表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/69

第31話 「懲りないレクスにざまぁを」

その日の依頼書は、見覚えのない筆跡で書かれていた。


「エルデ東部丘陵地帯、瘴獣群発生の緊急討伐依頼。報酬:金貨十枚。推奨ランク:B以上。依頼元:テイマーギルド管轄・臨時安全管理局」


 封書は拠点に直接届いていた。朝、ギンが門の前で拾って居間の机に置いた。封蝋の紋章はギルド正規のものだが、紙の質が微かに違う。俺は指先で封蝋の縁を撫でて、眉を寄せた。


「リノ経由じゃない。直接届いてる」


 キサが茶を啜りながら目を細めた。


「ハルさま。その依頼書、昨晩わたくしの情報網にも引っ掛かりましたわ」


「知ってたのか」


「ええ。三日前からテイマーギルド末端の事務員が臨時依頼書を二通作成していまして。一通は正規のギルド控え、もう一通は——」


 キサが懐から薄い紙を抜き、机に滑らせた。俺の名前と拠点住所が記された走り書き。その下に、小さく署名がある。


 レクス。


「レクスがグレイヴの部下と組んで、偽の緊急依頼でハルさまを東部丘陵に誘い出す。到着後、『テイムなしの魔獣が暴走した』という虚偽報告をギルドに提出し、冒険者資格を停止に追い込む。そういう筋書きですわ」


 アカの眉根が寄せられる。


「罠じゃ! 行く必要ない!」


「いや」


 俺は依頼書をもう一度読んだ。丘陵地帯の座標、瘴獣の種別、推定数。偽の依頼書でも、記載された場所に本物の瘴獣がいる可能性は高い。テイマーギルドが三日前から把握しているなら、放置すれば東街道の商隊に影響が出る。


「キサ。東部丘陵に実際の瘴獣は」


「おりますわ。Bランク相当の甲虫型が七体、Cランク相当の小型群が二十前後。テイマーギルドが手を出さなかったのは、罠の舞台として温存していたのでしょう」


 俺は木板に炭筆を走らせた。


「罠を仕事に変える。段取りは俺の領分だ」


 クロが屋根裏から顔を出した。


「またそのパターン?」


「最適解を求めるとパターンが生まれるんだ」



        ◇



 東部丘陵は、エルデの街から馬車で半刻の距離にある低い岩場の連なりだった。草は疎らで、岩の隙間から瘴気の薄い霧が漂っている。


 丘の手前で全員を止めた。


「作戦を確認する。キサ、幻術の範囲は」


「丘陵全体は無理ですわ。ただし、入り口から百歩以内なら偽の瘴気源を三つまで維持できます」


「充分だ。甲虫型は瘴気の濃い場所に集まる習性がある。偽の瘴気源で群れを三方向に分散させろ。アカ、分散した群れのうち最大の塊をブレスで焼く」


「任せよ!」


「ギン、クロ。残りの二群をそれぞれ担当。小型は数が多いが個体は弱い、一対多でも問題ない」


「わかった!」


「はいはい」


「ツル。回復と浄化に専念。誰か一人でも傷を負ったら即座に下がらせる」


「承知いたしました」


「俺は全体の動きを見る。逸れた個体がいたら指示を出す。各自、持ち場から離れるな」


 五人が頷いた。俺は炭筆で岩に簡易の配置図を描き、方角と距離を数字で示した。


「開始」


 キサの金色の目が細まり、丘陵の入り口付近に三つの紫紺の光が浮かんだ。偽の瘴気源。甲虫型の瘴獣が触角を震わせ、群れが三方向に割れ始めた。


 最大の群れ——甲虫型四体と小型八体——が左の窪地に集まった瞬間、アカが跳んだ。


「喰らえ!」


 赤い鱗の間から炎が溢れ、窪地全体を焼いた。甲殻が爆ぜる音が連続し、瘴気が焦げた匂いに変わる。四体の甲虫型は三秒で炭化した。


 右の群れにはギンが突入した。銀色の体躯が岩を蹴り、爪が甲虫の関節を正確に裂く。一体、二体、三体。ギンの動きに無駄はなかった。


 中央の小型群にはクロが影のように滑り込んだ。黒い爪が閃くたびに小型瘴獣が崩れ落ちる。クロは音を立てなかった。


 ツルの白い翼が広がり、浄化の風が丘陵を撫でた。残留瘴気が薄れ、空気が澄む。


 開始から一分半。


「——終了」


 俺が静かに宣言した。甲虫型七体、小型群二十二体。全滅。味方の負傷、零。



        ◇



 討伐が終わった直後、丘陵の東側から三人の男が現れた。テイマーギルドの制服を着た二人と、見覚えのある赤毛の男。


 レクス。


「……は? もう終わってんのか?」


 レクスの顔が引き攣った。隣のテイマーギルド職員が小声で何かを伝えたが、レクスは聞いていなかった。


「い、いや、関係ねえ。こいつのテイムなしの魔獣が暴走した証拠を——」


「証拠?」


 キサが岩の上から声を落とした。九尾のうち一尾だけを揺らしながら、薄い笑みを浮かべている。


「レクスさま。わたくし、三日前からあなたの動きを追っておりましたの。テイマーギルド臨時事務局での偽依頼書の作成、副支部長補佐への虚偽報告の下書き、そしてこの丘陵で『暴走事故』を捏造するための打ち合わせの記録」


 キサが三枚の紙を扇のように広げた。日付、署名、内容。全てレクスの筆跡と、テイマーギルド末端職員の印が押されていた。


「な……どこでそれを……!」


「情報屋を舐めないでいただけます?」


 レクスの顔が青ざめた。隣のテイマーギルド職員二人は、既に後退り始めていた。


 俺は腕を組んだまま、静かに言った。


「レクス。依頼は本物の瘴獣だった。俺たちは正規に討伐した。報告書はリノに直接提出する。お前の偽報告と、俺たちの実績報告。ギルドがどちらを採用するかは明白だろう」


「ふ、ふざけんな! テイムもなしに魔獣を連れ回すのが異常なんだよ! お前のせいでテイマーギルドの立場が——」


「それはお前の都合だ。俺の問題じゃない」


 レクスは拳を握ったが、周囲に味方はいなかった。テイマーギルドの職員は既に姿を消していた。


 レクスの拳が震えていた。怒りだけじゃない。追放した荷物持ちに見下ろされている屈辱が、顔に滲んでいた。


 だが俺は何も追い打ちをかけなかった。言う必要がない。数字と事実が全てを語る。前世の営業で学んだ。勝った時に余計な一言を加えるのは、品がない上に相手を追い詰めすぎる。追い詰められた人間は予測不能な動きをする。


 レクスが踵を返して去っていく背中を、黙って見送った。



        ◇



 エルデのギルド本部。


 リノが受付の奥で報告書を二通並べた。一通はハルの討伐報告。瘴獣の種別、数、討伐時間、味方の損害。全て数字で記載されている。


 もう一通はキサが提出した証拠書類の写し。レクスによる偽依頼書の作成経緯、虚偽報告の下書き、テイマーギルド末端職員との共謀の記録。


 リノは溜息を一つ吐いた。


「副支部長に報告します。レクスの冒険者資格は最低でも停止処分。テイマーギルド側にも調査が入るでしょう」


「頼む」


「ハルさん。……これ、掲示板に出しますよ。討伐実績も、レクスの処分も。規定通りです」


 翌日、ギルドの掲示板に二枚の紙が貼られた。


 一枚目。


『東部丘陵瘴獣討伐完了。Bランク甲虫型七体、Cランク小型二十二体。討伐者:ハル(Cランク)及び同行魔獣五体。所要時間:約一分半。味方損害:なし』


 二枚目。


『冒険者レクス(Cランク)に対し、偽依頼書作成及び虚偽報告未遂の疑いにより、冒険者資格の無期限停止処分。詳細は支部管理室にて閲覧可』


 掲示板の前に人だかりができた。


「一分半で甲虫型七体……?」

「テイムなしで?」

「レクスの奴、まだ懲りてなかったのか」

「つーか、テイムなしの方が強くないか、これ」


 冒険者たちの視線が変わっていた。畏怖でも嫉妬でもなく、数字を見た上での純粋な評価として。



        ◇



 その夜。


 拠点の門を、何かが叩いた。ノックではない。低い位置から、控えめに、爪で引っ掻くような音。


 ギンが最初に反応した。耳が立ち、鼻が動く。


「……瘴獣じゃない。獣。でも、知ってる匂い」


 俺が門を開けた。


 月明かりの下に、一匹の狼が蹲っていた。体躯は大型犬ほど。橙と赤が混じった毛並みは所々焦げ、左耳の付け根に古い火傷の痕がある。


 炎狼。


 レクスが以前テイムし、逃げ出したとされるBランクの魔獣。テイマーギルドの記録では『制御不能により廃棄予定』と記載されていた個体だ。


 炎狼は俺を見上げた。赤い瞳は濁っていなかった。テイムの光も、瘴気の影もない。ただ、疲れ切った目をしていた。


 キサが目を細める。


「テイムの残滓がありませんわ……自分の意思で来たようです」


 炎狼はゆっくりと前足を折り、頭を下げた。跪くように。


 俺は屈んで、炎狼の目線に合わせた。


「お前、名前は」


 炎狼は首を横に振った。小さく、確かに。


「……なかったのか」


 炎狼は答えなかった。ただ、赤い目が俺を見つめていた。名前を持たない獣の目。何かを待っている目。


 胸の奥で、六つ目の熱が灯った。


 ——ああ、また拾った。


 違う。拾ったんじゃない。来たんだ。


 背後でギンの声がした。


(ぬし)さま……また増えるの?」


 銀の耳が垂れている。声には諦めが三割、心配が四割、そして三割の「知ってた」が混じっていた。


「分からない……ただ困っているなら助ける。それだけだ」


 クロは何も言わなかった。ただ屋根裏の窓から下を覗いて、炎狼を一瞥した。


「……また松明一本で突っ込むつもりなら止めるわよ」


「突っ込まない。向こうから来たんだ」


「そう。なら、入れてあげなさいよ。外は寒いでしょ」


 ツルが玄関から出てきた。手に毛布を一枚持っている。


「お客さまですか。それとも——」


「まだ分からない。ただ、怪我はしてないみたいだ。痩せてるけど」


「では、まず温かいものを」


 ツルが炎狼の前に屈んで、毛布をそっとかけた。炎狼の体温で毛布の縁が微かに焦げたが、ツルは気にしなかった。白い指が橙色の毛並みを撫でる。


「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」


 炎狼の目から、涙のような光が一瞬だけ零れた。


 六人と一匹で、門の前に立っていた。月が高い。秋の夜気は冷たかったが、門の内側はいつもと同じ温度だった。



        ◇



 その同じ夜。


 ギルドの奥、幹部室。


 グレイヴは報告書を机に置いた。レクスの処分通知。東部丘陵の討伐記録。掲示板の反応報告。


 長い沈黙の後、窓の外を見た。


「……秩序を壊す男だ」


 誰に言うでもなく、呟いた。


 机の隅に、古い写真立てがあった。色褪せた絵の中に、若い女性と小さな子供。二人とも笑っている。


 二十年前の夜。担当のテイム獣が暴走し、村を襲った。三十七人が死んだ夜。制御を失った魔獣が何をするか。グレイヴはそれを体で知っている。


「テイムなしで五体。いや、六体目が来たか」


 炎狼の件は、まだ報告書には上がっていない。だがグレイヴの情報網は速い。


「自由にさせれば、また誰かが死ぬ。あの夜のように」


 グレイヴの声には、怒りではなく、恐怖があった。


 大切なものを失った人間だけが持つ、静かな恐怖。


 写真立てを引き出しに仕舞い、灯りを消した。


 暗い部屋に、テイマーギルドの紋章だけが月光で光っていた。



        





────────────────────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ