第7話 「試験前夜の完璧な段取り」
仮承認の期限まで、残り五日。
同行魔獣の実績は二十件を超えている。本承認の審査条件は満たしていた。
だが三体目のツルが加わったばかりで、ツルの実績がまだゼロだ。
「ツルの同行実績を最低五件積む。それと並行して、Dランク昇格の推薦条件も揃える」
宿の部屋で木板を広げた。
前世の営業時代に使っていたホワイトボードの代わりだ。炭で書いて布で消せる。
「五日で五件、Dランク昇格の筆記と実技も込み。きつくない?」
クロが窓枠に座って尻尾を揺らしている。
「きつい。だから段取りを組む」
木板に書き出した。
一日目、Eランク討伐を二件。ツルを後衛に組み込んだフォーメーションの実地テスト。
二日目、Eランク討伐を二件。前日の修正を反映。
三日目、Eランク討伐一件と薬草採取一件。ツルの実績五件目と、余剰薬草の卸しで資金確保。
四日目、Dランク昇格試験の筆記。
五日目、Dランク昇格試験の実技。
「三日間で依頼を五件片付けて、四日目と五日目を試験に充てる。予備日はゼロだ」
「主さま、ギンは何をすればいい?」
「前衛は今まで通りギンだ。クロは遊撃。ツルを後衛の回復と支援に入れる」
「回復……でございますか」
ツルが首を傾げた。
「わたくし、戦闘の経験がほとんどありません。逃げることばかりでしたので」
「知ってる。だから今日はテストだ。お前がどこまで何をできるか確認して、役割を決める」
「ツルさん、何ができるの?」
ギンが興味深そうに耳を立てた。
「聖獣級の白鶴だったら、浄化と治癒の力があるはずよね」
クロの言葉にツルが頷いた。
「浄化の羽風と、傷を癒す光は使えます。ただ、大きな力を使うと羽根が……」
言いかけて、口を閉じた。
「羽根が?」
「いえ。何でもございません」
何でもなくはない顔だった。
だが今は追及しない。昨日の今日で無理に踏み込むのは逆効果だ。
「力の加減は実戦で確認する。無理はさせない。それだけは約束する」
「……はい。ハルさま」
*
一日目。東の森、Eランク蟲型瘴獣の討伐。
「フォーメーション確認。ギン前衛、正面突破。クロ右翼から遊撃、逃走経路の封鎖。ツル後方十歩、俺の隣で待機。回復が必要な場面があれば指示を出す。なければ動かなくていい」
「了解!」
「はいはい」
「承知いたしました」
蟲型が四体。ギンとクロの二人なら三十秒で終わる規模だ。
だが今日の目的は殲滅速度じゃない。
「ギン、一体目。行け」
銀の爪が一閃。蟲型が霧散する。
「クロ、左に一体逃げた。追え」
黒い影が地面すれすれを走る。音がない。蟲型が地中に潜る前に蹴り上げて仕留めた。
残り二体がギンに向かって突進する。
ギンが右の爪で一体を叩き落としたが、左の一体が腕を掠めた。
薄い切り傷。大したことはない。
「ツル。ギンの左腕、治せるか」
「はい」
ツルが右手を掲げると、淡い白光がギンの腕を包んだ。
三秒で傷が消える。
「……すごい。痛くない」
ギンが目を丸くした。
「跡も残ってない。ギンの回復力でも半日はかかる傷なのに」
「聖獣級の治癒、本物ね」
クロが腕を組んで感心した表情を見せた。珍しい。
「ツル。今の治癒で消耗は?」
「ほとんどありません。この程度でしたら」
「分かった。お前の役割は後衛回復で確定だ。前に出る必要はない。ギンとクロが前で戦って、お前が後ろで二人を維持する」
「……わたくしにも、役割があるのですね」
「当然だ。回復役がいるのといないのとでは、連戦の持続力が全く違う。今まで依頼を一日三件で回してたのは、ギンとクロの回復待ち時間があったからだ。お前がいれば四件いける」
木板を出して、数字を書き足した。
「一日三件が四件になると、報酬は三割増。五日間で考えると銀貨十五枚以上の差が出る。ツルの加入で、このパーティーの経済効率は確実に上がる」
「あんた、また金の話してる」
「大事なことだ」
「大事だけど、今じゃなくてもいいでしょ」
クロの指摘を無視して、二件目の依頼に移った。
二件目も問題なく終わった。
ツルの回復は正確で、消耗も小さい。フォーメーションに後衛回復が加わっただけで、ギンとクロの動きが明らかに大胆になった。
後ろに回復がいると分かれば、前衛は傷を恐れず踏み込める。
当たり前のことだが、今まで俺たちのパーティーにはそれがなかった。
「一日目、二件完了。所要時間は二件合計で一時間十分。前回の二件が一時間四十分だったから、三割の時間短縮だ」
「主さま、ツルさんすごい! ギンが思い切り暴れても治してくれる!」
「暴れすぎないで。回復にも限度がある」
「暴れない。主さまの指示通りにする。……たぶん」
「たぶんをつけるな」
ツルが小さく笑っていた。
「楽しそうですね、ギンさん」
「楽しい! 主さまと一緒の依頼は全部楽しい!」
「……わたくしも。こういうの、初めてです」
翼を折られて逃げ回っていた鶴が、初めて誰かと組んで戦った日。
その事実の重さを、ツル自身はまだ分かっていないかもしれない。
*
二日目。
前日の反省を踏まえて、フォーメーションを微調整した。
ツルの回復範囲は前方十五歩以内。それ以上離れると精度が落ちる。
つまりギンが突出しすぎると回復が届かない。
「ギン。突撃の上限は俺の位置から十二歩。それ以上は禁止だ」
「十二歩って短い。ギン、もっと走れるのに」
「走れるのは分かってる。だが回復の届かない位置で傷を負ったら、立て直しに時間がかかる。十二歩以内で仕留めれば、ツルの回復で即座に次に移れる。結果的にお前が戦える総量は増える」
「……総量が増える?」
「一回の突撃で百の力を使って三十秒休むより、八十の力で休みなく動き続ける方が、倒せる数は多い」
ギンが唸った。
理屈は理解できるが、本能が突撃を求めている顔だ。
「ギン」
「……分かった。十二歩。主さまが言うなら」
「信じてくれ。お前を弱くしたいんじゃない。お前をもっと強く使いたいんだ」
銀の耳がぴくんと立った。
「……もっと強く?」
「ああ。お前の力を最大効率で引き出すのが、俺の仕事だ」
尻尾がぶんぶん揺れた。
ちょろい。だが嘘は言っていない。
二日目の依頼は二件とも、前日より早く終わった。
ギンの突撃距離を制限した分、クロの遊撃範囲が広がり、取りこぼしがなくなった。
ツルの回復が常にギンに届くから、ギンは守りを捨てて攻撃に専念できる。
三人の噛み合い方が、日ごとに精度を上げている。
俺はその歯車の配置を調整しているだけだ。
「ハルさま」
「ん?」
「今日のわたくしの回復量と精度、いかがでしたか」
「正確で無駄がない。ギンの傷の深さに応じて出力を変えてたな。教えてないのに」
「料理と同じです。火加減を見るように、傷の深さを見ています」
「いい感覚だ。その調子で頼む」
ツルの頬がほんの少し赤くなった。
「……褒められるのにも、慣れていないのです」
「慣れてくれ。これからいくらでも褒める。それだけの仕事をしてるんだから」
ツルが袖で顔を隠した。
白い耳の先が赤い。
後ろでクロがぼそりと呟いた。
「……あたしには褒め方が雑なくせに」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ったの」
これもいつものやり取りだ。
*
三日目。
ツルの同行実績が五件に達した。
薬草採取の余剰分を薬屋に卸して銀貨四枚の追加収入。
三日間の合計報酬は銀貨三十八枚。三人体制以前の同期間比で約四割増。
「四割増……三人目を入れて四割しか増えないの?」
「戦闘要員が増えたんじゃない。回復役が入ったんだ。直接の火力は上がらないが、稼働時間が延びる。長い目で見れば四割どころじゃなくなる」
「あんたの頭の中って、いつもそういう計算が回ってるわけ」
「止められないんだ。前世の……いや、昔からの癖だ」
四日目。Dランク昇格試験の筆記。
瘴獣の分類、危険度判定、応急処置の手順、ギルド規約の基礎知識。
前世で資格試験を六つ受けた男にとって、筆記試験は庭のようなものだった。
満点だった。
「筆記満点はこの支部で三年ぶりです」
リノが目を丸くしていた。
「明日の実技、頑張ってくださいね」
「ああ。段取りは済んでる」
「……段取りって、実技試験にも段取りがあるんですか」
「ないわけがない」
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