04 お婿さん探しに留学します
王都の洗練されているがどこか窮屈な石造りの街並みとは違い、国境沿いにある辺境の街は、王国と帝国の文化が入り混じった独特の活気にあふれている。
太い丸太と赤レンガを組み合わせた温かみのある建物が軒を連ね、石畳の大通りには馬車に混じって、帝国から輸入された蒸気機関の小型車両が時折シュポシュポと白い煙を上げて通り過ぎていく。
市場に足を踏み入れれば、威勢の良い売り込みの声が響き渡り、屋台からは香ばしく焼けた魔猪の串焼きや、帝国産の珍しいスパイスの鼻をくすぐる香りが漂っていた。
すれ違う領民たちは皆、顔色が良く、私と兄様に気づくと「お嬢様! 坊っちゃん!」と満面の笑みで手を振ってくれる。
なんて居心地のいい場所だろう。
「リズ、見てごらん! 帝国の商人から仕入れたばかりの新型魔導コンロだ。火力が安定していて素晴らしいよ!」
「まあ、兄様! これならお屋敷の厨房でも大活躍しそうですわね!」
「近頃の帝国はどうだい? 輸入時の関税率は問題ないだろうか?」
兄様が馴染みの商人のおじさんに尋ねると、おじさんはホクホク顔で頷いた。
「いやぁ、帝国は今、空前の大好景気ですよ! なんでも、冷酷無比と恐れられている次期皇帝――皇太子殿下が、不正を働く貴族たちを徹底的に粛清したらしくてね」
「へえ、怖い方なんですか?」
「敵に回せば氷の死神ですが、我々のような民にとっては最高の君主ですよ。治安は劇的に良くなるし、蒸気機関と魔導技術の融合で街は発展するし。帝国の学園なんて、今や世界最高の教育機関って評判ですぜ!」
(へえー! 良さそうな国じゃない)
私は目を輝かせた。
前世の記憶を持つ私からすれば、治安が良くて経済が回っている国というのは最高に魅力的だ。
それに、最新の経営学や技術を学べれば、将来この領地を継ぐにしても、兄様の商会を手伝うにしても絶対に役に立つ。
すっかり噂に感化された私たちは、たくさんの荷物を抱えてお屋敷へと帰還した。
「ただいま戻りましたー!」
居間の扉を開けると、そこではお父様とお母様が深刻そうに……いや、お茶とお菓子を楽しみながらのんびりと話し合いをしているところだった。
「やっぱり、可愛いリズをこのまま国に置いておくのは不憫よねえ」
「うむ。理不尽とはいえ『悪女』として婚約破棄された傷物扱いだからな。この国の貴族どもでは、リズの嫁入り先を見つけるのは絶望的だろう。我が家の跡継ぎとして婿を取るにしても王家の横槍が入りそうだ」
「それならやはり、国外に出した方が良いお相手が見つかるんじゃないかしら?」
「……うん、やはりこの間の話通り、リズは帝国の学園へ留学させるのが一番安全だろうか。我が領地から帝国首都に向かうのと、王国首都に向かうのと然したる差は無いからなあ」
「それに国境を越えてしまえば王家の手も届きませんし、何より帝国の殿方なら、リズの美しさや聡明さをちゃんと分かってくれるはずですわ」
どうやら、私の今後の身振り……主に結婚事情……についての家族会議だったらしい。
両親のその言葉を聞いた瞬間、先ほど街で聞いたばかりの帝国の噂が私の頭の中でピコーン!と繋がった。
「お父様、お母様! 私、帝国に行きたいです! 高等教育機関を中途半端に終えてしまうと、ますます嫁入りするにも婿取りするにも、不利になっちゃいますし」
「おや、リズ」
目を丸くする両親に、私は前のめりで力説した。
「帝国の学園は世界最高峰だそうです。そこで領地経営に役立つ『経営学』をバッチリ学びつつ、ついでに帝国で優良物件のお婿さんを探してきます!」
王国のドロドロした権力闘争はもうごめんだ。
帝国の学園で真面目に経営を学び、実家の防波堤としての役割を強化しつつ、平凡で優しい、ちょっとお金持ちくらいの普通の貴族の次男坊あたりを捕まえて婿にする。
これぞ、悪役令嬢を引退した私の完璧なライフプランである。
「なるほど! 帝国なら最先端の商売も学べるしな! よし、リズがそこまで言うなら、ただちに帝国の学園への編入手続きを進めよう!」
「まあ、素敵ねえ。優良物件探しも、頑張ってね」
「ううっ……可愛いリズが遠くの国へ行ってしまうのは寂しいが……リズがそこまで言うなら仕方ない!」
家族全員の圧倒的賛成?により、私の帝国留学はあっという間に決定した。
(よし! これで私の新しい、平穏で明るい未来が約束されたわ!)
私はガッツポーズをした。
数日前に森で出会った『変な宗教の勧誘員』の正体が、その帝国の頂点に君臨する俺様皇太子であり、彼が今この瞬間もなにやら企んでいるのを、欠片も想像しないまま。
★
超特急で進められた留学手続きは、辺境伯家の総力によってあっという間に完了した。
「向こうで困ったことがあったら、すぐに帰ってくるんだぞぉぉ!」
領地の仕事でどうしても国境を離れられないお父様が、熊のような巨体を揺らしてハンカチを噛み締めながら見送ってくれる。
私は馬車の窓から身を乗り出し、大きく手を振り返した。
「いってまいります、お父様! 素敵なお婿さんを見つけてきますわね!」
「変な虫がついたら、お父様が全軍を率いて叩き潰しに行くからなー!」
親バカ全開の叫びを背に受けながら、私を乗せた辺境伯家の馬車は、隣国・ガルヴァニア魔導帝国へと出発した。
馬車に同乗しているのは、護衛の使用人たちと、私の留学に便乗して帝国へやってきたお母様と兄様だ。
「まあまあ、帝国の景色って本当に新鮮ねえ。あの空を飛んでいるのは何かしら? 鳥さん?」
「母上、あれは魔導飛行船ですよ。いやぁ、帝国の物流はどうなっているんだろう。早く帝都の市場を視察したいな!」
完全に観光気分のふんわりお母様と、商人としての血が騒いで目をギラギラさせている兄様。
悲壮感など欠片もない、とても婚約破棄されて追放された令嬢の旅路とは思えない賑やかな道中だった。
数日後。
私たちはついに、ガルヴァニア魔導帝国の首都へと足を踏み入れた。
「……すごいわ」
私は馬車の窓にへばりつくようにして、その光景に見入っていた。
王都の歴史ある石造りの街並みとはまったく違う。
赤レンガと鋼鉄が組み合わさった重厚で高い建物が立ち並び、街のあちこちを太いパイプが這っている。
石畳の大通りには、辺境の街とは比べ物にならないくらいの車両を連ねた蒸気機関車と、青白い魔導の光を動力にしたスタイリッシュな移動車が行き交っていた。
夜になれば、街灯代わりの魔導具が街全体を色鮮やかに照らし出すのだという。
(治安も良さそうだし、経済も潤ってる。優良物件のお婿さんを探すには、最高そう!)
前世の記憶を持つ私にとって、この適度に近代化された活気ある街並みは、王国の閉鎖的な貴族社会よりもずっと居心地が良さそうに思えた。
やがて馬車は、帝都の中心部にそびえ立つ巨大な敷地――「帝国立ガルヴァニア魔導学園」の学生寮へと到着した。
豪奢なホテルのような立派な建物だが、ここで一つ、お母様にとっての重大な問題が発覚した。
「ええっ!? 学生寮には、専属の侍女を連れ込んではいけないのですか!?」
入寮の手続きを終えたお母様が、信じられないというように両手で頬を押さえた。
学園の案内人によれば、この学園は『身分に囚われない実力主義と自立』を掲げており、王族や高位貴族であっても、身の回りのことは極力自分で行う……あるいは寮住み込みのハウスメイドに頼むルールなのだという。
「ど、どうしましょう……! リズ、一人で大丈夫かしら!? 朝は誰が起こしてくれるの? お着替えのドレスの背中の紐は誰が結ぶの? お茶はどうやって淹れるの!?」
お花畑な思考のお母様が、珍しくパニックになってオロオロしている。
これまで実家でも王宮でも、常に何人もの侍女に囲まれて身の回りの世話を焼かれてきたのだ。
「一人暮らし」など、箱入り令嬢にとってはサバイバルと同義なのだろう。
しかし、私はふふんと胸を張った。
「ご心配には及びませんわ、お母様! そのくらい、全部ひとりでできますもの!」
(なにせ私、前世では一人暮らしの社畜だったんだから! 自分の服を着たりお茶を淹れたりするくらい、朝飯前よ!)
王宮での『妃教育』の過酷さに比べれば、自分でお湯を沸かすことなど遊びのようなものだ。
「リズはたくましいなぁ。その根性があれば、帝国の学園でも絶対にうまくやっていけるよ」
「兄様も、帝都での商売のお勉強、頑張ってくださいね!」
「ううっ……可愛いリズが、いつの間にかこんなに立派になって……。お母様、感激だわ」
私の頼もしい宣言に、お母様はポロポロと嬉し涙をこぼしながら抱きしめてくれた。
こうして、家族との少し騒がしい別れを済ませた私は、期待に胸を膨らませて帝国での新生活をスタートさせたのである。
――平穏な学園生活の夢が、あの『不審者な俺様』によって早々に打ち砕かれることなど、知る由もなく。




