第27話 「六人の初陣」
Aランクの依頼書は、赤い縁取りの上にさらに金の封蝋が押されていた。
『巨蟲型瘴獣。推定Aランク。エルデ北部穀倉地帯にて農地を侵食中。体長十歩超。Cランク二パーティー以上を推奨。報酬:金貨八枚』
「金貨八枚……」
クロが掲示板の前で腕を組んだ。
「Cランク二パーティーってことは、最低でも八人推奨ね。それを六人で?」
「五人だ。俺は戦力に入らない」
「あんたが一番重要なくせに、そういう数え方するのやめなさいよ」
依頼書の詳細を読み込む。
巨蟲型。地中に潜行し、地表に出た際に周囲の土壌を瘴気で汚染する。外殻が硬く、通常の斬撃は通りにくい。弱点は腹部の節と節の隙間。ただし地上に全身を晒す時間が短く、潜行と出現を繰り返す。
過去二回の討伐隊がいずれも失敗。一回目は潜行のタイミングを読めず逃げられた。二回目は地中からの奇襲で前衛が負傷し撤退。
「失敗の原因は二つだ。潜行パターンの予測ができていないことと、地上に出た短い時間で弱点を叩けていないこと。逆に言えば、この二つを解決すれば倒せる」
木板を取り出して、地形図の上に作戦を描いた。
「ギン。お前は囮だ」
「囮?」
「巨蟲型は振動に反応して地上に出る。お前が地面を踏み鳴らして誘い出せ。出てきた瞬間に離脱。正面から受けるな」
「ギンが逃げるの?」
「逃げるんじゃない。誘導だ。出現位置をこっちが選ぶ」
ギンの耳がぴくりと動いた。納得はしていないが、指示には従う顔だ。
「クロ。お前は地中の振動を聞け」
「振動?」
「猫の耳は低周波に強い。巨蟲型が地中を移動する振動を捉えられるはずだ。潜行中の位置と出現タイミングを俺に伝えろ」
「やったことないけど……まあ、やってみるわ」
「アカ。お前の出番が一番大きい」
アカの角の根元が赤くなった。期待されると照れる。
「巨蟲が地上に出た瞬間、腹部を焼け。外殻は硬いが腹の隙間は柔らかい。お前のブレスなら一撃で焼き切れる」
「当然じゃ! 妾のブレスは——」
「的を外すなよ。味方を焼いたら帰りの飯抜きだ」
「外さぬ! 絶対に外さぬ!」
「ツル。回復は最小限でいい。今回一番大事な役割は、浄化だ。巨蟲型が地面を汚染する瘴気をツルの風で中和しろ。汚染が広がると農地が死ぬ。討伐と同時に被害を止める」
「承知いたしました」
「キサ」
キサが一尾を揺らして俺を見た。
「お前の幻術で巨蟲の感覚を狂わせろ。潜行しようとした瞬間、地面の方角を誤認させる。一秒でいい。潜り損ねてもがいている間にアカが焼く」
「一秒ですわね。それくらいなら」
「一秒で充分だ」
全員の目が俺を見ていた。五対の瞳。銀、金碧、青、金、金。色は違うが、どれも同じ光を宿している。
「段取りは以上だ。質問は」
「ないよ! 主さまの言う通りにする!」
「ないわ」
「ございません」
「ないのじゃ! 早く焼かせよ!」
「ありませんわ」
「行くぞ」
◇
エルデ北部穀倉地帯。
麦畑が広がるはずの平野に、黒い汚染痕が走っていた。瘴気に侵された土は色を失い、作物は枯れて黒く縮んでいる。汚染は直径五十歩ほどの円を描いて広がっていた。
「ここが巣か。汚染の中心に潜んでる」
クロが地面に耳を近づけた。猫耳がぴくぴくと動く。
「……いる。深さは三歩くらい。ゆっくり動いてる。こっちに気づいてない」
「よし。ギン、位置につけ。汚染の縁から十歩。俺の合図で地面を蹴れ」
「うん」
ギンが駆けていく。指定位置で止まり、こちらを見た。銀の尾が風に揺れている。
「アカ、汚染の反対側。距離は二十歩。射線上にギンを入れるな」
「分かっておる!」
アカが小走りに移動する。口の中に赤い光が微かに灯っている。準備はできている。
「ツル、俺の隣。浄化の風を地面に当てる準備。キサ、ツルの右。幻術の射程内に入ったら合図する」
全員が位置についた。
「クロ、動きは」
「変わらない。まだこっちに気づいてない」
「よし。ギン——蹴れ」
ギンの足が地面を叩いた。
一秒。
二秒。
地面が盛り上がった。
黒い外殻が土を割って突き出る。巨大な蟲の頭部。節くれだった体が地上に這い出てくる。体長は報告通り十歩を超えている。多数の脚が黒い土を掻き、鎌のような顎が開いた。
ギンの位置に向かって突進する。
「ギン、離脱! 左へ!」
ギンが銀色の残像を残して横に飛んだ。巨蟲の顎が空を噛む。
「クロ、潜行の兆候は」
「まだ地上。でも脚が地面を探ってる。十秒以内に潜る」
十秒。
「キサ、今!」
キサの金色の目が光った。一尾が扇のように広がり、薄紫の霧が巨蟲の頭部を包む。
幻術。
巨蟲の動きが一瞬止まった。地面の方角を見失っている。脚が空を掻き、体が傾く。潜行しようとして地面を見つけられない。
一秒。
「アカ!」
「——燃え尽きるのじゃ!!」
赤い帯が空気を裂いた。
アカのブレスが巨蟲の腹部を直撃した。外殻の隙間、柔らかい節の間に炎が食い込み、内部を焼く。巨蟲が絶叫した。人間の声帯では出せない、金属を引き裂くような音。
的の範囲内。はみ出しなし。訓練の成果だ。
巨蟲がのたうち回る。半身が焼けて動きが鈍る。だがまだ生きている。Aランクの生命力は伊達じゃない。
「ギン、腹! 焼けた箇所の奥に瘴核がある!」
銀色の影が地を蹴った。
ギンの爪が焼け焦げた外殻を突き破り、内部に突き込まれた。黒い体液が飛び散る。銀の腕が肘まで沈み、そして引き抜いた。
手の中に、拳二つ分の黒い瘴核。
巨蟲の体が崩れた。黒い霧になって霧散していく。十歩を超える巨体が消え、後に残ったのは汚染された土だけ。
「ツル!」
「はい」
白い風が地面を撫でた。浄化の羽風が汚染痕の上を滑り、黒い土が元の茶色に戻っていく。完全ではないが、これ以上の侵食は止まった。
静寂。
「……終わったの?」
クロが耳を地面に当てたまま言った。
「振動、消えた。もういない」
全員がその場に立ち尽くした。
地面に出現してから、瘴核を抜くまで。
「十一秒」
俺が数えていた。
「Cランク二パーティー推奨の案件を、十一秒。金貨八枚」
沈黙の後、アカが吼えた。
「妾のブレスが決め手じゃ! 褒めよ!」
「よくやった。的を外さなかったな」
「当然じゃ! 妾は竜じゃ!」
角の根元が真っ赤だ。
ギンが駆け戻ってきた。右腕が巨蟲の体液で黒く汚れている。
「主さま! ギンが瘴核取った! 褒めて!」
「よくやった。腕、ツルに洗ってもらえ」
「あとで! 先に撫でて!」
クロが立ち上がって土を払った。
「十一秒ね。あたしの耳がなかったら潜られてたわよ」
「ああ。クロの索敵が全ての起点だった。ありがとう」
「……別に。猫の耳を使っただけ」
耳が赤い。
ツルが地面の浄化を続けながら微笑んだ。
「皆さま、お見事でした」
キサが一尾を揺らしながら、小さく息を吐いた。
「一秒の幻術で金貨八枚。わたくしの情報屋時代より効率がよろしいですわね」
「キサの一秒がなかったら潜られてた。お前の幻術がこのパーティーの最後のピースだ」
キサの金色の目が揺れた。仮面ではない笑みが、一瞬だけ浮かんだ。
「……最後のピース、ですか。悪くない響きですわ」
◇
ギルドに帰還すると、カウンター周辺が騒然としていた。
巨蟲型の討伐は既に伝わっているらしい。農地の被害を出さずに鎮圧したことが、周辺の農民から報告されていた。
リノが書類を広げて待っていた。
「ハルさん。討伐報告、受理します。巨蟲型Aランク瘴獣、単独パーティーでの討伐。農地の瘴気汚染も浄化済み。これだけの実績を一回の依頼で……」
リノがペンを止めた。
「Aランク昇格の推薦を出せます」
「Cランクになったばかりだが」
「実績が基準を超えています。Aランク単独討伐、農地保全、同行魔獣五体の完璧な連携。数字だけ見ればAランクのパーティーと遜色ありません」
リノが書類の数字を指した。
「Cランク昇格からの依頼完了数、報酬効率、戦闘事故率。すべてAランクの基準を大幅に上回っています。推薦を出す根拠は十分です」
Eランクの荷物持ちが、Aランクの推薦を受ける。
追放から三ヶ月。
「ありがとう、リノさん。手続きを頼む」
「はい。ただし、Aランクの審査は支部長だけでは決裁できません。ギルド本部と、テイマーギルドの合同審査になります」
「テイマーギルドが絡むのか」
「Aランク以上の冒険者には魔獣関連の規制が強化されます。テイマーギルドの承認が必要です。これは規約で定められていて……ハルさんなら、とっくにご存知ですよね」
「第二十二条第一項だな。読んでる」
リノが苦笑した。
ギルドの廊下を歩いて出口に向かう途中、奥の部屋の扉が薄く開いていた。
隙間から、視線を感じた。
冷たい。値踏みするような、だがそれ以上に、何かを危惧するような視線。
足を止めて隙間を見た。
男が座っていた。五十代。灰色の髪を後ろに撫でつけ、眼光が鋭い。ギルドの制服ではなく、テイマーギルドの紋章が入った黒い外套を着ている。手元に書類の束。こちらを見ているが、表情を動かさない。
すれ違ったリノに小声で聞いた。
「奥の部屋にいる人は」
「……テイマーギルドの幹部です。グレイヴさんと仰る方で、今回の合同審査の担当になるかと」
リノの声が僅かに硬かった。
「お気をつけてください。あの方は……テイム術の絶対性を信じている方です」
扉の隙間から、グレイヴの声が漏れた。独り言のように低い。
「テイムなしで五体。異常な事例だ」
書類をめくる音。
「危険思想だな」
扉が静かに閉まった。
◇




