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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第6話 「三人目の重さ」

「改めまして。ツルと申します。以後、お傍でお世話させていただきます」

「いや、待ってくれ。嫁入りって」

「はい。嫁入りでございます」

「なんで」

「命を助けていただきましたので」

「それは嫁入りの理由にならないだろう」

「わたくしの種族では、なります」


 にっこり。

 完璧な笑顔。完璧な姿勢。完璧な丁寧語。

 そしてその完璧さの裏に、一切の譲歩がない。


 ギンが俺の右腕にしがみついた。


(ぬし)さま! 嫁はだめ! ギンが先!」

「お前は嫁じゃないだろ」

「嫁になる! 今なる!」

「ならない」

「ぅー!」


 クロは壁にもたれて腕を組んでいた。表情は冷めているが、尻尾が倍に膨らんでいる。


「……で? あんた、どうするの」

「どうするもこうするも、まず話を聞かないと」

「聞いたら受け入れるの?」

「聞いた上で判断する」

「あっそ」


 尻尾がさらに膨らんだ。



    *



 宿の一階の食堂で、四人で向き合った。


 朝食の時間帯で、周囲には他の客もいる。

 ギンが俺の右隣に密着。クロが左側に一席空けて座っている。

 ツルは向かいの席に、背筋を伸ばして座っていた。


「まず確認だ。翼の怪我は?」

「おかげさまで、人の形を取れる程度には回復しました。完治にはもう少しかかりますが」

「人型でいる方が負担は少ないのか」

「はい。翼を収めている分、折れた箇所に力がかかりません。よくお分かりですね」

「前に読んだ魔獣の生態書に書いてあった」


 嘘だ。ギンとクロを観察して推測しただけだ。

 だが「獣の生態に詳しい」という印象は、ツルの警戒を下げるのに有効だった。


「ツル。嫁入りの件だが、俺はお前の主人になるつもりはない」


 ツルの目が僅かに揺れた。


「……では、お傍には」

「いてくれて構わない。ただしテイムじゃない。俺にはそもそもテイムの力がない」

「存じております。あなたには魔力がない。にもかかわらず、わたくしを助けてくださった」


 青い瞳がまっすぐ俺を見た。


「魔力のない方がテイム目的で魔獣に近づくことはありえません。つまりあなたの善意は、純粋なものです」

「……大げさだ。怪我してる奴を放っておけなかっただけだ」

「その『だけ』が、わたくしには初めてだったのです」


 ツルの声が少しだけ低くなった。


「テイマーに追われたのは二度目でした。一度目で片方の翼を痛め、二度目で折られました。人間にとって魔獣は道具か獣かの二択です。手当てをしてくれた方は、あなたが初めてでした」


 食堂が静かになった気がした。

 周囲の客が聞いているわけではない。ツルの声が静かすぎるのだ。


「ですから、この命はあなたのものです。お傍でお仕えさせてください」

「命をくれなくていい。一緒にいたいなら、対等な仲間としていてくれ」

「……対等」

「ギンもクロも、俺の所有物じゃない。自分の意志でここにいる。お前もそうあってほしい」


 ツルが目を伏せた。

 長い白い睫毛が影を落とす。


「……わたくしには、対等というものが分かりません。お仕えする以外の形を知らないのです」

「なら覚えればいい。急がなくていい」


 ツルが顔を上げた。

 青い瞳が少し潤んでいる。


「……はい。では、まずはお傍で学ばせてください」

「ああ。よろしく、ツル」

「よろしくお願いいたします、ハルさま」


 ギンが俺の袖を引いた。


(ぬし)さま。ギンは『(ぬし)さま』って呼んでるのに、あの人は『ハルさま』なの?」

「呼び方は本人の自由だ」

「ギンも変えない。(ぬし)さまは(ぬし)さま」

「好きにしろ」

「好きにする。ギンの特権だから」


 クロが鼻を鳴らした。


「あたしは『あんた』で通すから。呼び方なんかどうでもいいわ」

「クロも好きにしろ」

「言われなくてもそうするわよ」


 三者三様の呼び方が揃った。管理上は面倒だが、それぞれの距離感が見えて悪くない。



    *



 ツルの有能さが判明したのは、その日の昼だった。


「ハルさま。お昼ご飯ができました」


 宿の簡易キッチンを借りて、ツルが作った料理が並んでいた。

 干し肉と根菜の煮込み。香草を添えた焼き魚。薄いパンに木の実を練り込んだもの。


「……これ、宿の食材だけで?」

「はい。余り物をいただきました。女将さんにお願いしましたら快く」


 一口食べた。

 言葉が出なかった。

 ギンが隣で目を見開いている。


「……おいしい」


「おいしい」とギンが繰り返した。尻尾がぶんぶん振れている。


 クロが黙々と食べていた。箸が止まらない。感想は言わないが、皿が空になる速度が全てを語っている。


「お口に合いましたか?」

「合うどころじゃない。宿の食事よりうまい」

「ありがとうございます。明日からは朝食もわたくしが」

「いや、無理しなくていい。翼の怪我が」

「料理に翼は使いませんので」


 正論だった。


 午後、ツルは宿の部屋を整頓し、洗濯物を干し、ギンの服の破れを繕い、俺の装備の革紐を補修し、夕食の仕込みまで終えた。


 全て頼んでいない。


「ツル。一つ聞いていいか」

「何でございましょう」

「なぜそこまでする?」

「恩返しでございます」

「恩返しにしても、量がおかしい」

「おかしくはございません。命をいただいた分をお返ししているだけです。むしろ、まだ足りません」


 ツルの微笑みには曇りがなかった。

 だが俺には、その曇りのなさが引っかかった。


 前世のブラック企業にもいた。

 自分を削ることに疑問を持たない人間。

 休みを取らず、体調が悪くても出社し、限界が来るまで走り続ける。

 それが「当然」だと思っている。


 俺自身がそうだった。



    *



 翌朝。


 目を覚ますと、朝食の匂いがしていた。


 食堂に降りると、ツルがキッチンに立っていた。

 白い髪を一つに束ねて、丁寧に粥をかき混ぜている。


 その横顔を見て、気づいた。


 顔色が悪い。


「ツル。昨夜、寝たか?」

「はい。少し」

「少しってどのくらいだ」

「……二刻ほど」


 二刻。約四時間。翼の怪我を抱えた体で。


「粥の仕込みが三刻からでしたので、それまでに繕い物を終わらせようと」

「誰がそんなこと頼んだ」

「頼まれてはおりません。ですが、わたくしにできることは」

「ツル」


 声が硬くなったのが自分で分かった。

 ツルの手が止まった。


「座ってくれ」

「ですが、お粥が」

「粥は俺がやる。座れ」


 ツルが困惑した顔で椅子に座った。

 俺は粥の鍋を引き取って、火加減を調整した。前世で一人暮らしをしていた時の技術が役に立つとは思わなかった。


「ツル。一つ確認する」

「……はい」

「お前の恩返しは、自分を削ることか」


 ツルの瞳が揺れた。


「削るのではなく、差し上げているのです。わたくしの力も時間も体も、すべてハルさまのために使うのが」

「違う」


 言葉を遮った。

 ツルが息を呑む。


「お前が倒れたら、誰がこの粥を作る。お前が体を壊したら、誰が俺たちの服を繕う。お前自身が元気でいることが、このパーティーにとって一番の利益なんだ」

「……利益」

「言い方が悪かったな。つまり、お前が健康でいてくれることが、俺は一番嬉しい」


 ツルの目が見開かれた。


「嬉しい、ですか」

「ああ。料理がうまいのも、部屋を片付けてくれるのもありがたい。だがそれより、お前が笑って元気でいる方がずっといい」

「……そんなことを言われたのは」


 声が震えた。


「初めてです」


 青い瞳から一筋、涙がこぼれた。

 ツルが慌てて袖で拭う。


「申し訳ありません。こんな、みっともない」

「みっともなくない。泣きたい時は泣けばいい」

「……ハルさまは、お優しいのですね」

「優しくない。合理的なだけだ。戦力が欠けるのが一番困る」


 嘘だった。

 合理的とか戦力とか、そういう理由じゃない。

 目の前で自分を削る奴を見て、放っておけないだけだ。

 前世の自分を見ているようで。


 ギンが食堂に降りてきた。

 まだ寝ぼけた顔で、俺の背中にぴたりと張り付く。


(ぬし)さま、おはよう。……なんかいい匂い」

「粥だ。今日は俺が作った」

(ぬし)さまが? ギン食べる!」


 クロが階段の上から欠伸混じりに降りてきた。


「……何であんたが料理してるの」

「ツルが体調を崩しかけてたからな」


 クロの目がツルに向いた。

 涙の跡に気づいたのか、一瞬だけ耳が伏せた。


「……ふーん。あんたも無理するタイプなんだ」


 それだけ言って、クロはツルの向かいに座った。

 何も聞かない。ただ隣にいる。猫の距離感だった。


 四人で粥を食べた。

 俺の粥はツルに比べれば素朴だったが、文句は出なかった。


「ハルさま」

「ん?」

「わたくし、一つお願いがあります」

「何だ」

「恩返しの形を……少し考え直させてください。自分を差し上げるのではない恩返しを」

「ああ。時間はいくらでもある」

「ですが」


 ツルが真っすぐ俺を見た。


「お傍にいることだけは、変えません。これはわたくしの意志です。恩返しだからではなく――わたくしがそうしたいのです」


 ギンが横からぬっと顔を出した。


「ギンもいる! ギンが最初!」

「あたしもいるけど。別にいたいからじゃなくて、借りが残ってるだけだから」

「クロ、尻尾が揺れてるぞ」

「揺れてない!」


 揺れていた。


 ツルが小さく笑った。

 ここに来て初めて見る、力の抜けた笑顔だった。


「……賑やかですね」

「うるさいだけだ」

「いいえ。わたくしは好きです。こういうの」


 その笑顔に嘘はなかった。



    *



 午後、ギルドに向かった。


 同行魔獣の追加届を出す。三体目。


「三体目……」


 リノがペンを止めた。


「ハルさん。テイム契約なしの同行魔獣が三体。さすがに支部長だけでは判断が」

「規約第七章第三項。同行魔獣の上限数に関する条文は存在しない。確認済みだ」

「……確認済みなんですね」

「二体目の時に調べた。いずれ三体目が来ると思ったから」


 リノが深いため息をついた。

 だがその口元は、少しだけ笑っていた。


「ハルさんって、本当に規約がお好きですね」

「好きじゃない。必要なだけだ」

「その台詞、二回目ですよ」


 書類が受理された。

 ギン、クロ、ツル。三つの名前が同行魔獣欄に並ぶ。


 ギルドを出ると、ギンが両手を広げて叫んだ。


「仲間が増えた!」

「さっきは『また増えた』って怒ってただろ」

「怒ってない! ……ちょっとだけ嫌だっただけ。でも、(ぬし)さまが決めたならギンは認める」


 クロが横を歩きながら鼻を鳴らした。


「三人もいたら寝室がさらに狭くなるわね」

「もう一部屋取るか……」

「取る必要はございません。ハルさまのお傍で」

「お前もか」


 右にギン。左にクロ。正面にツル。

 三方向から距離を詰められている。


 パーティーの人員管理、難易度がまた上がった。


「ハルさま」

「何だ」

「今夜の夕食は、何がよろしいですか」

「……お前の体調が万全なら、任せる。ただし睡眠は三刻以上取ること。これは命令じゃなくて、パーティーの運用方針だ」

「運用方針」

「体調管理も段取りのうちだ」


 ツルが小さく笑った。


「はい。では、運用方針に従います」


 三人の足音が、夕暮れの石畳に重なる。

 銀と黒と白。


 前世の自分に教えてやりたい。

 過労死した先で待っていたのは、飯がうまくて離してくれない三人の魔獣でしたと。


 信じないだろうな。俺も信じない。


(ぬし)さま、手」

「あんたの左はあたしの定位置なんだけど」

「ハルさま、わたくしは後ろからお支えしますね」

「後ろはいい。普通に隣を歩いてくれ」

「では失礼して」


 三人目の体温が加わって、帰り道が少しだけ暖かくなった。



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