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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第61話 ① 「約束の反復」前編

出発は翌朝と決めた。


 夜のうちに段取りを組む。恩讐の王の核に単身で向かう段取りだ。段取りと呼ぶには心許ないが、持っている手札で最善を尽くすしかない。


 木板に書いた。


 一、魔力ゼロの体が怨念波の影響を受けにくいことは昨日の戦場で確認済み。恩讐の王は魔力を標的にする。魔力を持たない俺は王に認識されにくい。これが核に近づける唯一の根拠。


 二、恩刻を持つ者は怨念波で恩刻が揺さぶられる。全員を連れていくことはできない。俺以外は全員が恩刻を持っている。


 三、核に到達した後の方法。裏切られた恩義を癒す。フィンが書き残した方向性。具体的にはまだ分からない。だが恩刻は純粋な善意で起動する。核の前に立って、善意で手を伸ばす。ギンの時も、クロの時も、ツルの時も、アカの時も、キサの時も、ヒノの時も、シロの時も、同じだった。目の前で苦しんでいる奴がいたら、手を伸ばす。それだけだ。


 四、撤退経路。これだけは段取り通りにいく。テイマー部隊が群れを封じ込めている間に突入し、核で恩讐の王と接触し、成功しても失敗しても生きて戻る。


 木板に書き終えた。段取りの鬼にしては情けないほど項目が少ない。四つだけ。前世の大型案件なら三十項目は並んでいた。


 だが今回は数字と規約で戦う相手ではない。数千年の怨念に、書類は効かない。



   *



 翌朝。


 居間に全員が集まった。


 昨夜、俺は一人ずつに言葉をかけた。ギンには「お前が好きだ」と言った。クロには菓子を温め直して届けた。ツルには粥の炊き方を教わった。アカにはくすぐったいの話をした。キサには「信じろ」と言った。


 その上で、「恩讐の王の核に一人で行く」と伝えた。


 一晩置いた。一晩で全員が考え、一晩で全員が答えを出した。その答えを聞く場が、今朝の居間だった。


 朝食は俺が炊いた粥だった。昨夜ツルに教わった手順で、ツルの半分の味。塩が少し多かった。全員が無言で食べた。まずいとは言われなかった。言える空気ではなかったのかもしれない。


 食器を片付けた後。


 最初に口を開いたのはギンだった。


「行かないで」


 銀の耳が伏せている。尻尾が体に巻きついている。金色の瞳に赤みはなかった。昨夜、俺が「好きだ」と言った後、赤みは薄れていた。完全には消えていない。だが昨日の戦場より遥かに落ち着いている。


 あの夜と同じ言葉だった。渓谷でBランクの巨牙猪を倒した後、ギンが暴走しかけた夜。「行かないで」と言った。離れるのが怖い。手の届かない場所に行くのが怖い。


 そしてレーゲンの森。アカの炎の中に俺が入ろうとした時。「行かないで」。ギンが泣きそうな顔で言った。


 三度目の「行かないで」。一番重い。


「必ず戻る」


 同じ答えを返した。渓谷の夜と同じ。レーゲンの森と同じ。


 ギンの目から涙が落ちた。一滴。頬を伝って、顎から落ちて、床に染みを作った。


「……覚えてる。ぬしさまはいつもそう言う。必ず戻るって」


「ああ。いつも言ってる。そしていつも戻ってきた」


「今回も?」


「今回も」


 ギンの手が伸びた。俺の手を掴んだ。小さくて温かい手。瘴獣を一撃で裂く爪を持つ手が、震えながら俺の指を握っている。


「約束。ぜったい。ぜったい戻って」


「約束する」


 ギンの手を握り返した。力を入れた。ギンの手が少しだけ安定した。


 昨夜、「お前が好きだ」と言った。恩刻があってもなくても、と。ギンはあの後、しばらく黙って俺の手を握っていた。何も言わなかった。言葉にならなかったのだろう。だが握る力だけが、少しずつ強くなった。


 今朝のギンの手は、昨夜より安定していた。揺れが止まったわけではない。だが芯ができていた。


「ギン。お前はここで待ってくれ。全員を守ってくれ。お前が一番強い。前衛は一番強い奴がやるもんだ」


「……うん。ギンが守る。ぬしさまが帰ってくるまで、ぜったい守る」


 銀の尾が一度だけ揺れた。小さく。でも確かに。



   *



 クロが窓枠に座っていた。いつもの場所。いつもの姿勢。腕を組んで、俺を見ている。


 オッドアイの碧が、昨日より澄んでいた。完全ではない。まだ僅かに曇っている。だが昨夜、温め直した菓子を食べた後に「お願い」と言ったクロの声には、曇りがなかった。あの一言が何かを緩めたのかもしれない。


「死んだら許さないから」


 あの夜と同じ言葉だった。蟲型の巣でクロを助けに突っ込んだ夜。松明一本で走った夜。腕を噛まれた夜。


「死なない」


 同じ答えを返した。


「……ほんと、あんたって。毎回同じこと言うのね」


「毎回同じ状況になるからだ」


「誰のせいよ」


「俺のせいだ」


 クロが鼻で息を吐いた。いつもの仕草。だが目が笑っていなかった。笑えないのだ。笑える状況ではないことを、クロは分かっている。


「あたしにできることはある?」


「ある。キサの情報を受けて、テイマー部隊との連絡を維持してくれ。お前の耳なら遠距離の振動も捉えられる。封じ込めの陣形が崩れそうな場所を先に察知して、ギンに伝えろ」


「索敵ね。あたしの仕事だわ」


「ああ。お前の耳が一番頼りになる」


 クロの右耳——裂けた縁が見えている——がぴくりと動いた。


「……そんなに褒めないでよ。恥ずかしいじゃない」


「事実を言ってるだけだ」


「事実でも恥ずかしいの」


 尻尾が一度だけ揺れた。


 クロは窓枠から降りなかった。最後まで俺を見ていた。何か言いかけて、やめて、また言いかけて、やめた。


 結局言ったのは一言だけだった。


「帰ってきなさいよ。晩ご飯、あたしの分も用意させるから」


 猫の送り出し方だった。



   *



 ツルが台所の前に立っていた。


 昨夜、俺に粥の炊き方を教えてくれた場所だ。火加減、水の量、塩の分量。ツルの半分の味にしかならなかったが、ツルは「お気持ちは嬉しかったです」と言った。


 ツルの白い手はまだ震えていた。昨日よりは弱いが、止まっていない。怨念波の影響が残っている。だが昨夜、俺の上着の襟を直した時の指先には、確かな力があった。「翼がなくても、襟は直せます」。あの言葉を自分に言い聞かせるように。


「ハルさま」


「ん」


「行ってらっしゃいませ」


 レーゲンの森の時と同じ言葉だった。アカの炎の壁の向こうに俺が消える前、ツルが最後に言った言葉。あの時、ツルは泣いていた。白い浄化の光を放ちながら、涙を流しながら、「行ってらっしゃいませ」と言った。


 今日は泣いていなかった。


 笑っていた。不格好な方の笑み。完璧ではない、唇が少し歪んだ、柔らかい笑み。左の背中は平らなまま。右翼の膨らみだけが服の下に見える。


「今度は泣かないんだな」


「はい。泣いてもハルさまは行ってしまいますから。ならば笑ってお送りする方がよいと、やっと分かりました」


「……ツル」


「お帰りになりましたら、わたくしが粥を炊き直します。ハルさまの粥は、申し訳ありませんが、少しお塩が多うございました」


「……昨夜も言われた」


「大事なことですので二度申し上げます」


 ツルの震える手が、俺の上着の襟を直した。昨夜と同じ動作。指先が襟に触れて、形を整えて、離れた。


「翼がなくても、襟は直せます。昨日も今日も、明日も」


 笑みの中に涙が光った。一滴も落ちなかった。

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