第4話 「三人と段取り」
クロが「三日で出て行く」と言ってから、五日が経っていた。
「……別に居座ってるわけじゃないから。たまたま出て行くタイミングがなかっただけ」
「聞いてない」
「独り言!」
朝食の干し肉を噛みちぎりながら、クロが耳を逆立てる。
その隣で、ギンが俺の腕に頬を寄せていた。
「主さま、今日の依頼は?」
「Eランクの討伐を二件と、薬草採取を一件。全部東の森の近辺だ」
「三件? 一日で?」
クロが眉を上げた。
「普通、Eランクは一日一件でしょ」
「普通はな。だが三件とも東の森の半径二キロ以内に収まってる。リノさんに隣接依頼を抽出してもらった」
昨日の夜、宿の部屋で地図を広げて計算した。
依頼Aの蟲型瘴獣は森の入口付近。依頼Bの泥蜥蜴型は森の南東の水場。薬草採取地点はその中間。
移動ルートを最適化すれば、三件を一筆書きで回れる。
「依頼Aで東に入って、そのまま南東に下りながら薬草を採取。依頼Bの水場に着く頃には昼前だ。午後早くにはギルドに戻って報告できる」
クロが黙った。
ギンが小首を傾げた。
「主さまは、いつもそうやって考えてるの?」
「考えるしかないからな。俺には戦う力がない。だったら、お前たちが一番楽に戦える段取りを組むのが俺の仕事だ」
「ギンは主さまと一緒なら何件でもやる」
「あたしは別に……まぁ、暇だし。ついて行ってあげてもいいけど」
クロの尻尾が小さく揺れている。
素直じゃない猫だ。
*
東の森に入って、最初の異変はすぐに訪れた。
「主さま、匂い。蟲型が……四体。依頼書には三体って書いてあったのに」
「増殖してるな。瘴獣は群れが一定数を超えると分裂する。報告が出てから三日経ってるから、一体増えた計算だ」
「あんた、そういうのも計算するの」
「依頼を受ける前に、報告日と現在日の差は必ず確認する。瘴獣の増殖速度は種類ごとに大体分かってるからな」
クロが妙な顔をした。
感心しているのか呆れているのか、判別がつかない。
「作戦を変える。ギン、正面から二体。クロ、右の茂みに回って残り二体の退路を断て」
「退路?」
「蟲型は追い詰められると地中に逃げる。そうなると再討伐の手間が増える。逃走経路を塞いでから叩く」
「……あたしに指示するわけ?」
「嫌なら無視していい。ただ、この方が早く終わる」
クロの猫耳がぴくぴくと動いた。
「……早く終わるなら、まぁ」
ギンが先に飛び出した。
銀の爪が二体の蟲型を一閃で両断する。
残り二体が地面に潜ろうとした瞬間、黒い影が横から走った。
クロだ。
ギンとは全く違う動き。音がない。気配がない。
猫特有の、地面すれすれの低い疾走。
瘴獣の逃走先を塞ぐように回り込み、鋭い蹴りで地面から弾き出す。
浮いた二体をギンが叩き落とした。
四体。十五秒。
「ぬ、主さま」
ギンが少し息を切らして戻ってきた。
「ギンが全部倒せたのに」
「ギンが全部倒すと、クロの実績が付かない。同行魔獣の承認には二体とも実績が要る」
「…………」
「怒るなよ。お前が一番強いのは分かってる」
「……分かってるならいい」
尻尾がしょんぼり下がってから、また上がった。単純で助かる。
クロが横で耳を伏せていた。
「……あんた、あたしの実績まで考えてたの」
「当たり前だ。三十日の期限はお前にもかかってる」
「頼んでない」
「頼まれなくてもやるって言っただろ。経費管理と同じだ」
「あんたのその『経費管理と同じ』って口癖、ちょっとどうかと思うわよ」
文句を言いながらも、クロの足取りは軽かった。
*
薬草の採取地点に着いたのは、予定より十分早かった。
「ギン、この辺りに青紋草が群生してるはずだ。見た目は……」
「知ってる。青い線が入った葉っぱ。ギン、鼻が利くから任せて」
ギンが茂みに潜っていく。
狼の嗅覚は伊達ではない。薬草採取にこれほど向いている仲間はいないだろう。
俺は採取した薬草の鮮度管理に頭を切り替えた。
青紋草は採取後六時間で薬効が半減する。
湿らせた布で根元を包み、直射日光を避ければ十二時間まで延長できる。
帰りのルートを考えると、薬屋に直行すれば買取価格が二割増しになる。
「主さま、あった! いっぱいある!」
「依頼の必要量は二十本。余分に五本採って、予備として薬屋に直接卸す。差額は銀貨二枚になる」
「あんた、採取依頼で利ざやまで計算するの……」
クロが木の枝に腰掛けて、半眼でこちらを見ていた。
「冒険者っていうより商人でしょ、それ」
「生き残るためには何でもやる。前の会社でも、部署の予算が足りなくて備品を他部署から融通してた」
「会社?」
「……なんでもない。前の話だ」
口が滑った。前世の話をしても通じない。
だがクロは深追いせず、尻尾を揺らしながら枝の上で欠伸をした。
「あたしは戦うだけでいいってこと?」
「戦闘と偵察はお前たちの仕事。段取りと管理は俺の仕事。それぞれ得意なことをやる方が効率がいい」
「役割分担ってやつ?」
「ギンにも言ったな。そうだ」
クロの耳がぴくりと動いた。
「……ギンにも同じこと言ったんだ」
「同じことだからな」
「ふーん」
尻尾の先がぱたぱたと揺れている。
嬉しいのか不機嫌なのか読めない。猫は難しい。
*
依頼Bの水場に着いたのは昼前、予定通りだった。
泥蜥蜴型の瘴獣は水中に潜んでいる。
水に入れば有利を取られる。岸から引きずり出す必要がある。
「ここで問題だ」
水場の岸辺にしゃがみ、地形を見た。
「泥蜥蜴型は振動に反応する。石を投げて誘い出すのが定石だが、二体同時に出てくると挟まれる」
「ギンが正面で受けて、あたしが横から叩く? さっきと同じ」
「いや、逆だ」
クロが目を瞬いた。
「さっきの蟲型は地上戦だからギンの突破力が活きた。だが泥蜥蜴は水辺で足場が悪い。正面に立つなら、体重が軽くて足場を選ばないお前の方が向いてる」
「あたしが……囮ってこと?」
「囮じゃない。牽制役だ。泥蜥蜴の注意を引きつけて岸に誘導してくれ。岸に上がった瞬間にギンが仕留める」
ギンの目が光った。
「主さまの言う通りにする」
クロは数秒黙ってから、枝を下りた。
「……あたしの方が向いてるって言ったわね」
「足運びの軽さは、お前の方が上だ。ギンは力はあるが、ぬかるみだと爪が沈む。猫の足裏の方が接地面積が広くて滑りにくい」
「そこまで見てたの」
「見るのが仕事だ」
クロの耳がほんの一瞬だけ横に開いた。猫が照れた時の動きだと、前世の猫動画で学んだ。
作戦は二分で終わった。
クロが水面ぎりぎりを走って泥蜥蜴を挑発し、岸に引きずり出す。
ギンが跳躍して二体まとめて仕留めた。
「三件目完了。時刻は……予定より二十分早い」
「ぬしさ……主さま、ギン頑張った」
「ああ。クロも良い動きだった」
「……別に、あんたの指示が的確だっただけよ」
素直じゃない。だがその尻尾は正直だった。
三件合計の報酬は銀貨二十一枚。
薬草の直接卸しで追加の銀貨二枚。
合計銀貨二十三枚。
通常ペースのEランクソロなら、一日一件で銀貨三枚から四枚。
三人パーティーの効率化で、約六倍。
帰り道、ギンが右側を歩き、クロが少し離れて左側を歩いた。
二日前と同じ配置だが、クロの距離が半歩だけ縮まっている。
*
ギルドに戻ると、リノが報告書を受け取りながら目を見開いた。
「三件同日完了……Eランクの同日複数完了は、この支部でも月に二、三件しかありません」
「依頼の配置が良かっただけだ。リノさんが隣接依頼を抽出してくれたおかげだ」
「いえ、抽出はしましたが、ルートを組んだのはハルさんです。こんなに効率的な処理は見たことありません」
リノがペンを止めて、こちらを見た。
「ハルさんは、何者なんですか?」
「ただの荷物持ちだよ」
「荷物持ちは、隣接エリアの移動最適化なんてしません」
「する荷物持ちもいる」
リノが小さく笑った。
その笑顔は、事務的ではなく、少し個人的なものに見えた。
ギルドの掲示板の横を通り過ぎる時、一枚の紙が目に留まった。
Dランク昇格試験の告知。
条件は、Eランク依頼の完了実績二十件以上、かつ推薦者一名。
現在の実績は七件。残り十三件。仮承認の期限内に届くか。
「ギン、クロ。少しペースを上げる」
「主さまが言うなら」
「……好きにすれば」
宿への帰り道。
日が傾きかけた通りで、クロが不意に口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
「あんたさ。さっきの依頼で、あたしの足の特性を見て作戦を変えたでしょ」
「ああ」
「ギンとは別の役割を、あたしに振った」
「お前に向いてる役割だからだ」
「……あたしね」
クロの声が、少しだけ小さくなった。
「前にいた群れでは、はぐれ者だったの。黒猫は不吉だって。足が速いだけで、力がないから戦力にならないって」
立ち止まりそうになったが、歩調を変えなかった。
振り返らない方がいい。猫は見つめられると逃げる。
「力がないんじゃない。役割が違うだけだ」
「……それ、本気で言ってる?」
「お前の機動力がなかったら、今日の泥蜥蜴は倒すのに倍かかってた。報酬も半分。つまりお前がいるだけで、このパーティーの収益は二倍になる」
「収益って……あんたほんと商人よね」
「褒め言葉として受け取る」
クロが鼻を鳴らした。
だが、その後に聞こえた声は小さかった。
「……ありがと」
聞こえないふりをした。
猫の感謝は、受け取らない方がいい。受け取ると照れて引っ込む。
前世の猫動画で学んだ。
ギンが俺の袖を引いた。
「主さま。あの猫、ちょっとだけ認める」
「何を?」
「足が速いところ。……ちょっとだけ」
銀の尻尾と黒の尻尾が、夕日の中で並んで揺れていた。
―――――――――――――――――――――――――




