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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第51話「広がる契約、広がる影」

 恩義契約ギルドの設立から八日目。リノの机の上に、未処理の封書が十二通積まれていた。


 朝の七の鐘にリノが出勤し、封書を開封し、内容を分類し、返信を書き、俺に報告する。その手順が回り始めたのは三日前からだ。ギルド設立の初日はゴルド一件だけだった。三日目に二件。五日目に三件。今日、未処理が十二件に達した。


「問い合わせの半数は、エルデ以外からです」


 リノがペンを走らせながら言った。栗色の髪を一つに結んで、ツルが仕立てた白い制服に身を包んでいる。制服が板についてきたのは昨日あたりからだ。


「西のバルゼン。東のハイルン。南のゲルデ。北のカースノ。全方位から来ています。内容は大きく三種類。一つ、制度の詳細を知りたいという情報照会。二つ、自分も恩義契約を結べるかという個別相談。三つ――」


 リノがペンを止めた。


「テイマーギルドから圧力を受けている魔獣使いからの助けを求める手紙です」


「三つ目が何通だ」


「四通」


 四通。八日で四通。テイムの枠外で魔獣と暮らしている人間が、全方位にいる。ゴルドのような猟師。マグダのような仕立て屋。名前のない関係を、名前のある制度に変えたい人たちが。


「全件、面談を設定してくれ。ただし来訪が困難な遠方の場合は、書状で意思確認を行う。魔獣側の合意が確認できるまでは仮承認を出さない」


「了解です。書式はもう作ってあります」


 リノが机の引き出しから紙の束を出した。三種類の書式。情報照会への定型回答、面談申込書、遠隔地用の魔獣意思確認シート。全て日付入り。


「いつ作った」


「三日前の夜に。申請が増え始めた時点で必要になると判断しまして」


「段取りの鬼が二人いると仕事が速い」


「三人ですわ」


 キサの声が居間の奥から飛んできた。帳簿の紙を広げたまま、木板の前に立っている。


「遠方からの問い合わせに含まれる商会名を照合しましたところ、三件がわたくしの旧知の情報網と重なっています。身元確認はわたくしが代行できますわ」


「頼む」


「お任せくださいませ」


 キサが帳簿に何かを書き込んだ。金色の目に策士の光が灯っている。仮面ではない。計算と感情が同じ方向を向いた時の、キサ本来の光。


   *


 午前中に面談を二件こなした。


 一件目。エルデ西区画の酒場の主人と、厨房に棲みついた鼠型の魔獣。鼠が害虫を食べ、主人が毎晩残飯を置く。五年間の関係。恩刻は微かに灯っていた。契約成立。第三号。


 二件目。エルデ南門の門番と、門前の石壁に巣を作った鳥型の魔獣。鳥が朝に鳴くのが門番の目覚まし代わりになっている。七年間。恩刻あり。契約成立。第四号。


 どちらも派手な戦力ではない。ゴルドの鷹のような狩りの相棒でもない。日常の、小さな信頼関係。テイムでは拾えなかった――テイムする必要がなかった――ただの「一緒にいる」を、制度が認めた形。


「ハルさま。第三号と第四号の登録、完了しましたわ」


 キサが帳簿を閉じて報告した。


「今月の契約数四件。来月の予測は六から八件。半年で三十件に届く可能性がありますわ」


「数字だけ追うな。一件ずつ丁寧にやる」


「もちろんですわ。ただ、数字の推移はゼノさまの研究にも関わりますので」


 そうだ。恩刻の総量が増えれば、恩讐の王の眠りが浅くなる。ゼノの警告は頭から離れない。だが恩義契約を止めるつもりはない。止める理由がない。正しいことを正しくやる。リスクには備える。


   *


 午後。冒険者ギルドの保護室。


 ツルが毎日通っている部屋。キサの姉――シロがベッドの端に座っていた。


 今日は俺とキサの二人で面会に来ていた。ツルは朝の浄化を済ませて拠点に戻っている。


 シロの顔色は先週より良かった。頬に薄く赤みがある。首元の鎖の痕はまだ残っているが、ツルが縫った襟当てが隠している。


「今日は三つ、思い出しました」


 シロの声は以前より張りがある。意識が安定している時間が長くなっている。


「泉の場所。それから、秋に木の実を干す棚があったこと。あと――」


 金色の瞳がキサを見た。


「キサが三本目の尾を出した日。嬉しくて走り回って、水場に落ちたこと」


 キサの帳簿を持つ手が止まった。


「……覚えていらっしゃるのですね。あの時、姉さまが水場から引き上げてくださって――」


「ずぶ濡れで泣いていた。三本目の尾が水を吸って重くて、自分で立てなくて」


「それでも姉さまは笑っていましたわ。『すごいじゃない、三本目』と」


 シロが微笑んだ。テイム紋が消えた金色の瞳。自分の感情で動く目。


 キサは泣かなかった。泣かなくていい顔で、姉の言葉を聞いていた。もう泣かなくていい。泣く必要がない場所に辿り着いたのだ。


   *


 夕方。拠点。


 ゼノが書庫から出てきた。


 珍しいことではないが、表情が違った。偏屈な学者の顔ではなく、何かを確認しに来た顔。手に薄い紙を持っている。封書の表書きが赤い。


「ハル君。今朝ギルドの連絡網で届いた報告だ」


 紙を受け取った。東のハイルンからの報告。


『エルデから東に三日の距離。ハイルン近郊にて瘴獣の大量発生を確認。通常の月間発生数の十倍。加えて、瘴獣が群れを組んで移動している。街道を封鎖はしていないが、群れとしての行動が確認されたのは当地域で初めて。至急対応を要請する』


 群れを組んでいる。


 先日ゼノが見せた地図の赤い印――北東に偏る瘴獣の発生分布――と符合する。だがハイルンは東だ。偏りが東にも広がっている。


「ゼノ。瘴獣は意思を持たない。群れを組む理由がないはずだ」


「そうだ。通常の瘴獣は瘴気が具現化しただけの存在で、個体間の連携はない。群れを作るのは統率個体がいる場合だけだ。だがそれにしても――」


 ゼノが眼鏡を押し上げた。


「十倍は多すぎる。自然発生でこの数は説明がつかない。何かが瘴獣の生成を加速している」


「恩讐の王か」


 ゼノが数秒間黙った。偏屈な学者が、言葉を選んでいる。


「断定はまだ早い。だがフィンのノートの記述と、ここ数週間のデータの推移を重ねると――」


 ゼノが窓の外を見た。夕日が西に沈んでいく。東の空が暮れ始めている。


「始まったかもしれない」


 居間に音が戻ってきた。ギンがヒノと庭から戻ってくる足音。アカが二階で的当ての反省文を書き終えたらしく、階段を駆け下りてくる音。クロがソファから起き上がった気配。ツルが竈に火を入れる音。


 日常の音だ。守りたい音だ。


「明日、全員に共有する。キサ、情報網でハイルン周辺の続報を取ってくれ」


「承知しましたわ」


 キサの一尾が揺れた。平坦な声だったが、金色の目に鋭い光があった。情報屋が獲物を見つけた目。


 ゼノは書庫に戻っていった。乱れ髪と厚い眼鏡が廊下に消えていく。


 俺は木板を見た。恩義契約ギルドの運営ボード。依頼管理、契約一覧、収支表。数字が並んでいる。数字は嘘をつかない。


 だが数字の外側で、影が広がり始めている。契約が増えるたび、恩刻の総量が上がるたび、王の眠りは浅くなる。光が広がれば、影も伸びる。


 ゼノの言葉が頭に残っている。


「始まったかもしれない」


 食卓にツルの煮込みの匂いが漂ってきた。今日も八人と一頭で食べる。明日も食べる。明後日も。この食卓を守るために、備えを積む。


 段取りの鬼は止まらない。


   

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