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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第38話 「合同審議」

冒険者ギルド本部の大会議室は、思ったより天井が高かった。


 石造りの壁に縦長の窓が四つ。朝の光が斜めに差し込んで、長いテーブルの上に四角い影を落としている。テーブルは楕円形で、十二人が座れる大きさだ。だが今日の出席者は七人。テーブルの大半が空席で、余白が緊張を際立たせていた。


 冒険者ギルド側。テーブルの左に三人。


 エルドス支部長が上座に近い位置に座っている。白髪の老人。鷲の目。背筋が真っ直ぐだ。その隣にリノ。ギルドの制服にいつもより丁寧にアイロンがかかっている。書類の束を膝の上に置いて、背筋を伸ばしている。そして俺。


 テイマーギルド側。テーブルの右に三人。


 グレイヴが中央に座っていた。灰色の髪。鋭い眼光。黒い外套にテイマーギルドの紋章。表情を動かさない。その両脇に副幹部が一人ずつ。


 右がモーゼル。五十代。丸い眼鏡をかけた温和そうな男で、手元にメモ帳を開いている。


 左がレイン。四十代。痩身で、口元が引き締まっている。グレイヴの方を時折見ているが、従属的というよりは様子を窺っている目だ。


 テーブルの端に書記が一人。議事録用。


 七人。この七人で、恩義契約の命運が決まる。


「それでは、合同審議を開始します」


 エルドスが口を開いた。声は低いが、会議室の隅まで届く声量がある。


「議題は、冒険者ギルド・エルデ支部より上申された新制度『恩義契約』の導入について。提案者であるハル君、概要の説明を」


 立ち上がった。


 前世のプレゼンと同じだ。結論を先に言う。根拠を数字で示す。相手の反論を想定して、先回りで潰す。


「恩義契約は、テイム術に代わる制度ではありません。テイム術と並立する、新しい選択肢です」


 最初の一文で、過去の否決理由を潰した。キサの資料に記されていた三件の前例。全て「テイム術の否定につながる」という理由で否決されていた。だから否定ではないと最初に明言する。


「テイム術は魔獣の魔核に直接干渉し、命令に従わせる制御技術です。百年の歴史があり、数え切れない場面で人命を守ってきた。その価値を否定するつもりは一切ありません」


 グレイヴの目がこちらを捉えている。表情は動かない。だが聞いている。


「恩義契約は、魔獣の自由意志を前提にした契約関係です。テイムが魔核への強制干渉であるのに対し、恩義契約は互いの合意に基づきます。魔獣が自らの意思で契約を結び、自らの意思で行動する。制御ではなく信頼で繋がる関係です」


 リノに目配せした。リノが書類の束からページを抜き出し、テーブルの中央に置いた。七部コピー。全員に行き渡る。


「添付資料の一頁目。私のパーティーの活動実績です」


 数字が並んでいる。依頼完了数、報酬効率、戦闘事故率、同行魔獣の管理実績。Eランクからの昇格速度。南街道の殲滅記録。東部丘陵の討伐記録。全て日付と証拠書類の番号付き。


「Eランクからの活動開始以降、戦闘中の重大事故はゼロです。同行魔獣五体、全てテイム契約なし。テイム術を一切使わずに、Aランク相当の討伐実績を達成しています」


 モーゼルがメモを取っていた。数字を一つずつ書き写している。この男は数字で動く。キサの票読み通りだ。


「二頁目。恩義契約の制度設計案です。契約の成立条件、管理責任の所在、解消の手続き、既存のテイム制度との関係。全てリノさんが規約との整合性を確認した上で条文化しています」


 リノが小さく頷いた。十二枚の草案。三日で書き上げた力作だ。


「三頁目。過去に類似の提案がなされた三件の前例と、その否決理由の分析です。三件とも『テイム術の否定につながる』という理由で否決されていますが、本提案はテイムの否定ではなく並立を明記しており、この否決理由は適用されません」


 キサが用意した資料。否決理由を先回りで潰す構成。前世の法務部の同僚なら唸る仕事だ。


 説明を終えた。座った。


 数秒の沈黙。


 グレイヴが資料を捲っていた。一頁目から三頁目まで、一行ずつ目を通している。読む速度は遅くない。だが飛ばさない。全てを確認している。


 資料を閉じた。顔を上げた。


「数字は確認した。実績は認める」


 最初の一言で、俺は少しだけ驚いた。数字を否定してくると思っていた。だがグレイヴは実績を真正面から認めた。


「だが、実績と制度は別の問題だ」


 来た。ここからが本題。


「ハル君。君の実績が優れていることは数字が示している。だが制度というのは、君一人にできることを万人に適用するということだ。君にできることが、他の冒険者にもできるのか。その保証はあるか」


 再現性の問題。キサと想定していた反論パターンの一つ目。回答は用意してある。


「再現性については、現時点で保証できません」


 正直に答えた。嘘をつくより、認めた上で論点をずらす方が有効だ。


「だが再現性がないことは、制度化を否定する理由にはなりません。テイム術も、すべてのテイマーが同じ技量を持っているわけではありません。テイム獣の暴走事故が年に数件報告されていることがそれを示しています。技量の差がある中で制度が運用されているのはテイムも同じです」


 グレイヴの目が僅かに細くなった。痛いところを突かれた顔ではない。想定内だという顔だ。


「テイム術には訓練課程がある。テイマーは資格試験を通過して初めて術を使える。品質の担保が制度に組み込まれている。恩義契約にはそれがない。誰が契約を結んでいいのか、どう品質を管理するのか。その仕組みが提案に含まれていない」


 来た。二つ目の反論パターン。品質管理。これもキサと想定していた。


「ご指摘の通りです。現時点の提案には資格要件が含まれていません。これは意図的に外しています。恩義契約の前提は魔獣の自由意志です。資格要件を設けることで、契約の可否を人間側の基準で制限することになれば、自由意志の原則と矛盾します」


「では野放しか。誰でも魔獣と契約できる。それこそ危険ではないか」


「制限は設けます。ただし人間側の資格ではなく、契約の成立条件として。恩義契約が成立するためには、魔獣側の明確な合意が必要です。合意がなければ契約は成立しない。つまり品質の管理者は人間ではなく、魔獣自身です」


 グレイヴの眉が僅かに動いた。初めて想定外の回答が来た、という反応に見えた。


「魔獣に品質管理を委ねると」


「魔獣の自由意志を前提にする以上、そうなります。魔獣が信頼に足ると判断した人間とだけ契約が成立する。人間側が一方的に決める制度ではありません」


 モーゼルがメモを取る手を止めた。こちらを見ている。目に興味の色がある。


 レインは表情を変えていない。だが腕を組んでいた手が解けていた。


 グレイヴが沈黙した。五秒。十秒。


「……一つ聞く」


 グレイヴの声が変わった。幹部の声ではない。もっと個人的な声。


「信頼では安全は担保できない。百年の歴史がそれを示している。テイム術が生まれたのは、信頼だけでは人が死ぬからだ。恩義契約を結んだ魔獣が暴走した場合、誰がそれを止める。君か。君がいなかったらどうなる」


 これは想定パターンの三つ目ではなかった。


 キサと準備した反論リストにはない質問だった。制度の話ではなく、個人への問いかけ。グレイヴの信念そのものがぶつけられていた。


 回答を組み立てようとした。数字が頭に浮かばない。前例もない。規約の条文も使えない。


 ギンの暴走。渓谷で名前を呼んで止めた。あれは段取りではなかった。計算でもなかった。ただ、名前を呼んだ。それだけだ。


 だがそれを「制度としての安全保障」と言えるか。言えない。名前を呼んで止まる保証はどこにもない。次も止められる保証もない。


 詰まった。


 三秒の沈黙が、会議室に落ちた。


「……保証はありません」


 正直に言った。


 グレイヴの目が鋭くなった。だが追撃はしなかった。


「保証がないことを認めた上で言います。暴走のリスクはテイム獣にもあります。年に数件の事故報告がそれを示しています。リスクがゼロの制度は存在しない。問題は、リスクが発生した時にどう対処するかです」


「対処の方法が属人的だと言っている。君にしかできないことは制度にならない」


「今は属人的です。だが制度として運用する中で、対処の方法論を蓄積することはできます。恩義契約の第一号として俺が運用し、その中で得られた知見を制度に反映させていく。最初から完璧な制度を作ることはできません。走りながら作る以外にない」


 エルドスが口を開いた。審議の中で初めての発言だった。


「走りながら作る、か。テイム術も最初はそうだったと聞いている。百年前、テイム術の創始者が初めて魔獣を制御した時、制度も資格も何もなかった。一人の実績から始まって、百年かけて今の形になった」


 グレイヴがエルドスを見た。


「エルドス殿。それは恩義契約を支持する発言ですか」


「支持ではない。事実を述べているだけだ。全ての制度は、最初は一人の実績から始まる。それが制度になるかどうかは、実績の積み重ねが決める」


 エルドスが俺を見た。鷲の目。


「だが実績を積む機会がなければ、制度にはならない。グレイヴ殿。試験的な導入を検討してはどうだろうか。期間と範囲を限定して、実績の蓄積を見る。それなら既存のテイム制度を脅かすこともない」


 モーゼルが頷いた。


「私も試験導入に賛成です。実績データを蓄積した上で、改めて本格導入の可否を判断する。合理的な手順だと思います」


 二票。エルドスとモーゼル。冒険者ギルド側とテイマーギルド穏健派。キサの票読み通りだ。


 レインが口を開いた。今日の審議で初めて。


「グレイヴ殿。試験導入であれば、リスクは限定的です。事故が起きた場合の即時廃止条件を設ければ、テイマーギルドとしても許容範囲ではないでしょうか」


 三票目が動きかけた。レインはグレイヴに従う傾向があるとキサは言っていた。だが条件付きなら賛成に回る可能性がある、とも。


 グレイヴの表情が動かない。五秒。十秒。会議室が静まりかえっている。書記のペンが止まっている。


「試験導入を認めるとして」


 グレイヴの声は静かだった。


「条件がある」


「どうぞ」


「安全性を証明する追加実績の提出。試験導入の開始前に、恩義契約の状態でAランク以上の依頼を複数回成功させ、事故ゼロの記録を示すこと。期限は一ヶ月。一ヶ月以内に追加実績を提出できなければ、審議は否決とする」


 一ヶ月。Aランク以上の依頼を複数回。事故ゼロ。


 厳しい条件だ。だが不可能ではない。南街道と東部丘陵の実績がある。同等以上の依頼をこなせばいい。


「もう一つ」


 グレイヴが続けた。


「試験中に事故が起きた場合の責任は、提案者であるハル君が全て負う。ギルドではなく個人が。受けられるか」


 個人責任。事故が起きれば、俺の冒険者資格だけでなく、恩義契約の制度そのものが消える。五人の契約が解消される。キサの姉を助ける法的根拠が消える。全てが振り出しに戻る。


「受ける」


 即答した。


 グレイヴの目が一瞬だけ揺れた。何を見たのかは分からない。だがすぐに元の鋭い目に戻った。


「では、次回審議は一ヶ月後。条件を満たした場合に限り、試験導入の可否を最終決定する。異議はあるか」


 異議なし。


 合同審議は閉会した。



        ◇



 会議室を出た廊下で、リノが小さく息を吐いた。


「否決されなかった。それだけでも大きいです」


「ああ。だが一ヶ月の猶予は短い。Aランク以上を複数回、事故ゼロ。依頼の選定からやり直す必要がある」


「候補はいくつかあります。帰ったら相談しましょう」


 エルドスが廊下の奥から歩いてきた。


「ハル君。よくやった。詰まった場面もあったが、正直に『保証はない』と言ったのが良かった。嘘をつく人間は信用されない。数字で戦う人間は、数字にないものは正直に認める。それが信頼になる」


「ありがとうございます」


「一ヶ月、存分にやりなさい。私からも本部に後押しする」


 エルドスが去った後、廊下の奥から足音がした。


 グレイヴだった。


 黒い外套が廊下の薄暗い照明に沈んでいる。モーゼルとレインはもう先に帰ったらしい。グレイヴだけが残っていた。


 俺の前で足を止めた。


 十秒の沈黙。


「ハル君」


「はい」


「私も昔、信頼で魔獣と向き合おうとしたことがある」


 声が変わっていた。幹部の声ではない。審議の声でもない。もっと深い場所から出る声。


「テイマーになったばかりの頃だ。最初のテイム獣に名前をつけた。毎日世話をして、一緒に依頼を受けて。テイムの制御紋があったが、私はそれに頼りたくなかった。信頼で繋がりたいと思った。若かった」


 グレイヴの目が、廊下の窓の向こうを見ていた。エルデの街並み。屋根の向こうに見える青空。


「魔核が劣化した。私の技量が足りなかった。制御紋が崩壊して、テイム獣が暴走した。村を襲った。三十七人が死んだ。妻と子供も」


 廊下の空気が冷えた。


「信頼で向き合おうとした結果が、家族の死だった。信頼は裏切られる。感情は崩れる。制御だけが確実だと、私はあの夜に学んだ」


 グレイヴがこちらを向いた。


 鋭い目。だがその奥に、二十年分の疲労が見えた。信念を握りしめ続けた手が、限界に近い顔だった。


「君にはそうなってほしくない」


 声が低かった。敵意ではなかった。


「だが、止める気もない」


 一拍の間。


「証明してみせろ。一ヶ月で。信頼で繋がることが制度になり得ると。私が間違っていたのだと」


 俺はグレイヴの目を見た。


「間違っていたとは言いません。あなたの経験は本物です。失ったものも本物だ。それを否定する権利は俺にはない」


「……」


「ただ、俺はあなたとは違う方法を選んでいます。同じ失敗をしないとは言えない。だが同じ失敗をしないために、段取りを組みます。それが俺にできる全てです」


 グレイヴが数秒間、俺を見つめていた。


 それから踵を返した。黒い外套が翻って、廊下の奥に消えていく。


 足音が遠ざかる直前、小さな声が聞こえた。


「一ヶ月だ」


 それだけだった。


 敵ではない。味方でもない。だが、初めてグレイヴの声に敵意以外のものが混じっていた。


 恐怖と、ほんの僅かな期待。


 二十年間閉じていた扉の隙間から、光が一筋だけ漏れたような声だった。






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