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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第43話 「六ヶ月の時計」

試験導入から二十三日が経った。


 数字にすると短い。体感ではもっと長い。理由は単純で、恩義契約の第一号パーティーとして依頼をこなすたびに、ギルドの掲示板に報告が貼り出されるからだ。


 Aランク瘴獣討伐三件、Bランク七件、Cランク十二件。全件事故なし、味方損害なし。所要時間の中央値は一分四十秒。どの数字も、テイム獣を使った同ランク帯の平均を上回っている。


 数字は嘘をつかない。前世の上司は数字を都合よく切り取る天才だったが、こちらの世界のギルド掲示板は改竄ができない仕組みになっている。リノが申請時に三重の確認印を押すからだ。段取りの鬼が二人いると、書類は鉄壁になる。


 冒険者たちの反応も変わってきた。


 酒場で「テイムなしの変人」と呼ばれていた頃が懐かしい。最近は「恩義契約のあいつ」に変わった。呼び方が変わっただけで敬意があるかは微妙だが、少なくとも嘲笑の色は消えた。数字の前では偏見も黙る。全部が全部ではないが、黙る奴が増えた。それで十分だ。制度は空気ではなく実績で変える。


 今朝も平和だった。


 平和すぎて、逆に仕事が捗る。嵐の合間の凪を無駄にしない。それが段取りの基本だ。


 朝食はツルの白粥と焼き魚。最近の食卓は椅子が七脚になっている。六人分と、ヒノ用の低い台。台と呼んでいるが実態は木箱をひっくり返しただけだ。ギンが「(ぬし)さまの隣がいい! ぜったい!」と言い、クロが無言で左隣に座り、アカが「妾の席はどこじゃ」と騒ぎ、キサが帳簿を読みながら端に着き、ツルが最後に座る。毎朝同じ光景で、毎朝同じ順番で、毎朝少しずつ距離が近くなっている。


 問題はヒノだった。


 問題というほどの問題ではない。厩舎跡に寝床を作ったはずのヒノが、最近は庭の中央まで歩いてくるようになった。ゼノが言った通り、ツルの日常的な風の浄化がテイム残滓の回復を助けている。魔核の出力は依然として本来の三割程度だが、体力は戻りつつある。


 今朝も庭の陽だまりで丸くなっていた。隣にギンがいる。


 人型のギンが、狼型のヒノの横に座り、同じ方向を見ている。二人とも——正確には一人と一頭とも——何をするでもなく、朝日を浴びている。ギンの銀髪とヒノの赤毛が光に透けて、絵画みたいだった。


「ギン、散歩か?」


「ううん。ヒノが歩いたから、ギンも歩いた」


「走らなかったのか」


「ヒノ、遅いから。ギンがヒノに合わせた」


 銀狼のフェンリルが、炎狼の歩幅に合わせてゆっくり歩く。それだけのことだが、ギンの優しさが滲む光景だった。ギンは自分より弱い者のそばにいるとき、一番穏やかな顔をする。


 そこへツルが出てきた。手に小さな器を持っている。


「ヒノさん、朝ごはんですわ。今日は鶏の煮込みを細かくしたものと、薬草を混ぜてあります。ゼノさまの処方通りに」


 ヒノが鼻を動かし、器に顔を寄せた。一口食べて、尾が揺れる。


「お口に合いましたか。よかった」


 ツルの左肩は平らだ。右翼は畳まれて背中に沿っているが、左は付け根の骨格しか残っていない。風が吹くと、右と左の非対称が嫌でも目に入る。それでもツルは毎朝ヒノの食事を用意し、毎朝台所に立ち、毎朝笑う。翼がなくても、ツルはツルだ。本人がそう言った。俺もそう思う。


「ツル、ヒノの食事量は増えたか?」


「はい。先週の一・五倍ほどです。体重も少しずつ戻っています」


「いい傾向だ。記録しておいてくれ」


「もう記録してあります」


 段取りの鬼が三人になりつつある。リノ、ツル、そして俺。いや、キサも含めれば四人か。この拠点は書類と数字で回っている。


 庭の反対側では、アカが的を並べていた。


 木の板を五枚、等間隔に立てて、ブレスの制御訓練をしている。距離は三十歩。的は手のひら大。以前は三十歩先の人型的に当てるのが精一杯だったが、今は手のひら大の的に十発十中を叩き出す。


「見よ! 十の十じゃ!」


 アカが胸を張った。赤いツインテールが朝日に燃えるように揺れる。確かに、五枚の板すべてに焦げ跡が中心にある。見事な精度だ。Aランク竜型の火力を、針の穴に通すような制御。


「すごいな、アカ。完璧だ」


「当然じゃ! 妾は竜じゃからの!」



 ヒノはその騒ぎを横目で見て、大きく欠伸をした。


「ヒノよ! 妾の炎を見たであろう! どうじゃ、見事であろう!」


 ヒノの尾が一度だけ揺れた。興味なさそうに目を閉じ、再び丸くなる。


「な……妾の炎に興味を示さぬとは! 同じ炎属性であろう! 少しは敬意を!」


 ヒノは完全に寝た。アカの声が庭に響くが、炎狼は微動だにしない。


「アカ、ヒノはまだ回復中だ。騒がしいのは体に障る」


「むぅ……」


 アカが腕を組んで頬を膨らませた。幼竜の矜持と、炎狼の無関心。この組み合わせは今後も続きそうだ。


 クロはいつの間にか屋根から降りてきて、リビングのソファに横になっていた。


 最近のクロは、屋根裏のハンモックだけでなく、ここでも寝る。以前は高い場所にしかいなかった。屋根裏、屋根の上、木の枝。地上に降りてくることが少なかった。それがあの夜以降、少しずつ変わった。


 右耳の裂け目を隠す黒髪を、耳にかける頻度が増えた。隠すのではなく、かける。微妙な違いだが、意味は大きい。傷を見せることへの抵抗が薄れている。


 そして、俺の隣の席が完全にクロの定位置になった。


 食卓で隣。依頼の移動中も隣。作戦会議でも隣。ギンが「クロ、(ぬし)さまに近い」と指摘しても、クロは「……うるさい」と言うだけで動かない。否定もしない。以前なら「近くない」と即座に跳ね返していた。


 今は跳ね返さない。


 それだけの変化だが、クロにとっては大きな一歩だと思う。





 夜になった。


 依頼のない日の夜は早い。ギンは庭でヒノと並んで寝ている。アカは自室で的当ての反省文を書かされている(ツルの指示)。ツルは台所の片付けを終えて湯を沸かしている。クロはソファで丸くなっている。


 俺は書庫にいた。明日の依頼の下準備と、試験導入の経過報告書の下書き。数字を整理し、リノに渡す分の書類を仕上げる。


 扉が開いた。キサだった。


 帳簿を持っている。この時間にキサが書庫に来るのは珍しくない。月末の経費精算が近いから、帳簿の照合だろう。


「ハルさま、月末の帳簿を」


「ああ、ここに置いてくれ」


 キサが帳簿を机に置いた。だが、帰らない。


 立ったまま、こちらを見ている。金色の目が揺れている。キサの目が揺れるのは、感情が計算を追い越したときだ。


「キサ?」


「……情報が入りましたわ」


 声が低い。いつもの淡々とした報告口調ではない。


「テイマーギルドの内部会議が三日後に開かれます。議題は——」


 キサが一度、唇を噛んだ。


「——『暴走したテイム獣の廃棄処分』ですわ」


 廃棄処分。


 登録番号TG‑0439。グレイヴの管理下から離れ、現在はギルドの保護施設に収容されているテイム妖狐。公開実演で制御紋が崩壊し、暴走した個体。


 キサの、姉だ。


「廃棄って……殺処分か」


「テイマーギルドの規定では、制御不能と判断されたテイム獣は処分対象になります。前例は過去十年で七件。全件、執行されています」


 キサの顔から血の気が引いていた。帳簿を持つ手が震えている。計算高く、感情を仮面の下に隠す九尾の妖狐が、今、仮面を保てなくなっている。


「三日後……」


「はい。三日後ですわ」


 六ヶ月の時計が動いている。試験導入の期限。恩義契約の制度化。キサの姉の命。全部が繋がっている。


 数字を積み上げる時間は、まだ足りるか。


「キサ。座れ」


「……はい」


「情報を全部出せ。会議の出席者、議事進行の順番、採決方法、過去の廃棄処分の手続き。全部だ」


「……全部、用意してありますわ」


 キサが懐から紙の束を取り出した。震える手で、だが正確に。


 六ヶ月の時計は止まらない。だから、俺たちも止まらない。



 



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