきた防水シートをいくつもベッドの上に敷いた。その上に毛布を敷き、冴香を横たわらせた。さらに、残ったいくつかの毛布や防寒具を、冴香に被せた。今はこれしかできない。水が染み込むまでの時間を遅らせることはできたけど、毛布だけで体温を保護できるかはわからない。

 このままゆっくりと衰弱していくだけだ。


 ホムラとネモフィラは、黙って冴香のことを見つめる。悪夢を見ているのか、彼女の顔が歪み、もごもごと口が動いた。


「……どこにも行かないで」


 と、そう言っているらしい。

 苦しそうにあえぎ、閉じている瞼の端から、一滴の涙がこぼれ落ちた。ホムラはそれを拭おうとして手を伸ばしたけど、触れることができなかった。

 隣にいるネモフィラが、困惑したようにホムラを見ていた。


 元の世界に帰りたくないと冴香は言っていた。それがどういう意味を持つのか、ホムラはわからない。

 人間については、六花と、六花のしてくれた話、そして敵対していた魔法使いくらいしか知らないのだ。


 魔力のない人間の――冴香の幸せが何か、想像すらできないけれど、それでも幸せになってほしいと思った。


 いきなりかまくらがノックされた。


 こんなときに誰だ?

 こんなときだからこそか?

 後をつけられていた?

 毛布を持って移動しているところを見られていた?


 ホムラの頭の中を、いろいろな可能性が駆けめぐる。ネモフィラと視線を合わせて、頷き合った。

 苦しそうに眠っている冴香を、あまり動かしたくない。さっきのように、ベッドの下に隠すことはやりたくない。

 最悪、ここで戦闘になる可能性もある。


 ネモフィラがゆっくりと扉に近づいていく。


「はいはい、どちらさまですか~?」


 口調だけはゆるやかに、でも静かに魔法陣を展開させる。

 ネモフィラは六角形の盾を。

 ホムラは二刀の剣を召喚させた。


 かまくらの扉が、ゆっくり動く。


 ホムラは剣を強く握りしめた。

 そこに立っていたのは、フードを目深に被った妖精――崩れた結晶をコアに持つシーナだった。彼女は敵意がないことを示すように、両手をおおげさに上げてみせた。


「え? ど、どういうこと?」


 ネモフィラが言う。ホムラにも何が起こっているのかわからない。

 シーナはかまくらの中をキョロキョロと見回すと、ベッドの上で横になっている冴香を見つけた。


「あ、この子は……」


 ネモフィラの言葉に構わず、シーナはすたすたと中に入っていく。

 そして冴香のベッドの近くで、膝を抱えて座り込んだ。

「ここに、いたいのか?」


 ホムラが訊くと、シーナはこくりと頷いた。


「いいんですか?」


 ネモフィラが訊く。


「いいよ。敵意はなさそうだ」


 ホムラはそう答えた。二人は警戒を解いて、剣と盾を消した。そのまま三人で、冴香の寝顔を見つめる。

 傍から見れば異様としか言えない光景だったが、妖精たちには見ていることしかできないから仕方がない。六花は体調を崩すことなどなかった。妖精たちが心配するような存在じゃなかった。


 でも今、目の前にいる女の子は苦しんでいる。魔力も持たず、たった一人でこの世界に迷い込み、倒れ、熱にうなされている。

 ホムラは、見ていることしかできない自分がもどかしかった。

 いつだってそうだ。自分は肝心なときに役に立たない。


 こうしてただ突っ立っているだけ――。


 そんな風に卑下していると、ホムラの手をシーナが握ってきた。あまりにも唐突な仕草に驚き、跳ね除けることも忘れてシーナのことを凝視した。初めて、フードの奥に幽かな光が見えた。


「僕が、何を考えているのかわかるのか?」


 その問いに対して、シーナは首を縦に振った。わかるらしい。


「……そうか。ありがとう」


 ホムラのその言葉に対しても、シーナはこくりと首を縦に振るだけだった。

 冴香が目を開けたのは、それから数時間後のことだった。


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