第8話 「18秒の無双と、確かな居場所」
五日目。Dランク昇格試験、実技。
試験内容はDランク相当の瘴獣を一体、制限時間内に討伐すること。
試験場はギルド管理の演習林。審査員が二名。
そして。
審査員席の横に、見覚えのある顔があった。
「よう。久しぶりだな、荷物持ち」
レクス。
腕を組んで壁にもたれている。
Cランクの冒険者証が胸元で光っていた。
だが以前より顔色が悪い。目の下に隈がある。
「……何しにきた」
「Dランクの昇格試験があると聞いてな。まさかお前だとは思わなかったが」
嘲りの笑み。だがその笑みの奥に、余裕がない。
「スキルなしの荷物持ちがDランクの試験? 笑わせるなよ。お前にできるのは荷物を運ぶことだけだ」
ギンの殺気が膨れ上がった。
銀の爪が指先から覗く。
「主さまの悪口言うな」
「ギン。やめろ」
「でも」
「試験に集中する。あいつに構ってる暇はない」
ギンが唇を噛んで、爪を引っ込めた。
クロは無言だった。ただ、レクスの方を一度も見なかった。
見る価値もないと言わんばかりの無視。猫らしい。
ツルだけが穏やかに微笑んでいた。
だが青い瞳の温度が、ほんの少しだけ低い。
「ハルさま。あの方のことは気になさらず」
「ああ。分かってる」
演習林に入った。
Dランクの瘴獣。牛型の黒い霧をまとった個体。体高は二メートル近い。
Eランクの蟲型とは格が違う。突進の一撃で人間の骨など簡単に砕く。
「作戦は単純だ。ギンが正面で受ける。突進を誘導して左に流せ。クロ、左に流れた瞬間に横腹を叩く。瘴核は胸の中心だ。ツルはギンの回復に専念。俺は全体を見て指示を出す」
「了解!」
「はいはい」
「承知いたしました」
牛型が地面を蹴った。
突進。
ギンが正面に立つ。
銀の爪で地面を掴み、突進を受け止め――ない。
「左に流せ!」
ギンが身体を開いて、牛型の角を左に逸らした。
力で受けるのではなく、方向を変える。
四日前なら正面から受け止めようとしただろう。だが十二歩の制限と、フォーメーションの訓練が、ギンの判断を変えていた。
牛型の横腹が、一瞬だけ無防備になる。
黒い影が走った。
クロの蹴りが横腹に突き刺さる。瘴獣の体がよろめく。
胸の瘴核が露出した。
「ギン!」
銀の爪が瘴核を貫いた。
牛型が黒い霧になって霧散する。
残ったのは拳大の瘴核だけ。
所要時間、十八秒。
演習林が静まり返った。
審査員が目を見開いている。
「……Eランクのパーティーが、Dランクの瘴獣を十八秒?」
「しかもテイム契約なしの同行魔獣三体。あの連携は……」
「合格だ。文句のつけようがない」
審査員が書類にサインした。
演習林の入り口で、レクスが立ち尽くしていた。
腕を組んでいた手が下がっている。
俺はレクスの前を通り過ぎた。
何も言わなかった。
言う必要がなかった。
結果が全てだ。
*
ギルドに戻ると、リノが書類を二枚用意して待っていた。
「ハルさん。Dランク昇格、おめでとうございます」
一枚目。Dランク冒険者証の更新申請書。
「それと、もう一枚」
二枚目。同行魔獣の本承認通知。
「同行魔獣三体の仮承認期間中、事故報告ゼロ。依頼達成率百パーセント。支部長の決裁が下りました。本日付で本承認に切り替わります」
「……三十日を待たずに?」
「実績が十分すぎたんです。支部長も『これ以上の審査は無意味だ』と」
リノが微笑んだ。
「テイム契約なしの魔獣同行、三体同時の本承認。この支部どころか、全ギルドで初めてだと思います」
ギンが飛び上がった。
「やった! ギンたち正式に認められた!」
「……ま、当然の結果よね」
クロが鼻を鳴らしたが、尻尾が大きく揺れていた。
「おめでとうございます、ハルさま」
ツルが深く頭を下げた。
「わたくしも、お役に立てたのですね」
「立てたどころじゃない。お前がいなかったら今日の十八秒はなかった」
ツルの瞳が潤んだ。
だが今度は泣かなかった。代わりに笑った。
掲示板の前を通った時、冒険者たちの視線を感じた。
「あれ、Eランクからの最速Dランク昇格じゃねぇか?」
「しかもテイム契約なしで魔獣三体って……」
「あの銀髪の嬢ちゃん、さっきの演習林で瘴獣を一撃で……」
「荷物持ちの……いや、なんでもねぇ」
視線の中に、レクスの目はなかった。
いつの間にか、ギルドから消えていた。
*
夜。宿の部屋。
ツルが作った祝いの夕食を四人で囲んだ。
鶏肉の香草焼き、根菜のスープ、焼きたてのパン。宿の食材だけでこの味を出す腕は、もう驚かない。
「ギン、食べすぎだ。三皿目だぞ」
「お祝いだから! 主さまも食べて!」
「あたしのスープ取らないでよ、犬」
「犬じゃない、狼!」
「同じようなものでしょ」
「全然違う!」
ツルが穏やかに二人の皿に追加を盛った。
争いを止めるのではなく、争いの原因を消す。有能な後方支援だ。
食後。
木板を取り出した。
「明日からDランクとして活動を始める。報酬の相場が上がる分、依頼の危険度も上がる。フォーメーションの精度をさらに上げていく」
「主さま、明日もやるの? 今日くらい休んでも」
「休むのも段取りのうちだ。明日は午前だけ依頼を入れて、午後は休息にする」
「……ちゃんと休みも計算に入れてるのね」
クロが少し意外そうな顔をした。
「前の……昔の失敗で学んだ。休みなしで走り続けると、どこかで壊れる」
前世の自分が壊れたように。
もうあの間違いはしない。自分も、仲間にも。
「ハルさま」
「ん?」
「わたくし、先ほどの試験を見ていて思ったことがあります」
「何だ」
「ハルさまは戦えません。魔力もありません。ステータスも低い。でも、あの十八秒は――ハルさまが作った十八秒でした」
ツルの青い瞳がまっすぐこちらを見ていた。
「ギンさんの力も、クロさんの速さも、わたくしの回復も。ハルさまが組み合わせなければ、あの形にはなりませんでした」
「……大げさだ」
「大げさではありません。わたくしはこれまで、自分の力は恩返しにしか使えないと思っていました。でも今日、初めて分かりました。わたくしの力にも、ちゃんと居場所がある」
ツルが微笑んだ。
昨日までとは違う、芯のある笑顔だった。
「それを作ってくださったのは、ハルさまです」
隣でギンが大きく頷いている。
クロは窓の外を向いていたが、耳だけがこちらに向いていた。聞いている。
「……居場所は俺が作ったんじゃない。お前たちが自分で掴んだんだ」
「はいはい。照れるな、照れるな」
クロが茶化してくる。
「照れてない」
「照れてる。主さまの耳が赤い」
「赤くない」
「赤い」
ギンが満面の笑みで指さしてきた。
赤かったかもしれない。
窓の外では、エルデの街に夜の灯りが点り始めていた。
スキルなしの荷物持ちと、三体の魔獣。
最弱の肩書と、最強の手札。
この歪な組み合わせが、今日からDランクだ。
――遠くの空の向こうで、赤い光が一瞬だけ瞬いた。
誰も気づかなかった。
―――――――――――――――――――――――――




