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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第52話 「瘴獣の知性」

救援要請が届いたのは、朝食の最中だった。


 リノが門を叩いた。設立から二週間、リノの出勤時間は朝の七の鐘だ。今日は六の鐘前だった。手に封書を持っている。赤い縁取り。緊急の印。


「エルデから東に三日の街、ハイルンからです。瘴獣の群れが街道を封鎖。商隊が三日間通行不能。討伐隊が二度撤退しています」


「二度?」


「一回目はCランクのパーティー二組。二回目はBランクを含む混成隊。どちらも撤退。理由が——」


 リノが封書の中身を読み上げた。


「『瘴獣が陣形を組んでいる。攻撃パターンを学習し、二度目の討伐隊の戦術を読んで対応した。瘴獣の行動としては前例がなく、対処不能と判断し撤退』」


 食卓が静まった。ギンが粥のスプーンを止めている。クロの耳がぴくりと動いた。


 瘴獣の群れ自体は珍しくない。南街道の殲滅戦でもAランクの統率個体が十数体の群れを率いていた。だがあの時の群れは、統率個体の瘴気に引き寄せられて集まっていただけだ。本能的な群れであって、戦術ではなかった。


 陣形を組む。学習する。戦術を読んで対応する。それは瘴獣の能力を超えている。意思を持たない存在に、そんな知性はないはずだ。


「恩義契約ギルドとしての初の大規模派遣になりますわね」


 キサが茶碗を置いた。声は平坦だったが、金色の目に鋭い光がある。


「全員出るぞ。リノ、留守を頼む」


「はい。お気をつけて」



   *



 ハイルンまで徒歩で三日。馬車を使えば一日半。エルドスの計らいで冒険者ギルドの輸送馬車を借りられた。恩義契約ギルドのギルド長として初めて使う公的資源だ。キサが経費を帳簿に記入していた。


 馬車の中で作戦を立てた。


「情報が少ない。陣形を組む瘴獣は前例がない。現地で観察してから段取りを組む」


「ぬしさま、瘴獣って自分で考えて動かないんだよね? 南の街道の時も、大きいのがいなくなったらバラバラになったもん」


 ギンが馬車の床に座りながら聞いた。


「そうだ。瘴獣の群れは統率個体の瘴気に引き寄せられて形成される。統率個体を倒せば群れは崩壊する。あの時はそれで片付いた。だが今回の報告は質が違う。陣形を組んでいる。攻撃パターンを学習している。瘴獣は瘴気が具現化した存在だ。意思がないから、自分で判断して戦術を変えることはない。はずだった」


「はずだった、ね」


 クロが馬車の天井に寄りかかっている。


「あたしの鼻でも分かる。瘴獣の匂いは硫黄と腐敗臭。でも最近、匂いの質が変わってきてるのよ。ただの腐敗じゃない。何かが混じってる」


「何が」


「分からない。嗅いだことのない匂い。強いて言えば——怒りに似てる」


 怒り。意思を持たないはずの瘴獣に、怒り。


 ゼノが書庫で見せた地図の赤い印を思い出す。瘴獣の発生が北東に偏っている。まるで何かに引き寄せられるように。


 ツルが窓の外を見ていた。左の背中は平らなまま。右翼の膨らみだけが服の下に見える。


「ハルさま。わたくしの風で瘴気の性質を調べられます。現地に着いたら、まず瘴気の成分を確認させてください」


「頼む。ただし風だけだ」


「もちろんです」


 アカが馬車の隅で腕を組んでいた。


「陣形を組む瘴獣か。面白いのう。だが、妾のブレスで陣形ごと焼けばよかろう」


「正面からいかない。まず観察する。相手が学習するなら、こっちの手の内を最初に見せるのは損だ」


「……むぅ」


「アカの力は重要だ、温存する」


「最初からそう言えばいいのじゃ」



   *



 ハイルンの街の手前五百歩で馬車を止めた。


 街道は谷間を抜ける一本道だ。幅は四十歩ほど。左右に低い丘陵が続いている。街道の先、三百歩ほど先に黒い霧が溜まっているのが見える。


「クロ、地面の振動は」


 クロが地面に耳を当てた。猫耳がぴくぴくと動く。


「……多い。二十以上。地面に根を張るみたいにじっとしてる。でも——」


 耳の動きが止まった。


「等間隔。バラバラじゃない。きれいに並んでる」


 南街道の群れとは決定的に違う。あの時は統率個体の周囲に集まっているだけで、配置に規則性はなかった。今回は等間隔。意図を持った配置だ。


「ギン、匂いは」


「瘴獣の匂い。でもクロの言う通り、いつもと違う。ギンの鼻がざわざわする。怒ってるっていうか……集中してる」


 集中。瘴獣が集中している。


「ツル、風を」


「はい」


 ツルが右手を翳した。微かな白い風が街道に沿って流れていく。瘴気の成分を読む風だ。


 風が戻ってきた。ツルの表情が変わった。


「……通常の瘴気と組成が違います。瘴気の中に、微かですが——脈動があります。心臓の鼓動のような、規則的な波。通常の瘴気にはありません」


「脈動」


「何かが、瘴気を通じて瘴獣に指示を出しているような。……推測ですが」


 推測でも十分だ。南街道の統率個体は、瘴気で群れを引き寄せていただけだ。蟻の女王のフェロモンに近い。だが脈動は指示だ。フェロモンではなく命令系統。瘴獣に意思がないなら、外部から意思を注入している存在がある。


 ゼノの言葉が頭に浮かぶ。恩讐の王。瘴獣を生み出し続けている意思体。瘴気の根源。


 まだ確証はない。だが符号は揃い始めている。


「キサ」


「はい」


「幻術の偵察を頼む。九尾は出さなくていい。一尾で、視覚だけの薄い幻を飛ばして、群れの配置を確認してくれ」


「承知しましたわ」


 キサの一尾が揺れた。薄紫の光が指先に集まり、蝶の形に固まった。幻の蝶が街道を滑るように飛んでいく。小さく、薄く、瘴獣に気づかれない程度の幻。


 三十秒後、蝶が戻ってきた。キサの目が閉じている。蝶が見たものをキサの脳が受け取っている。


「群れは二十四体。Bランク相当が六体、Cランク以下が十八体。配置は——」


 キサが地面に指で図を描いた。


「中央に空間を空けて、左右に分かれています。左翼と右翼。後方に一回り大きな個体が一体。Bランクの中でも上位です。その個体を中心に、他の瘴獣が扇状に展開しています」


「陣形だな。南街道の群れとは根本的に違う。あの時は統率個体の周囲に固まっていただけだった。これは配置に戦術的な意図がある」


「はい。しかも防御陣形ですわ。攻撃ではなく、街道を封鎖して守っている形です。何を守っているのかは——見えませんでした。後方の個体の背後に、さらに濃い瘴気の溜まりがあります」


 守っている。瘴獣が何かを守っている。意思がないはずの存在が、防御陣形を組んで、後方の何かを守っている。


「作戦を変える」


 木板を取り出した。地面に置いて、キサが描いた配置図の上に矢印を引く。


「当初は南街道の時と同じ分断殲滅で行くつもりだった。統率個体を落として群れを崩壊させる基本形だ。だが相手が学習するなら同じ手は二度通じない。討伐隊が二度撤退したのはそのせいだ。一度目の攻撃パターンを学習して、二度目で対応された」


「じゃあどうするの」


 クロが腕を組んだ。


「学習させない。一手で決める」


 矢印を一本だけ引いた。


「キサ。お前の幻術で瘴獣の嗅覚と視覚を同時に潰せるか。全二十四体を一度に」


「……九尾を使えば、五秒は持ちますわ。ただし消耗が大きい」


「五秒でいい。五秒で全部終わらせる」


 全員がこちらを見た。


「手順はこうだ。キサが九尾で全体の感覚を潰した瞬間、アカが後方の大型個体をブレスで焼く。統率している個体を先に落とす。統率が消えれば群れの陣形が崩れる。崩れた瞬間にギンとクロが左右から突入。Cランクを片端から潰す。ツルは全体の瘴気を風で押し返して、味方の視界と呼吸を確保。俺は後方から全体を見て指示を出す」


「三発で仕留められるか」


 アカに聞いた。


「見えておる。後方の大型、距離は三百歩。射線は通る。遮蔽物はない。一発で外殻を割り、二発目で核を焼く。三発目は予備じゃ」


「よし。ギン」


「ギン、行ける!」


「十二歩制限は解除する。全力で数を減らせ。ただし後方には行くな。アカの射線に入る」


「わかった!」


「クロ」


「左翼を貰うわ。右はギンに任せる」


「ツル」


「風だけで、やります」


「キサ」


「お任せくださいませ」


「開始はキサの合図。九尾を出した瞬間が開始だ。全員、キサだけを見ろ」



   *



 丘陵の縁に布陣した。街道を見下ろす位置。瘴獣の群れが三百歩先に見える。


 黒い霧の中に、影が整列している。キサの偵察通り、左翼と右翼に分かれた扇状の陣形。後方に大型個体。その背後に濃い瘴気の溜まり。


 風が吹いた。瘴気の臭いが届く。硫黄と腐敗。だがその中に、クロが言った「怒り」の成分が混じっている。鼻の奥を刺す、異質な重さ。


「キサ、準備はいいか」


「いつでも」


「全員——」


 五秒の勝負。ここからは段取り通りに動く。段取り通りに動けなかった時のために、段取りの二手目も用意してある。だが一手で決める。


「始め」


 キサが九尾を出した。


 金色の光が爆発的に広がった。九本の白い尾が扇のように展開し、薄紫の霧が津波のように街道を覆った。瘴獣の視覚と嗅覚が同時に潰される。二十四体の瘴獣が一斉に動きを止めた。


「アカ!」


「燃えよ!」


 赤い帯が空気を裂いた。


 アカのブレスが丘陵の上から直線に落ちる。後方の大型個体に直撃。外殻が赤熱し、一発目で亀裂が走った。


 瘴獣が反応した——反応しようとした。だがキサの幻術が感覚を塞いでいる。ブレスがどこから来たのか、群れには分からない。


 二発目。亀裂に吸い込まれるようにブレスが命中した。大型個体の核が露出し、炎が内部を焼いた。大型個体が崩れる。黒い霧になって霧散した。


 陣形が崩れた。


 統率を失った瘴獣が、バラバラに動き始める。キサの幻術の中で方向を見失い、ぶつかり合い、重なり合う。南街道の時と同じだ。統率が消えれば瘴獣はただの個体に戻る。だが南街道の時と違うのは、崩壊するまでの間に陣形が機能していたことだ。統率個体が健在な間は、群れが戦術的に動いていた。


「ギン! クロ!」


 銀と黒が同時に飛び出した。


 ギンが右翼に突入する。制限なしの全力。銀の爪が振られるたびに瘴獣が霧散していく。三体、四体、五体。


 クロが左翼に滑り込む。音がない。黒い影が地面すれすれを走り、瘴獣の脚を断ち、核を砕く。二体、三体、四体。


「ツル!」


「風、通します——」


 白い風が街道を吹き抜けた。瘴気が押し戻され、ギンとクロの視界が確保される。呼吸が楽になる。羽根は使っていない。風だけだ。


 キサの幻術が切れた。五秒。予告通り。


 だが五秒で十分だった。


 大型個体は消滅。右翼はギンが掃討。左翼はクロが崩壊させている。残ったCランクの瘴獣が散り散りに逃げようとするが、陣形を失った瘴獣はただの瘴気の塊だ。ギンとクロが一体ずつ潰していく。


 最後の一体がギンの爪で霧散した時、街道に静寂が戻った。


「全滅。味方の損害——」


 全員を見回した。


「ゼロ」


 キサが時間を数えていた。


「開始から二十二秒ですわ」


 二十二秒。二十四体。Bランク六体含む混成群。学習する瘴獣。陣形を組む瘴獣。


 討伐隊が二度撤退した相手を、一手で終わらせた。


 だが俺の頭は数字を喜んでいなかった。気になることがある。


「キサ。大型個体の背後にあった瘴気の溜まり、まだ残ってるか」


 キサが目を細めた。一尾が揺れる。


「……消えていますわ。大型個体が倒れた瞬間に、溜まりも散った。瘴気が地面に染み込むのではなく、空気中に拡散した。まるで——」


「何かとの接続が切れたように」


「ええ。そう見えました」


 接続。大型個体が瘴気の溜まりと接続されていた。溜まりを通じて、群れを統率していた。南街道の統率個体は瘴気のフェロモンで群れを引き寄せていただけだ。だが今回は違う。瘴気の溜まりが中継器のように機能し、その向こう側にもう一つの何かが繋がっていた。命令系統の上位。


 ゼノに診てもらう必要がある。


「ツル、瘴核を回収してくれ。全部だ。特に大型個体の分は丁寧に」


「はい」


 ツルが街道に降りて、瘴核を集め始めた。


 俺は空を見上げた。青い空。雲が流れている。平穏な午後の空だ。


 だが、北東の地平線がほんの僅かに紫がかっている気がした。目の錯覚かもしれない。錯覚であってほしい。



   *



 拠点に戻ったのは翌日の夕方だった。


 ゼノが書庫で待っていた。瘴核を渡すと、ゼノは机の上に並べて、眼鏡を押し上げながら一つずつ手に取った。


 通常の瘴核は黒い。光を反射しない、底なしの黒。だが今回回収した大型個体の瘴核は、黒の中に紫の脈動があった。微かに、規則的に、光っている。


「……この瘴核、脈動がある」


「ツルも現地で同じことを言っていた。瘴気に脈動があると」


「通常の瘴核は死んでいる。瘴獣が霧散した後に残る殻だ。だがこれは——」


 ゼノが瘴核を灯りに翳した。紫の光が眼鏡のレンズに映った。


「生きている。いや正確には、何かに繋がっている。この脈動は、外部から受信した信号だ。瘴獣が倒された後も、信号だけが残っている」


「信号の発信源は」


 ゼノが地図を広げた。先日の赤い印の地図。北東に偏る瘴獣の発生分布。


「瘴核の脈動の方角を測定すれば、発信源の方向が分かる」


 ゼノが瘴核を掌の上で回した。紫の脈動が一方向だけ僅かに強くなる。北東。


「やはり北東だ。全ての符号が同じ方向を指している」


 ゼノが眼鏡を外した。目頭は押さえなかった。代わりに、俺を真っ直ぐ見た。


「ハル君。これ以上は推測ではなく確信として言う。北東の深層の森に、瘴気の発信源がある。瘴獣に知性を与え、陣形を組ませ、統率している何かが。フィンのノートに書かれていた通りだ」


 恩讐の王。


 その名前を、ゼノは口にしなかった。まだ言わない方がいいと判断したのだろう。居間ではギンとアカの声が聞こえている。クロがソファで欠伸をしている。ツルが夕食の支度を始めている。キサが帳簿を広げている。


 日常の音だ。守りたい音だ。


「ゼノ。次の手を打つ。データを集める時間をくれ」


「もちろんだ。ただし——」


 ゼノが瘴核を机に置いた。紫の脈動が、暗い書庫の中でぼんやりと光っている。


「時間は、あちら側にもある。こちらがデータを集めている間に、あちらも準備を進めている。瘴獣の知性化は始まったばかりだ。これから加速する」


 蝋燭の炎が揺れた。紫の光と、橙の光が、書庫の壁に二つの影を作っていた。



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